6BQ6-GTBプッシュプルアンプ
これは3Dのセンター用に作ったアンプです。大型のスピーカを置く場所がないので、私は小型のスピーカを使っています。これだとどうしても不足する低域の量感を補うために、サブウーファを使用しています。今までは自作のトランジスタアンプを使っていたのですが、これで管球式アンプに置きかえることが出来ました。
このアンプに対する要件は以下の通りです。
・モノラル構成
3D(死語?)のウーファ用ですからモノラルアンプです。3Dフィルタは自作プリアンプの中にありますので、普通のアンプでOKです。必ずしも広帯域のアンプは必要ありませんが、気に入ったアンプが出来たら、もう一台製作すればステレオ構成が出来るように、フルレンジのアンプにしました。
・ある程度大きな出力
最近作ったアンプは数W+数W程度の差動プッシュプルアンプばかりです。フルレンジのスピーカを部屋で鳴らすだけならこれで全く不満はありませんが、サブウーファを鳴らすとなると話は別です。もう少し出力がほしいので、今回は20W以上という目標を立てました。20Wとなると完全A級の差動プッシュプルではかなり大げさなアンプになってしまいます。また、サブウーファを鳴らす周波数帯(100Hz以下)は、波長の長さと人間の両耳の間隔の関係から音の定位をあまり感じないので、差動プッシュプルアンプの定位感の良さは必要無いのではないかと考えました。いっそ今回は、色々な面から今までのアプローチとは全く違うアンプを作って、これまで作ったアンプとの対比を楽しんでみようと思います。
というわけで、以前から一度使ってみたかったテレビの水平偏向管にスポットを当ててみました。水平偏向管は大量生産されたので、今でも入手が比較的容易ですし、価格も安いものが多く、また堂々として貫禄充分のものが多いので、もっと利用されても良いのではないかと思います。プレートとスクリーングリッドの最大定格の差が大きいので、別電源を用意しなければならない場合が多いのが少々使い辛いところでしょうか。
今回は6BQ6-GTB/6CU6という長ったらしい名前の球を購入しました。この球は水平偏向管としては、初期に登場した球で、スペック的には最も小さいもののひとつです。とはいえオーディオ用として、Ep=400Vで出力40Wの動作例も発表されていますので、今回のアンプには充分です。水平偏向管のシンボル?であるトッププレートタイプではありますが、バルブの大きさは6V6や6GA4等と同じですので、良く言えばスマート、悪く言えば貫禄充分なものが多い水平偏向管の中ではやや貧相な外観をしています。
東芝の6BQ6-GTB/6CU6
この球もプレート電圧とスクリーン電圧の定格の差が大きく、3結動作には向かないようです。今回はいつもと違うアプローチを取るということから、私としては珍しく多極管のネイティブ動作に挑戦です。
回路図
アンプ部の回路図は以下の通りです。
出力段はEp=300Vのメーカ発表の動作例をほぼそのまま適用しています。スクリーン電圧は130Vとプレート電圧に比べてかなり差がある上に、かなり深いAB級動作(動作例にはB級と書いてあります)であるため、プレート電流、スクリーングリッド電流の無信号時と最大出力時との差が大きいので、定電圧化することにしました。そしてこの電圧を利用して、6CK4差動PPアンプで使った半導体ドライブ回路をほぼそのまま持ってきて追試することにしました。前回と比べて電源電圧が高いので、充分に低歪率の領域で出力管をドライブ可能ですので、半導体ドライブ回路の実力をより引き出すことが出来るはずです。
ビーム管のネイティブ動作ということで気になるのはダンピングファクタです。今回は特にウーファを鳴らすので、それなりのダンピングファクタは確保したいものです。そこでカソード帰還と、いつもよりも少し深めのオーバーオールNFBを併用することにしました。
下図は電源回路です。B電源は無信号時320V、最大出力時(約28W)にちょうど300Vでした。
今回は差動PP回路ではないので電源に信号電流が流れる為、出力段の信号路に注意しなければなりません。特にサブウーファを鳴らすということから、信号路のインピーダンスを低く押さえたいところですので、リターン回路には100μFのセラファインをパラ接続にしています。このため、いつもならトランジスタのリップルフィルタを使うところを、チョークコイルに置き換えています。これはリップルフィルタだと、電源投入時のセラファインへのラッシュ電流の為に、トランジスタが音をあげる恐れがあるからです。チョークだと全然気にしなくてもよいので、場所は取りますが設計は楽です。マイナス電源にDC−DCコンバータを使用していますが、これはアイドリング電流の調整しろをできるだけ大きく取って、アイドリング電流の設定によって歪率がどのように変化するかデータを取りたかっただけで、あまり大きな意味はありません。最終的なバイアス電圧は−22Vですし、流れる電流も知れているので、ヒーター用巻線からなら4倍電圧整流すればOKだと思います。
ドライブとバイアス調整回路
電源回路基板
ケースにはTAKACHIのUS−260H(260mm×190mm×55mm)を使いました。板厚2mmのアルマイト染色を施したアルミケースで、組み立て式のため部品をばらばらにできるので加工が楽です。ドライブ回路とバイアス調整回路をひとつの基板にまとめ、電源回路もまた基板に実装しました。電源トランスとチョークコイルが伏型で無いこともあり、ケースの中は大変すっきりしています。
はらわた×3
測定データ
最大出力(5%THD、8Ω) | 28.3W(10kHz) |
周波数特性 | −0.04dB at 10Hz |
(1V、8Ω、1kHz基準) | −3dB at 142.1kHz |
最低雑音歪率(8Ω) | 0.0300%(1kHz、0.15W) |
ダンピングファクタ(8Ω、1kHz) | 4.44(1V → 1.225V) |
仕上り利得 | 24.03dB(KNF=4.51dB、NFB=10.75dB) |
残留ノイズ(VR min) | 89.9μV(10−300kHz) |
15.3μV(IEC−A) | |
(VR max) | 121.8μV(10−300kHz) |
49.3μV(IEC−A) | |
消費電力(無信号時) | 57.9W(100V、0.684A) |
(25W出力時) | 80.0W(100V、0.949A) |
総括
これまでは多極管のネイティブ動作に対してあまり良い印象を持っていなかったのですが、認識を改めるきっかけになりそうなアンプです。今までカソード帰還を掛けたことが無かったので、ダンピングファクタが良くなかったことが原因だったのかもしれません。低域の量感というのは、フルレンジで聞いたときでもある程度以上音量を上げたときに豊かに感じることができるので、比較的大きな出力が出せるということで有利になるように感じます。
測定データの表では、これまでにご紹介したアンプの例にならって、最大出力に歪率5%の時のデータを載せていますが、このアンプは差動プッシュプルアンプの様に出力が大きくなるにつれて少しずつ歪率が悪くなるわけではありませんし、かなり深くNFBが掛かっていることから、結構ハードディストーションタイプですので、もっと低い2%とか3%くらいの歪率で最大出力を定義するほうが良いような気がします。ちなみにオシロスコープで出力信号を観測するかぎりでは無歪最大出力は約22Wです。
このアンプはビーム管のネイティブ動作で、しかもかなり深いAB級動作ですから、3極管差動プッシュプルアンプと比較して大きく有利なのは、何と言っても出力効率でしょう。25W出力時に消費電力が80Wですから31%を超えています。6EW7差動PPアンプが15.8%ですからほぼ倍の出力効率です。
印象的なのは残留ノイズの低さです。6CK4差動PPアンプも耳では相当低ノイズだと感じるものの、スイッチングノイズの影響でデータそのものはそれほど良くなかったのですが、今回は測定データのうえでも大変良い結果がでました。これはドライブ回路が高ゲインの割に真空管回路よりも低ノイズであるためだと思われます。加えて普段よりも深めのオーバーオールNFBが掛かっているにも関わらず安定しているのは、広帯域のドライブ段に依るところが大きいと考えられます。これらの点でも半導体ドライブ回路の追試は大成功です。
今回のKNFの掛け方では、スピーカ端子はHOT側もCOLD側もアースから浮いていますから、接地された不平衡入力の測定器でうっかり出力端子をつかむと、正しく測定できません。実は私はそれをやってしまったのですが、原因がしばらく判らず慌ててしまいました。BTLのトランジスタアンプの様にアンプがつぶれてしまうことはありませんが、そのためかえって理由が判るのに時間がかかってしまいました。不平衡入力の場合は、測定器のアースを浮かせてから接続しましょう。(あ〜あ、恥ずかしい....)