天神山砦 羽柴方最前線の砦
−長浜市余呉町−

曲輪跡(左の3本の木の先が食違虎口) 主曲輪への土橋
名称:天神山砦
所在地:長浜市余呉町国安
標高:209m
比高:50m
築城〜廃城:天正11年(1583年)2月〜4月
日時:2011年9月23日(金)   天候:晴れ
コース:余呉町国安 草岡神社−(5分ほど)−天神山砦−草岡神社
【天神山砦の歴史】

1 天正11年(1583年)、羽柴秀吉は北国の柴田勝家が雪で閉ざされ出兵できないうちに、滝川一益を平定し長浜城の柴田勝豊から人質をとり、配下の与力大金藤八郎、山路将監正国、木下一元らに、この片山天神山に2月初旬に砦を築かせた。丹羽長秀の兵もこの付近で警備に当たらせた。
2 国境を越えて南下してきた柴田方の佐久間盛政が標高660mの行市山に砦を築き、そこから東に伸びる尾根上に、前田利家が別所山砦、さらに不破勝光、毛受勝助らが林谷山砦を築いた。
3 秀吉は、これら柴田方の砦が天神山砦と近接し、しかも高所であることから戦略上不利と判断し、合戦前に堂木山、神明山へ撤退し陣容を固めたといわれる。  (草岡神社、現地説明板などより)
砦の縄張り図(現地案内板より)
【探訪記】

 行市山砦群の帰りに時間もあったので、立ち寄った。でも、意外に遺構は残っていた。

 余呉町国安の草岡神社まで行き、説明板を読んだ後、ここから山道を登ることとなるが、その登り口がわかりにくい。あちこちをうろうろし、結局草岡神社の左手の方から回り込んで、シシ柵の出入り口から入っていくことにようやく気づいた。

 整備された山道を登ること少しで、砦跡に着く。
ここは、主曲輪の先の尾根の先端にある見張台のような曲輪。食い違い虎口がある。その西側のの後方には、空堀と土橋が明瞭に残っている。さらに進むと、帯曲輪を配した一段高い主曲輪に着く。土塁も確認できる。その背後には堀切が配されていた。

 この砦も、折角説明板が設置されたのだから、もう少し整備されれば思いました。
草岡神社 野仏と曲輪
尾根先の曲輪 主曲輪への土橋
主曲輪の東側の帯曲輪 一部土塁で囲まれた主曲輪


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