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ちょうどあの頃
左足親指に断層のように立ち現れた
かたい異質の部分
ようやく先まで伸びて
鈍い音とともに切り落とす

母は両手首をベッドにくくりつけられて
いやいやをした
つながれた手を何度も柵に打ちつけた
せめて
手を握ろうとすると
わたしの手のひらに爪を立てた

それは
闇を向こうに押しやるたしかな手応えにちがいなく
のたうち回るいのちの刻々を
わたしたちは息をつめて見守りつづけたが

不安げに見開かれた灰色の眼は
50余年つれ添った父の姿を追い
やがて 閉じられた

爪が生え替わるまで長い時間が過ぎた
もっと深いところに刻印された爪あとは 
いつ 空のかなたに解き放ってやれるだろう













                                                       (2001年2月)

 
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