top
  ほな さいなら



これから会いにゆくひとの
すでに閉じられた眼の底を
花びらが
絶えまなくふりしきる

山桜が車窓に流れてゆくのを眼で追いながら
わたしが見ているのは
昏いとばりの彼方に歩み去ろうとしている
そのひとの意識のはなやぎだ

いつか訪れるものであるにしても
逝く者にも 見送る者にも
それは
不意の断念であるにちがいない

残されたわたしは
23年の時間に
ひとこと
ありがとう を言いたい

そのひとからは
1ヶ月前にもう
暗示のようなあいさつをもらっている
数限りなく交わした手紙のうちで
はじめて
ほな さいなら

浅い春の景色をくぐり
さいならの手紙を積んだ列車は
そのひとの大阪へと近づいてゆく








                                                     (1993年4月)

 
 index back
next