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本校について
地域の実態

・児童の生活の場である田原区は、東に
八郎山をのぞみ、南には太平洋と
あらふね海岸が広がり豊かな自然と
伝統ある文化に恵まれた地域である。

・美しい自然に囲まれた「あらふね海岸」
には、国民宿舎及びキャンプランド等の
施設があり、シーズンには観光や磯遊び、
海水浴の人々が訪れる。

・地域のうち最も世帯数の多い田原地区は
漁業が主で、佐部・上田原地区は
農業が主であったが、近年他の産業に
従事する世帯が多くなってきている。

位置
和歌山県東牟婁郡串本町田原725番地
児童数

学年別
1年 2年 3年 4年 5年 6年
0 2 3 3 1 3 12
(平成29年4月1日現在)

地区別
田原区 佐部区 上田原区 古座ヴィラ
1部 2部A 2部B 3部
児童数 5 2 2 1 0 2 0 12

(平成29年4月1日現在)


田原小学校のシンボル −大鈴ー

 大鈴(おおりん)は、1929年(昭和4年)、
田原出身の谷下清蔵さんが寄贈したアメリカ製で、
鐘の裾の部分は直径約50cm、高さは35cmの
大型、材質は鉄である。
 大草原の牧場かチャペルの塔にあったのか?
不明だがウェスタン調の風格。かつては、
校舎2階の中央に吊っていたが、現在は校庭に
石の台座を設置し、その上に小屋組みして吊り
下げている。
 地区の人たちは、大鈴と呼び、高齢者の中には
「子どものころ、先生から『おおりんのように、
よく響く人間になりなさい』と言われました」
と話す人もいるほど、地区の文化遺産となっている。
 戦時中、弾丸に変わる原料を得るために
田原小学校にあった二宮金次郎の銅像は
なくなってしまったが、この大鈴だけは残った。
 時は流れ、平成22年7月1日、大鈴は新しく
塗装し直され、復活した。学校がある日の
毎月1日と15日の正午に、田原の地域に時を告げている。


田原小学校校歌



沿革史抜粋

明治 9年 7月 3日 下田原檀那寺の一隅に校舎を建て、共存小学校を開設

明治15年 3月    佐部村に月将小学校を分立

明治25年 6月 6日 両校合併

明治26年 1月 4日 田原尋常小学校と改称

明治29年 4月 1日 高等科を併設

大正10年 1月 9日 新校舎落成し、上地より現在地に移転

昭和16年 4月 1日 田原国民学校と改称

昭和22年 4月 1日 学制改革により田原小学校と改称

(5月 3日 田原中学校開校)

昭和48年 6月 1日 現在の鉄筋校舎落成

昭和49年 5月20日 体育館落成

昭和49年 6月 3日 新校舎・体育館の落成式を挙行

昭和51年 7月 3日 創立100周年

平成14年 2月 6日 校舎大改築

平成22年 5月・6月 運動場の芝生化(苗作成5月13日・定植6月13日)

平成22年 7月・8月 体育館耐震工事(7月21日〜8月31日)


〒649-4112 和歌山県東牟婁郡串本町田原725
TEL 0735-74-0811 FAX 0735-74-0812
E-mail taharaes@za.ztv.ne.jp