6CL6三結差動プッシュプルミニアンプ

番外編でご紹介したアンプに6BM8、50C5の両三結差動PPアンプがありますが、残念ながらどちらも満足できるものに仕上げることができませんでした。このアンプは今度こそ!と、わりと気合を入れて作ったアンプです。このアンプでも幾つか妥協をしたところがありますので100%満足とは決して言えませんが、目指した実用性はそれなりに確保できたのではないかと思っています。(甘いかな〜)

そもそも1Wクラスのミニアンプをしつこくトライし続けているのは、師匠と仰ぐぺるけさんのホームページの記事に共鳴したからです。その記事を読んだのは6BM8三結アンプを製作している最中でした。私なりにそのアンプで記事の「1Wのプッシュプルアンプ」の具現化を図ったのですが、なんともまあ出来が悪かったものですから... そこで何とか実用的なアンプが出来るまでと、あがいた結果が本機です。

 回路図

アンプ部の回路は下図の通りです。今までの差動プッシュプルアンプでの経験を元に、より良いアンプにするために必要だと思うことは盛り込んだつもりです。ただし、今回はパーツに関してはケチることを心掛けました。ミニアンプがミニアンプである為には、豪華な部品を採用した結果、部品代が高くつくような方向は何か違うような気がしたからです。ミニアンプはかかる費用もお手頃で、そのわりには音もそこそこ悪くないものであるべきだと考えるのは私だけでしょうか? まあケチったと言っても出力トランスくらいの事で、結局その他はいつもと同じような部品を使うことになりましたが...

出力トランスは、アンディクスオーディオというお店のオリジナルトランスを使いました。これは私が見つけた中で一番安い出力トランスです。出てきた音に関しては、価格の割にはまあまあ合格点を付けられると思います。でも、後でご紹介する様に、性能を出すため(ハムノイズを減らすため)には結構苦労しました。しかし、そこそこの音を出せる出力トランスが3,300円也で手に入るのですから、安価にアンプを組みたい場合には良い選択肢に成り得ると思います。このトランスが別冊ステレオサウンドの「世界のトランス大研究、出力トランス編」に載っていますが、同誌での寸評も悪くないものでした。実はもともとは番外編でご紹介した50C5三結PPアンプ用に購入したのですが、このアンプが無期延期となってしまいましたので本機に転用することになりました。仕様に関しては、私が測定したデータも含めてここでご紹介します。

本機は、真空管差動2段構成アンプの第一弾です。(本当は6BM8三結差動PPアンプで初めて取り組んだのですが、あれはあくまで番外編ということで...また、第二弾を考えていますので。) 差動2段構成は回路がシンプルということだけではなく、3段構成のアンプと比較して、NFBを掛けても安定度が高いので、破綻の無いアンプを作りやすいという特徴があります。

しかしながら差動2段構成で成功するには、アンプ全体がゲイン不足とならないように、使用する球を慎重に選択する必要があります。一番悩ましいのが出力管の選択でしょう。全ては出力管のバイアス電圧で決まってしまうような気がします。私の選択基準としては、三極管または多極管の3結ではNFBが6〜9dBとして−15Vくらいまで、多極管のネイティブ動作では、NFBが12〜15dBとして−8Vくらいまでではないかと考えています。またrpもできれば低い球が望ましいのですが、μが高くrpが低いとなると必然的にgmがかなり高い球ということになりますから、上手に組まないと発振の危険性が高くなります。しかし、これらの条件を満たす出力管はそう多くは存在するわけではありません。

差動増幅回路では差動の片側で稼げる利得の半分しか得られません。また、NFBを掛けた後の安定度を求める為には電圧増幅段で出来るだけ良好な高域特性を確保する必要がありますから、電圧増幅段としては、出力管のバイアス電圧にも依りますが、基本的に出来るだけμが高く、rpが低く、良好な直線性を持つ球を選びたいところです。

今回は、ミニアンプということで出力が1W程度を考えていましたから、少し大きめのスペックを持つ電圧増幅管を含めると、そう選択肢が少ないというわけではありません。かなり迷ったのですが、6CL6の3結をピックアップしました。6CL6だとバイアス電圧は−7Vくらいですから、電圧増幅段は6DJ8、6J6等の比較的安価で入手しやすい球を選択できます。今回は、MT7ピンの6J6を選択しました。この球は双三極管ですが、カソードが構造的に共通になっていてグリッドとプレートに左右からサンドイッチされています。したがってカソードが囲まれていないので赤熱したカソードがよく見えるため、眺めていて楽しい球です。

 

本機の6CL6の動作点は、Ep=220V、Ip=20mA、RL=8kΩ(P−P)ですが、これは電源電圧が結構高くなってしまった結果で、Ep>180Vであれば同様の結果が得られるはずです。少し高めのプレート電圧が掛かっているので、Ip=28mAくらいまで増やすことで約3Wくらいまで出力を上げることは可能ですが、そもそも本機は出力を絞り出すのが目的ではありませんし、今の状態で電源トランスの容量のほぼ限度一杯ですから、電源トランスと整流管、そしてシャーシを大型にしなければ出力を増やすことは難しいでしょう。

電源部の回路図は下図のとおりです。

今回は、真空管を使えるところはできるだけ真空管を使いたいと考えましたので久〜しぶりに整流管を採用しました。効率という点では何ら良い点の無い整流管ですが、眺めて楽しいという点ではなかなか味があります。最近作ったアンプでは小型化の為にダイオードばかり使っていましたが、本機では小さいシャーシに8本も真空管を並べたことで見た目が楽しくなり、整流管を使うのも悪くないな〜っと今更ながら気付く結果となりました。

6X4のヒーター巻線を利用してバイアス用のマイナス電源を作っていますが、この電源トランスは全ての巻線の電圧が定格よりも幾分少なめに出る様で、倍電圧整流の後で−12V程度しか得られませんでした。一方、定電流源を構成しているLM723Cの最低動作電圧が9.5Vです。当初π型のリップルフィルタで簡単に済ませる予定だったのですが、最低動作電圧付近で使用するにはリップルが大きすぎて正常に動作しなかったので、π型を諦めてトランジスタリップルフィルタ回路に急遽変更しました。最終的にはAC電圧が100Vちょうどの時にリップルフィルタの出力で−10.2V程度ですから、減電圧(例えば100Vの90%なら90Vでの動作)状態では、若干不安が残ります。新たに製作するならば、もう少し低い電圧で動作する回路に変更すべきところでしょう。

背面(珪素鋼鈑のシールドを付ける前です。)

 シャーシ加工

本機は、TAKACHIのCH6−22−14というケース(W220mm×H55mm×D140mm)を使用しています。やっと部品が並ぶという小さめのケースですが、ミニアンプがミニアンプであるための私なりのこだわりがこのケースの大きさです。出力が1.5W+1.5Wしか出ないのに、でっかいシャーシを使うのは面白くありません。特に現在、非常にコンパクトな6EW7差動PPアンプ(5W+5W)をメインのアンプとして使用していますので、それよりも遥かに小さい出力の本機では、6EW7アンプよりも大きなシャーシを使いたくありませんでした。少しでもより小さくまとめたかったのですが、結局あまり変わらない寸法に落ち着きました。

このケースは少々値は張るのですが、前後のパネル、側板、天板、底板と全てバラバラの部品で構成されており、加工性は抜群です。側板が最低板厚2.2mmのアルミダイキャスト製であることに目をつけ、リップルフィルタのトランジスタと、両チャンネルの定電流源のトランジスタを、それぞれの側板に直接取りつけて放熱板代わりにしています。リップルフィルタのトランジスタは、消費電力が3W程度ありますので、少々不安だったのですが、なんとか手で触れられるくらいの温度で納まっています。

2,3作前からシャーシの加工図に、PCBEというフリーソフトを利用しています。このソフトはプリント基板のパターン設計用のソフトで、大変重宝しています。本機でも電源基板、定電流源基板を蛇の目基板で作るときにお世話になっています。このソフトの良いところは、プロッターではなく汎用プリンタを利用して、縮尺の微調整可能な版下印刷が出来る機能を持っていることで、これを利用してシャーシの加工図を原寸でプリントアウトして、シャーシ加工を行っています。(下図参照) これはなかなか便利ですから、お勧めです。

 測定データ

NFBを掛ける前の測定データです。

ダンピングファクタ Lch 1.26(1V → 1.792V)
(8Ω、1kHz、1V) Rch 1.30(1V → 1.772V)
利得 Lch 16.77dB
  Rch 17.61dB
残留ノイズ Lch 1.932mV(10〜300KHz)
(8Ω、VR最小)   199.2μV(IEC−A)
  Rch 678.3μV(10〜300KHz)
    89.16μV(IEC−A)
(同上、珪素鋼鈑有) Lch 548.8μV(10〜300KHz)
    83.37μV(IEC−A)
  Rch 373.0μmV(10〜300KHz)
    40.75V(IEC−A)

周波数特性(無帰還)

歪率特性(無帰還)

無帰還でのLchの残留ノイズが約1.9mVと大変高い結果になりましたが、これは電源トランスのリーケージフラックスを出力トランスが拾った為です。部品配置が拙いのが根本原因ですが、部品がやっと並ぶだけの小さいシャーシを使用している本機では、他に配置のしようがありません。電源トランスにはショートリングとハムプルーフベルトで磁気シールドがされているので問題無かろうとタカをくくっていたのですが、どうやら過信だったようです。今回採用した出力トランスは廉価版のバンド型で、磁気シールドが施されていないため、電源トランスからはもう少し離して配置しなければならないようです。6EW7(6DE7)差動PPアンプも大変小さいシャーシに組みこんだのですが、この時はそれほど気にならなかったので、ちゃんとしたケース入りの出力トランス(この時は、タムラ製のF−485でした)は、特に磁気シールドがされていなくてもそれなりにシールド効果があるのだということがわかりました。

このままでは、ハムノイズが大きすぎてとても許容できるレベルではありません。会社のごみ捨て場に大量に捨ててあった珪素鋼鈑の板金部品を、何か役に立つこともあろうと拾っておいたのがあったので、奥の手ですが外付けで磁気シールドを試みました。見た目は大変無粋ですが、Lch1.9mV→0.5mV、Rch0.7mV→0.4mVと効果有りで、おかげでなんとか妥協できるレベルになりました。

 はらわたです。(電源基板に裏付リップルフィルタが...)

 電源部です。

 

NFBを掛けた後の測定データです。

最大出力 Lch(100Hz) 1.379W
(8Ω、5%THD)    (1kHz) 1.446W
     (10kHz) 1.570W
  Rch(100Hz) 1.455W
     (1kHz) 1.537W
     (10kHz) 1.656W
周波数特性 Lch(at 10Hz) −0.24dB
(1V、8Ω、1kHz基準)    (−3dB) at 87.60kHz
  Rch(at 10Hz) −0.22dB
     (−3dB) at 88.34kHz
最低雑音歪率 Lch(100Hz) 0.108%(0.03W)
(8Ω)    (1kHz) 0.0831%(0.03W)
     (10kHz) 0.0980%(0.03W)
  Rch(100Hz) 0.122%(0.03W)
     (1kHz) 0.0553%(0.01W)
     (10kHz) 0.0468%(0.015W)
ダンピングファクタ Lch 3.87(1V → 1.258V)
(8Ω、1kHz、1V) Rch 4.07(1V → 1.246V)
仕上り利得 Lch 9.61dB(NFB=7.16dB)
  Rch 10.09dB(NFB=7.52dB)
クロストーク Lch → Rch −79.52dB
(at 20kHz) Rch → Lch −67.82dB
残留ノイズ Lch 390.8μV(10〜300KHz)
(8Ω、VR最小)   44.48μV(IEC−A)
  Rch 86.75μV(10〜300KHz)
    14.03μV(IEC−A)
消費電力(無信号時)   67.9W(100V、0.699A)

周波数特性比較(Lch)

周波数特性比較(Rch)

歪率特性(NFB有)

クロストーク特性

 総括

ケースは少し奮発しましたが、それ以外の部品はいつもより安く押さえることができたので、部品代合計で約26,000円(消費税抜き)で収めることができました。ケースに安いシャーシを用いたり、上手く買い物ができればもっと安く出来るチャンスもあります。ミニアンプは、安く作れなくては「値段の割にまあまあ音が良い」という言い訳が通用しなくなるので?出来るだけ価格を押さえたいところです。

私は、アンプの音質は出力管よりも出力トランスに依存する部分が大きいと考えています。だからこそいつも安価な球ばかり使うのです。しかし今回は、アンプの音質のみならず物理的特性についても、出力トランスによる部分がかなり大きいと感じました。気持ちは揺れてはいますが、高価な球を使うよりも、そんなお金があったら基本的には出力トランスに廻そうと思っています。(もちろん廻すお金なんてありませんが) もし本機に、例えば6EW7差動PPアンプで使用した出力トランス(F−485)を使っていたら物理的特性はもっと良いデータが取れたことだろうと思います。ただし値段は今回採用したトランスの3倍くらいしますから、価格と性能のどちらを取るかということになりますが。

ほぼ狙った通りのアンプに仕上げることができたと思います。たった1.5Wですが、小さな私の部屋で小型スピーカを鳴らすには必要充分です。それでもボリュームを絞って使わなければならないのですから。

小さな出力と安い部品代となると、入門者向けと言いたいところですが、残念ながらこのアンプは、ちいさいシャーシに内容物を積めこんでいるのと、その場しのぎというか苦し紛れの対策で済ませている部分がありますので、初心者の方がそのままコピーするに足る出来ではないように思います。初心者の方へのアドバイスとしては、もう少し大きめのシャーシにゆったりと組んで、電源トランスの方向を90度回転させるのと電源トランスと出力トランスとの距離をできるだけ離すことが成功の近道だといえるでしょう。また、本機で採用した出力トランスはDCバランスを取ってもあまり歪率が良くならない一方でかなりバランスが狂ってもそれほど悪くならないという性格を持っていますから、バランス調整回路無しでも大きな破綻は無いと思います。そして定電流源をLM723Cではなく、例えばLM317Tを使えばAC側の減電圧も気にならなくなりますし、部品点数も少なく簡単に作ることが出来ると思います。

 

後日談です。

これまでメインのアンプとして使っていた6EW7差動プッシュプルアンプを私の父親にプレゼントしたので、今では本機が私のメインのアンプとして君臨しています。私のシステムは、書斎(と呼べるような部屋ではありませんが)のデスクの上に置かなければならないのでコンパクトでないといけない使命があります。CDプレーヤに3D用のフィルタを組み込む改造を施したので今ではプリアンプすら使わなくなったため、パワーアンプは横幅223mmのCDプレーヤの上に鎮座する必要があるからです。

机の上に置いた差動プッシュプルミニアンプでフルレンジスピーカを鳴らしていますが(プラス机の下の3Dサブウーファで低音をアシスト)、このシステムは何より定位感が抜群です。これでオンマイクで録った室内楽などを聞くと、まさに音源の定位をはっきり感じることができ、おお!このフレーズはバイオリンではなくヴィオラがメロディーを取っていたのか!なんて発見がとっても楽しいです。(2002.03.21追記)

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