6BQ5ULプッシュプルアンプ

昨年、大阪から滋賀の田舎へ引越しをしてからというもの、なかなか日本橋へパーツを買いに行くことが出来なくなり、部品の調達をオークションで行うという機会が多くなりました。中古部品を中心に色々と落札をしているうちに、気がつけば他の人から見ればガラクタにしか映らないようなものも含めて、結構溜まってしまいました。以前製作したアンプから部品取りしたために残っている残骸も幾つかあり、ここいらで一度それらを整理しないと収拾がつかなくなりそうな事態になりましたので、1台アンプを製作することにしました。

ガラクタ部品(だけではありませんけど)を集めたアンプですが、メーカー製のアンプに負けないようなスペックを備え、あわよくばそれで更なる部品代をオークションにて調達できないか、な〜んて甘いことをぉぉ、でも結構真剣に考えました。手持ち部品とヤフオクで入手した部品で、さてどこまで出来るのでしょうか?

他の人に使ってもらうアンプを製作する。こんなこと今まで考えたことが無かったのですが、これは大変な事です。自作アンプですので準拠しなければならない安全規格が存在するわけではありませんが、基本的には電気用品安全法を意識して設計をする必要があるでしょう。しかし、一台限りの自作アンプで破壊試験を行ったり、規格で要求されている事項を、個人の費用で全て確認し評価するわけにもいきません。本機では安全上特に重要と思われる「絶縁」に関してだけは、可能な限り気を付けるということにしました。その他は出来栄え次第で出品が可能かどうかを検討することになると思います。

 動作中の本機

 回路図

人に使ってもらうアンプとなると、球や回路の選択において自分が楽しむためのアンプと比べて様々な制約があります。また、中古シャーシを使いますので既に開いている穴などを最大限利用しなければなりませんので結構頭の体操になりました。球の選択においては人気がある球がアピール度が高いと思われますし、回路においても調整箇所や経年変化、信頼性などを考えるとメーカー製のアンプがオーソドックスな回路を選択している理由がよく判ります。いつものように駄球を使ったり、半ば回路試作の延長みたいなアンプを作るわけには行きません(これはこれで面白いんですけどね)。私はこれまでいわゆる定番回路は没個性のように思えて興味が無かったですし、あまりオーディオアンプには使われない球をあえて起用する癖があったのですが、実際に製作してみると、当たり前のことかも知れませんがオーディオ球のオーディオアンプへの適性や、定番回路が未だに君臨している理由が自分なりに理解できたように思います。

私の出した結論は6BQ5をUL接続にし、自己バイアスを採用、そしてムラード型位相反転回路を用いるという極めて普通の回路です。出力トランスにはノグチのPMF−25Pを使用しましたが、このトランスは二次側タップの関係でカソード帰還が使えないというのがUL接続にした大きな理由です。実はUL接続を試してみたのは今回が初めてのことです。五極管のネイティヴでもなく三結でも無いという中途半端なところが嫌いな人もおられるようですが、3結ほど出力を落とさずにダンピングファクターを稼ぐにはUL接続という選択もアリだな〜と思います。使用した出力トランスが比較的安価なものなので正直なところあまり期待はしていなかったのですが、思いに反して非常に良い結果を出してくれました。

本機は初段に12AU7のパラ接続を使用していますが、最初は6CM4という球を使うつもりでした。ところが組み上げてみると絶望的に残留ノイズが高かったので、対策を余儀なくされました。原因は複数の要素があったのですが、その対策の一環でゲインを下げるため12AU7に変更しました。6CM4程度の内部抵抗でμの低い9ピンMT管が他に手持ちになかったため、ほんとはパラ接続ってあんまり好きではないのですが最終的にこういう選択となってしまいました。

さてムラード型の位相反転回路は動作の基本が差動増幅回路と全く同じですが、本機では共通カソードに定電流回路ではなく抵抗を使いましたので、バランスを取ろうとすると負荷抵抗を調整してやる必要があります。ムラード型位相反転回路は初めてですので、真面目に調整してみました。(下図参照)

本機の場合は680Ωくらいでバランスが大体取れるようです。(下のグラフ参照、信号は1kHz正弦波です。)もしまたムラード型を使う機会があれば、次は定電流回路を入れてみて本機での結果と比較するのも面白いかも知れませんね。是非やってみたいと思います。

次は電源回路です。電源トランスはヤフオクで入手したのですが、ユニバーサル的な巻線仕様ではないので恐らくメーカー製のアンプに使用されていたものではないかと思います。磁気シールドが施されている割には漏れ磁束が結構多いトランスで、残留ノイズを下げるのに苦労しました。

電源回路はシンプルで説明の必要が無い程ですが、ポイントは低域のクロストークに配慮して左右のチャンネルの電源回路を途中から分けている点でしょう。もちろん電源回路の工夫だけでクロストークが良くなるわけではありませんが、その効果は本機のクロストーク特性のグラフをご覧いただければご理解頂けると思います。

位相反転段は初段と直結されていてカソード電位が高いため、ヒーターバイアスを掛けていますが、6.3V巻線が一つしかないので中途半端な電圧になってしまいました。ヒーターバイアスのおかげかどうか判りませんが、ヒーターからのハムは気にならないレベルに収まっています。

 後ろから

実装上では、一次側回路の絶縁と安全アース、そして規格で要求されているカラゲハンダによる配線に気を使いました。電安法の省令第二項では一次側と二次側の間は2重絶縁または強化絶縁を要求しています。本機では1次と二次の線材を一緒に束ねていますので一次側は二重絶縁線の採用と念のため絶縁チューブを重ねて配線しました。

 はらわた

 Lch回路

 電源部

 測定データ

仕上がり状態の測定データです。

最大出力 Lch(100Hz) 9.2W
(8Ω負荷、2%THD)    (1kHz) 9.6W
     (10kHz) 10.5W
  Rch(100Hz) 8.3W
     (1kHz) 8.5W
     (10kHz) 9.5W
周波数特性 Lch 5.9Hz〜128kHz(±0.5dB)
(1V出力時、8Ω負荷、1kHz基準)         3.5Hz〜253kHz(+0.5dB、−3dB)
  Rch 6.9Hz〜158kHz(±0.5dB)
          3.2Hz〜246kHz(+0.5dB、−3dB)
最低歪率 Lch(100Hz) 0.115%(1.0W出力時)
(8Ω負荷、10〜300kHz)    (1kHz) 0.0244%(1.0W出力時)
     (10kHz) 0.0200%(1.0W出力時)
  Rch(100Hz) 0.0799%(1.0W出力時)
     (1kHz) 0.0222%(0.5W出力時)
     (10kHz) 0.0226%(0.3W出力時)
ダンピングファクタ Lch

7.94(1V → 1.126V)

(ON/OFF法、8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 8.47(1V → 1.118V)
仕上り利得 Lch 18.51dB(NFB=14.46dB)
(VR最大)  Rch 18.63dB(NFB=14.84dB)
クロストーク Lch → Rch −75.83dB(63Hz)以下
(20〜20kHz) Rch → Lch −70.79dB(63Hz)以下
残留ノイズ Lch 473.1μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   69.21μV(IEC−A)
  Rch 242.2μV(10〜300KHz)
    61.80μV(IEC−A)
消費電力 無信号時 95.7W(100V、1.016A)

以下に測定結果をグラフにしたものを列挙します。

入出力特性をご紹介するのは本機が初めてです。いまひとつ意味が無いような気がして、重要視していない特性のひとつです。今回は特別に本機のコンセプトから考えて測定してみました。本当はもっと感度の良いアンプにするつもりだったのですが残留ノイズが多かったので、あれこれ考えた対策の結果のひとつとして利得を少し下げました。しかし、1V入力時にほぼ最大出力(8.5W+8.5W)ですから、そう感度が悪い部類ではないと思います。オシロスコープ観測での目視によるクリッピングポイントはLチャンネルが約9W、Rチャンネルが約8Wです。Rチャンネルの出力管の飽和電圧が、Lチャンネルのものよりも大きいのですが、これは最大出力を優先して球を選別すればRチャンネルもLチャンネルのレベルにすることは可能です。

周波数特性は私が今までに作った出力トランス付真空管アンプの中で一、二を争う広帯域アンプとなりました。7Hz〜125kHz(±0.5dB)、3.5Hz〜240kHz(−3dB)という素晴らしい周波数特性が得られました。14dBを超える深めのNFBに助けられての広帯域ですが、比較的軽めの位相補償でも大きなピークディップが無いというのはノグチの出力トランスが優秀だったおかげと言えるのではないかと思います。

無帰還状態と仕上がり状態の周波数特性の比較のグラフ(上図はLch、下図はRch)を挙げておきます。

次は歪率特性ですが、全体的にはまずまずの低歪率アンプと呼べると思います。本機はフリッカーノイズが結構多くて歪率の測定はちょっとやり難いアンプでした。Rchのグラフは小出力領域で幾分波打ったグラフになっていますが、これはフリッカーノイズの影響で測定器の指示がふらふら揺れたためです。100Hzでの歪率が少し悪いですが、これは出力トランスの性格に加えて、終段のDCバランスが取れていない為ではないかと思います。使用した球は手持ちのものから選別したのですが、DCバランスよりも残留ノイズについての選別を優先しましたので、出力段は少しDCバランスが崩れています。DCバランスが取れているペアだともう少しは低域の歪率は良くなることを期待できると思いますが、トランスの性格もありますので劇的には低くならないと推測します。

クロストーク特性もご覧のように優秀な結果が出ました。60Hz付近に山が出来ていますが、これは本当はクロストークではなく主にパワートランスからの漏れ磁束かヒーターに起因するハムノイズを測定した結果です。つまりチャンネル間の漏れ信号よりもハムノイズのレベルが高いので、その影響が現れているというだけですので実質は20〜20kHzの可聴帯域において−80dB以上のクロストークが取れているはずです。

 総括

少し前だったら本機のようなアンプを製作することは恐らく無かったんじゃないかなと思います。一番作りたくないタイプのアンプの筆頭であったであろうと思います。しかしながら最近は考えを改めつつあります。というのは、昔ながらの真空管アンプ(自分でも何を指しているんだかよく判りませんが、ここでは定番回路としておきましょう。)をきちんと理解せずに、現代において半導体を絡めた今風?の真空管アンプを作るというのが、基礎を押さえずに応用に走っているような気がしてきたからです。製作記事などを読めば、古典回路、定番回路を勉強することは可能ですが、回路がどんな振る舞いをするのかということを、製作することなく深く知ることは難しいことですし、どんな音が出てくるのかは推測さえ出来ません。 本機の設計、製作の途上でも今までに経験したことの無いことがいくつか勉強できました。 そして、定番回路が今日までその地位を確保している理由が、単に信頼性が高いということだけではなくて、音質的な優秀さが認められた結果ではないかと考えるに至りました。決して侮れるものではないと認識しています。(が、一方で”型にはまった”ところを色々な面から工夫して新しいことを試みるということも大事であるということを強調しておきます。)

トランス、真空管(6463を除く)、シャーシなど、CR類以外は中古部品で製作しました。そのため、いろいろと制約事項がありましたが、適度に制約があるほうがゲームみたいで、かえって楽しく設計製作ができるような気がします。これぞアマチュアアンプビルダーの醍醐味というところでしょうか。ジャンク部品を寄せ集めたアンプですが、得られた物理性能はそれなりに優秀と言える部類じゃないかなと思います。ある意味ではメーカー製のアンプを凌駕しているかも。(自画自賛はこれくらいにしておきましょうね。) 電源トランスのレギュレーションが予想より悪かったので、狙っていた10W+10Wには少し届きませんでしたが、リードのMK300(300×160×40mm)というコンパクトなシャーシに収めることができましたし、仕上がりもそれほど中古シャーシを感じさせない出来かな、と自分では思います。(傷はそれなりにありますし、ネジバカも...ちょっと無理矢理かな??)

最初に組み上げた時に絶望的に大きかった残留ノイズは、何とか許容範囲にまで追い込むことができましたが、手持ちの中古真空管の選別ではこれが限界みたいです。出力段はペアチューブを用いればDCバランスも取れ、低域の歪率をもう少し良くすることや最大出力のチャンネル差もなくなるかも知れません。今は球の製造メーカーがばらばらですので、両チャンネルそしてペア同士揃っていれば見た目も良くなりますし。でも中古部品を集めたアンプでもここまで出来ますよっ!というサンプルにはなったのではないでしょうか?

本機での問題は、私の製作したアンプではいつもの事ながら小さなシャーシに詰め込んだことによる温度上昇です。これでも出力段のバイアスを調整して少しダイエットしたのですが、あまり過激にやると歪率が著しく悪くなってしまうので極端なことは控えました。今の夏の気温の中ではちょっと温度が高すぎて、他の人に使ってもらうには難があるレベルかもしれません。しばらく様子を見てみます。

(ゴム足をケースにもともと付いていたものから、少し高めのプラ足に変えて温度上昇は若干マシになりました! 9/10追記)

さて、このアンプを欲しい方はおられませんか? (へへへッ!)

(後日談です)

本機の完成後、1ヶ月半ほど毎日のように運転し、様子を見てみました。秋に入り、気温が下がったことも手伝ってシャーシの温度上昇はそれほど気にならないようになりました。これなら何とか他の人に使ってもらえるかな、っと判断し目標であったヤフオクに出品しました。

開始価格は1万円からにしました。もちろん、一万円では部品代も出ないのですが、あとはオークションの参加者の方々にどれ程の価値を付けて頂けるかに任せました。結構ドキドキしながら見守った1週間でしたが、結果的には当初目安としていた価格を突破することができました。上出来だと思います。落札いただいた方に気に入ってもらい、末永く愛用していただける事を祈ります。

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