三重県遺族会の歩み

三重県遺族会の歩み - 昭和40年代
できごと
昭和40年 6月-日  戦没者等の遺族に対する特別弔意金の支給が実現、3万円(10年償還国債)支給。
6月26日  三重の塔建立除幕式が盛大に挙行される。本県出身5万3千余柱の戦没者を慰霊する三重の塔が沖縄県摩文仁ヶ丘の戦跡に建立され、完工除幕された。
7月-日  青年部、靖国神社国家護持の実現「英霊顕彰」アピールのため、全国1万キロの自動車パレード(7月21日出発)を開始。沿道で共感の嵐が起こり、8月7日に靖国神社にて終結。
8月15日  終戦20周年を記念して、日本武道館で全国戦没者追悼式を挙行。
10月17日  靖国の妻の真心「時計塔」が完成。除幕と献納式が行われた。戦没者の妻に対する特別給付金の実現を記念し、靖国神社境内に建立。
昭和41年 3月16日  愛媛県議会が全国で初めて靖国神社国家護持推進を決議。これを皮切りに、千葉、茨城、栃木、岐阜、三重、和歌山、岡山、香川、長崎各県と572市町村議会でも決議された。。
4月14日  靖国神社国家護持全国戦没者遺族大会を開催。全国から3,000名が参集、署名総数2347万7424人に及ぶ請願書、陳情書を衆参両議院と内閣に提出した。
6月-日  三重県遺族会青年部第4代部長に川戸真一氏(亀山市)就任。
12月6日  第1回三重県戦没者追悼式が三重県文化会館で挙行された。
昭和42年 -月-日  戦没者父母に対する特別給付金が支給される。孤独の境涯を慰藉するため、戦没者以外に子も孫もない戦没者父母に特別給付金10万円(5年償還国債)が支給される。
 公務扶助料月額1万円、年額12万円が実現。
9月6日  三重県遺族会創立20周年記念式典を三重県文化会館で開催。堀江祥子氏他54名が知事表彰を受けた。
11月27日  皇太子同妃両殿下のご臨席を仰ぎ、日本遺族会創立20周年式典を九段会館で開催。
昭和43年 4月25日  第3回靖国神社国家護持全国戦没者遺族大会にて、その早期実現を願う遺族代表に来賓の大平自民党政調会長は「全党一致をみれば今国会に提出」と言明。
5月11日  三重県遺族会婦人部、青年部合同大会を開催。
5月-日  三重県遺族会青年部第5代部長に内田幸宏氏就任。
7月7日  参議院議員選挙に際し自民党は、「靖国神社の国家護持を推進する」と初めて選挙公約にした。
8月-日  三重県遺族会事務局職員人事、青木みち氏退任、植田孝氏就任。
昭和44年 -月-日  三重県遺族が昨年で創立20周年を迎えたことに鑑み、経過を追憶しながら運動の成果を省み、さらに結集を強め護国の英霊の顕彰を誓うと共に、この祈念事業の一つとして「遺族会二十周年誌」を編纂し、戦後の歩んだ茨の道を後世に伝えようと発刊した。
6月6日  「靖国神社国家護持法案」が自民党議員提案で第61回国会に提出された。
8月4日  「靖国神社法案」が衆議院内閣部会に付託された。
8月5日  第61回国会の閉会により、同法案は廃案となった。
昭和45年 2月7日  日本遺族会青年部は、新体制の発足初の代議員会(東京全共連ビル)を開催。要領、規約規定並びに45年度活動方針などを決めた。初代部長に成島肇氏を選任
3月10日  2000万署名達成による靖国神社法成立大会を靖国神社境内で開催。
5月13日  第63国会の最終日、「靖国法案」再び廃案となる。
5月30日  森川僖次事務局長退職、後任に細川正春氏が就任。
10月1日  遺族相談員制度(7月公布、10月1日施行)が県下相談員11名で発足。
昭和46年 5月30日  日本遺族会婦人部は第一回婦人部大会を常陸宮妃殿下をお迎えして九段会館で開催した。
5月31日  細川正春事務局長が退任、後任に森川僖次が就任。
 三重県遺族会青年部第6代部長に谷嘉昭氏が就任。
10月1日  事務局職員に石谷洋子氏就任。
11月1日  青年部が組織として初めて戦没者遺骨収集をマリアナ諸島のサイパン・テニアン両島で実施。収集団は665柱の遺骨を収集し、18日に帰国した。本県からは、山川昇、川村靖、鈴木宗嗣、築山新生、渡辺九仁也、谷嘉昭の6名が参加。
昭和47年 3月20日  四日市市民ホールにおいて、青年部初の遺骨収集報告会開催。
5月30日  三重県護国神社林榮治宮司逝去。
6月4日  三重県遺族会は評議員会を開催。副会長に大仲一氏(伊勢市)、堀江祥子氏(松阪市)、谷嘉昭氏(四日市市)をそれぞれ選出。
7月12日  森川僖次事務局長逝去。
9月8日  斎藤昇三重県遺族会会長逝去。
10月10日  田村元氏三重県遺族会会長に就任。護国神社において、田村会長就任報告祭を行う。
 護国神社の後任宮司には宇治土公貞幹氏(三重県神社庁長)が就任。
 三重県遺族会事務局長には、谷嘉昭副会長青年部長が局長事務取扱いとして就任。
11月8日  全国戦没者妻の決起大会(靖国神社相撲場)に全国から5700名が参加。戦没者の妻に対する特別給付金の継続を決議した。
昭和48年 1月15日  48年度政府予算編成に際し、戦没者の妻父母に対する特別給付金は継続し、戦没者の妻に60万円国債(10年償還)、父母に30万円国債(5年償還)とそれぞれ継続増額が決定した(施行期日は4月1日)。
2月11日  日本遺族会青年部は第4回代議員会を京都国際会議場で開催、靖国神社境内に母の像を建立することを決定した。
4月27日  「靖国神社法案」自民党議員(三塚博議員他11名)の議員提案で第71特別国会に提出された。
6月5日  三重県遺族会では遺族会館を建設することを決定します。
9月27日  「靖国神社法案」は衆議院で継続審議と決まった。
昭和49年 5月25日  衆議院本会議で「靖国法案」自民党単独で可決。参院に送付。
6月3日  同法案は河野議長の手元にとどめられ、会期末を迎え廃案、以後同法案の国会提出はなくなる。
9月15日  待望の三重県遺族会館建設について護国神社総代会で承認。
12月3日  遺族会館建設起工式
12月22日  日本遺族会青年部は母の像を靖国神社境内に建立、竣工式が行われた。
 公務扶助料月額3万円が実現(年額36万6646円に増額)。

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