高橋順之の故郷歴史散歩

その2 それは縄文人から始まった  峠を越えた人々

           

 ミツカは、生まれてから6回目の山の木々が真っ赤にもえる季節を迎えました。
今日はお日さまがのぼる前から父のオサイに起こされて山に入りました。山のむこうのイタナミのムラのオバの家へ、遠い海から届いた塩を分けてもらいに行くのです。オサイは、道中で山鳥もついでに捕ろうと弓を肩にかけ、ときどき立ち止まっては、草地をじっと眺めながら歩いていきます。オサイは、ミツカたちのムラの中でも一番の狩りの名手です。小さなミツカがついていなければ、一目散に山に分け入ってしまいます。2人の姉、フルヤとカアイは母のアツチに連れられて「長者の森」へ木の実の採集にでかけました。
 今日、オサイは一人息子のミツカに、生まれて初めてクルミ峠から「精霊の住む山」を見せようと、3人よりも早くムラを出ました。ミツカたちのムラから、クルミ峠まではすぐです。精霊の宿る山が登る朝日に映える頃にはつくでしょう。
「とうちゃんは、その山に登ったことがあるの。」ミツカは、幼い頃から話に聞いていた精霊の山を、初めて見られることにやや興奮しています。手に持ったカヤの茎で、道ばたの草をやたらはじきながら、たくましい、父親をながめました。
 「ムラのものはみんな、20回目の山の木々の生まれ変わりを見た年に、一人で精霊の山に入って弓矢を置いてくるんだ。いつでも真っ白で白いもやのかかる風の強い山さ。」精霊の山に挑んだ男達はミツカにとって英雄でした。「ぼくも早く登りたいな。」「山にはもう雪が降ってくだろうさ。」
クルミ峠までの急な狩り道を、しばらく2人で何も話さずに進みました。最後のピークを登り切ったところで、オサイが立ち止まりました。
 朝日を受けた銀嶺が、まるで小さなミツカの目の前をふさぐようにそそり立っていました。まぶしいほどに輝いている山には、ゴツゴツとした岩塊の新雪がキラキラと光り、そのひとつひとつが精霊が舞っているようにミツカには見えました。「うあ〜っ」声のでない驚きが、胸の中で湧き起こりました。
「おれたちの先祖は、日ののぼる遠い山のふもとにいたらしい、しかしある時、山の精霊が火をはいて住むことができなくなった。シナノやヒダと呼ばれる土地を越えて今のムラに落ち着いたそうだ。それから、先祖のいた山によく似たこの山がわれわれを守ってくれているのさ。」手を合わせるような仕草をして、山に向かったあと、「さ、イタナミの谷に下りるぞ。」と、オサイは下り坂に足を踏み出した。

 ミツカは、今から約4000年前の縄文時代後期に、今の岐阜県春日村あたりに住んでいた少年です。2人が見た精霊の住む山は、だいぶたってから「いぶき山」と呼ばれるようになりました。平成6年に行った上板並内座遺跡の発掘調査では、ミツカが生きていたころの縄文土器が出土しています。
 姉川上流の土器と伊吹山東側西美濃地方の土器は、とてもよく似ています。国見峠(クルミ峠)を越えて、この時代から交易や婚姻関係があったようです。また、伊吹山山頂からは10数本の縄文時代の矢じりが発見されていることも付け加えておきます。
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