6C19P パラレルSEPP DCアンプ

 動作中の本機

ずいぶん前から暗礁に乗り上げてしまって未だに完成しない6C19P差動プッシュプルアンプを何とかするために、同じ球を使用して全く違う構成のアンプを作り、なんとか差動PPアンプを完成させた上で両者を比較をしてみようという試みで製作を始めたアンプです。そういう経緯はさておいても、真空管SEPPアンプはずっと前から一度作ってみたいと思っていました。本気で製作を決意したのは今年(2001年)の春頃のことで、それ以来、他のアンプの製作をしながら構想を練って来ました。6C19Pを使ったSEPP DCアンプは、1997年6月号のMJ誌で金田氏が発表されています。6C19Pという真空管については、私はその記事で初めて存在を知りました。

MJ誌の記事では、6C19Pのパラレルプッシュプル構成で直接スピーカをドライブしています。私も最初はそうしようかと思ったのですが、検討すれば検討するほど6C19Pにとっては過酷な動作だということを思い知り、また電源もかなり大げさなものになってしまうので、どうしようかと悩んでいました。そんな時にK.ameさん(亀さん、雨森さん)製作のSEPP用マッチングトランスが頒布される事を知り、即座に応募しました。届いたトランスは大変丁寧に作られていてとてもアマチュアの方の手作りだとは思えないほど綺麗な出来栄えです。(ちなみにシリアルNo.は5と6でした。)購入させていただいたのはMT−128の方で128オーム:8オームのインピーダンス変換が可能なオートトランスです。128オームの負荷ならば出力管の負担がぐっと少なくなります。このマッチングトランスとの出会いが、本機を完成に向けて強力に後押ししてくれました。

 背面

 回路図

アンプ部の回路図は以下の通りです。

この回路は前述の記事ではなく、よりシンプルなMJ誌2000年12月号の、同じく金田氏による300BのSEPPアンプを元にしたものです。私はこの300B SEPPアンプの回路の課題をオフセット、ドリフトによって出力端子に現れる直流電圧と見て、初段の真空管による差動増幅回路を熱的平衡度に優れたワンチップ型デュアルFETに変更し熱的なドリフトが起こりにくいように、そして帰還回路にパッシブ型ながらDCサーボ回路を採用し出力端子に直流が出ないようにくふうしてみました。これらの対応は金田氏なら絶対に採用しない回路だと確信しています。その後に出たMJ誌(2001年12月号)に載っていた、WE421を使ったDCアンプでAOC回路なる追加回路によって上記の問題を解決しておられるのを見て、思わずにんまりです。人と同じ事をしても面白くないですからね。

この回路の素晴らしいところは、なんと言っても出力段のバイアスの与え方でしょう。2段目の電流吐出し型アンプと定電流源を巧みに使って、上下の出力段への直結と平衡ドライブを可能にしています。この部分についてMJ誌の300Bアンプの記事では「2段増幅回路に見えるが、そうではない。(中略)本機はSEPPアンプにもかかわらず1段差動アンプだけで出力段をドライブするという、極めてシンプルな構成なのだ。」と書かれています。しかしながら、この解釈は一般的に通用するものかどうかはちょっと疑問です。2段目の動作は、初段の負荷抵抗に流れる電流を出力管のグリッド抵抗に流すだけで、電流を伝達する働きしか持たないという主張をされていますが、見方を変えると2段目の入力は初段の負荷抵抗に現れる電圧変化で、出力は出力管のグリッド抵抗に現れる電圧変化ですから、2段目は少なからぬ電圧利得を持つことになります。なぜならば初段の負荷抵抗の両端の電圧はほんの数Vですから、−90Vを超えるバイアス電圧の300Bをそのままでドライブ出来るわけはありません。電流伝達を行うと同時に電圧増幅を行っているというほうが妥当な気がします。それにしても、この回路に関しては感心することしきりです。

上記の回路は、回路試作編でご紹介した回路とほとんど同じです。変更点は初段の−側の定電流回路のトランジスタを2SC3788から2SC4382に変更したこと、そして6C19Pのカソード抵抗を4.7オームから3.9オームへ変更したという2点です。これらは手持ち部品の活用が主な理由です。したがって変更無しでも何ら問題はありません。なお、電源電圧は無信号時の電圧です。

電源部の回路図は以下の通りです。



真空管SEPPアンプを設計する上でいちばん困るのは、もしかして電源回路ではないでしょうか? 真空管SEPPアンプで出力段とスピーカを直結するためには±100〜200V程度の電源が必要ですが、なかなか適当な電源トランスが見当たらないのが現状です。本機では昔のタンゴのカタログの中から探し出したST−230という電源トランスが何とか使えそうなので、中古品も視野に入れて探していましたら、大変ラッキーなことにノグチトランスのホームページでタンゴのトランスが復刻されているのを見つけました。ST−230は現在(有)アイエスオーからS−2077という品番で再生産されています。これは特別生産品なのですが、いちおう品切れの場合は予約メールを送るようになっているのでリピート生産される可能性があるのかもしれません。ST−230(S−2077)はB電源用に倍電圧整流用の巻線を持つトランスです。上記のように倍電圧全波整流回路の中点をアースに接続して±電源を作っていますが、この方法だとリップル電圧が60Hz(東日本では50Hz)となってしまいますので、もしブリッジ整流回路で同様の電圧、電流が取り出せる電源トランスがあれば、それを利用する方が有利です。

回路図ではチョークインプットの様に見えますが、このチョークコイルはスイッチング電源用の容量の小さなものですので連続モードで動くわけではありません。あるホームページで紹介されていたのですが、チョークを挟むとダイオードの導通角がちょっぴり大きくなるので電源トランスの容量が厳しい本機のような場合には、少しは効果があるのではないかと思って入れてみました。まあ、おまじないに近いものかも知れませんので、無くても大差は無いと思います。あと回路図に入れるのを忘れていたのですが、±B電圧用のダイオードだけにCRのスナバ回路を入れてます。

本機製作に先立って行った回路試作では電源リップルが大きすぎたので、π型のリップルフィルタ回路をチャンネル別に構成してリップル電圧の低下と、電源回路を通じた低域クロストークの低減を目論んでいます。ここは抵抗ではなくチョークを使用する方が効果が高いのですが、スペース的な問題から抵抗を使用しています。

ST−230(S−2077)の推奨ヒューズ容量は2Aなのですが、電源スイッチ投入時のラッシュ電流の対策の為にスローブロー型のT2.5Aを使用しています。これは二次側の2,700μFの平滑コンデンサへの突入電流が原因だと思います。1.8mHのチョークが入っているので大丈夫だろうと思っていたのですが、少し甘かったようです。

 実装

本機はシャーシに、リードのMK−300(300mm×160mm×40mm)というケースを利用しています。これは何としても前述の6C19P差動PPアンプと同じケースを使いたかったからです。そして電源一次側以外のほとんど全ての部品を、2.54mmピッチのサンハヤトの蛇の目基板に実装しています。基板を使ったのは、もし本アンプに興味を持たれる方が居られるとした場合に、基板のパターンをコピーすることで高い再現性を得られるというのが理由の一つでした。

 はらわた

しかしながら、自分としては万全の機構設計を施したつもりだったのですが、実装密度がかなり高いため、製作途上で部品がそこいらじゅうに当たりまくり、都度ヤスリ掛けなどの対策を強いられることになりました。また、アンプ全体の温度も結構高くなり、どなたにでもお勧めできるアンプに仕上げることはできませんでした。したがって本機も例によって、それなりの経験者の方々に参考までというアンプになってしまいました。今度こそ自信を持って何方にでもお勧めできるようなアンプを作りたかったのですが残念です。自分の未熟さを痛感しています。ということで、製作について詳しい解説をするのは、あまりに恥ずかしいので割愛させていただきます。基板のパターンだけはここでご紹介します。そして部品表はここです。

 アンプ部基板のクローズアップ

 電源部

やはり、もう一回り大きなシャーシにゆったりと組むというのが、熱的にも一段と優位にすることができるので、ベターだろうと思います。私が掲げている目標の一つに、実用性を確保できる範囲で、できるだけ小さいアンプを作る、というのがありますが、これを突き詰めるということと、誰にでも作れるアンプを作るという目的は両立しないのかも知れません。

 調整

調整箇所は、各チャンネル4カ所あります。組み上げて電源を投入する前に、VR2をセンター、それ以外の半固定VRを絞りきって(反時計回りに一杯の位置にして)おいてください。

VR1(200オーム):

アイドリング調整用の半固定VRです。反時計回りに一杯にしてから電源を投入すると、アイドリング電流は最低の状態のはずです。アイドリング電流は、たくさん流すと歪率が良くなりますが、アンプ全体の発熱が大きくなりますので様子を見て適切だと思う値に設定してください。本アンプでは、最初は6C19P一本当たり40mAに設定したのですが、アンプの温度が上がりすぎたために28mAに下げました。アイドリング電流のモニターは各6C19Pのカソード抵抗(3.9オーム)の両端の電圧でモニター出来ます。(アイドリング電流=抵抗の両端の電圧÷3.9[A])

VR2(200オーム)

出力端子のDC電位を調整する半固定VRです。各チャンネルの出力端子をモニターしながら、直流出力が出ないように(0Vになるように)調整してください。本機では、パッシブながらDCサーボ回路を用いていますので、サーボ回路が働いて直流電位が出ないように修正されるため、調整しにくいと感じられると思います。その場合は、帰還回路に入っている1μFのコンデンサの両端を、クリップ−クリップ線などでショートさせてDCサーボを殺すと調整がやりやすくなります。(コンデンサのショートおよびオープンは電源を落としてから行うことを強力にお勧めします。)

本機の場合は、DCサーボ回路を用いていますので、下図のように、この調整は省いても事実上問題が無いような気がします。(単純に省くだけでは、アイドリング電流の調整範囲が変わってしまいますので、若干定数を変更する必要があるかもしれません。)

あるいは、DCサーボ回路を入れたくない方は下図を参照してください。この場合はVR2を省略することは出来ません。

VR3、VR4(2kオーム)

パラレル接続されている6C19P同士のバランスを調節する半固定VRです。絞りきりの(反時計回り一杯の)位置だと前後の出力管には同じグリッド電圧が掛かります。この時に双方のカソード間の電圧をテスターで測定し、電位差が無いようにVR3およびVR4を調整します。もし、時計回りに回しても差が大きくなるようでしたら、前後の出力管を入れ替えます。調整しきれない場合はペアを変更して調整します。

この調整回路はオリジナル回路には入っていません。金田氏は、6C19Pは大変よく揃っていたので入れる必要が無かったと記事で書いておられますが、私が行った回路試作では盛大にバラついてくれたので入れることにしました。しかし、アイドリング電流は安定するまで結構時間がかかりますし、各6C19Pにおいて完全に一致させることは、かなり難しいようです。本機は6C19Pにそれほど厳しい動作をさせているわけではありませんので、ある程度の誤差はかまわないと思います。

 マッチングトランスのケースを外したところ

 測定結果

最大出力 Lch(100Hz) 10.754W
(8Ω、1%THD)    (1kHz) 10.961W
     (10kHz) 11.002W
  Rch(100Hz) 10.610W
     (1kHz) 10.806W
     (10kHz) 10.764W
周波数特性 Lch(at 10Hz) −0.36dB
(1V、8Ω、1kHz基準)    (at 100KHz) −1.11dB
  Rch(at 10Hz) −0.22dB
     (at 100kHz) −1.36dB
最低雑音歪率 Lch(100Hz) 0.0492%(0.1W)
(8Ω)    (1kHz) 0.0492%(0.1W)
     (10kHz) 0.0963%(0.03W)
  Rch(100Hz) 0.0434%(0.15W)
     (1kHz) 0.0444%(0.15W)
     (10kHz) 0.0928%(0.03W)
ダンピングファクタ Lch 9.09(1V → 1.110V)
(8Ω、1kHz、1V) Rch 9.62(1V → 1.104V)
仕上り利得 Lch 18.96dB
 (at 1kHz) Rch 18.88dB
クロストーク Lch → Rch −77.29dB(at 20Hz)
    −79.23dB(at 20kHz)
  Rch → Lch −76.89dB(at 20Hz)
    −78.94dB(at 20kHz)
残留ノイズ Lch 306.6μV(10〜300KHz)
(8Ω、VR最小)   21.24μV(IEC−A)
  Rch 296.8μV(10〜300KHz)
    23.95μV(IEC−A)
消費電力 (無信号時) 100.5W(100V、1.05A)
  (10W+10W出力時) 144.8W(100V、1.59A)

周波数特性

全高調波歪率特性

クロストーク

ダンピングファクタ

 総括

初めて挑戦した真空管SEPPアンプです。とかく大げさになりがちな真空管SEPPアンプを、コンパクトにまとめるというコンセプトで製作しました。そういう意味では、満足できる出来だと思ってます。聴き込みはこれからですが、差動プッシュプルアンプとは一線を画する音質の違いがありますし、物理特性もそれなりに良い測定結果が出ています。しかしながら、実はかなり妥協した結果の産物です。組み上げて最初は、電源のリップルフィルタの抵抗が6.8オームではなく75オーム、そしてアイドリング電流を40mAの設定でスタートしたのですが、発熱が凄すぎるために対策を余儀なくされました。最終的にリップルフィルタの抵抗を6.8オームにしてシャーシ内のチャンネル当たり約1.5Wの熱源を取り除き、アイドリングを28mAに下げて何とか許容できるレベルになりました。合計約13.5W、おおよそ15%のダイエットです。これによって最大出力はちょっぴり大きくなったものの、電源のリップル電圧が大きくなったため、約0.1mVだった残留ノイズが0.3mVになりました。測定はしていませんが、低域のクロストークや歪率も変更前の方が良かったはずです。アンプのコンパクトネスにこだわると犠牲になる点も少なくないという例です。

冷静に分析すると、もう少し大きなシャーシを用いて放熱に留意して製作すれば、もっと良いアンプが出来ると思われます。電源トランスのタップを変更し電圧を上げることで、恐らく20W+20Wくらいの最大出力が出力管にそれほど負担にならない範囲で得られると思いますし、リップル電圧をより小さくすることで、ノイズやクロストークが改善できたり、アイドリングをもう少し増やすことが出来れば歪率を良くすることも出来ると思います。もし、このページを見て追試をしてみようという方が居られましたら、これらの点をぜひご検討いただきたいと思います。そういったポテンシャルを秘めたアンプだと思います。

でも私は、これからもコンパクトな真空管アンプを目指します!

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