管理人の相棒、Skyline R32GTS−t の写真は【こちら】からどうぞ。
| Skyline R34 GT−R Vspec | ||
| 日産を、あるいは日本を代表する超弩級スーパースポーツとして世界的にも認知されたスカイラインGT-Rは、1999年1月、R32コンセプトになって3代目R34型に進化を遂げた。4輪マルチリンクのサスペンション、電子制御トルクスプリット式4WDシステム、トラクションコントロール的要素をもつアクティブLSD、そしてストックでは自主規制値の280PSに留まりながらも、潜在的には600PS級のチューンも見越して通常の市販エンジンとは全く違うレベルで造り込まれた、RB26DETT型ストレート6DOHC24バルブ・ツインターボユニットなど、R33以来のテクノロジーはそのまま、ボディは圧倒的に剛性アップされ、更にブラッシュアップされたハンドリングも相まって、そのパフォーマンスはポルシェやフェラーリなど、世界のロードゴーイングカーのトップレベルにまで昇華した。スペックVには専用のエアダムスカート、カーボンファイバー製のディフューザーまで装着され、ボディ下部のグランドエフェクトにも気を配っている。 モデルはオートアート製1/18 | ||
| Skyline R33 GT−R | ||
| スカイラインがR33型に進化した93年の東京モーターショーに参考出品されたが、意外にもおとなしいアピアランスが不評を買い、正式デビューは大幅な見直しを経た後、95年1月までもつれ込んだ。4輪マルチリンクのサスペンション、ポルシェ959にも匹敵する電子制御トルクスプリット式4WDシステム、そしてストックでは自主規制値の280PSに留まりながらも、潜在的には600PS級のチューンも見越して通常の市販エンジンとは全く違うレベルで造り込まれた、RB26DETT型ストレート6DOHC24バルブ・ツインターボユニットなど、自慢のスーパーテクノロジーは先代R32GT-Rがそのまま踏襲された。その上、最新のアクティブLSD採用でトラクションコントロールも電子的に行なわれることになった。しかし、ボディが大幅に拡大したR33をベースモデルとするため、R32時代の軽快なフットワークの確保には最後まで苦労を強いられた。’95年にはR33GT-Rをベースとするル・マン24時間レース参戦用のホモロゲーションモデルがごく少数のみ(一説には2台だけ)製作された。 モデルはLMバージョンのエブロ製1/43 | ||
| Skyline R32 GT−R | ||
| 1989年8月、実に16年ぶりに復活を遂げたスカイラインGT-Rは、心情的、あるいは懐古的なモデルなどではなく、最新鋭の超弩級スーパースポーツ、そしてレーシングベースモデルであった。かねてから日産自動車が全社一致で取り組んでいた901運動('90年までに日産が世界で一番優れたハンドリングを持つことを目指した運動)で鍛え上げた4輪マルチリンクのサスペンション、ポルシェ959にも匹敵する電子制御トルクスプリット式4WDシステム、そしてストックでは自主規制値の280PSに留まりながらも、潜在的には600PS級のチューンも見越して通常の市販エンジンとは全く違うレベルで造り込まれたRB26DETT型ストレート6DOHC24バルブ・ツインターボユニットなど、これまでの日本製スポーツ・クーペの常識からすれば正に異次元のスーパーマシーンである。最大の目的たるグループAツーリングカーレースは、ただの1度も勝利を明け渡すことのない完全勝利を、参戦した全シーズンで達成するという超人的活躍を見せた。デビュー後も進化の手は休むことなく、冷却とブレーキ問題を随時解決した限定モデル、スペックVがレースの現場にて必要に迫られる度ごとに追加された。 モデルは初期モデルのオートアート製1/18 | ||
| Skyline R31 GTS−R | ||
| '85年8月にフルモデルチェンジした7代目のスカイラインは、ステアリング切れ角と車速によって作動する“HICAS(ハイキャス)”と称する世界初の4輪操舵システムが装着されたのが最大のトピック。RB型直6エンジンに、新設計のDOHC24バルブヘッドを組み合わせたターボ版RB20DET(210PS)が新たに搭載された。ボディは丸型4灯のテールランプ以外はスカイラインであることを感じさせない、肥大化したものだった。また、社内のローレルとのポジショニングも非常に曖昧なものとなってしまった。7thスカイラインは、'57年以来のスカイライン史上稀に見る失敗作となったが、窮状を少しでも回復できるよう、翌'86年5月には2ドアスポーツクーペGTSが追加された。モデルはエブロ製1/43 | ||
| Skyline R30 RS−X TURBO | ||
| '81年11月、デビューから遅れること3カ月後にデリバリーが開始された。新たに日産のスポーツシンボルとなったDOHC16バルブFJ20型エンジンは、かつてのGT-R用の名機S20とは異なり4気筒ではあったものの、高度なチューニングに耐えうる材質を贅沢に使用、造り込みも入念なものだった。'83年8月のマイナーチェンジで、薄型の専用ヘッドライトと“鉄仮面”と呼ばれる専用のノーズが与えられた。'83年2月、ターボが装着されて190PSとなり、'84年2月にはターボ仕様にインタークーラーを装着、205PSとしたRSターボCに発展した。FJ20エンジンは高度な分、製造コストが高騰し、結局この一代限りで消滅してしまう。モデルはエブロ製1/43 | ||
| Skyline C210 ジャパン | ||
| 「スカイライン・ジャパン」のキャッチフレーズのもと、77年8月にデビューした5代目スカイライン(C210型)。ボディは再び直線基調に戻り、車重も20〜35kg軽量化された。バリエーションは従来どおりL20型直6ユニットを搭載した2000GTが中心。78年8月に53年排ガス規制に適合、79年7月にはマイナーチェンジが施され、2000GT系は角型2灯のスラントノーズとなる。80年4月には2000GTターボが加わる。モデルはエブロ製1/43 | ||
| Skyline KPGC110 GT−R | ||
| 先代C10系の成功によって、日産・プリンス合併当初のお荷物扱いから一躍日産のドル箱車種となったスカイラインは、72年9月、「ケンとメリーのスカイライン」というキャッチフレーズを掲げた4代目(C110系)へ移行した。今やスタイリング上のアイデンティティにまで昇華したサーフラインを意識的に残したボディが特徴。シャシーレイアウトは先代のものをそのまま受け継ぐが、73年1月にはDOHC24バルブのS20ユニットを搭載したハードトップ2000GT-Rが復活するが、これはいわば剰余分のエンジンを消化するためのモデルで、200台未満が造られたに過ぎず、サーキットにも姿を現わさなかった。モデルは京商製1/18 | ||
| Skyline KPGC10 GT−R | ||
| プロトタイプスポーツ、R380用をデチューンした2リッター6気筒DOHC24バルブというセミレーシングエンジンを搭載したGT-Bの後継で、究極のスポーツモデルがGT-R。100mm以上広げられたトレッドや後輪独立懸架の採用により操縦性も大幅に改善された。69年春に伝統のセダンボディで登場したが、70年秋にはハードトップに切り替わる。サーキットでは、72年3月までに49連勝を含む通算50勝を達成、スカイライン神話を確立した。モデルは京商製1/18 | ||