福満寺だより  令和8年6月24日

サッカーのワールドカップ、日本がチュニジアに4−0で勝ちました。強豪オランダと引き分けて、これで決勝トーナメント出場が、かなり濃厚になったようです。日本は本当に強くなったのですね。侍ブルーの戦士たちがピッチを縦横に走り回って、11人それぞれのハートが、意思が、面白いようにつながって、凄いなあ。

何年か前、日本がワールドカップ出場を果たしたばかりの時には、相手チームのパスだけがすいすいと繋がって、観戦してても歯がゆい思いばかりが残ったものですが。

選手たちは、それぞれが世界に散らばって、世界で活躍して、闘いながら、日本のサッカーを強くしていったのですね。若者たちのパワーに感動するしかありません。

元気をいただきました。ありがとう。



1        お経勉強会について

14日(日)は、平家物語の最終回、壇ノ浦の合戦を読みました。

平清盛の死後、都を追われた平家は瀬戸内海を舟で西へ西へと敗走していきます。11842月神戸の一ノ谷で源義経の奇襲にあって平家の武将たちの大半が戦死しました。翌年2月四国の屋島の合戦のあと、3月には山口県の壇ノ浦へと戦場は移り、義経軍のために、この地で、平家一門は滅亡します。

残り少なくなった平家をまとめていたのは清盛の四男知盛です。御所の御舟と呼ばれていた立派な舟には、安徳天皇がおられ、清盛の妻の二位の尼、安徳天皇の母建礼門院、それに御世話役の女房達がおりました。平家の舟は次々義経軍に沈められていきます。知盛は自分が乗っていた舟から御所の御舟に乗り移ります。

「世の中は今はかうと見えて候。見苦しからん物共、みな海へいれさせ給へ」

と、舟中を掃いたり拭いたり、徹底的に大掃除です。女房達は戦況はどうなのと知盛に尋ねますが、「めづらしきあづま男をこそ御覧ぜられ候はんずらめ」と答えて知盛はからからと笑います。女房達は、こんなときに冗談なんてと憤慨しますが、知盛ってかっこいい人だったんだなあと思ってしまいます。

二位の尼は建礼門院のお母さんで、安徳天皇のお祖母ちゃんになります。袴の裾をたくし上げて腰に挟み、天皇の御印である、神璽を脇に挟み、宝剣を腰にさし、8歳の天皇を抱き上げて「浪の下にも都のさぶらふぞ」と千尋の海の底へと飛び込みます。あとに続いて入水した建礼門院ですが、その長い黒髪を源氏の武者が熊手にからめとって、舟に引き上げられてしまいます。

建礼門院は都に戻され、荒れはてた坊に住まわされ、平家が滅んだ1185年の5月に髪を下されました。壇ノ浦合戦の2ケ月後です。出家の時に戒を授けてくれたお坊さんに差し出すものがなくて、安徳天皇が入水する寸前まで着ておられた直衣をお布施として差し上げたのだそうです。

一人ぼっちの建礼門院は、山奥の静かな場所で暮らしたいと願い、大原の寂光院に入られました。

以上で平家物語はお終いにします。

7月、8月の勉強会はお休みです。

9月の勉強会では、平家物語と同じ時期に生きた人たち、西行、鴨長明、藤原俊成、藤原定家を取り上げて、和歌を中心にお話をさせていただくつもりです。

2 ご詠歌について

17日(水)午後1時からいつも通り練習会を開きました。

615日はお大師様のお誕生日なので、誕生和讃をお唱えしました。

7月は21日(火)午後1時から練習会を開きます。

24日の地蔵会式にお唱えするご詠歌をしっかり練習しましょう。

3 4ヶ寺合同のバス旅行

 610日(水)は、愛知県西尾市の三ヶ根観音と妙善寺に参拝しました。

ピッカピカの晴天で気持ちの良い旅になりました。

三ヶ根観音は三河湾の絶景を見下ろす山の上にあります。戦没者の供養塔を中心に多くの石碑や観音像が祀られています。カーペンターズのカレンの供養塔を見つけてちょっと嬉しくなりました。妙善寺は幡豆町の海岸のすぐそばにあり、幡豆観音ともかぼちゃ寺とも呼ばれている浄土宗のお寺です。住職の軽妙なお話を聞き、境内の出店でかぼちゃのお菓子をゲットしました。お昼は蒲郡オレンジパークでアサリ御膳を頂き、マイクロバスでメロンのハウスに案内され、ハサミを手渡されて、ずしりと重いメロン1個を収穫し、ルンルンで帰ってきました。

次回のバス旅は9月です。


4、よりみち・わきみちウォークについて

 6月は24日(水) 志摩市伊雑宮の御田植式の見学に出かける予定です。

旅費は1270X2です。


5,維持費徴収について

 維持費徴収にご協力いただきありがとうございます。大切に使わせていただきます。


6,地蔵会式について

 724日(金)午後1時から、福満寺本堂で会式を開きます。

ご本尊の延命地蔵菩薩の法会施餓鬼精霊供養初盆の精霊の御霊送りと三つの式を続けて執り行います。

24日というのは地蔵菩薩の縁日なので、毎年この日に会式が行われます。

7月はお盆の月で、ご先祖様がそれぞれのお家に帰ってこられますから、住職がお家の御仏壇の前で読経をして回ることになっています。昔はお盆には特別な棚を設けたので棚経と呼ばれています。

御盆は715日を中心とした数日間、初盆の方の火入れは7日に行われるので7日から始まると考えてもいいでしょう。

毎年お話していますが、明治5年に暦が旧暦(太陽太陰暦)から新暦(太陽暦)に切り替えられたため、お盆の期間はややこしくなりました。

経典に書かれているお盆は715日、ただし、旧暦です。

津市の橋内地区は新暦の715日をお盆としました。経典通りの旧暦715日は今年は827日になります。いちいち旧暦を調べるのは面倒なので、新暦の815日をお盆に決めたのがいわゆる月遅れ盆で、今はこのお盆が多数派になっています。

いずれにせよ、年に一度、今は亡き人のことを思い出し、懐かしみ、自分の原点を確かめるのは人として大切なことではないでしょうか。

お盆の後に施餓鬼供養をするのも、人としての優しさを思い出す良い機会になります。

お盆になっても帰る家の無い精霊たち、無縁仏と呼ばれる精霊は、餓鬼になって人に悪さをします。その餓鬼にお供え物をし、施しをして少しでも満足してもらうのが施餓鬼精霊供養になります。

三つ目は初盆の精霊を彼岸へ送り出す法会です。初盆の精霊にとって、あの世とこの世の往復は初めてのことになりますから、住職が案内人になって精霊を助けます。

77日に灯籠に火入れをして精霊を導き、日を改めて棚経の中で初盆の供養をし、15日が過ぎてから、灯籠を寺に届けていただき、24日に本堂に集まった人たち全員で精霊をあの世(彼岸)へと送り出します。

寺の本堂が一番賑やかに輝く日ですから、ぜひお参りにきてください。


7,7月盆棚経について



8,総代会のご報告

 619日(金)総代会を開きました。

住職と滋弘、杉山哲夫さん、杉本久生さん、高本千秋さん、山村隆夫さんの6名の会議です。年1回開く予定でしたが昨年は開くことが出来ず、今回やっと開催することができました。

議題は、昨年度寺が取り組んできたことの報告と今年度の予定と収支報告です。

収支報告では、かなり詳しく寺の会計事情を説明させていただきました。

寺は貧乏なものと決まっているのですが、いよいよ住職が寺の外に仕事に出ることになってしまいました。

平安中期、多分900年代創建といわれる福満寺ですが、最近では、先々代の木葉信弘住職から杉村滋弘が引き継ぎ、杉村大我へと住職が繋がってきました。

昭和の初め頃の木葉住職は高校の教員との兼務でした。それが許される時代でした。杉村滋弘は木葉の長女と結婚したために、突然、後を引き受けざるを得なくなり、三菱電機に勤務しながら、どうにかこうにか、数年間住職を務めました。大我に後を引き継いでもらう時、出来る限り、「杉村が福満寺のスポンサーになれれば」と覚悟し、頑張って、寺の赤字を補填してきました。

財力に限界があるのは当然ですが、それよりも、滋弘と弘月の寿命の限界が気になるようになってきました。2人とも80歳を超えていますから、いつお迎えが来てもおかしくありません。

住職はハローワークで草刈りの会社の求人を見つけて、面接に行き、採用されました。自分は僧侶で、寺の仕事を優先させてもらうとの希望を聞いてもらい、パートタイムでの採用です。68日(月)から出勤、会社は白山にあるので50分ほどかけての通勤です。朝6時に寺を出て、午後6時ごろ戻ってきます。へろへろです。

弘月は住職の母親ですから、草刈りの会社と聞いて、少し心配でした。安濃川の土手の草刈りをしている人たちが親方と思われる人物から怒鳴られているのを見たことがあるので。

でも、住職の勤め先は、しっかりした会社で、先輩たちが親切に仕事を教えてくださるらしく、体はへとへとでも気持ちは前向きです。お大師様に助けてもらってるなと心から感謝、本堂で手を合わせています。

総代会では、その報告もさせてもらい、寺の会計をもう少しゆとりのあるものにする方法を色々考えていただきました。

維持費を値上げしてはどうか、通信費節約のためにはたよりをネット配信にしてはどうか、たよりは毎月でなくてもいいのではないか、塔婆や旗の値上げはどうか、等々。

たよりは寺の事情を知っていただくための大切なツールで、弘月が元気な間はこのまま続けていきたいと願っています。

今の世の中、不穏で不安で不満が渦巻き、その上、値上げ、値上げで、ほとんどの方が、アップアップの毎日を過ごしておられることを思うと、住職としては自分が働きに出た方が気が楽なのだと思います。

年々寺の会計は厳しさを増していますが、その原因の一つは保険料、もう一つは、檀家数の減少です。災害の大型化は保険料と直結、少子化は檀家数の減少に直結、現代社会の大問題が、この小さな寺にも重く重くのしかかってきました。

寺をこのまま継続していけるように、もし、お願いできるなら、年忌や会式や棚経のお布施を頂戴するときに、余裕があれば、1000円でも2000円でも上乗せしていただけるなら、本当に有難いです。住職も頑張っていますので、助けてやってください。

津は全国的に見ても穏やかな気候だと言われます。伊勢湾からの海風が気温の高低差を和らげてくれているということですが、それでも、ここ何日かは真夏日の30度に近づいたかと思うと、すとーんと20度を下まわったり、まったくどうなっているのでしょう。植物たちは一言も文句を言わず、緑を茂らせ、鮮やかな花を開き、すごいな、えらいな、思うものの、それでも、暑すぎる、寒すぎる、とブツブツ言いたくなります。生きているのですものね。


    南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛  合掌


詳しくは
寺へお尋ね下さい
電話059-228-7841


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