EL95超三結差動プッシュプルアンプ

昔から主に3極管(あるいは多極管3結)を取り上げてアンプを製作してきましたが、少し前に作った6BQ6プッシュプルモノラルアンプで多極管も捨てたものではないという感触を持って以来、多極管で差動プッシュプルアンプを作りたいと考えてきました。 しかし、多極管による差動プッシュプルアンプは先輩方も苦労されており、なかなか良い評価を受けていないようです。 はじめは多極管で真空管2段構成の全段差動プッシュプルアンプを作ろうと考えて部品もほぼ揃えたのですが、諸先輩方と全く同じアプローチでは私ごときが良い結果が得られないのではないかと悩み始めてから、ずるずると時間ばかりが経ってしまいました。

そんな時に超三結アンプの生みの親である上條氏のホームページを訪問し、EL34超三結Ver.1プッシュプルアンプの記事を拝見しました。 超三結アンプはプッシュプルアンプを作ることが難しいため、過去発表されたものは殆どがシングルアンプでしたから、プッシュプル派の私には興味はあったものの製作してみようというところまで食指は動きませんでした。 上條氏はシンプルなDCバランスサーボ回路で問題点を回避し、素晴らしい成果を発表されていました。 私はこの記事に大変興味を覚えましたので、このアンプ回路を元に自分なりのアレンジを加えてアンプを作ってみることにしました。 私にとってEL34プッシュプルは規模が大きすぎますので、またまた性懲りも無くミニアンプです。 そして、本題である全段差動プッシュプルアンプへの応用にも挑戦してみました。

本機のもうひとつの特色は、スイッチング電源を搭載していることでしょう。 スイッチング電源は近年ポピュラーになり値段も下がっていることから、管球式アンプに使用されることが珍しくは無くなりましたが、一般品をヒーター電源とかバイアス用として使われている程度で、真空管アンプ用に設計されたマルチ出力のものを搭載されている例は殆ど見かけません。 そういった意味では、拙作の6CK4差動PPアンプは世界的にも類を見ないような真空管アンプではないかと自負しておりました。 しかし、それもこれまでのようです。 ついに真空管アンプ用スイッチング電源がメーカーから発売されました。 出来合いの電源を使うと、ある意味、楽ですからこれからはスイッチング電源で動く真空管アンプが流行るかも?知れません。

本機で使用したスイッチング電源は、B電源用に250V 80mA、ヒーター用に12V 0.8Aという仕様ですが、もともと6BQ5三結または12BH7Aパラレルのシングルステレオアンプキット用の電源として開発された?もので、その他にもオペアンプ用の電源を搭載しており、それは±15V,20mAというスペックです(PTの巻線定格は±18V)。 また、B電源用の250Vは独立した125Vを2段積み上げたものですから、125V×2あるいは±125Vとしても使用できそうです。(注: 改造が必要ですから、皆さんにお勧めしているわけではありません。

専業のスイッチング電源メーカーが事業として捉えると、恐らく採算が取れないため真空管アンプ用の電源を作りたくても作れないだろうと思います。 それを作ってしまうのですから面白いメーカーです。 たぶんアマチュア的発想がそのまま商品化に結びついた例ではないかと推測します。 この電源にはメーカーが販売するにしては少し不適当ではないか?と思われる点がいくつか見受けられるのですが、そのような点もいかにもアマチュア的で、許せてしまうような気がします。 要は使い手が使い手の技術レベルに応じてこれを理解し、利用すれば良いと思うのです。 とにかく我々アマチュアアンプビルダーの強い味方と言えるのではないでしょうか? 私は大歓迎です。 この真空管用スイッチング電源が少しでも浸透し、発展することを切に願っています。 でも、ちょっと値段が高すぎるような気はしますが...

 電源カバーを外すと

 回路図

回路構成としては、上條氏の超三結Ver.1プッシュプルアンプをほぼそっくり頂戴しました。 異なる点は、オリジナル回路では電源電圧が上昇すると終段のプレート電流を下げ、下降すると上げるように働くようになっていますが、本機では電源電圧はレギュレートされている(筈です)し、定電流源で縛って差動プッシュプルとしているので必要が無いと判断し、その機能は持たせていません。 

既製品のスイッチング電源を使うことにしたので、電源の仕様内で動くように使用するデバイスの選択、回路設計をしなくてはなりませんが、これが結構大変でした。 帰還管の選択の幅が狭すぎるのです。 出力管よりも高い耐圧(出力管のプレート電圧250V+出力管のバイアス電圧)がまず必要です。そして、36Vでドライブ回路を設計するのは特に苦労しました。 超三結アンプは帰還管の直線性がアンプの歪率を大きく左右するのですが、バイアスの浅い球にはあまり直線性の良いものが無く、直線性の良いものを探すとバイアスの深いものが多いため、36Vでは振幅が取れなくなるからです。 また、出力管よりも背の高い立派な球だと見た目のバランスが悪くなりますし、ヒーター用電圧が12Vですから6Vの双三極管が使えないということもあります。 結局、出力管に極力バイアスの浅いEL95を採用し、差動プッシュプルとして定電流源を挿入して36Vに加えて何Vか上乗せすることで、12AU7(6189W)がなんとか使えるようになりました。

出力トランスはTANGOのS−2131という特別生産品を使いました。 これはラジオ技術誌2002年5月号の新氏の製作記事で紹介されていたアイエスオー製の特注トランスです。 プッシュプル用の出力トランスで10kオームを超えるインピーダンスを持つものは稀ですから貴重な存在だと思います。 駄目もとでノグチトランスに問い合わせたら、アイエスオーのSナンバーの商品は基本的に入手可能であるとのことでした。 私が購入した直後に、同社のHPの商品紹介にこのトランスが追加されていましたので、入手性に関しては問題無いと思います。 出力が少々小さくなるのを我慢すれば一次側のインピーダンスが10KオームのものでもOKでしょう。

上記回路図でアンプを組み立てて動作させてみると、ヒーターが温まって音が出始める直前にブブブっというノイズが出たので、下記のミューティング回路を追加しました。 このノイズは入力VRが3時の位置以上で発生するので、入力VRの直後をアースに落とすという回路です。 こういうタイミング回路は他の場面でも応用できるので説明しておきます。(アンプ回路は私の知識ではなかなか説明が難しい部分が多いので、こういう回路しか説明できないというのが本音だったりして...)

この回路は三菱のリセットICを利用してタイミングを作っています。 電源ON後設定時間が経つとフォトMOSリレーが開放になってミューティングが解除されます。 ミューティング回路が動作している間は音が出ないので、全くモニターするものが無いと不安ですから設定時間中は電源スイッチのLEDが点滅するようにマルチバイブレータ回路を入れました。 音が出ると同時に点滅が点灯に変わります。 設定時間はリセットICの4番ピンに接続されたコンデンサの容量で決まります。データブックにはO.34×C(μF)秒とありますので、0.34×56μFで19.04秒と計算できます。(実測は17秒ちょっとでした。)  この設定時間はコンデンサに電荷が無い状態から、4番ピンから供給される電流によって充電され約1.25Vになるまでの時間です。 この電荷は電源をOFFしても徐々にしか放電されませんから、電源OFF直後に再度電源を投入すると設定時間よりも短くなってしまうので、デジトラを2個(Tr1、2)使ってコンデンサに貯まった電荷を放電する回路を作っています。 この放電回路は電源スイッチをOFFにした後、12Vの電源が時間的に或る傾斜をもって無くなることを前提にしていますので、もしスイッチ等でスパっと切られる場合は10μF以上のコンデンサを電源に並列に入れてください。 ところで本機は、スイッチング電源が電源OFF直後に素直にリ・スタートできませんし、ラッシュ電流防止のパワーサーミスタが入っているので電源OFF直後に再度ONするべきではありません。 したがってこの放電回路は本機をコピーする人がもし居られたとしたら必要無いでしょう。 他の機会に使うときの参考にしてください。 

このミューティング回路は、設定時間中フォトMOSリレーがONして入力VRの出力(1,2番間)を短絡することで入力信号をミューティングしています。 このフォトMOSリレーのON抵抗は30オーム程度ありますから、もし入力VRが最大の位置だと入力機器の出力インピーダンスとフォトMOSリレーのON抵抗による減衰だけになり、完全なミュートはできません。 これが気に入らない場合は入力端子(ピンジャックのホット)と入力VRの入力端子(3番)の間に適当な抵抗(たとえば10kオームとか)を挿入すればほとんど音が聞こえない状態にすることが出来ます。 本機では気になったノイズはミューティング回路を追加することで出なくなったことですし、入力VRが最大位置であっても入力信号が減衰することに少し抵抗を感じたのでそのままにしています。 そもそもCDプレーヤをダイレクトでアンプに接続している私の使い方では、入力VRを最大位置にすることが無いので何ら不都合はありません。

 後ろから見ると

電源部ですが、前述の通りイチカワ製スイッチング電源を左右のチャンネル毎に一台づつ使用しています。 スイッチング電源はオリジナルの状態から少し改造を施しました。 改造したのは、オリジナルの+250V,±18V,+12V,0Vから、+286V,+36V,0V,−12Vが出力できるように不要な部品を除去し配線を変更したこと、そしてスイッチングノイズがあまりに多かったのでリップルフィルタを追加、増強した点です。 また、改造のためかどうか判りませんが、電源がうまく立ち上がらない時があったので制御部の平滑コンデンサの容量を大きくしています。 そして3AのヒューズをT0.5Aに変更しました。 これらの改造を行うと、メーカーの保証、修理は当然受けられなくなります。 電源の改造は扱う電圧が高いので危険ですし、電源を破壊したり、外にノイズをまき散らす結果になる可能性があるので、全て自分の責任において行わなければならないことは言うまでもありません。 

本機を組み立てて最初に電源入れたときに、使用している電源スイッチ(接点定格125V、5A)の接点が溶着してしまいましたので、ジャンク品のスイッチング電源から取り出したパワーサーミスタを電源スイッチ部に追加しました。 ラッシュ電流の低減についてメーカーに改善を要望したいところです。

 はらわた

内部PCBのアップ 

 ミューティング回路は側面に(後付けなもので...)

 測定データ

NFBを掛ける前の測定データです。

ダンピングファクタ Lch 6.54(1V → 1.153V)
(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 6.49(1V → 1.154V)
利得(at 1kHz) Lch 21.87dB
  Rch 21.75dB
残留ノイズ Lch 683.4μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   26.39μV(IEC−A)
  Rch 498.6μV(10〜300KHz)
    17.70μV(IEC−A)

周波数特性(無帰還)

歪率特性(無帰還)

NFBを掛けた後の測定データです。

最大出力 Lch(100Hz) 3.026W
(8Ω負荷、5%THD)    (1kHz) 3.131W
     (10kHz) 3.312W
  Rch(100Hz) 2.990W
     (1kHz) 3.109W
     (10kHz) 3.350W
周波数特性 Lch(at 10Hz) −0.07dB
(1V、8Ω負荷、1kHz基準)    (at 100kHz) −1.00dB
  Rch(at 10Hz) −0.07dB
     (at 100kHz) −0.91dB
最低雑音歪率 Lch(100Hz) 0.0245%(0.1W)
(8Ω負荷、10−80kHz)    (1kHz) 0.0249%(0.1W)
     (10kHz) 0.0353%(0.07W)
  Rch(100Hz) 0.0186%(0.05W)
     (1kHz) 0.0168%(0.05W)
     (10kHz) 0.0189%(0.03W)
ダンピングファクタ Lch

12.66(1V → 1.079V)

(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 12.82(1V → 1.078V)
仕上り利得 Lch 15.30dB(NFB=6.57dB)
  Rch 15.15dB(NFB=6.60dB)
クロストーク Lch → Rch −74.02dB
(at 20kHz) Rch → Lch −67.51dB
残留ノイズ Lch 401.6μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   12.23μV(IEC−A)
  Rch 243.0μV(10〜300KHz)
    10.68μV(IEC−A)
消費電力   47.1W(100V、0.714A)

周波数特性(NFB有)

高域周波数特性比較(Lch)

高域周波数特性比較(Rch)

歪率特性(NFB有)

クロストーク特性

 総括

本機は6CK4差動PPアンプに続くスイッチング電源搭載真空管アンプの第二弾ですが、実は私が作った初めての多極管プッシュプルステレオアンプでもあります。(今までにも多極管プッシュプルアンプは組んだことがあるのですが、全てモノラルですので。) 今までちょっと三極管(と三結)に固執しすぎたかなという反省があり、これからは多極管アンプも少し手がけてみようと思っています。

超三結の特徴が出ているのか、何とも押し出しの強さを感じるアンプです。特に低音の出方は特徴的です。 かわいいMT7ピンの多極管プッシュプルで、しかも小型出力トランスを使っているという見掛けからは想像しがたい低音が出てきます。う〜ん、とっても意外でした。 超三結アンプファンが多いのもうなずける気がします。 恐らくこのアンプで多極管アンプを語ることは出来ないんじゃないかと思います。 初めて作った多極管ステレオアンプが超三結というのは、多極管アンプを評価するという意味では不正解だったかも知れません。

冒頭に書いた多極管差動プッシュプルの評価が高くないという理由に、ぺるけさんは低音の緩さと定位感の無さを挙げていらっしゃいます。 しかし、本機はいずれの点も問題が無いように感じます。 多極管特有の低域の緩さは、本機は超三結回路を採用していますので解決できるだろうと設計当初から考えていたのですが、定位感が悪いというのは対策案が無いままでした。 それでも、今まで作った三極管差動プッシュプルアンプと比較して、定位感が特に悪いという印象はありません。多少音が広がったような印象は受けますが、そのことがむしろ音に雄大さを与えているように聞こえます。

どうして先輩方の評価と異なるのか?理由がわかりませんので可能性を考えてみました。
1.私の耳が先輩方の域に達しておらず定位の悪さが評価できない。
2.超三結動作させることで差動PPの定位の悪さが何らかの理由で解消している。
3.(スクリーン電流の振る舞いが定位感を損ねているとして)EL95のスクリーン電流が
  クリップ近くまで出力するまでほとんど変化しないことで定位が悪くならない。

1.に関しては私は全く自分の耳に自信がありませんので、もしかすると最大の理由かも知れません。2.は全くの当てずっぽの域を出ないデタラメですが、3.に関してはデータを取ってみました。ぺるけさんは氏の掲示板でスクリーン電流の振る舞いが定位感を損ねる原因ではないかと書き込まれています。スクリーン電流の変化が少ない事でEL95を終段に選んだわけではないので、もし3.が原因であるとすると意図せぬ選択が成功に導いてくれたことになります。でも、こればかりは一人で評価しても仕方がないことではありますが....

最後にひとつ、本機について特筆したいことはアンプの発熱です。 差動プッシュプルアンプで3W+3Wの出力、そして220mm×140mmのシャーシという条件だと今までの経験では、かなり熱くなるアンプになるのですが、本機は全然問題にならない程度です。 電源をシャーシの内部に置かなかった事が功を奏したようです。 スイッチング電源についてノイズが多いと苦言を書きましたが、このような美点があることを強調しておきます。

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