PCL84(15DQ8)ULプッシュプルミニアンプ

昨年秋より音響用トランスの設計および試作を見よう見まねで始め、幾つものトランスを巻いているうちに、 少しづつですがそれなりに特性のしっかりしたトランスを巻くことが出来るようになってきました。今回は ミニギターアンプの自作用にと思って巻いたEI−41(積厚20mm)の小さな出力トランスの特性が非常に 良いものでしたので、ステレオアンプ用に設計変更を加えて何かミニアンプを作ってみることにしました。

前作のPCL84プッシュプルミニアンプはコンパクトさと性能において、まずまず満足できた私のお気に入り でしたが、付き合いが長くなるうちに不満点が出てきました。そこで本機は前作の改良版として、更なる小型化、 高性能化を追求しました。

PCL84(15DQ8)という球は、つくづくミニアンプに適した球だと私は思います。本機のような二段構成 ですと通常は利得が足らずに充分なNFBが掛けられないことが多いのですが、この球はバイアス電圧が低い 出力用の5極部と、μが60と適度に高い三極部が絶妙の組み合わせで、二段構成にも関わらず掛けようと思えば、 20dBにもおよぶNFBを掛けるだけの利得の余裕があります。このように2段構成で充分に利得が取れる 三極五極複合管には他に6GN8、6GW8などがありますが、出力用5極部の規模が少し大きくなります。

前作では出力トランスのKNF巻線が32Ωと高めであったことと、KNF巻線のF特が二次巻線と比較して 若干悪かったことから、バイアスが非常に浅いPCL84の5極部との組み合わせではKNFが約11dBと深く 掛かり過ぎて、KNFを掛けた時点で高域F特の乱れを生じてしまいました。そしてKNFに利得を取られオーバ ーオールNFBに廻す利得が充分に残らないということになってしまいました。これは、そもそもEL95、 6AQ5等のgmがさほど高くない小型多極管を想定した仕様を出力トランスに自分で与えておいて、はるかに gmが高い球を起用した私の天邪鬼さ加減が招いた事態でした。

多極管を出力管に選択する場合、ギターアンプは別として、ダンピング不足を解消するためにNFBをどのように 活用するのかということが常に問題となります。本機においても前作と同様に、全てオーバーオールNFBに 頼るのではなく、極部帰還を併用して系の安定を図ることとし、加えてUL接続(これも一種の局部帰還と 言えます)としました。二次巻線とは別にKNF巻線を設けると、二次巻線と同等の特性を得ることが難しいため、 KNFは二次巻線から掛けることにしインピーダンスも前回の半分の16Ωとしました。これで、KNFを掛けた ときの特性は前回より良いものが得られ、オーバーオールNFBに廻す利得が増えるという目論見です。 上手く行くかな?

後ろから

 回路図

前作ミニアンプの改良版ということで、基本構成、特に初段の回路は全く同じです。出力段は前述のように 自作の出力トランスを使用したUL接続とし、KNFは二次巻線から掛けることにしました。二次巻線からKNFを 掛けるため、前作のように自己バイアスにするとスピーカー端子に直流電位が発生するので、固定バイアスに 変更しました。(別に直流電位があっても大きな問題は無いんですけど、ちょっと気持ち悪いので。)そして UL接続による出力低下を補うためプレート電圧を若干高めに設定しました。

アイドリング電流については、ちょっとずぼらして電流検出用の抵抗を設けず、出力トランスの二次巻線の DCR(0−4Ω間、4ー16Ω間が約0.4Ω)を利用して調整しています。巻線抵抗を利用すると温度によって 抵抗値が変化する(温まると抵抗が高くなる)のですが、アイドリング電流、DCバランスの調整において実用上 特に問題はありませんでした。

前作のミニアンプよりも更なるミニを目指すということから、電源トランスもネジ穴が開いているコアとしては 最小の部類であるEI−68という関東系のコアを使用して自分で巻きました。EI−68は、JIS規格に 準拠したEI−66(SA−4F)コアに似た寸法ですが、ロス有りの巻窓が大きいタイプです。積厚は 出力トランスケースの高さに合わせて49mmとのっぽ型(提灯型)にして容量を確保しました。B電源用巻線は 電線が細いと少々巻き難いので、倍電圧整流仕様としました。バイアス用の負電源はヒーター巻線を利用して、 巻線の数を最小限にしています。この電源トランスのおかげで究極?のミニアンプが可能となりました。

本機は富士シャーシのNo.37(フタ無し、160mm×100mm×H50mm)という弁当箱シャーシを 使用しました。部品がギリギリ載るくらいの小さなものです。今回のお遊びとしてシャーシに紫色のアルマイト 染色をしてみました。@380円のシャーシの為に何とも馬鹿げているような出費(加工傷を取ってもらって ヘアーライン処理の上にアルマイト染色で、税抜き1万円也)ですが、入魂の一作にはこれくらいのお化粧が 必要ではないでしょうか?(単に塗装が下手なだけという噂も...)

電源トランスは黒塗りの伏形の上下カバーを取り付け、コア側面はスプレー塗装でマルーン色に塗りました。 出力トランスにもお化粧をということで、関東変圧器材で販売しているカットコアー用角型ケースの一番小さいもの に入れました。この角型ケースはもともと半田封止用なので、側面からネジで止める加工をし、これも電源トランス と同じ色に塗りました。ケースの加工は自分で行いましたが、関東変圧器材さんに頼めば加工も引き受けてもらえる ようです。(個別に図面を書けば見積りをしてくれます。)

 OPTケースを外したところ

本機で使用したトランスの詳細はこちらでご紹介しています。

 塗装前のケースとOPT

以下に本機の部品表を挙げます。部品代がわからなくなってしまった部品もあるので参考程度とお考え下さい。 トランスは全て自作ですので、一個当りの大雑把な材料費を入れました。トランスの材料は少量の購買が難しいので トランス一台分だけを作ろうとしたらもっともっと高くついてしまいますが、一応の目安とお考え下さい。

 はらわた

今回も部品実装は蛇の目基板を活用しています。本機では殆どの部品が基板に 載っていますから、恐らく誰が作っても再現性のあるアンプと言えるのではないかと思います。 でもトランスは自分で巻かなきゃ駄目だからなぁ... まあアースの取り回しとかを参考にして下さい。

 続はらわた

 測定データ

オーバーオールNFBを掛ける前の測定データです。(KNFは掛かった状態です。)

ダンピングファクタ Lch 2.38(1V → 1.421V)
(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 2.22(1V → 1.451V)
利得(at 1kHz) Lch 27.64dB(KNF=6.8dB)
  Rch 27.31dB(KNF=6.6dB)
残留ノイズ Lch 0.441V(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   62.77μV(IEC−A)
  Rch 0.968V(10〜300KHz)
    197.6μV(IEC−A)

目論見通りKNFは前作の約11dBから6dB後半になり、その分はオーバーオールNFBに廻すことが できます。UL接続のおかげでカソード帰還量が減ったにも関わらず無帰還時のダンピングファクターは ほぼ変わらない結果となりました。ちなみにKNFをかける前のダンピングファクターはRchが0.631、 Lchが0.643でした。UL接続の効果がバッチリ表れていますね。

仕上がり状態の測定データです。

最大出力 Lch(100Hz) 2.2W
(8Ω、1%THD)    (1kHz) 2.3W
     (10kHz) 2.2W
  Rch(100Hz) 2.3W
     (1kHz) 2.4W
     (10kHz) 2.4W
周波数特性 Lch(−3dB) 3.85Hz
(1V、8Ω負荷、1kHz基準)    (−3dB) 187.5kHz
  Rch(−3dB) 3.81Hz
     (−3dB) 192.4kHz
最低雑音歪率 Lch(100Hz) 0.0536%(0.1W)
(8Ω負荷、10−300kHz)    (1kHz) 0.0316%(0.2W)
     (10kHz) 0.0391%(0.15W)
  Rch(100Hz) 0.0286%(0.2W)
     (1kHz) 0.0283%(0.3W)
     (10kHz) 0.0506%(0.07W)
ダンピングファクタ Lch

14.49(1V → 1.069V)

(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 13.70(1V → 1.073V)
仕上り利得 Lch 14.70dB(NFB=12.93dB)
  Rch 14.49dB(NFB=12.82dB)
クロストーク Lch → Rch −72.58dB(20kHz)
(20〜20kHz) Rch → Lch −72.26dB(63Hz)
残留ノイズ Lch 159.9μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   29.80μV(IEC−A)
  Rch 216.6μV(10〜300KHz)
    45.29μV(IEC−A)
消費電力 無信号時 44.0W(100V、0.49A)

仕上がり状態の測定結果をグラフにしたものを以下に列挙します。

7dB弱のKNFが掛かった状態で全く暴れの無いF特が得られました。怖いほど目論見通りです。 さらに13dB弱のオーバーオールNFBが掛かるとさすがに若干のピークが出来ましたが、これくらいで 済めば上出来でしょう。軽い微分補償を施して仕上げとしました。

超小型の出力トランスを使うということで、今回はあえて出力レベル別のF特を取ってみました。 巻線の素性は良い出力トランスだと思いますが、EI−41の積厚20mmと非常に小型のコアですから、 低域においてはさすがに厳しい結果が出ています。2Wの出力だと40Hzくらいで飽和していますが、 ミニアンプに重低音はそもそも望めませんので、まあこんなものでしょう。ガンガン鳴らしてみても、歪みは しますが、コアの飽和による音質の変化は判りませんでした。

最大出力は2W強のミニアンプです。今回はオーバーオールNFBが充分掛かっていますので低歪率と言える レベルまで歪率は改善しました。前回は出力トランスにアンバランス電流に強いハイライトコアを使用し DCバランス調整回路を省いたのですが、そのため低域でのインピーダンスが小さくなり、歪率の悪化を招きました。 今回はコアボリュームが小さいためハイライトコアでは低域特性があまりにも貧相でしたので、オリエントコアを 採用しDCバランス調整回路を設けました。その結果、100Hzでの歪率は1kHzと遜色なくなりました。

前作のミニアンプはシンメトリーな配置ではありませんでしたので、クロストークがチャンネル間でかなり違う 結果となりましたが、今回はシンメトリーに配置できたので、チャンネル間のクロストークが同じような傾向と なりました。絶対値も通常サイズのアンプにひけを取らない値が得られましたので良しとするべきでしょう。 60Hz、180Hz辺りでピークがありますが、クロストークではなくハムノイズを測定した結果です。 クロストークは少なくともハムノイズよりも小さいということですね。ここら辺の周波数では恐らく−90dB 以上取れているのではないかと思います。

本機の出力インピーダンスを注入法にて測定しました。上表中のダンピングファクターはON/OFF法で 測定したものですが、注入法ではダンピングファクターはLchが15.16、Rchが14.38(@1kHz)と なります。何故か両者の結果が合わないですね???

 総括

トータル19dBを超えるNFBを駆使し、てPCL84の潜在能力を前作よりも引き出すことが出来たのでは ないかと思います。シンプルな2段構成でダンピングファクターが14以上も取れる球はなかなか無いと思います。 出力トランスの素直な特性との組み合わせで納得の行く性能となりました。

アンプの大きさを決めるキーパーツであるトランスを全て自作したことで、これまでの市販のトランスを選んで 製作したアンプと比べて、大きさも一線を画するものが出来ました。電源トランスは設計上少し無理をしましたので 発熱が大きく、その点が反省材料です。もともと2Wの出力を狙っていたのですが、それ以上に出力が 出ていますので、B電圧を下げると良いと思いますが何とか許容できる範囲かな、と思っています。 市販のトランスから特注トランスへ、そして本機の自作トランスへと一歩づつ前進って感じです。 でもこれ以上の小型化はちょっと難しいですけどね。

終段が固定バイアスのアンプは、バイアス電圧の調整次第でトータルのゲインが変化します。そんなことは 考えてみれば当たり前の事なのですが、前作が自己バイアスだったので本機の制作中すっかり失念していました。 本機のようにバイアスが浅い場合はゲインの変化が大きいようで、調整次第で全く別の アンプの様な測定データとなってしまいました。これにはちょっとびっくりしました。

教訓、アイドリング電流は高めに設定しましょう!

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