絵画・写真・版画の歓び


< 玄関の絵 >

「エル・グレコのマリア像」 グレコの人物像は、男性であれ女性であれ、どの顔も飽きる事が無い。その理由は、個人の好みにもよるのかもしれないが、癖や嫌味や俗悪さが全く無いからかと思われる。どの顔も、純真にして無垢、(心境が)明澄にして気品があり、大人であってもどこかに幼さとあどけなさを残している。開業以来、玄関を通る度に眺めるのを楽しみにしており、まるで私の恋人になったかのようだ。
 このような内面表現と相通ずるものをクラシック音楽で表現する人がいる。20世紀最高のフルーティスト(と自分では評価しているのだが)オーレル・ニコレその人である。その表現(演奏)はグレコの内面性に合い共通しており、聴いていて飽きる事が無い。(音楽である為ホームページ閲覧者には観賞できず申し訳ない。CD=RW機を持っているのだが未だ使いこなせていない。何時の日にか名演奏のさわりでも、海賊版となるが、ホームページに紹介できるようになりたいと思っています(乞うご期待)。もう既に亡くなったが、大音楽家=巨匠として称えられて来たにもかかわらず、その人生は敬虔そのものであった。フルートと言う楽器は、高音部は明るく、低音部は翳(かげ)りを帯びるものであるが、明るい音質のジャン・ピエール・ランパルとは対照的に、ニコレの音質は透明にして清冽な翳りが特徴であった。これが、バッハやモーツアルトに対する深い造詣と相まって、その音楽を余す所無く表現していたものだ。



「グレコのマリア像」       「ピカソの画家と裸婦」 


< 二つの洋室の二枚の油絵 >

「中川まり子のフランスの寺院の風景画」 昔、三重県の鳥羽にあるパルケ・エスパーニャに入った時、スペイン直営のみやげ物店で、(開業予定の)旅館に飾る為に、多くの絵画(イミテーション)を買った。このイミテーションは、キャンパスの上に直接印刷してあり、展覧会の売り場にあるような平板な紙へのプリントではなく、奥行きがありリアルで綺麗な出来であった。おまけに、価格も大変安価で、一枚千五百円から三千円で手に入れる事ができた。20−30枚あった中から、一目見て気に入ったものを、まとめて十数枚買い込んだのだが、これが当館に掲げられている絵画の大半となっている。後日、これらを、大阪の額縁屋さんに持って行き、家内が額縁と絵との間をつなぐマットの色を選んで、絵と共に額縁に納めてもらったのだが、額縁とマットの値段は絵の十倍も高くついた。
 その額縁屋さんには、新進の画家たちの作品が何十点、いや百点以上か、も展示即売されていたのだが、その中で唯一傑出していたのが、下掲の2点の本物の油絵であった。その画家は中川まり子としてありその才能はすばらしいものと夫婦して賞賛していた。が、当時は、彼女の絵と額縁とが同じ程度の値段に、つまり不当に低い評価が何故かなされていのだ。いや、だからこそ幸運にも、我々のような勤め人でも、買う事ができたのだから、素直に感謝すべきかも知れないが。
 現在は、この画家がどのような高い評価を受けているか、興味深々である。どなたか教えてもらえませんか?! メールかホームページの掲示板に連絡よろしく。




< 和室の絵画と掛け軸 >

「富岡鉄斎の群仙祝寿図」 明治以降の水墨画家では唯一と言ってよい傑出した画家=富岡鉄斎。長命な画家が、80歳の自らの誕生日を祝して、一気に書き上げた中国七仙人の図(下掲左)。天上から鶴に乗った仙人(寿老人)=鉄斎が降りてきて、これを迎える他の六仙人が酒や桃などを贈っているおめでたい絵である。これは家内と山陰旅行した際足立美術館で買い求めた物。高齢者・障害者向けに、唯一一階にもうけてある、バリヤフリーのサニタリー付き客室に懸っている。



「片山孝雄の山水画」 上掲右の掛け軸で、小さくて見えにくいが、最下段右に白い滝が見えその左に簡便な橋が架かっている。その上を釣竿を担いだ老漁師が抜き足差し足で嬉しげに渡っているのがこのモチーフであり、よく見る構図でもある。この人物のユーモラスな全身の表情が気に入り道具屋さんで購入したのがこの絵である。


< 階段の版画とパネルと絵 >

「ミロの版画でセラミックT(左下)とセラミックU(右下)」 




ラポルトの石版画「真珠色の光




「串本の写真家=鈴木一好氏の橋杭岩のパネル」 2000年末、串本に引っ越してきてしばらくして、私の友達の親戚の方と共に来訪され、紹介されたのが鈴木一好氏であった。その時、橋杭岩の名刺を頂いたのだが、よく出来た作品であり歓心した。我々夫婦とよく似た趣味をお持ちである為、すぐに意気投合した鈴木氏はその傑作写真3枚を宿のパネルにどうぞと申し入れて下さり、もちろん二つ返事でお願いした。こちらも、愛蔵している土門拳の傑作写真集「古寺巡礼」をお貸ししたら大変喜んで頂けた。氏は根っからの写真好きで、1年365日の内250日くらいは夜明け前に橋杭岩に出かけて一瞬のシャッターチャンスに備えているとの事。いいカメラマンにはこういう粘り強い人が多い。いや、こうでなければいい写真など、偶然の幸運でも無いかぎり、撮れるものではない。「成功の陰に多大の努力と積み重ねとがあり」と言うが、彼の写真からは年輪とか風格とか言うものが感じられ、けれんみがなく、いわゆる玄人(くろうと)好みの作品である。
 パネルにして頂いたのは画像の2枚だけでなく、もう一枚、ブルーを基調にした夜明けの橋杭岩のパネルが食堂に掛かっているのだが、反射が強くデジタルカメラ(いや自分の技術のせいかもしれないが)にうまく収まらない為、画像で提示できないのが残念である。このブルーが基調の一枚こそ、鈴木氏がもっとも飽きないとして気に入っておられ名刺にもしているものなのだ。見たい人は遠慮なく当館を訪れて観賞して行って下さい。





< ゲストルームの絵 >

「中世の画僧=ボッシュの過去世・現世・見来世」 500年も前に、キリスト教の画僧が描いた、壮大にして高密度な曼荼羅(壮大な宗教画)。そしてまた、現代への警告の書・預言の書でもある。
 過去世は神と二人の人類(アダムとイブ)と自然のみの天国図(左)。現世は、増えすぎた人類がこの世の富(自然資源)を貪(むさぼ)り尽くし、あらゆる性愛にのめりつくし、黒人と白人とがインターナショナルに結ばれる現代図(中央)。未来世は、人類が昆虫類や鳥類との戦争に敗北し、捕虜となって、真に食い物にされている、戦争や火災や奴隷労働が日常化した地獄絵図(右)。この絵は幾度眺めてもその度に新しい何かが発見できる面白さがある。




「ピカソのゲルニカ」


<食堂の絵>

「カンディンスキーの黎明」   「フェルメールの真珠の耳飾の少女」



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