6AN5WA(T)A級動作カソード平衡出力アンプ

2003年1月に、ぺるけ師匠の「大人の自由空間」BBSのOFF会 が横浜、善本邸で開催されました。私は北野@紀南さんと、井阪@堺さんの車に便乗してOFF会に参加することになりました。横浜への車中で、 北野さんが夢で見たアンプの回路 についての話題が出ました。そのアンプの出力回路というのが、本機で採用しているA級動作カソード平衡出力回路でした。

この回路は出力段での電圧利得が全く期待できないので、その時はドライブ回路が大変そうだなという印象が残っただけで、特に興味が湧くようなことはありませんでした。後にぺるけ師匠の「なんでもあり」のBBSや亀さんのBBsで、出力トランスに直流を重畳しないことによる音質的なメリットがあるのではないか?ということなどが話し合われたので、初めて興味を覚え、実験を行うことにしました。電源利用率が非常に悪いことから実用アンプに仕上げるのは難しいだろうと予測して、はじめは単にバラック状態で差動プッシュプル回路、差動SRPP回路との物理特性の比較を行い、実用アンプとしては、実現が容易な差動SRPPアンプを製作しようと思ったのですが、実験してみるとなかなか素晴らしい特性が得られましたので、回路の音質評価が出来るようにステレオアンプを製作することに方針変更しました。

「A級動作カソード平衡出力回路」という本機の出力段の回路の名前は、亀さんの「真空管BBs」に私が書き込んだ本機の原型回路を、超3結アンプの生みの親である上條信一氏がご覧になって名づけられたものです。「出力トランスに直流を流さない差動PPアンプ」というタイトルの書き込みだったのですが、この回路では共通カソードでもないし、定電流源に並列に負荷が入ってしまい高インピーダンスでもないので差動プッシュプルとは言えないのではないかという指摘を受けましたので、その名前をそのまま採用させていただきました。この回路は出力トランスに直流を重畳しないほか、差動プッシュプルと共通の特徴として、プッシュプル合成がトランスの一次側電磁結合に依存しないことや信号路に電源を含まないなどが挙げられます。

 回路図

アンプ部の回路図です。この出力段は電圧利得が全く無いことと、電源利用率がめちゃくちゃ悪いので出力を欲張ると、ドライブ回路は複雑になるわ、電源回路と定電流回路の規模は大きくなるわと、とんでもなく大袈裟なアンプとなってしまいます。本機は実用アンプを作るというよりも、回路の音質評価が目的ですので出力はささやかに1W+1W程度を目標にします。

本機の出力段は信号路に電源を含まないという差動プッシュプルと同じ特徴を持ちますから、ドライブ段でもその特徴を貫くこと、出来るだけシンプルな回路にすることを念頭に設計しました。まず出力管ですが、6AN5WAというMT7ピンの可愛い球を選びました。この球は5極管ですが、三結にすると内部抵抗がかなり低くなります。規模的にも今回のアンプに好適です。また、ヒーターカソード間の耐圧も結構高いので好都合です。何より安価なので気楽に使用できます。動作点としてEp120V、Ip23mA、RL4kΩ (K−K)で始めましたが、最終的に実機で測定した結果はEp117V、Ipは少し増やして26mAとなりました。

ドライブ回路は利得が高く取れる半導体差動回路にしました。この回路は拙作アンプでは良好な結果が出ており、困った時に頼りになる使いやすい回路です。負荷抵抗が4kΩで1W出力となると出力トランスの1次側で63.2Vrmsの振幅が必要です。出力段での電圧利得は差動プッシュプルでの動作例から推定します。差動プッシュプルのロードラインを引いて、作図的に電圧利得を計算すると(135V−59V)/12V=6.33となります。カソードから信号を取り出すと帰還率が100%になりますから、利得は20LOG{6.33/(1+1×6.33)}=−1.27dB(0.864倍)となります。ということはドライブ段で必要な振幅は、63.2V/0.864=73.1Vrmsとなります。入力電圧を1V、NFBを6dB程度掛けるとすると、差動出力で146.2倍(43.3dB)もの電圧利得が必要です。差動回路1段だけでこれほどの利得が取れる真空管は存在しませんので、ここは半導体の独壇場です。

実機での測定結果を下に示します。(出力トランスの1次側で1Wの出力になるように入力信号1kHzを調節したときの値です。)

  入力 出力段両グリッド間 出力段両カソード間 8Ω出力
Lch 0.849V 73.8V 63.2V(1.0W) 2.406V(0.724W、THD1.35%)
  電圧利得 38.8dB(ドライブ段の利得) −1.35dB(出力段の利得) −1.40dB(出力トランスの挿入損失)
Rch 0.839V 72.1V 63.2V(1.0W) 2.413V(0.728W、THD0.867%)
  電圧利得 38.7dB(ドライブ段の利得) −1.14dB(出力段の利得) −1.38dB(出力トランスの挿入損失)

NFBが5dB掛かっている状態での測定ですので、全体の電圧利得はNFBが無ければ5dB足した値になるはずです。出力段の電圧利得(両グリッド間→両カソード間)は、ほぼ推定した計算値と一致しました。 それに対して、出力トランスでの減衰が約1.4dBと予想よりも大きめでした。

本機の出力段で、差動プッシュプル回路と特に違うのは定電流回路の耐圧要求でしょう。出力を取り出す両出力管のカソードに、出力トランスの一次巻線と定電流回路が接続されていますから、定電流回路は出力信号の振幅を許容しなければなりません。本機の出力を1Wとすると出力トランスの1次側で63.2Vrms、178.8Vp−pです。これは差動出力ですから、それぞれのカソードの振幅は89.4Vp−pとなります。定電流回路の基準点は−127Vですから出力段のバイアス電圧を−9Vとすると、定電流回路の出力端は基準点に対して無信号時に136V、これを中心に1W出力時には46.6Vから225.4Vの間を動くことになります。したがって、230V以上の耐圧が必要となります。(マイナス側の電源電圧を最適化すればもう少し小さな耐圧でもOKです。)定電流回路の消費電力は、それぞれ136V×26mA≒3.54Wですからステレオで14.1Wになります。

本機は1W+1Wが目標なのでこれくらいの数字で済みますが、基本的にA級動作カソード平衡出力回路というのは大出力向きではありません。負荷抵抗にもよりますが出力を大きくしようとすると、より大きな振幅をドライブ回路で作り出さなければなりません。そうすると差動1段では対応が不可能になりますし、ドライブ段の電源電圧もさらに高いものが必要です。そして定電流回路の耐圧もさらに高くないといけません。振幅が大きくなると当然出力電流も大きくなりますから、定電流回路の設定電流も増やさねばならず、定電流回路での消費電力も大きくなります。差動プッシュプル回路においても出力を大きくしようとすると物量作戦になりますが、A級動作カソード平衡出力回路では、さらに輪を掛けて物量を投入する必要があります。

A級動作カソード平衡出力回路は出力トランスに直流を重畳しないということから、音質が良いのではないかというのが本機を製作するきっかけですから、DCバランスには特に気を付けたいと考えました。そこで過去3作ほどで実績を作ったDCバランスサーボ回路を本機にも採用しました。本機の構成でDCバランスサーボ回路を入れるためには出力トランスの1次側はセンタータップではなく、独立巻線である必要があります。今回採用した出力トランスは、アンディクスオーディオのオリジナルの6608PNというものです。これは低価格ながらパーマロイコアを使用したトランスで、若干お高い高級?仕様の受注生産品です。 1次側のインピーダンスが8kΩのものですが、本機では16Ωタップに8Ωの負荷を接続して見かけ4kΩとして使用します。残念ながら1次側巻線は独立巻線ではなくセンタータップですので、独立巻線仕様に改造しました。このトランスはバンド型ですので改造は容易です。ただし手術跡が残るので、手元にあった(有)ソフトン製のトランスカバーを改造して、その中に収めました。6608PNの詳細はここでご紹介します。

 OPTの手術跡

電源回路も極力シンプルなものにしました。電源トランスは手持ちのLUX製の古いものを使いました。マイナス電源は、もっと低い電圧で良いのですが(−90V程度で充分です)、回路を簡単にするために ±電源を同じ電圧にしました。

 はらわた

 出力管付近とDCサーボ基板

 電源部

 初段差動、定電流回路基板と出力管

 測定データ

NFBを掛ける前の測定データです。

ダンピングファクタ Lch 3.42(1V → 1.292V)
(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 3.68(1V → 1.272V)
利得(at 1kHz) Lch 14.09dB
  Rch 14.28dB
残留ノイズ Lch 146.2μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   13.16μV(IEC−A)
  Rch 197.2μV(10〜300KHz)
    37.85μV(IEC−A)

周波数特性(無帰還)

歪率特性(無帰還)

NFBを掛けた後の測定データです。

最大出力 Lch(100Hz) 1.056W
(8Ω、5%THD)    (1kHz) 1.066W
     (10kHz) 1.039W
  Rch(100Hz) 1.240W
     (1kHz) 1.247W
     (10kHz) 1.196W
周波数特性 Lch(at 10Hz) −0.11dB
(1V、8Ω負荷、1kHz基準)    (at 100kHz) −2.56dB
  Rch(at 10Hz) −0.08dB
     (at 100kHz) −2.96dB
最低雑音歪率 Lch(100Hz) 0.0339%(0.02W)
(8Ω負荷)    (1kHz) 0.0342%(0.02W)
     (10kHz) 0.0378%(0.02W)
  Rch(100Hz) 0.0407%(0.02W)
     (1kHz) 0.0398%(0.03W)
     (10kHz) 0.0411%(0.03W)
ダンピングファクタ Lch

6.41(1V → 1.156V)

(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 6.90(1V → 1.145V)
仕上り利得 Lch 9.08dB(NFB=5.01dB)
  Rch 9.25dB(NFB=5.03dB)
クロストーク Lch → Rch −93.71dB
(at 20kHz) Rch → Lch −85.76dB
残留ノイズ Lch 113.4μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   21.98μV(IEC−A)
  Rch 139.8μV(10〜300KHz)
    28.61μV(IEC−A)
消費電力   75.4W(100V、0.895A)

周波数特性(NFB有)

高域周波数特性比較(Lch)

高域周波数特性比較(Rch)

歪率特性(NFB有)

クロストーク特性

 総括

本機は、当初製作する予定が無かったアンプだったのですが、たまたま手持ち部品だけで作れたという事も手伝って、2ヶ月弱という短期間ででっち上げることができました。組み立てた直後はは出力段のIpを23mAにしていたのですが、最終的には少し欲張って26mAにしたので、かなり熱を持つアンプになってしまいました。実用アンプとしてはちょっと問題に思いますので、秋の第一回管西試聴会が終わったら戻そうかなと思っています。

ちょっと失敗したな〜っと感じる点は、初段の半導体差動回路をシャーシ上面のヒートシンク上に展開したために、NFBのリターン配線が長くなり、NFBループがトランスのリーケージを拾ってしまう結果、NFBを掛けたときにノイズが多めになってしまう点です。配線の引き回しを変更する等して最終的にはまあまあのところまで追い込むことが出来ましたが、最初にNFBを掛けたときには掛ける前よりも残留ノイズが大幅に増えるなんてことになってしまい、大慌てでした。初段回路は出力トランスの下にでも実装すべきだったのかもしれませんが、初段に使用しているパワートランジスタには両チャンネル合計で約6.5Wも食わしているので、シャーシの中に収めるのは躊躇してしまうところでもあります。

A級動作カソード平衡出力回路と差動プッシュプル回路との違いのひとつに、ダンピングファクターがあります。当然のことですがプレートよりもカソードから信号を取り出したほうが出力インピーダンスが低くなるからです。 バラックの実験 ではEp120V、Ip25mA、RL4kΩ(K−K)の条件で、差動プッシュプルが1.21、カソード平衡出力が3.75でした。本機では5dBのNFBが掛かっていますから6.5〜7近くになっています。

今回もホームページで紹介することを優先した為に音質評価はちゃんと出来てはいないのですが、出力トランスに直流を重畳しないことが良かったのか、パーマロイコアの出力トランスが良かったのか、はたまた別の要因か判りませんが今のところ良い感じで鳴ってくれています。一番印象的なのは定位感です。本機は私が今までに制作したどの差動プッシュプルアンプよりもビシッと定位します。ご存知の通り差動プッシュプルアンプの定位感の良さは定評がありますが、A級動作カソード平衡出力アンプにはそれを超えるものがあるのでしょうか? 本格的な評価としては、管西試聴会に持ち込んで参加者の皆さんに聞いていただこうと考えています。

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