25E5クロスシャントプッシュプルアンプ

本機は、染谷電子から発売された、一次側巻線をトリファイラ巻きにしたASTR−08という出力トランスを使ったマッキントッシュタイプのクロスシャント プッシュプル(CSPP)アンプです。

 マッキントッシュタイプのCSPPとトリファイラ巻き出力トランス

下図(1)にマッキントッシュタイプCSPPの基本回路を示します。

広義のCSPPというのは、2本の出力管の一方のプレート他方の カソードにそれぞれ接続して、互いのグリッドに逆位相の信号を入力することでプッシュプル動作が行われ、プレート・カソード間に出力の得られる回路方式です。 しかし、マッキントッシュタイプのCSPPの基本回路は、前述のような一方のプレートが他方のカソードに接続されているようには見えず、一見普通の ダブルエンドプッシュプル(DEPP)にカソード帰還を掛けた回路にしか見えません。 この事が、マッキントッシュタイプのCSPPの解析を難しくし、正しい理解を阻害しているように思います。 マッキントッシュタイプのCSPPに使われる出力トランスは、2つの一次側巻線ををバイファイラ巻きにしているため非常に結合度が高く、両者は交流的には ほぼ同じ動きをします。つまり、両者は並列接続されているのと同じですから、交流的には(1)の回路を下図(2)のように書き換えることが可能です。

 

こうしてみると、マッキントッシュタイプが一方のプレートと他方のカソードが接続されているのと等価であることがお分かりになると思います。 そして交流的にはCSPPの仲間である、サークロトロン(CIRCLOTRON)や島田式CSPPと等価であることが分かります。 マッキントッシュタイプのCSPPは、バイファイラ巻きの一次巻線を上手に使うことで、通常はフローティング電源が必要で複雑になりがちなCSPPアンプの電源回路を DEPP回路並みに簡略化することができる優れた回路だと思います。

(1)の回路において、プレートとカソードにはバイファイラ巻きにされた一次側巻線が逆位相になるように接続されていますので、アース(電源)を 基準として交流的にみると互いに同じ電圧、かつ逆位相の信号が発生します。各々のスクリーングリッドはプッシュプルペアの相手方プレートに 接続されていますので、スクリーングリッドとカソードは同振幅、同位相の信号となります。すなわちスクリーングリッドに供給される直流電位は、 電源のレギュレーションさえ良ければ、カソードに対してコンスタント(一定)とみなすことができます。したがって出力段は多極管のネイティブ動作と なります。

マッキントッシュ社の真空管アンプは私の知る限り、全てこの回路のネイティブ動作ですが、これだとプレート電圧=スクリーングリッド電圧に限られて しまい、特に大きな出力を狙う場合等に選択できる出力管は限られてしまいます。

さて、多極出力管の中には、例えば水平偏向管のように、適切なスクリーングリッド電圧がプレート電圧よりもかなり低い球が多く存在しますが、 (1)の回路ではプレート電圧=スクリーングリッド電圧ですので、それらの出力管にとって適当な使用条件ではありません。また、比較的高い スクリーングリッド電圧を印加できる球でも、大きな出力を搾り出そうとして高いプレート電圧を掛けようとした場合、スクリーングリッド電圧の適性値が プレート電圧より低くなる球が多く存在します。そのような場合の解決の方法の一つとして、下図(3)で示すように、ASTR−08のような一次側を トリファイラ巻きにした出力トランスを使う方法があります。

スクリーングリッド電圧を下げるといっても、カソードが出力信号の50%の振幅を持つわけですから、スクリーングリッドにもカソードと同振幅、 同位相の信号を与えないとネイティブ動作になりません。そこで、一次側巻線をトリファイラ巻きにした出力トランスを用いて、スクリーングリッド電圧を 給電するために、独立した巻線を用意するというのが(3)の方法です。こうすることによりスクリーングリッドには、静止時の電圧に加えて、カソードと 同じ振幅を与えることができますので、理想的なネイティブ動作を実現できます。

下図が本機に使用したトリファイラ巻きの出力トランス、ASTR−08の仕様、測定データおよびシャーシ上のネジ穴位置図面です。 このトランスのトリファイラ目の巻線には、スクリーングリッドへの電流しか流れませんので、一次側と比べて細いマグネットワイヤを用いて、 一次側の直流抵抗が極力高くならないように工夫されています。

 回路図

下図が本機のアンプ部回路図です。出力管はテレビの水平偏向出力管である25E5/PL36を使用しました。この球はヨーロッパ系のテレビ用水平偏向出力管で、 ヒーター電圧違いの6CM5/EL36のみならず、6/12/17GB3A、6/12/17B−B14等、日本独自の同等管や発展管が多く存在します。白黒時代から カラー時代の末期に至るまで長く活躍しましたので、同等管も含めると現在でも入手は容易な球です。水平偏向管だけでなく、同等管は垂直偏向管の25HX5や、 オーディオ出力管の6/50B−H26も作られました。オーディオ用途として使う場合は、6/50B−H26のスペックを利用すれば良いと思います。

 

25E5/PL36は大出力が得られる割に最大定格が小さいため、アイドリング電流を絞ってB級に近い動作で動かさなければなりません。このような状況でも CSPPの場合は、プッシュプル間の信号が並列合成であるため、片方の出力管がカットオフしても、能動状態にある他方の出力管が出力トランスの一次巻線をダンプし、 DEPP特有のスイッチングトランジェントによる出力信号の歪の問題は発生しません。

アンプ回路は三段構成とし、初段のJ−FETの差動回路とドライブ段の5814は直結としました。CSPPは出力段の利得が2未満しかありませんので、 ダブルエンドプッシュプル(DEPP)と比較して、高いドライブ電圧が必要なため、その大きな振幅を得るために、ドライブ段に出力段よりも高い電源電圧を 掛けてみたり、出力段からドライブ段へのブートストラップ電源にしてみたりと工夫が必要です。 今回はドライブ段の負荷にセンタータップ付のチョークコイル 染谷電子KL10−05を用いることで、特別な電源を必要とせず、出力段と同じ電源電圧で十分なドライブ電圧を得ることができました。

 

以下にKL10−05のインピーダンス特性と測定回路を示します。

 

 

 

ドライブ段の負荷としてセンタータップ付のAFチョークを使うと、出力トランスを用いたDEPP出力段の一次側と同様に考えることができます。 つまり、センタータップを中心にプッシュプルの片側の振幅と同振幅で逆相の信号が他方に現れますので電源電圧を超えた振幅が得られるようになるわけです。 チョークコイルのインピーダンスは、上のグラフのように負荷オープンの場合は山型のカーブになり非常に高いですから、次段のグリッド抵抗との組み合わせで、ドライブ段の 負荷インピーダンスを決定します。グリッド抵抗を下げるとインピーダンスが平坦になる帯域が広くなりますが、あまり下げると適合するドライブ管の選択肢が 少なくなります。下図は本機のドライブ段のロードラインです。

 

 

KL10−05の直流抵抗は約870Ω×2(at 20℃)ですので、まずプレート供給電圧から870ΩのDCロードライン(青色)を引きます。 次に動作点を決め、動作点からACロードライン(緑色)を引きます。ACロードラインの傾きは、KL10−05と次段のグリッド抵抗との 合成インピーダンスとなります。本機では出力段のグリッド抵抗は47kΩとしましたので、グラフより合成インピーダンスは42.5kΩとなります。 このようにドライブ段の負荷にチョークコイルを用いると大きな振幅が確保できますので、CSPPアンプはもちろん、DEPPでも大きなドライブ電圧が必要な 2A3や300B、6080等の出力管を使う場合には非常に有効です。 このチョークコイルは、可聴帯域でできるだけ大きなインピーダンスが得られるようにコアギャップを設けていませんので、DCバランスは必ず 取るようにします。本機は初段とドライブ段が直結ですので、初段のJ−FETのソースにDCバランス用の半固定ボリュームを入れて調整します。 ドライブ段の両プレート間の電圧をテスター等で測定しながらDCバランスを調整します。できるだけ電位差が小さくなるように調整します。

 

 

出力段のバイアス調整は自動調整回路としました。回路原理は実に簡単で、シンプルなコンパレータ回路です。差動入力の片側にバイアス基準電圧が入力され、 他方は、10Ωの抵抗を電流センサーとしてカソード回路に挿入し、この抵抗両端の電位差を入力します。本機の設定はアイドリング電流(無信号時にカソードに 流れる電流)が30mAですので、30mA×10Ω=0.3Vのバイアス基準電圧となります。カソード電流が30mAを下回ったら、出力管のグリッド電圧を 上昇させる方向に、カソード電流が30mAより増えた場合は、グリッド電圧を下げる方向にコンパレータ回路の出力が加わりますので、常にアイドリング電流が 30mAとなるように制御することができます。バイアス基準電圧はLM317Lの基準電圧1.25Vを抵抗分割で与えますので、本機の定数で約57mAを 上限として調整することができます。調整はいずれかの出力管のカソードに入っている10Ωの抵抗の両端をテスター等で測定しながら、バイアス基準電圧を 半固定ボリュームで0.3V(30mA)になるように調整します。その後、他の3本の出力管のアイドリング電流が30mAになっていることを確認します。

下図が本機の電源部回路図です。本機ではトランスのデザインの統一化のために、電源トランスを出力トランスのASTR−08と同じ化粧ケースに入れてみました。 OPTと同じケースということで電源トランスとしては若干容量的に小さめになりますので、出力管にはヒーター電圧25Vのトランスレス管選び、4本直列にして AC100Vにてヒーターを点火させることで、電源トランスの容量が小さくなるようにしています。150VA前後の容量でしたら、出力トランスと同じケースに 入れることができると思いますので、ケース入りの電源トランスを希望される方は、染谷電子にお問い合わせください。

 測定データ

仕上がり状態の測定データです。測定は全てAC100V、60Hzで測定しています。

ダンピングファクタ Lch 17.37(出力インピーダンス=0.4606Ω)
(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 17.98(出力インピーダンス=0.4450Ω)
利得(8Ω負荷、1kHz) Lch 24.43dB(NFB=11.19dB)
  Rch 24.49dB(NFB=11.38dB)
残留ノイズ Lch 74.26μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   19.36μV(IEC−A)
  Rch 52.80μV(10〜300KHz)
    10.17μV(IEC−A)

測定結果をグラフにしたものを以下に列挙します。

無帰還時のダンピングファクタ(DF)は左チャンネルが4.17、右チャンネルが4.27でした。

 総括

トリファイラー巻きの出力トランスASTR−08の登場ということで、普通ならマッキントッシュタイプのCSPPアンプが作り難い、テレビの水平偏向出力管を 取り上げてみました。水平偏向管としては小型の球であるにも関わらず、それほど球に負担を掛けない範囲の動作で最大出力40W(THD10%時)が得られました。 もちろんASTR−08をオーディオ出力管に対して適用することも何ら問題はありません。多極管のスクリーングリッド電圧をカソードに対して定電圧化すると音の輪郭が ハッキリ聴こえるというメリットがあることが知られていますが、それを実践している例はあまり存在しません。それは、多極管はネイティブ動作では内部抵抗が高いため UL接続にしたり、ネイティブ動作であってもカソード帰還を掛けて使ったりという場合が多いため、厳密にスクリーングリッド電圧をカソードに対して定電圧化すると いうことが容易ではないためです。

 

CSPPの場合は深いカソード帰還が掛かりますので、多極管のネイティブ動作でも十分に出力インピーダンスが低くなり、加えてトリファイラー目の巻き線を スクリーングリッドへの給電に用いることで、カソードに対するスクリーングリッド電圧の定電圧化が比較的容易に達成可能ですから、音質的なメリットを享受することが できます。

 

さて、本機のもう一つの特徴はドライブ段の負荷にチョークコイルを起用したことでしょう。ドライブ段をチョーク負荷にしたのは、CSPPの大きなドライブ電圧に 対応する選択肢を広げるためなのですが、試してみますと、この方法は音質的な利点もあるようで、実に躍動感にあふれる音がします。チョーク負荷と抵抗負荷の音とを 比較をしてみましたが、どうやら間違いないようです。この副次的な恩恵については、今後もう少し研究をしてみたいと思います。

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