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星の位置



肉眼では見ることのできない土星を見せてくれるというので、山の上のドーム状の建物に上がった。夜空に向かって開かれた天井の一角を、巨大な天体望遠鏡が仰いでいる。その周りを取り囲み、小さな子供から老人まで、やはり頭上をふり仰いでいるという、奇妙な光景。簡素な木枠の足場が用意されていて、その夜はひとりずつよじ登って、レンズを覗かせてもらうという手筈らしかった。「貝殻みたい」小学生の女の子が小さく叫んだ。土星が貝殻?順番が回ってきてレンズに眼をこらすと、たしかに手のひらに包めば砕けてしまいそうに小さな、白い磁器質の土星である。悠久の時を巡りつづける星の位置からは、望遠鏡に取りつく昆虫の群れのような私たちとは、いったい何だろう。深い宇宙の彼方、見えない波紋をゆるやかに描きながら、ひくい鐘の音がきこえてくる。













                             
(1994年2月)
 
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