6C19P 8パラ シングルOTLアンプ

本機は、手作りアンプの会 関西支部でお世話になっております池田さんがラジオ技術誌の2008年10月号に発表された6AS7Gを使ったOTLアンプの パワーアップ版です。同2012年9月号に掲載予定の塩田さんの6082を使ったOTLアンプとほぼ同じ回路で、更なるパワーアップ版となっています。

まだ組み上げたばかりで、取敢えず一通りのデータを取っただけの状態なのですが、先日お誘い頂いたオフ会にて初披露することに しましたので、急遽この紹介ページを作りました。後日、ゆっくり完成させて加筆、修正する予定です。(2012年7月26日)

 シングルOTLアンプ

池田さんが発表された記事では、題名が何故かSEPP OTLアンプとなっていますが、実際にはカソードフォロアのシングルアンプ形式です。 このアンプはオペアンプ・ドライブ・シリーズと称して、普通のオペアンプが動作する範囲の電源電圧で真空管を動作させる前提となっているようで、 もともと高電圧型の真空管という素子を、低い電源電圧の下で少しでも電流を多く流せるように、グリッドを正電圧の領域まで使うA2級の回路になっています。 この発想が池田さんの素晴らしいところで、えっ?こんな低い電圧で真空管がマトモに動くの???とビックリさせるようなアンプに仕上がっています。

出力段がシングル動作の真空管OTLアンプというのは珍しいのですが、昔からこの形式のアンプの製作記事はいくつか存在し、私も中学生のころテレビの抜き球の 12BH7Aで挑戦したことがあります。(その時は私の技術不足により、敢え無く沈没してしまいましたが...) 当時に発表された同様の回路の中には A2級で動作させた例は無かったのではないかと思いますし、池田さんのアンプでは、それに加えてオペアンプによる深いNFBを駆使して 非常に静特性の優れたアンプとなっています。

私は池田さんによるオリジナルアンプは聴かせていただいたことは無いのですが、同じく手作りアンプの会 関西支部でお世話になっています 西河さんの同形式のアンプを某オフ会で聴かせて いただいたことがあり、そのアンプの音質は非常に鮮烈で、深く印象に残っています。

とまぁ、良いことばかり書きましたが、このアンプの泣き所は、何と言っても出力が小さい!ということに尽きるでしょう。池田さんはこのアンプ記事以降、 出力アップを狙って?SEPP化へとシフトされておられるご様子ですし、西河さんの作例もその後SEPPに改造されて出力アップを図られました。 確かに1W前後の出力では不満を感じる場面もありますので、何とか出力アップをしたいところです。しかし、プッシュプルバランスの取れないSEPP化というのは 私個人としては、回路的にも音質的にも、どうも好きになれません。そこで本機は、基本回路を変えずに必要充分な出力を確保できないか、 どこまでパワーアップできるかということを見極めることを目的に設計、製作しました。

 回路図

下図が本機のアンプ部回路図です。

OTLアンプをパワーアップするには、何と言っても電源電圧を高くすることです。まずは入手可能なオペアンプの中で、高い電源電圧で使うことができるものを 探しました。高耐圧のオペアンプは、造り難いのか、需要が無いのか、種類がぐっと少なくなりますが、その中で入手性を考慮してバーブラウン(今はテキサス・ テキサスインストゥルメント)のOPA445を選びました。 恐らくモノリシックのオペアンプでは最も高耐圧の部類ではないかと思います。ハイブリッドのオペアンプを含めるとさらに高耐圧のものがありますが、 非常に価格が高く入手性が良くないようです。OPA445は±45Vまで使えるオペアンプですから、大いに期待できそうです。

次に出力管ですが、私の好きなロシア球、6C19Pをズラリと並べることにしました。この球は6.3V管ですので16本並べてAC100Vでヒーターを 点火します。トランスレス管ではありませんのでヒーターウオームアップ時間は制御されていないのですが、以前にも試したことがあり、これまでに特に問題は 発生しておりませんので本機でも何とかなるだろうと採用しました。ステレオで16本ですので、各チャンネル8パラ動作となります。

さて、池田さんのオリジナル回路そのままに、電源電圧を上げるだけでも勿論パワーアップにはなりますが、電源電圧が高くなるとそれにつれてロスも 大きくなりますので、できるだけ無駄な消費電力を取り除くことを考えます。この回路はシングルアンプですのでA級動作ですから、常に最大の消費電力となります。 したがって冬しか使えないストーブみたいなアンプにならないように、パワーアップ化においてシェイプアップを考慮することは非常に重要です。

シェイプアップポイントとして、まずはオリジナル回路でカソードに入っている抵抗を考えます。この抵抗は回路的にスピーカーと並列に入り、 アンプの負荷となりますので、出来るだけ高い抵抗値が望ましいのですが、一方でA級動作のアイドリング電流を流してやらなければなりませんので、 パワーアップ化するには抵抗値を逆に小さくしてアイドリング電流を増やしてやる必要があります。そこで抵抗からチョークコイルへ置き換えて、直流的には 充分なアイドリング電流を流しながらも、オーディオ信号に対しては出来るだけ負荷にならないようにします。オリジナル回路では出力規模が小さいので ロスも大したことはありませんし、部品の入手性、作り易さを考慮されて抵抗が使われているのだと思いますが、出力をアップするとなると、 このポイントを見逃すことは出来ません。

本機のために設計、製作したチョークコイル(EI−76オリエントコア、積厚50mm)のインピーダンス特性を下に示します。これはDC1.4Aを重畳して、 8Vrmsの信号源で測定したものですので、8Ωで8Wくらいの出力が出る条件です。直流抵抗(DCR)は約4.3Ωと小さく、オーディオ信号に対しては ご覧の通り、例えば下限の20Hzにおいても50Ω以上のインピーダンスが確保できていますので、8Ωの負荷に対して充分大きな値となり、 最大出力への影響はほぼ無視できる程度です。そのまま置き換えるにはDCRがちょっと小さすぎますので、直列にホーロー抵抗を挿入してアイドリング電流を 調整しています。

次なるシェイプアップポイントは、電源電圧の配分です。本機の電源部回路を下図に示します。

本機はアンプ回路がシンプルですから、製作し易さを考慮してスイッチング電源を使いました。オリジナル回路のように正負同じ電圧の±電源を用いて グランドを中心とした信号の振幅を考えると、マイナス電源側には有効に使えない部分が大きく、非常に大きなロスを招きます。そこでプラス電源側を分割して オペアンプの動作基準点(回路図中のテストポイント、TP)を設け、出力振幅はプラス側の電源範囲のみから取り出すことにします。こうするとマイナス電源側は、 オペアンプおよびドライブ段トランジスタのみを駆動するだけとなりますので、必要な電流が激減し大きなシェイプアップが可能です。 また、前もってバラック実験は行っていませんので、オペアンプの動作基準電圧を調整できるようにしました。これは出力信号の最大振幅とアイドリング電流を 同時に調整することとなりますので、最大出力や消費電力に影響します。

プラス側に使ったスイッチング電源は48V、1.6Aの仕様のものですが、出力電圧を±10%の範囲で調整できますので、少しでも大きな出力を狙って53Vに 調整しました。 これを各チャンネル独立に配して、電源を通じた低域のクロストークの悪化を防いでいます。マイナス側は消費電流が小さいので、 24V、0.4Aの仕様のもの一つで両チャンネル分賄っています。マイナス側は0.1Aもあれば充分なのですが、これでも見つけた中では一番小さなものです。 これも出力電圧の調整ができる仕様だったので27Vまで上げて組み立てましたが、後述のように、むしろ24Vよりも下げる方向で調整が可能かもしれません。

以上の電源電圧配分の結果、出力のDCカット用電解コンデンサの極性がオリジナル回路の逆になっていますので、追試される場合はご注意ください。

 測定データ

とりあえずオペアンプの動作基準点を12Vに調整して、測定した結果です。測定は全てAC100V、60Hzで測定しています。

ダンピングファクタ Lch 254.2(出力インピーダンス=31.47mΩ)
(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 268.0(出力インピーダンス=29.85mΩ)
利得(8Ω負荷、1kHz) Lch 17.94dB
  Rch 17.99dB
残留ノイズ Lch 367.2μV(10〜80KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   72.75μV(IEC−A)
  Rch 254.3μV(10〜80KHz)
    41.21μV(IEC−A)

測定結果をグラフにしたものを以下に列挙します。

まずは周波数特性です。上のグラフがLチャンネル、下がRチャンネルです。両チャンネルとも高域カットオフ周波数は190kHz以上、 低域は約5Hzとなりました。 高域カットオフはオペアンプの性能に依存します。ラジオ技術誌9月号に掲載予定の、塩田さんの6082(4パラ)の シングルOTLアンプでは、同じオペアンプを使ってカットオフは約75kHzだったようです。(両者の回路および仕上がり利得はほぼ同じです。) 本機で高域が伸びた要因としては、パラ数が多いので出力段のgmが高いため、増えた利得がNFBに回ったためではないかと考えています。

次は歪率特性です。スイッチング電源を使っていることから、ノイズの影響が大きいため80kHzのフィルターを掛けて測定していますが、それでも 小出力領域の高調波歪はノイズに埋もれてしまいます。高域になるほど歪率は悪化しますが、これはオペアンプの利得が周波数が高くなるほど落ちてしまい NFB量が減るためです。まぁこれはオペアンプを使う以上、仕方ないことですね。

さて注目の最大出力は、目視クリップ点で7W以上は出ています。池田さんの記事での条件(THD3%)で比較すると最大出力は大体8.5W+8.5Wと なります。スイッチング電源とオペアンプを使った手軽な真空管OTLアンプで8.5W/8Ω! これだけ出れば出力不足を感じる場面は ほとんど無いのではないかと思います。前述のように動作基準電圧を調整できるようにしていますので、後ほどゆっくりとベストな点を探したいと思います。

出力インピーダンス特性です。1kHzでのダンピングファクターとしては250以上/8Ωになりますが、低域、高域に向かってインピーダンスが上昇する V字曲線になっています。高域のインピーダンスの上昇は、歪率が高域で悪化するのと同じ理由で、オペアンプを使う限り避けられません。低域の方はDCカット用の 電解コンデンサのインピーダンスがほぼ計算通りに出ています。コンデンサの容量を大きくすれば若干低域側に寄りますが、桁を一つ二つ増やさなければ 大きくは変わりません。100HzでのDFは24程度ありますので、あまり気にする必要は無いように思います。

最後はクロストークです。少々イビツなデータですが、絶対値的にはまあまあ満足できる範囲でしょうか。シングルアンプに有りがちな低域へ向かって クロストークが悪化する症状は、電源を左右独立にしている成果が出ており、問題はありません。

  シャーシ内部はスカスカです

 総括

試聴してみると、音の方はなかなかご機嫌です。低域の迫力もありますし、まずは満足です。 回路がシンプルで、製作が容易な割には高い性能が得られますので、 お勧めの部類のアンプでしょうね。低電圧(とは言えなくなってしまったかもしれませんが)真空管OTLの可能性がさらに開けたような気がします。

このアンプは組み上げたばかりで、総括できるほど付き合っておりませんので、完成後にゆっくり総括するつもりですが、以下 気が付いたことを少し。

現状、出力波形のクリップは正弦波の上部が先に始まります。したがってプラス側の電源電圧をもう少し上げれば、最大出力はもっと大きくなるはずです。 53Vのままでも、オペアンプの動作基準点を現在の12Vから下げてプラス側の振幅を大きく取れるようにし、、チョークとシリーズに入っている5Ωの ホーロー抵抗の値を下げてアイドリング電流が増えるようにトリミングしてやれば、もう少しは出力は大きくなると思います。

オペアンプの最大定格から考えるともう少し電源電圧を上げられますので、この回路形式のままで更なる出力アップも夢ではありません。スイッチング電源だと 電圧の変動がありませんので、定格ギリギリまで電圧を掛けて、出力管をさらに並べてやればどこまで出るのか、興味の尽きないところです。

出力アップが目的でしたので更なる可能性を追求するのも良いですが、シェイプアップしたとは云うものの、現状で消費電力は約260Wもあり、 シャーシ温度はかなり上がります。真夏の室温中では、動作中のオペアンプは触れないくらいの温度になりますので、ヒートシンクを付けたほうが無難かもしれません。 とりあえずマイナス電源は最大出力が低下しない範囲で、可能な限り低く調整して、オペアンプの消費電力を少しでも落としてやろうかと思っています。

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