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  南紀通信2 海の物語



−エルトゥールル号は
  軍艦の名
  海が運んだドラマの名

陽ざしのなか
海の方から
トルコ行進曲が聞こえる

町はちょうど百年前
熊野灘で座礁して沈没した
トルコ軍艦の追悼祭
哀しみからはるか遠く
多数の異国人を迎えて沸騰している

窓から流れ込む異国の音色に
わたしの想いも
海に向かって飛翔する

明治23年9月16日深夜のこと
暴風雨に叩きつけられながら
灯台めざして
真っ暗な崖をよじのぼってくる
傷ついた将兵たち
そのひとりひとりの表情が
クローズアップになる

負傷者69名
死者527名
わずか周囲16kmの大島
灯台のある岬の樫野地区は
当時戸数60戸の村
荒れ狂う海からの
おびただしい訪問者を
島はどのように抱きとめたのか

日本の その時代の風が
紀伊半島の寒村にまで
届いていたか いなかったか
使節だの親善だのの言葉のそとで
異国人の墓を掘った人々の
めまいの起きそうな歴史のページ

墓地以外にさっぱりと何もない
樫野崎
物語を呑みこんで海はますます蒼い

−エルトゥールル号は
  土地と人をたどる鍵の名
  語り継がれて消えない時の名









                                                       
(1990年8月)

 
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