コーヒー・ブレイク(24)季節を逃さず

山を下りてからは、龍翔寺という古いお寺の見事な枝垂れ桜を観賞することもでき、さらに、そこの銀杏の大木が黄色く染まる秋にもう一度来ようと、再訪の約束までし合って帰路に着いたのであった。

2015.4.11

 働いていた頃は、忙しくすることで充実感もあったが、今は違う。この、暇を持て余している状態を嘆く人もいるが、私は気に入っている。何しろ、そのつもりになればいつでも動きがとれるから便利なものだ。何よりも、季節の楽しみを逃さずに済む。

 前日の夜、突然友人から電話があって、山桜を見に行くことになった。このところ天気はすっきりしないが、この日を逃したら見頃は過ぎてしまうとのことだった。まさに、季節の楽しみを逃さず、である。

ところが、少し下りていくと随分様子も変わって、みるみる桜に彩られた美しい山が姿を現わすようになると、今度は皆もう感嘆の声しきりである。よく日本画などで、山の風景を霞がかって描いたりするが、あれは実はきわめて写実的な表現なのだと初めて気づかされた。そして、この幻想的な桜の桃源郷は、間違いなく一生忘れ得ない風景になるだろうと思った。アマチュアの写真家から聞いたというが、知る人ぞ知る山桜の名所である。

その辺の地理に詳しくないドライバーの私は、言われるままに曲がりくねった山道をただひたすら車を走らせて、1時間ほどで目的の相津峠まで辿り着いたが、丘の上の展望台に登ってみると、立ち込めた霧のせいで、素晴らしいはずの眼下の景色は何も見えなかった。まるで“霧の摩周湖”状態だったが、わずかに霧が流れると、山の姿が幻のようにかすかに浮かんではまた消える。摩周湖の霧がそうであるように、あっという間に嘘のように晴れるのを待ったが、どうも無理そうなのであきらめて峠を下ることにした。