護美今昔物語
今は昔、もう50年程前になるかな、まだ戦争後でみんな貧しかった。
当時魚や野菜を買っても新聞紙で包むくらいでみんな量り売りだった。
ゴミなんて家からそんなに出なかった。そりゃそうだろう、新聞紙はカマドの焚き付けに生ゴミは庭の畑に埋めた。ビニールなど無かった。
それでも町のほうに行くとところどころにゴミ箱があったなあ。
木板で作って黒く塗ってあった。なぜ黒いかって・・・そりゃハエが黒い色を嫌うからじゃよ。
「護美箱」なんて漢字で白く書いた箱もあったなあ。
時々蓋が壊れていてな、犬や猫が餌あさりをしていた。
たまに役場のトラックが廻って来てな、荷台にゴミを載せてどっかに持っていった。
何処へ持っていったかって?それは、今の、そう、歴史博物館のある辺りだったか図書館のある辺りだったかよく覚えとらんけど隔離病院の跡があってな、そこにゴミ焼き場があった。一応煙突はあるようだったがよく野焼きをしていた。いつも煙がくすぼっていたなあ。何処からかハエがたくさんやってくるとあれはゴミ焼き場のハエだなんていいあったもんだ。
それからまもなくだったか、家々のゴミ入れがプラスチックの蓋付きバケツになっていった。
ちょうど子どもが入れるくらいの大きさでな、どっかで子どもが遊びで中に入って蓋をしてしまったそうな。あの蓋はひねると小さい子ではようあけれなんだ。かわいそうに親が気付かず窒息死した事件もあったなあ。
でもあのバケツのおかげでハエがめっきり少なくなった。
家々のゴミが増えてきたのはスーパーマーケットができだしてからかな・・・
それまでは量り売りがほとんどだったんがパックで売られてレジ袋に入れるようになり買い物かごをもって店に行くこともなくなった。家から出るゴミもビニールが多くなった。今までみたいに庭の畑に埋めておいても腐らんようになった。しょうがないから風呂の焚き付けにしたりしていたがその風呂もガス釜になって庭に石油缶やドラム缶を置いてゴミを焼くようになった。
なかにはレンガやブロックで本格的なゴミ焼きを作って庭に置いた家もあったなあ。煙が出ても近所は離れていたし問題なんかなかった。

それでも町では本格的なゴミ収集車が走り回っていた。あれは後ろの扉がギッコギッコ動いて、入れたゴミをどんどん中に押し込むようになっていてな、どこかの町ではゴミを放り込んだとたんに手をその扉にかまれて手首を落とした作業員もあったそうな。
そのころには高度経済成長とかでみんなが物持ちになってきてな普段のゴミ収集で出せないようなタンスやソファー等、粗大ゴミも出始めた。仕方がないから市の処理場に各自が持っていった。そしたら恐い職員がいてな、ちょっとでも間違って捨てるとえらい怒られたもんや。
なんたって当時、親方日の丸の役場の職員と国鉄そして電電公社の職員はえらっそやった。まあ今は様変わりしたけどな。
家々から出るゴミはどんどん増えるし市の焼却施設はパンクしそうやし何より埋め立てごみや残った灰を捨てる場所にも困りだした。
ほら市民も悪いわな、卓上ガスコンロのボンベまでゴミに混ぜて出すもんだから爆発して炉が壊れたこともあったそうな。
ほんで、なるべくゴミは家庭で焼いてくれって家庭用焼却炉に補助金出して奨励もしておった。
それが突然のようにな、ゴミを家で焼くとダイオキシンとかいう猛毒のものができるよって禁止になったんじゃ。
それまで盛んに紙を焼いていた学校の焼却炉まで全部使用禁止になってしもうた。
焼いても焼いてもどんどん増える灰の捨て場に困ってな鉄を溶かすようなすごい温度でゴミを焼く施設ができたんじゃ。これなら灰はちょっとしか残らんしダイオキシンもほとんど出ないそうじゃ。
けっこうな施設じゃがこんなのがいるのもみんなの生活がゴミを大量に出すようになったからじゃ。
人間も土から栄養をもらって大きくなったんじゃから死んだら土に返るだろう。
土から生まれたものは土に返さにゃいかん。ほんでも本当に使うだけ土からもらっておるんか?要らんものまで土とお天とさんからぶん取ってゴミにしているんとちがうんか?
リサイクルとか盛んにいっとるが、その前に要らんものを減らさなあかんなあ。
今のゴミ処理場は、もうわしらがむかし覚えとるゴミ焼き場とちがう。環境センターちゅうて、きれいだし周りには花壇や池や里山まである。孫たち連れてピクニックに来て弁当を食べるのにもええとこやで。

亀山はなあ、水と空気と森に恵まれたとこじゃ。うそだと思ったら地図を見てみぃ。南は加太の山の森深くから北は野登山の辺りまで全部降った雨が森を育て森は水を貯めそれを鈴鹿川と安楽川に流してくださる。こんな広い場所からお天とさんの水がもらえるんじゃ。鬼が牙
それにな石水渓、あれは亀山の誇りじゃ。こんなええとこそんなにない。
鬼が牙なんか中国の桂林みたいな絶景じゃ。あの眺めの良い堰堤横に焼けた車が放置されとったが地域の関係者のおかげで片づけてくれたのう。感謝じゃ、感謝じゃ。ほんとうに亀山は、まほろばじゃ、まほろばの亀山じゃ。