「老いるショック」から「老いるプラス」へ

*老いるということは多くの場合、マイナスのイメージ

ですが、その中から、敢えて、プラスのものを探してい

きたいということです。


I「人生の成功とは?」 
 (2012年5月)

 「ついに、俺も、明日で老人の仲間入りか」    

総一郎は、夕食のビールを飲みながら、目の前にいる5

歳年下の妻、豊子に向って、ため息交じりに言った。日

本の慣習や法制度では65歳以上を老人、高齢者と呼ぶ。

そう、総一郎は明日の誕生日で65歳になるのだった。 
          
 昨年、会社を退職し、悠々自適な生活を送っていた。

豊子は、午前中だけ図書館の掃除のパートに行っている。

一人息子は、大手商社に就職し、今は、アメリカにいる。

地方の片田舎に戻ってくることはまずないだろう。  
          
 これからの長い老後を豊子と二人でいきていくのか、

総一郎はそんな思いにふけりながら、いつもの床に入っ

た。   

 その夜、総一郎の夢枕に、仙人のような老人が立ち、

総一郎に語りかけた。       

「おまえは、この先10年後に、癌で人生を終えることに

なる。その時に、おまえが、今までの人生と全く同じ人

生をもう一度生きるかと問われれば、生きると答える

か」  

 あまりにリアルな夢であったため、総一郎は目が覚めた。

隣では、豊子がいつものように眠っている。しかし、

それから、朝方まで総一郎は再び眠ることができなかっ

た。なぜなら、夢枕に立った老人に言われたことが、あ

まりにも重く心にのしかかったからだ。       

 「今までの人生と全く同じ人生をもう一度生きる」 
   

 総一郎は、今までの65年間の人生を振り返った。誰に

でもあるように、つらいこともあった。苦しいこともあ

った。実家は、経済的に貧しかった。社内の競争に負け

て、悔しい思いもした。

 しかし、いいこともあった。社内結婚だった豊子とは、

大恋愛の末に結ばれた。息子が一流大学に合格し、世界

でも名だたる商社に入社した時は、本当に嬉しかった。

そうであっても、それまでの人生を丸ごともう一度同じ

ように生きよと言われて、喜んで分かったと言える者が

果たしているのだろうか。総一郎は、そんなことを何度

も考えた。

 だが、結論は出なかった。何かが足りなかった。決め

手が足りなかった。それが、足りない状況では、考える

ことすら避けたかった。この問いは、できれば考えたく

ない。しかし、65歳になった総一郎にとって、まさにと

ても重要な問いであるようにも思えた。       

 次の日は65歳の誕生日だったが、総一郎にとっては、

哲学的な日になった。図書館に行き、色々な本を読んだ。

そして、ふと目にとまった本があった。『人生の成功と

は何か』     

 自分自身にとっての人生の成功とは?と問うことがま

ず前提だと書いてあった。そうだ。社会がどうのとか、

皆がどうのと考えていたから決め手に欠いていたのだ。


 そして、「人生の成功とは、自分が真に成長すること

ができたという実感を持てるかということが根本ではな

いか。」とあった。総一郎は、頭を叩かれたような気に

なった。しかし、それだけ、目の前の視野が広がったよ

うな気持ちにもなったのった。           


(この文章は、すべてフィクションであり、実在の人物
等とは全く関係がありません)

バックナンバー

@400メートル走と亀(2011年8月公開)

A「暑い夏の日」(2011年9月公開)

B「衣食足りて礼節を知る」(2011年10月公開)

C「角立つ心を丸くするために」(2011年11月公開)

D「自分の役割を明らかにして、責任を果たさせてい
  ただくために(1)」(2011年12月公開)

E「自分の役割を明らかにして、責任を果たさせてい
  ただくために(2)」(2012年1月公開)

F「ついにこの人も認知症になってしまったのかしら」
  (2012年2月公開)

G「私の願いノート」
  (2012年3月公開)

H「愛とは何か」
  (2012年4月公開)


(筆者プロフィール)

出生:三重県津市 昭和46年2月12日 男

ハンドルネーム:samu

職業:介護保険法に基づく、相談援助業務

   (具体的には、介護支援専門員「ケアマネジャー」)

学歴:日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科

資格:社会福祉士、主任介護支援専門員

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