写真展「消えたハンノキの里」

内藤 又一郎
(元滋賀県立琵琶湖博物館専門員)

滋賀県の湖北地方では、「ハンノキ」という木が田んぼの畦にたくさん植えられていました。
田んぼのかたわらの「ハンノキ」は庭木のように、それぞれ個性ある風景を田んぼにつくりだしていました。

しかし「ハンノキ」は、田んぼをかざるために植えられていたわけではありません。

「ハンノキ」はさまざまに利用されていました。
夏の暑い草取りの時には、木陰は休息場所になりました。
秋になると木は刈り取った稲を干す稲架(ハサ)の杭になりました。
また、わらを積むための杭として使われたり、剪定した柴を燃料にしたりもしました。

稲作地帯では、刈り取った稲を乾燥しなければなりません。
昔は田植えが今より遅かったので、稲刈りも11月頃までかかっていました。

日本海側では、冬が近づくとしぐれることが多くなります。
そのため、刈った稲を地面に置くのではなく、ハサに架けて乾燥していたところが多かったようです。

しかしながら「ハンノキ」は、その役目を終えるときが来ました。
近代的な広い農地と機械化農業の時代をむかえたからです。

湖北一帯では、昭和47年頃から大々的に圃場整備の工事が実施され、「ハンノキ」はつぎつぎと消えていきました。

ハンノキのある田んぼの風景は、私たちの記憶の中だけに生きることとなったのです。

私は家が農家だったこともあって、「ハンノキ」のある風景の写真をとりつづけてきました。

この写真展では、木々のあった田んぼの風景の記録だけでなく、木々を手入れし大切に育ててきた記憶についても伝えられればと願っています。

写真撮影の未熟な私ですが、このたび滋賀県の高月町立観音の里歴史民俗資料館の協力で、「ハンノキ」の写真展を開催する機会をいただきました。
あわせてこの機会に写真集を出版することにしました。
写真の編集には、草津市在住の写真家、西岡伸太氏にたいへんお世話になりました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。


ハンノキについて
◆八ンノキの名称◆
 ハンノキは植物学の上ではカバノキ科に属します。
 田んぼの畦(あぜ)に植えられている木は、一般に「畦畔木(けいはんぼく)」と呼ばれています。全国的にみると、畦畔木はハンノキであるとは限りません。しかし湖北地方の畦畔木は、ほとんどがハンノキでした。そのため、畦畔木を「ハンノキ」と呼んだり、ハンノキを「畔(はん)の木(き)」と表すこともありました。ハンノキは湖北の畦畔木を代表する木だったのです。
◆八ンノキの分布◆
 稲架(はさ)木にハンノキを利用していたところは、日本海側でも南の方が多かったようです。新潟県では、寒さに強いモクセイ科のトネリコという木がよく使用されていました。それぞれの地方に適した木が利用されていたわけです。
◆八ンノキの伐採事件◆
 湖北の人々に親しまれてきたハンノキですが、その歴史は決して穏やかなものではありませんでした。『近江伊香郡志(昭28)』には次のような出来事が記されています。田んぼに日陰(ひかげ)を作り収量を落とす「耕作障害木」であるということで、明治42年、滋賀県はハンノキを伐採する条例を出しました。ハンノキは強制的に伐採されることになったのです。ところが農家の反発がかなりあったようで、その後ハンノキは復活していきました。当時を知る人はもういませんが、私の住んでいる高月町では、親から聞いた話としてこの出来事が伝わっています。
◆万年杭の里◆
 高月町西部のうち西野地区では、稲架(はさ)にハンノキではなく栗の木の杭(くい)を利用していました。杭は一年中田んぼにあったので「万年杭(まんねんぐい)」といわれ、西野独特の田んぼの風景となっていました。



 内藤又一郎 プロフィール
平成23年(2011年)1月末現在
1953 滋賀県伊香郡高月町西柳野に生まれる。
1966 オリンパスペンを購入。写真に興味を持ちはじめる。
1971 1眼レフ、ミノルタSRTlOlを購入。
白黒写真の現像を自分で手がけるようになる。
1972 島根大学入学、写真クラブに所属。
1976 島根大学農学部農業工学科卒業、滋賀県に就職。
主に圃場整備事業などの仕事にたずさわる。
1979 滋賀県職員の写真サークルに所属。
1999 4月、滋賀県立琵琶湖博物館専門員となる。
2001 10月、写真集『消えたハンノキの里−懐かしの田んぼの風景−』を発行。
2002 3月、写真展『消えたハンノキの里〜湖北の原風景〜』を開催。
4月、琵琶湖博物館の職員から、滋賀県の一般職に帰職。
県展特選2回、入選数回。
ほか地方の写真コンテスト入賞・入選数回。

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