2012.3.14

☆サクラ

 しかし、オールドノリタケに桜とはっきりわかる図柄はそれほど多くない気がする。ただこの花瓶の桜図は、昔から日本人がこの花に込めてきた精神性までも描き込んでいるようだ。

 「桜が咲いていた。花はおもわぬ狭い囲いのなかにもあった。」

上田三四二の『祝婚』という短編の書き出しにある文だ。随分前に読んだのに、なぜか毎年桜の季節になると思い出す。

 咲いて初めて、その特別な存在に改めて気づかされる花。

 浮遊感が来た。道をうしない、どこかに迷い入ったかのようだった。往来の人も影のように気配めいて感じられる。」

 再び『祝婚』より・・・

「花蔭を歩く。対側の梢の花は中空に白く浮きたち、頭上の花の群りは注ぎかける光を濾して明るさのなかに複雑な陰影を畳んでいた。散るには早いが、散り急ぐ花びらがおりおり舞い落ちる。落花は舗道に彩りを点じて、そこここにあった。