戦争語り部

 戦争語り部とは、実際に戦争で被害に遭い、苦労された方々で、当時のご苦労を語り、それを次の世代に伝えていくことによって現在の平和を願いつづけている方々です。平成14年度に三重県から委託を受け、これらの方々を調査、お願いして、当時のご苦労を語っていただき、録音いたしました。
★これらの一部をCDに収録し、ご希望の方に貸出できる準備ができましたので、ご利用ください。(印:貸出可能です)

戦闘員
No. 住所 氏名 概要
1-1 桑名郡木曾岬町 加藤 良種 大東亜戦争で比島での従軍戦闘の体験
1-2 いなべ市 渡辺 正信 戦艦大和が沈没する悲惨な体験(乗船者3336名中生存者263名その中の1人
1-3 桑名市 石倉 荘次郎 海軍飛行予科練習生(予科練)の体験
1-4 三重郡菰野町 佐々木 一 戦犯として中国軍事裁判を受け帰還が遅れる
1-5 三重郡朝日町 柿澤 環 ミンダナオ島における戦争体験
1-6 三重郡川越町 寺本 義軌 中国、南方諸島、トラック島転戦の悲惨な体験
1-7 三重郡菰野町 橋村 徳男 最前線にて負傷し帰還その戦闘記と戦後酪農経営の生活記録
1-8 四日市市 宇佐美 達 台湾、フィリピンを転戦した体験記録
1-9 鈴鹿市 高橋 良治 東南アジア作戦に参戦したグライダー部隊の隊長としての体験談
1-10 鈴鹿市 菊池 三郎 比島、台湾に参戦した体験と日本が太平洋戦争に進んだ状況を語る
1-11 亀山市 麻生 直 ビルマ、マレーに転戦し戦後捕虜として連合国裁判にかけられた体験
1-12 鈴鹿郡関町 田中 勘三 満州に従軍し終戦後約2年間の抑留生活を話す
1-13 津市 川辺 幸治 ソ連抑留厳寒の地で重労働を強いられた兵士の体験談
1-14 久居市 森 勇生 関東軍兵士として終戦、ソ連軍捕虜としての苦闘体験
1-15 松阪市 山川 英一 日本、中国両軍の混成部隊で八露軍攻撃の防衛をする体験
1-16 松阪市 川口 万右ヱ門 中支戦線で負傷し病院での体験談
1-17 松阪市 小林 政三 北鮮、北満に衛生兵として転戦後抑留され病院で治療に当たった体験
1-18 松阪市 竹川 峰三 中支、タイ、ビルマを転戦し終戦後苦難の末帰国した体験
1-19 松阪市 近藤 寅三 中支戦線補給部隊として転戦、陸軍病院、捕虜生活の体験
1-20 松阪市 安濃田 助生 衛生兵として南支、サシゴンに従軍した体験談
1-21 松阪市 長島 秀一 フィリピンに従軍し最前線で戦った体験
1-22 松阪市 川上 朝一郎 南方にて沈没負傷し漂流救助され海軍病院に入院、原爆の光を病院の窓から見た恐怖の体験
1-23 松阪市 小西 肇 中支にて重機関銃部隊にて戦った苦難の体験
1-24 松阪市 三村 敏夫 中国にて、歩兵教育隊とし現地人の教育に当たった話と終戦後抑留された体験
1-25 松阪市 伊藤 勇 中支の最前線における戦闘の体験と残した家族の思いを語る
1-26 松阪市 松浦 萬三郎 戦艦、航空母艦に乗船沈没の経験とフィリピンのジャングルの戦闘体験
1-27 松阪市 増井 歳夫 戦艦大和の生存者180名中の1人の体験談
1-28 松阪市 木原 弘 仏印、タイ、ビルマ、インパール作戦で戦った苦難の体験
1-29 松阪市 松岡 多太郎 艦船の修理、人間魚雷艇をベニヤ板で製作した体験と海防艦勤務の体験
1-30 松阪市 松岡 良行 満州開拓団にて現地召集、ソ連参戦でシベリヤ抑留生活の体験
1-31 松阪市 関岡 幸之助 小隊長としてフィリピン初陣の模様を語る
1-32 松阪市 永田 節郎 朝鮮、中支南京通信兵として転戦、戦闘体験
1-33 松阪市 田中 利兵衛 機関兵として教育を受けた後兵員の各地輸送体験
1-34 松阪市 藪谷 幾生 関東軍情報隊入隊、国内外転戦の体験
1-35 多気郡多気町 太田 幸雄 戦艦大和に乗船ジャワ島付近で目を負傷シンガポール陸軍病院より病院船で帰国した体験
1-36 多気郡多気町 村林 房吉 中支の最前線で戦った体験
1-37 多気郡多気町 原田 久生 南方諸島に従軍し負傷して帰国した体験
1-38 上野市 橋本 漠 中国にて大黄河作戦と、八露軍交戦した体験
1-39 名張市 松本 壮 航空隊で離着陸訓練中敗戦、終戦後の残務整理をし米軍に引渡したその体験
1-40 名張市 岩崎 貢 開戦時の世相、教育、入隊後のシンガポールでの兵役の体験談
1-41 伊賀市 内保 保 訓練と馬の世話、終戦後は憲兵としてヤミ米の取り締まりと村の生活を語る
1-42 伊賀市 和田 二郎 台湾より帰国の途中広島被爆の恐ろしさを見る
1-43 伊勢市 上部 秋一 北満地方の警察官として活躍、その後5年間ソ連に抑留された体験談
1-44 度会郡御薗村 曽野 健蔵 海軍衛生兵として中国から帰国時に魚雷被弾し沈没の状況と広島原爆の救護活動の体験
1-45 志摩市 前田 隆治 中国に従軍した体験と現在の靖国問題について語る
1-46 尾鷲市 楠 麿 ソ連国境、シンガポールに従軍し終戦後英国の捕虜として過ごした体験を語る
1-47 尾鷲市 久保 等 シンガポール、ボルネオ等に参戦した体験を語る
1-48 尾鷲市 安部 一美 輸送船の護衛熊野灘部隊が米軍攻撃で壊滅した体験を語る
1-49 尾鷲市 内山 良夫 北支戦線の最前線で戦った状況を克明に記録し語っている
1-50 北牟婁郡海山町 浜田 栄吉 カツオ漁船が海軍に徴用され対潜哨戒に当たった体験、ラバウルにて捕虜生活の体験
1-51 南牟婁郡御浜町 中辻 隆路 フィリピンにて米軍と戦った体験
1-52 南牟婁郡紀宝町 泉 哲之 中国で軍事物資輸送に従事、地雷が敷設されている道路を決死の業務を果たす
1-53 松阪市 鎌倉 庄三 ニューギニアの激戦とジャングルの中を逃げ回り終戦も1年間知らずにいた体験
1-54 志摩市 東 光蔵 中支を転戦し中隊全員戦死、敵弾に被弾し傷痍軍人として帰還、その体験を語る
1-55 志摩市 廣 勇 中国大陸を転戦、兄弟3人出征するも本人のみ帰還2人は戦死その体験を語る
1-56 志摩市 小松 弁松 満州シベリヤ国境で終戦、捕虜生活中、多くの仲間が栄養失調等で亡くなったその体験を語る
1-57 志摩市 中村 福生 フィリピンを転戦その体験を語る
1-58 志摩市 大東 八 中国大陸で参戦、「勝ち戦」「負け戦」を体験、その模様を語る
1-59 志摩市 下村 浅市 北支、満州方面にて戦闘に参加、抑留生活を体験、その苦難を語る
1-60 志摩市 中井 重二 台湾、中国大陸、シンガポールを転戦と捕虜生活の体験を語る

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非戦闘員
No. 住所 氏名 概要
2-1 津市 井上 宇三郎 軍需工場に5年間従事した時の苦労話を語る
2-2 亀山市 岡 幸三郎 徴用工として呉海軍工廠、鈴鹿海軍工廠で電気工事に従事した体験談
2-3 松阪市 西井 信子 赤紙による召集令状、日赤従軍看護婦としてジャカルタの体験談
2-4 度会郡紀勢町 西村 兼也 父親が船長をしていた貨物船が徴用されフィリピンで沈没するまでの民間船の悲劇を息子が語る

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学徒動員
No. 住所 氏名 概要
3-1 鈴鹿市 鈴木 育男 学徒動員として機銃の生産に従事した体験、実家が空爆の直撃を受け家族が死亡した体験談
3-2 鈴鹿市 岡本 しづ 昭和18年から終戦まで鈴鹿海軍工廠に勤務、その体験と戦後の生活等を語る
3-3 伊勢市 西山 辰雄 17才で入学即学徒動員広島で被爆し、その悲惨さ、後遺症の恐怖を語る
3-4 伊勢市 木本 典治 勤労学徒動員の軍需工場の悲惨な体験
3-5 上野市 宇田 幸雄 学徒動員で航空機製作所に従事した体験と桑名空襲で友人を亡くした体験談
3-6 伊賀市 西島 壮六 学徒動員での苦労と赤痢に疫病した体験

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引揚者
No. 住所 氏名 概要
4-1 四日市市 谷 まつ 満州で終戦と同時に無一文になり子供を拉致され苦労して探し出し、帰国までの苦難の体験談
4-2 四日市市 長尾 喜代子 満州にて終戦を迎え着の身着のまま強制送還されその後の苦労の体験談
4-3 伊勢市 中井 智栄 ソ連国境近くの中国より子供2人と引揚げ時の苦労した体験
4-4 鈴鹿郡関町 橋爪 延子 朝鮮京城(現ソウル)より子供3人を連れ帰国した時の苦労、戦後の食糧難を語る

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戦没者の妻
No. 住所 氏名 概要
5-1 松阪市 杉田 しず 夫が出征し戦死、長女が急死と不幸の続く苦難の戦没者妻の回想
5-2 伊賀市 浅野 よし子 夫が戦死、幼い子供2人と食糧難の生活、長男が寺を継ぐまでの体験談
5-3 三重郡菰野町 辻 ひさ子 22才で夫を戦地に送った戦争未亡人の思い出、必死に生きた女の一生

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空襲体験・戦時下の生活
No. 住所 氏名 概要
6-1 桑名市 水谷 健一郎 桑名空襲により自宅全焼、家族が負傷し母が死亡、戦中戦後の学校生活、生活状況を語る
6-2 桑名市 上原 巳喜子 桑名空襲時の焼跡、遺体の様子、通学時の米軍機無差別機銃掃射を受けた恐怖の体験を語る
6-3 三重郡朝日町 藤田 洋子 学童期の生活体験と思い出
6-4 三重郡朝日町 仙石 一成 四日市空襲時の状況、戦時中の学校生活、食糧事情、無差別機銃掃射恐怖の体験を語る
6-5 三重郡菰野町 内田 幸宏 四日市空襲での避難の状況、戦中戦後の苦しかった親子3人の生活体験記録
6-6 三重郡菰野町 佐藤 睦 祖母の体験した戦時の生活状況を聞き取り記録、父の遺骨収集映画等の感想文
6-7 鈴鹿市 長嶋 幸枝 大阪での空襲体験、当時の物資不足の苦労、戦争の体験、悲惨さを語る
6-8 津市 川北 冨美 津空襲の悲惨な体験を語る(自宅の焼失、爆弾で土に埋まり消防団に救助される)
6-9 津市 山口 謙次 津空襲のあらまし、戦争の傷跡を語り部として活動
6-10 伊勢市 吉川 貞夫 伊勢市一色町での2度の空襲を蒙り父を亡くした恐怖の体験を語る
6-11 伊勢市 森 美和子 7才の少女の空襲体験
6-12 伊賀市 砂原 嘉寿代 伊賀線丸山駅周辺で艦載機の襲撃を受けた恐怖の体験
6-13 伊賀市 坂本 君代 美旗新田の米軍による爆撃の様子が生々しく語る
6-14 伊賀市 田増 治雄 当時の小学生が見た生活、学校に駐留している兵隊の様子、現在の若人への感想
6-15 度会郡紀勢町 谷口 英進 錦空襲で自宅が被災し家族4人が死亡その悲惨な体験を語る
6-16 尾鷲市 神保 幸子 戦争当時の食糧難の状況、艦載機の攻撃、熊野灘海戦等の状況を細かく記録し語る
6-17 尾鷲市 道上 照雄 長崎で被爆、親兄弟を亡くし、自分の手で荼毘にした悲惨な体験を語る
6-18 北牟婁郡紀伊長島町 西田 敦 紀伊長島空襲で自宅を全焼、米軍機による機銃掃射を受けた恐怖の体験
6-19 北牟婁郡紀伊長島町 久保 康子 川崎市、紀伊長島での空襲、被災、生活の苦労、そして川崎の凄まじい空襲体験を語る

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