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東京は雪 都月次郎 東京は雪 おれは二十六 かけおりる坂に雪は降る 遠藤金七郎六十一 佐々木重次郎四十八 中山幸一郎四十七 工藤正一四十五 小野寺紳十九 おれはあなたたちを知らない 労働者五人が倒れているのを 従業員が見つけ 救急車で近くの有馬病院に収容したが 五人とも間もなく死んだ 五人まとめて死ななければ新聞記事にもならず 死んでからもなお 従業員とは呼ばれない 五人の労働者たち おれはあなたたちを知らない 百姓は豊かになった 朝八時から夜八時半まで 百姓は豊かになった 日曜祭日も休まずに 百姓は豊かになった すこしでも多く送金したいと 百姓は豊かになった 映画にも行かずに 百姓は豊かになった 残業のあと五人で酒を飲むだけが楽しみの 百姓は豊かになった ただ働きづめの毎日だった 百姓は豊かになった 豊かにならなかった百姓は この五人だけだったのか 岩手県岩手郡日根町の 遠藤金七郎六十一 あなたの町の雪の深さをおれは知らない 佐々木重次郎四十八 あなたの妻の鏡台の前にすわる うしろ姿のそのえりあしの白さをおれは知らない 中山幸一郎四十七 あなたの子どもの赤い 長靴に入りこんだ雪のつめたさをおれは知らない 工藤正一四十五 あなたの土間の黒光りのするクワの重さをおれは知らない 小野寺紳十九 あなたの恋人の唇のやわらかさと胸の白い丸さをおれは知らない 豊かになるはずだったのか あなたは カレンダーに印をつけ その日は指折りかぞえて待っているはずだった キップを買うために長い行列に並ぶはずだった 汽車にのりこむはずだった トンネルをいくつもくぐるはずだった 鉄橋を渡るはずだった 駅につくはずだった バスにのるはずだった バスは止まるはずだった 子どもが待っているはずだった 待っている子どもは飛びついてくるはずだった ボストンバックは重く ぎっしりとおみやげが詰まっているはずだった 肩の高さまで子どもを持ち上げてやるはずだった それから 真っ白な雪の道を ひざまで埋まりながら家まで歩くはずだった 家にはあたたかい火が燃えているはずだった おふくろと妻がせわしなく待っているはずだった 酒とさかなが用意されているはずだった 風呂がわいているはずだった 話しは深夜までつづくはずだった 子どもたちはいつまでも眠らないはずだった そして 分厚い胸に抱かれ 燃えるふたつの乳房があるはずだった 電報が届いた 電報が届いたことで なるはずだったものが 大木が音立てて倒れるように飛び散った かぞえられないカレンダー 走らない汽車 埋もれたトンネル さけた鉄橋 だれもいない駅 からっぽのボストンバック バス停で待ちつづける子ども もえつづけるいろり わきっぱなしの風呂 かんのつきすぎた酒 重い沈黙 つめたいままの布団 もう抱かれないふたつの乳房 あなたの母の あなたの妻の あなたの子どもの あなたの恋人の そのうずくまった背中を ふるえるくちびるを その絶望の肩を その怒りの手を 言葉をなくした声をのどをおれは知っている 出てきたのは五人だった 働きつづけたのは五人だった 酒を飲んだのは五人だった 死んだのは五人だった 豊かになれなかったのは五人だった だが豊かになれなかったのは五人だけだったのか 遠藤金七郎六十一 佐々木重次郎四十八 中山幸一郎四十七 工藤正一四十五 小野寺紳十九 死んだのは五人だった 死んだのは五人だったが 死んだのはひとりずつだった だからあなたたちは五つの墓 だからあなたたちは五つの家 だからあなたたちは五十人の人間 だからあなたたちはすべての出稼ぎの男 だからあなたたちはすべての百姓の現実と未来だ おれは新聞記事を火にくべる 遠藤金七郎六十一もえろ 佐々木重次郎四十八もえろ 中山幸一郎四十七もえろ 工藤正一四十五もえろ 小野寺紳十九もえろ 岩手は雪 岩手は雪 雪は村に降り 雪は町に降り 雪は屋根に重く 雪は心に重く 雪はくらしに重く ふりはらわねば さらに重く 雪は人間に積もり 雪は人間を押しつぶす 東京は雪 東京は雪 おれは二十六 かけおりる坂に 雪は降る。 |
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