71A A級PPフローティングOPTアンプ
これまでに6AN5WA、6C19Pと2作ほどA級動作カソード平衡出力アンプをご紹介しました。このアンプ形式の特徴なのかはどうかは判りませんが、音質的にかなり良い評価ができるのではないかと個人的には感じています。しかし、あまりにも効率が悪いことと、ドライブの難しさという点で大変製作し難いアンプですので、一般的に評価される事は無いだろうと思います。やはりカソードから出力を取り出すということは並大抵のことではありません。
では、出力をカソードではなくプレートから取り出したらどうでしょうか?この場合は出力段での増幅が可能ですから通常の動作例とほぼ変わらない結果が期待できます。もちろん出力トランスによる昇圧ができませんのでB電源はそれを見越した高い電圧が必要になりますが、ドライブ電圧は通常と全く同じ考えで通用しますので、カソード平衡出力アンプと比較してはるかに楽になります。この形式はラジオ技術誌のライターである氏家高明氏がフローティングOPTアンプと称して、既に実践されておられます。氏家氏はチョークコイルを用いられていますが、これは定電流回路で置き換えることが可能で、基本的な考えは全く同じです。というわけで、本機はフローティングOPTアンプという称号をそのまま使わせて頂くことにしました。
本機で起用した出力管は71Aです。これは以前に清水の舞台から飛び降りるような気持ち(大げさ!)で購入したのですが、製作を見送ったため、ず〜っとスタンバイしていた球です。フローティングOPTアンプは、定電流回路での消費電力がカソード平衡出力アンプと変わりませんから、あまり出力を欲張ると出力の割には大掛かりなアンプになってしまいます。ここは71Aを選択し1.5W+1.5W程度で、フローティングOPTアンプと思えないくらいコンパクトに作ることを目指しました。
回路図
本機の回路はフローティングOPTアンプの元祖である氏家氏に敬意を表して、回路構成をほぼそのまま使わせて頂きました。私のオリジナリティーはというとチョークコイルを定電流回路に置き換えている点くらいです。出力段の動作点はEp=180V、Ip=20mA、Eg=−40.5Vというシングルの動作例と同一です。出力トランスは名機の誉れの高いISOのFE−25−8を使いました。これは前から使ってみたかったトランスです。噂に違わず大変良い結果を出してくれました。
電源回路では、まず直熱管である71Aのヒーター点火をどうするかですが、残留ノイズの点で有利な直流点火することにしました。電源トランスは、デザイン重視でFE−25−8と意匠が同じGS−115Dを採用しました。6.3V1.5Aの巻線からDC5Vを作らなければなりませんが、6.3V巻線をブリッジ整流してもDC6.6V程度しか出なかったので、それからDC5Vをリップル無しに取り出すのは結構大変です。ポイントは定電圧回路の出力トランジスタをインバーテッドダーリントン接続にして飽和電圧を低くしたことと、ヒーターへのラッシュ電流を抑えるため、ヒーター電源をゆ〜っくりと立ち上げるようにしたことです。ヒーター供給電圧は、ほぼ5.0Vになるように調整しました。飽和電圧を低くしたとは言え減電圧状態は苦しく、約93Vで5Vを割ってしまいます。が、90Vに減電しても規定電圧マイナス10%の4.5V以上は確保できていますし、5Vを割った時でもリップルフィルターとして機能しますので減電時に急にノイズが増えることも無く、まずまずの結果じゃないかと思います。定電圧化していますので、増電状態では全く問題無く5Vをキープ出来ますし、ヒーターが冷え切っている時でもラッシュ電流は流れませんので、希少な古典球には優しい気配りではないでしょうか。(直熱管はAC点火じゃないと!という方もおられますが、もともと71Aはバッテリーでフィラメント点火する時代の球ですからねぇ。異論はあると思いますが...)
電流流れ出し型の定電流回路は、適当なICが見つからないのでディスクリートで簡単に済ませました。ステレオで計4個の定電流源が必要で、それぞれが約2.8Wの消費電力で合計約11.2Wとなりますので、放熱板に取り付けなければなりません。出力トランジスタと同じものをダイオードとして放熱板に一緒に取り付け、温度補償しています。放熱板がやや小さめなので凾s=50°弱の温度上昇がありますが、温度補償のおかげで電流変化はほぼ無視できる程度に収まりました。定電流回路の電源は独立した巻線から取らなければならないのですが、GS−115Dには空き巻線がありませんので豆トランスを追加しました。ここは殆ど電流を食わないので、整流後にDC8〜25V程度で30mA以上とれるトランスならば何でも使用可能です。(回路図にはノグチのPM0801と書いてありますが、実際はほぼ同スペックの手持ちのジャンクトランスを使用しました。)
回路の実装は、いつもながらサンハヤトの蛇の目基板に実装しました。下の写真は本機の要である定電流回路の実装状態です。
水谷電機のES(77)という放熱板(L=75mm)に基板とトランジスタを取り付けています。基板上の回路を切り出して下図に示します。氏家氏のオリジナル回路であればチョークコイルが4個必要ですが、本機ではこれで定電流回路が4回路実装されていますので、よりコンパクトに納めることが可能です。調整時はシャーシへの取付ネジを外して放熱板を下にして倒した状態で調整するのですが、大変やり難いです。組んだまま調整できるよう半固定抵抗をアングルタイプ(横型)にするべきでした。定電流回路はそれぞれ20mAになるように調整します。この回路は4つの出力を同時に取らないと動作しませんので、もしコピーされる方がおられましたらご注意下さい。組み上げてから調整するよりも予め調整した方が良いと思います。
次は電圧増幅回路の実装状態です。最近はこのように基板型の真空管ソケットを使用して回路を基板に実装していますが、コンパクトに実装でき、その結果ノイズに強い方法だと思います。ソケット側の基板と部品側の基板は錫メッキ線で接続しています。
電圧増幅回路を実装状態に即して書き直したものを下図に示します。
こういった実装をすると、後から部品の定数を変更するのは大変ですので、組み上げてから調整の必要な部品(本機では図中のNFB素子)は基板に予め実装するのではなく、錫メッキ線を端子にしてそれに半田付けを行います。次に調整ですが、まず71Aのグリッド電圧が大体7〜8V程度になるようにグランドに落ちている方の半固定抵抗を調整します。それから出力トランスの一次側巻線の両端をテスターかオシロスコープでつまんでDC電圧がゼロになるようにもう一方の半固定抵抗でDCバランス調整をします。完璧を期すならば、数時間運転した後でもう一度DCバランスを取ります。本機はDCバランスサーボ回路は搭載していませんが、しばらく観察しても0.3V以上バランスが崩れることはありませんでした。もちろん限りなく0Vに近いことが望まれますが、出力トランスの最大許容不平衡電流が7mA、巻線の直流抵抗が285Ωですから、一次側巻線の両端の電圧差が約2V以下であればスペックを満足できる計算になります。
次はヒーターの直流点火回路の実装状態です。定電圧回路の出力トランジスタは小型の基板型ヒートシンクに取り付けています。71Aプッシュプルだと2本あわせても0.5Aの出力でOKですからこの程度で済みますが、これ以上の定格を持つ直熱管だともっと重装備しなければなりません。
最後は主電源回路です。本機では出力段のプレート側に定電流回路がありますので、出力段のB電源(+325V)は少々リップルがあっても全く問題はありません。47μFのコンデンサを2本パラレル接続にしていますが、1本だけでもノイズが増えるようなことは無いと思います。それに対して電圧増幅段(360V)はリップルがあるとノイズが増えるので、それなりにリップルフィルタを入れ、低域のクロストーク対策として左右を分けて給電しています。
ヒーター直流点火回路と主電源回路は、置き場所に困ったので取付金具 を作ってそれにネジ止めしています。(下図参照、金具はトランスの取り付けナットで共締めします。)でも、この金具はあまりお勧めできません。なぜなら取り付けおよび配線が大変やり難いからです。もうちょっとよく考えるべきでした。ちょっと失敗、あ〜ぁ゛。
本機のシャーシは図面 を書いて、MJ誌の広告で見た長野県のエヌテクノロジーというところに製作してもらいました。最近はアマチュアアンプビルダーらしく頑張って自分で加工しなければ!と自分を戒めていますが、このアンプを製作した頃はシャーシ加工がどうにも手がつかなくて、図面を書くだけで後は業者まかせになっていました。エヌテクノロジーの標準シャーシは裏蓋が落とし込み構造になっていて裏蓋が見えないのですが、本機は少しでもコストを下げるために、構造を簡単にしています。一台こっきりの裏蓋付シャーシが塗装込みで21,000円でした。どうでしょうか?相場はよく判らないのですが、良心的な価格ではないかと思います。
はらわた
Rch回路
電源部
後ろから
測定データ
仕上がり状態の測定データです。
周波数特性 | Lch(−3dB) | 1.35Hz |
(1V、8Ω負荷、1kHz基準) | (−3dB) | 236kHz |
Rch(−3dB) | 2.90Hz | |
(−3dB) | 251kHz | |
最低雑音歪率 | Lch(100Hz) | 0.0340%(0.07W) |
(8Ω負荷、10−300kHz) | (1kHz) | 0.0375%(0.07W) |
(10kHz) | 0.0396%(0.05W) | |
Rch(100Hz) | 0.0361%(0.03W) | |
(1kHz) | 0.0354%(0.03W) | |
(10kHz) | 0.0394%(0.03W) | |
ダンピングファクタ | Lch |
10.53(1V → 1.095V) |
(8Ω負荷、1kHz、1V) | Rch | 12.35(1V → 1.081V) |
仕上り利得 | Lch | 11.95dB(NFB=11.65dB) |
Rch | 12.21dB(NFB=12.44dB) | |
クロストーク | Lch → Rch | −90.48dB(20kHz) |
(20〜20kHz) | Rch → Lch | −86.05dB(20kHz) |
残留ノイズ | Lch | 193.6μV(10〜300KHz) |
(8Ω負荷、VR最小) | 23.82μV(IEC−A) | |
Rch | 138.2μV(10〜300KHz) | |
11.58μV(IEC−A) | ||
消費電力 | 無信号時 | 57.1W(100V、0.674A) |
以下に測定結果をグラフにしたものを列挙します。
大変広帯域のアンプになりました。素直な高域特性は、出力トランスに拠るところが大きいと思います。低域での盛り上がりが若干気になりますが、スタガー比が足りなかったようです。しかし、ピークが1dBにも満たないのでとりあえず良しとしました。
無帰還状態と仕上がり状態の周波数特性の比較のグラフ(上図はLch、下図はRch)です。
本機もフリッカー雑音に悩まされて、歪率特性カーブが小出力領域で波打ってしまいました。歪率はまずまず低い方かなと思います。目標とした1.5W+1.5Wは確保できたみたいです。
中低域のクロストーク特性はハムノイズよりも低いレベルですし、20kHzにおいても−90dB程度取れているので優秀な方ではないかと思います。
総括
FE−25−8+71A+フローティングOPTと三拍子そろったアンプです。最初から悪かろうはずがないと予想していましたが、近作の中では一番のお気に入りとなりました。フローティングOPTアンプは大げさなアンプになりがちですが、71Aの出力規模が小さいことも手伝ってコンパクトに納めることが出来た上、私が製作したアンプにしては珍しく温度的にも全く問題がありません。暑い夏の間でもアンプの熱さを感じることなく使用することができます。いくつか小さな失敗はありましたが、全体的にはナ〜イスな選択だったと思います。
本機を氏家高明氏が幹事役でお世話いただいた徳島OFFに持ち込みましたが、試聴の際に、当の氏家氏からお褒めの言葉を頂戴することができました。いちおう満足です。(余興で無帰還状態にすると....でしたが。)
直熱管を使うのは中学生の頃に2A3のシングルアンプを製作して以来のことです。いったい直熱管が良いのか、その中でも71Aが特別なのか、よく判りませんが非常に繊細に音の表現をしてくれるアンプのように感じます。もしかしたら出力トランス良かったのか、あるいはフローティングOPT回路の特徴なのかも知れません。いや、三拍子そろっているからかも。