6CK4差動プッシュプルアンプ

私が真空管アンプを初めて組んだのは、いつのことだったでしょう。おそらく小学校5年生か6年生のことだったと思います。初めて作ったアンプは、忘れもしません6Z−P1シングルモノラルアンプでした。76のドライブで、確か整流管は使わずに2球構成で、クッキーの空き缶をシャーシにして組みました。入力端子から76のグリッドへの配線の引き回しを変えることで、出力に現れるハムノイズが大きく変化したことに驚いた思い出があります。

全てを覚えているわけではありませんが、それ以来、807シングル、2A3シングル、6Z−P1プッシュプル(以上モノラル)、6BX7プッシュプルステレオ、6GA4プッシュプルギターアンプ、アンプ以外では、並三、ST管5球スーパーなどを製作しました。当時はお小遣いも少なかったので、作ってはつぶして次のアンプを組むという具合でした。

社会人になってからは、真空管アンプの製作から遠ざかって久しかったのですが、たまたま仕事上でスイッチング電源の検討を行ったことがあり、その時に余興で(ごめんなさい!)真空管用の電圧が出るトランスも試作したので、久しぶりに真空管アンプを組もうと思っていました。しかし、その矢先にドイツへの転勤の辞令が出て、それどころではなくなりペンディング状態になってしまいました。

帰国後は、真空管アンプの製作のことなど思い出すこともなかったのですが、たまたま見かけたぺるけさんの全段差動プッシュプル回路のおかげで、またムラムラと何か作ってみようという気になりました。せっかく作ったスイッチング電源の活用を考えたときに、全段差動回路の、信号電流が電源に流れ込まないという特徴が、スイッチング電源を利用したアンプを作るには最適ではないかと考えたからです。

スイッチング電源は、その仕組上どうしてもスイッチングに伴うノイズが発生します。それらは電源の端子電圧として現れたり、不要輻射となったりします。不要輻射は、回路上の特徴では逃げるわけにはいきませんが、電源の端子電圧として現れるノイズに関しては、信号電流が電源に流れ込まないかぎり(理想的に言えば)出力信号には現れないはずです。また、ステレオアンプの両チャンネル間の信号の漏洩に関しても、電源を通じて漏洩することは(これまた理想的には)あり得ません。このチャンネルセパレーションの高さが、差動プッシュプル回路の定評である定位感の良さにつながっているのではないかと思います。

動作中の本機

 回路図

アンプ部の回路図は以下の通りです。

スイッチング電源搭載の真空管アンプの回路構成を考えたときに、終段の真空管以外は全てを半導体で構成して、新旧デバイスの組合せの妙を楽しめないかと考えました。そして、多出力スイッチング電源の活用という観点から、電源の全ての出力を利用するということも設計の条件として考えました。

NFBをかける前提とすると、安定度を確保するため出来るだけドライブ一段で、出力段と合わせて二段構成で済ませたいところです。6CK4の動作点は、Eb=265V、Ip=45mAとすると、Ep−Ip曲線からバイアス電圧は−29.5Vくらいですから、6dBのNFBで入力感度を1Vくらいにしようとすると初段のゲインは約42必要です。そして差動回路で構成するには、その倍の約84倍のゲインを単段で稼がなくてはなりません。しかも充分に広い周波数帯域を確保したいとすると、これは真空管一段増幅で構成しようにも、かなり無理があります。ここでは充分ドレイン電流が流せて、gmが大きく取れる2SK190(日立)を起用してみました。

電源の出力電圧の関係で、初段の電源電圧は±85V程度で設計する必要がありましたが、このアンプの回路構成では、マイナス電源はほとんど利用できませんから、プラス側の85VでP−P59Vをドライブする必要があり、これには結構苦労しました。上記の定数で約2.3%の歪率(1kHz)でドライブできていますが、もしプラス側の電源電圧が100Vくらいあれば、もっと低歪率でドライブすることが可能な筈です。

出力管については、当初6CK4で設計を行い、電源の容量に余裕があるのでアンプを組み上げたときに、6L6とKT−88のUL差動PPの実験も行いましたが気に入らず、結局は6CK4に戻ることになりました。Ep+Eg(絶対値)が300V以下で、バイアスが−30Vまでの出力管であれば、大体なんでも使えると思います。(当然ながら出力トランスのインピーダンスは出力管に合わせる必要があります。)

 はらわた

この電源回路は、電圧電流共振型スイッチング電源用のハイブリッドICを利用したものです。大変シンプルな回路ですが、ノイズが少なく、フィードバックループを持たないノンレギュレート式でパワーアンプなどへの応用を目的に開発された電源です。メーカが電源事業から撤退してしまった今では入手出来ないのが残念です。

自励式の発振条件を満たすために、起動時に負荷をかけないことが(4W以下)必要なため、タイミング回路を設けていますが、これはたとえばヒータが温まってからB電圧をかけるような制御を行いたい時などに応用できるものと思います。

 電源部の内部配線

 測定データ

NFBを掛ける前のデータです。

全高調波歪率

ダンピングファクタ Lch 2.42(1V → 1.413V)
(8Ω、1kHz、1V) Rch 2.43(1V → 1.412V)
残留ノイズ Lch 0.53mV(10〜300KHz)
(VR最小、8Ω)   0.035mV(IEC−A)
  Rch 0.68mV(10〜300KHz)
    0.029mV(IEC−A)

このアンプではNFBは約9dBに設定しました。仕上りの特性は以下の通りです。

周波数特性

全高調波歪率

クロストーク

最大出力 Lch 7.50W(1kHz)
(5%THD) Rch 6.71W(1kHz)
ダンピングファクタ Lch 6.80(1V → 1.147V)
(8Ω、1kHz、1V) Rch 6.76(1V → 1.148V)
仕上り利得 Lch 16.57dB(NFB=8.84dB)
  Rch 16.65dB(NFB=8.80dB)
残留ノイズ Lch 0.28mV(10〜300kHz)
(VR最小、8Ω)   0.044mV(22〜22kHz)
  Rch 0.25mV(10〜300kHz)
    0.073mV(22〜22kHz)
消費電力   116.1W(100V、1.79A)

NFB無とNFB有の全高調波歪率比較(1kHz)

 ボンネットを取って上から見た

 総括

超久しぶりに真空管アンプを製作すること、しかも電源にスイッチング電源を搭載することなど、いったいどんなアンプが出来あがるのか、作りながらかなり不安に感じていましたが、組み立てて、調整、測定を行うにつれてそれは杞憂であることが判ってきました。

まず電源部ですが、そもそも低ノイズの電源であったことと、Xコン、Yコン(安全規格や不要輻射の規格に縛られないってなんて楽なんだろうと思いました。)を効果的に活用できたことで、当初心配していたスイッチングノイズの影響は実用上問題が無いレベルまで追い込むことが出来ました。

アンプ部においては、半導体回路一段によるドライブがうまく行ったことで、まずまずの結果が出たと思います。予備実験の段階では、初段のFETにもう少し電流を流すことで最大約45dB(平衡出力)のゲインを稼ぐことができています。電源電圧をもう少し上げて、もっと低歪率の領域で出力段をドライブすることが望ましいと思います。今回は電源回路の出力電圧に縛られましたが、終段のB電源から降圧させて電源を作る方が実際には多くなることと思います。

真空管アンプと言いながら、がらんとしたシャーシに出力管が4本並ぶだけというのも、少し寂しいものがあるのは事実ですが、コンパクトで、シンプルにまとめることが出来て、充分な基本性能を備えることが出来るというメリットはかなり大きいものと思います。(今回はスイッチング電源の寸法の制約で大きめ(350mm×200mm)のシャーシを使いました。本当は300mm×160mmのものを使いたかったのですが...) 決して半導体一段増幅回路がベストだとは思いませんが、適材適所をわきまえることで重要な選択肢になり得ると感じました。

このアンプは、このページを作る以前にぺるけさんのホームページの全段差動プッシュプル・アンプの庭のコーナーで紹介していただきました。こちらも是非ご覧下さい。

TUBE AMPLIFIERSのページに戻る