なんだかもっと詳しく知りたいあなたへ

無農薬・無肥料とは
名前のとおり「農薬も肥料も使わない」ということです。
ただ、それだけ。

私はまだ自然の事をよくわかっていません。
もっと自然に近づき学ばなくてはなりません。
混植・輪作・連作。
耕すところ・耕さないところ。
一番危険なのは「この方法じゃないとダメ」と頑なになること。
ユニークなひらめきは全部採用!!
思いつく全てをやってみてから結果を出しても遅くはない。
現在の基本的な私のやり方は
まず、草(緑肥など)畑いっぱいに生やせる。
それを細かく刈って、微生物と微量の米糠をパラパラ撒いてから耕して野菜を植えています。
畑の土まるごと発酵させています。
微生物まかせですね。米ぬかは微生物の餌です。
お金をかけず、手間もかけず、環境にやさしい。
もちろん誰にでも出来て、慣行農業と同じ収量も得れる。
「そんなおいしい話があるはずがない。」
おいしすぎる話は野菜が口に入って消化されるまでつづく。
騙されてください。
まあ、今までの農業に対する自分の固定観念が壁をいっぱい作り上げてくるので、
うまくいかないことの多々あるのは承知の上で。
左上の写真は混植の様子。
きゅうりと落花生とネギ。
落花生はきゅうりに窒素を供給。
ネギはきゅうりのつる割れ病を抑制する。
互いに手をつないで、高めあって生きてゆく。
右上の写真は我が家の田んぼの全貌。
田植えから2週間後。
無農薬・無肥料6年目。

美しさ。
隙のない、絶え間ない自然の生み出す世界。
無償で体を差し出してくれる野菜たちには、
人間としても優しい思いやりのある心で接しなくてはなりません。
肥料も農薬もやらないんだから種を蒔いてほって置いたらよいのでは?
ほったらかしにする心は美しいですか?
違いますね。
毎日優しく語りかけて、草もとってあげましょう。
草取りもコミュニケーションのひとつです。
月・惑星・星座・・・・・宇宙。
種蒔や農作業はバイオダイナミック農法で用いられている
「種まきカレンダー」を参考にしています。
葉の日・根の日・実の日・花の日。
それぞれの野菜にとって一番良いタイミングで種蒔・手入れ・収穫をしています。
野菜と宇宙とあなたと私。
この世にあるもの全てはひとつの同じもので出来ています。
それは、愛。
美しい星に生まれてきて、おめでとうございます。
ありがとう。

本当においしいとはどういうことなんだろう?
本当の安全ってなんなのだろう?
まず、野菜自体が健康でなくてはいけません。
肥料でブクブク太ったり、農薬で虫や病気から守ってもらうようじゃまだまだ。
1番大事なのは、野菜を見守っている農家の人が健康でなければいけません。
毎日自分のところの野菜を食べて病気がちでは話になりません。
まあ、出荷用と自家用を分けて育てている人もいるので一概には言えませんけど。
農家の人が自分で食べている野菜が安全といえるかもしれません。
いつも根本に「安全なものと、おいしいものを食べて欲しい」と思って野菜とお付き合いすることが、野菜にも食べる人たちにも素晴らしい影響を与えることでしょう。
「安心・安全」と安売りする人がたくさん増えてきています。
どう安全で、どう安心なのかはあまり説明がありません。
言葉を規制するのは金がらみが多いので賛成は出来ませんが(有機認証のこと)、せめて自分の良心にだけは嘘をつかないようにして欲しいと思います。

何故、今農業なのか?
根本に「私は本当に感動するぐらいおいしい野菜にほとんどめぐり会ったことがない」のだ。
いろんな有機農法に野菜を食べたけど、思っているような雷に打たれない。
自分が食べるものは自分の手で
出来る限りの事は全部したい。
しかし、いつも私が育てているのではなく「自然」が育てているのだと強く感じる。
人間が出来ることは限られている。
調和
痒いところに手が届く程度のサポートがよい。
決して「何もしない」のではない。
自然農法に福岡さんが言っているのは「余計なことを何もしない」と言いたいのだと思う。
初め自然農法を「何もしなくて野菜が育つ方法」だと勘違いすることがある。
まあ、私もその一人で、本を読んで感動していた。
農業は自分自身の存在をいかに自然と同化出来るかにある。
究極自我を捨てるのとなのかもしれない。
最終的には人は食べなくても生きていけるのだと思う。
宇宙に無限に存在するエネルギーを体内に取り込むことが出来れば。
実際にそういう人もいる。
今、私は野菜に宇宙のエネルギーをたっぷり吸収して貰って、それをありがたく頂戴したい。
現在一般に出回っているほとんどの食べ物は抜け殻が多い。
形だけは立派だが中身がない。
ビタミンやミネラルも少ない。
風邪気味で栄養失調の野菜と糖尿病のお肉で私達の体は悲鳴を上げているのかもしれません。
実際、原因不明の難病が増えてきている。
アトピー&アレルギー。
日本の自給率はカロリーベースで39%
2007年度とうとう40%を割り込んでしまいました。
飽食に時代はそろそろ幕を閉じそうです。
汚れた大地・空気・水。
私はできるところから浄化してゆく。
当たり前を当たり前に。
永久に持続的な農業。
もう、無農薬、無肥料しかありません。
何かの資材に頼ることは永久的に可能とは言えません。
とはいっても、なかなか難しいものですな〜。
まだ、私は微生物資材に頼っていますから。
種も少しは購入しているし。
人は支えながら生きているものですから、和気あいあいと行きたいものです。
とにかく農業は魅力いっぱいです。
毎日首を傾げて考えさせられることも多いのが面白い。
私はまだ前に進める。
地球上の全ての生き物と共に・・・。

種は自家採種をしています。
ほぼ100%固定種の野菜を種から蒔いて育っています。
種について詳しく知りたい方は種のページをご覧下さい。
緑肥「田助(セスバニア)」
うちの畑はもともと田んぼだったのでとても水はけが悪いのです。
そこで、肥毒層の破壊と排水性改善のために
根が1m以上伸びるといわれている「田助」の種を蒔きました。
8月8日  80cm程育っています。
8月22日 150〜200cmまで成長しました。
       刈払機で細かく刈って、米ぬかとカルスNC-Rを撒いて鋤きこみました。
2008年自家採種の発芽


左:真黒ナスの芽。右:タカノツメの芽

自家採種の発芽は嬉しいものです。
どんな野菜の芽もすごく美しい。
本年は踏込み温床をつくり加温しましたの、1週間ほどで次々と芽を出しました。
ポットの土は畑土、自家製くん炭、バーミキュライト、貝化石を混合したものを使いました。
加温も、ポット蒔き、セルトレイ蒔きも自然的でないと考える人もいるかもしれません。
私もその一人でした。
ある年はすべての夏野菜を畑に直まきをしたこともあります。
生育が遅れて、実がなり始めた頃に秋がやってきました。
草取りも暑い中、何度も何度も大変でした。
何かが「ダメ」と頑なになると視野とても狭くなります。
思いつくままにいろいろとやってみて、「これは必要ないかな?」と少しずつ無駄な作業や物質的なものを削ってゆくほうが良いのかもしれません。
頭も心も柔軟に。
可能性はいつも無限大。
要は1に観察、2に観察、無限まで観察あるのみ。
分からないことは野菜に、土に、草に、天に聞くしかありません。
そして、わが心の内に問い掛けるのです。
どんなけ獲れるか?どんなけ儲かるか?
そんなミミチイ欲は野菜たちにバレバレです。
一瞬一瞬を野菜に寄り添って、草を取ってあげ、語りかけて思う存分楽しむことが素晴らしい結果を呼び込むことが出来るのだと思います。
人間が暑い時は野菜も暑い、人間が寒い時は野菜も寒い思いをしているのです。
でも、野菜は足を生やして移動することは出来ません。
だからといって、過保護にしてはいけません。
それぞれの野菜にはどんな過酷な状況でも乗り切れる素晴らしいパワーがあります。
人間はそのことを知っていればいいのです。
温かな愛のある眼差しで「ありがとう。よく頑張っているね。」とささやいてあげましょう。
野菜は見守ってくれている人の味になる。
野菜は食べてくれる人を健康にしようと無償の愛で溢れているのです。
自分たちは食べられてなくなってしまうのに・・・。
いや、私たちとひとつになれることを喜んでいるのかもしれません。
目に見えるものがすべてではありません、耳で聞こえるものだけがすべてではありません。
我々人間は野菜にただただ感謝して残さず頂きましょう。
私になってくれてありがとう。って。


寒い冬を生き抜いた空豆とエンドウ

続きはまた今度。

知りたことがあったら、メールしてね。
私ごときに分かることなら教えます。

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