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祖母の贈り物



17やったから しっかりおぼえていていいはずやのに 棺のなかにしゃがんで まるで五右衛門風呂に入っているみたいな 白髪の頭に触れた記憶だけがある かたい手ざわりに おんなのちんばはみっともない とこともなげに言い切った 生きてたときの声が蘇った 私の母の母 わたしの血の源流のひと 母は思いがけなくむきになって おとこやて同じや と祖母の前で娘のわたしを庇ったりして

虫がいっぱい部屋に入ってくる はろうても はろうても 半狂乱になって 戸板まではずして おそってくる虫の群に 立ちはだかったすさまじい力は しわんだ果実みたいな90歳の身体の どこに隠されていたのやろう おじいさんが来たぁる 会いに来たぁる うれしそうにつぶやくと 母は妙な顔をして あれはお母ちゃんのお父さんやない 若死にした最初のつれ合いのことを言ってるんや とわたしにささやいたもんやった さきの夫とは せいぜい10年 あとの夫とは かれこれ60年 それでもまえの人が良かったって

幻覚や幻聴の波間に漂いながら 死に際まで 混濁することのなかった おもいという 不可思議なもん 歳を重ねるごとに自分をもて余して それでもなかなかにしぶといわたしの血 それもあなたがすべりこませた 困った贈りものやろうか







                              
(1990年1月)
 
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