三重県遺族会の歩み

三重県遺族会の歩み - 昭和50年代
できごと
昭和50年 6月30日  日華事変以後の戦没者で昭和50年4月1日において、公務扶助料受給者のいない戦没者の子或いは戦没者の兄弟姉妹に対して特別弔慰金として20万円国債(10年償還)の支給が実現。
7月20日  三重県遺族会永年の願望であった遺族会館が護国神社境内に建設完工落成式が盛大に挙行される(会館管理人に杣谷かつ氏就任。)。
 青年部が母の像を建立。
8月15日  三木首相終戦記念日に靖国神社参拝。「資格は三木個人」と発言し、公私論争の発端となる。
 特別弔慰金の継続と増額が決まる。
10月27日  三重県護国神社に天皇皇后両陛下御参拝。
12月7日  遺族会館内に母の造を建立落成除幕式を行う。
12月31日  昭和51年度政府予算案閣議決定において、翌年7月から公務扶助料が年額60万200円に増額されることが決まる。
昭和51年 5月9日  新装となった三重県遺族会館で、青年部が第1回母への感謝大会を開催。
6月22日  靖国神社公式参拝推進の全国組織「英霊にこたえる会」発足。
昭和52年 -月-日  三重県遺族会評議員会において、財団法人三重県遺族会設立のための寄付行為が承認される。直ちに設立認可申請を行う。
2月21日  財団法人三重県遺族会設立認可(三重県福祉部所管)登記完了。
2月22日  沖縄ひめゆりの塔33回忌記念慰霊祭を盛大に挙行。
 三重県遺族会副会長に山本三千男氏(桑名市)が就任。
4月28日  日本遺族会賀屋会長が入院先の厚生年金病院で逝去。
9月-日  身寄りのない戦没者の父母に対する第3回目の特別給付金が60万円国債(5年償還)で支給されることが決まる。
10月13日  日本遺族会会長後任に村上勇氏が推戴される。
11月28日  三重県遺族会婦人部代表が田川三重県知事と懇談。全国戦没者追悼式参列と婦人部員互助共励事業への県費助成を強く要望。
昭和53年 5月15日  三重県遺族会創立30周年記念大会開催。知事表彰佐々木多加子他26名、会功労者会長表彰486名
8月15日  全国戦没者追悼式参列にあたり、三重県の補助を受けることができ、毎年400名程度の遺族代表が参列できるようになり、「一度はあの式典に参列したい。」との県内遺族の願いが満たされることとなる。
8月-日  「英霊にこたえる会三重県本部」が結成、発足する。初代会長に中川利吉氏就任し、靖国神社公式参拝運動に拍車がかかる。
12月15日  三重県議会において、「靖国神社公式参拝の促進」を決議、各都道府県議会、市町村議会における決議を促し、全国的運動となる。
昭和54年 1月11日  昭和54年度政府予算で、公務扶助料の増額(8万3,500円/月額)と、特別弔慰金12万円国債(6年償還)が決定する。
5月-日  三重県遺族会成年部長に谷嘉昭氏が再就任する。
6月28日  昭和54年度マリアナ諸島戦没者遺骨収集政府派遣団が出発。参議院議員齋藤十朗議員も同行して、集骨作業にあたった。
7月11日  九段会館新館竣工。新しい都市型ホテルとして開業。
12月29日  昭和55年度政府予算案閣議決定で、遺児記念館(仮称)建設に初の調査費741万円が決まる。
昭和55年 4月30日  婦人部結成30周年、青年部結成20周年を記念して、三重県文化会館において「靖国の妻と子との大会」を盛大に開催。
6月22日  沖縄三重の塔霊域内の整備事業が完工。翌23日に、塔前において盛大に慰霊祭が挙行される。
9月30日  三重県遺族会事務職員植田孝氏が退職。後任に仲敏子氏が10月8日に就任。
昭和56年 2月25日  日本遺族会常務理事に堀江祥子氏就任。
10月16日  高齢が進む戦没者の父母の皆さんを遺族会館に招いて、感謝の大会を盛大に開催する。
昭和57年 3月19日  三重県護国神社社殿修復及び社務所改築造営工事着工報告祭~6月6日着工地鎮祭(完工昭和53年8月)。
4月1日  婦人部互助共励事業発足、会員拠出金1人3,000円、合計1,500万円、県補助1,100万円、会員数559名でスタート。
8月15日  政府は、8月15日を「戦没者を追悼し、平和を祈念する日」として制定。
10月16日  政三重県遺族会結成35周年記念大会を県文化会館で開催。坂ノ坊久氏(多気郡)他200名が会長表彰を受ける。
12月8日  「英霊にこたえる議員協議会」の会長に田村元氏就任。
昭和58年 4月-日  戦没者の妻、父母の特給法が改正され、昭和48年及び53年に支給された妻特給及び父母特給の償還が終了した者に改めて特別給付金の継続増額支給が決められる。
 妻 120万円国債(10年償還)
 父母 60万円国債(5年償還)
4月2日  三重県護国神社社殿修復及び社務所改築造営工事が完工し、新装となった社殿において御造営完工報告祭が行われる。
昭和59年 1月5日  中曽根首相が一般参拝者にまじり、靖国神社社頭で参拝。靖国神社への首相の新春参拝は戦後始めてであった。
7月17日  政府は藤波官房長官のもとに、「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」の設置を求めた。答申の時期については60年夏までにまとめることとなった。
8月13日  青年部は、全国の代表者132名がそれぞれに父の遺影を抱き、公式参拝実現要求50時間断食祈願に入り、戦没者遺児のやむにやまれに心情を訴える。15日午後2時に、全員で靖国神社に参拝を行い、断食祈願を終えた。
8月15日  中曽根首相が靖国神社参拝する(全国戦没者追悼式の後)。

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