21A6クロスシャントプッシュプルアンプ

このところ集中してクロスシャントプッシュプル(CSPP)アンプに取り組んでいますが、今回は、出力トランスの一次側巻線をバイファイラ巻き ではなくてトリファイラ巻きにしたものを使用して、水平偏向管のポテンシャルを最大限に引き出すことを狙ったCSPPアンプです。

バイファイラ巻きというのは、マグネットワイヤを2本一緒に持って巻く方法ですが、トリファイラ巻きというのは3本持って巻くものです。 巻線技術としてはシングルよりもバイファイラ巻き、バイファイラ巻きよりもトリファイラ巻きと難易度が上がっていきます。

 トリファイラ巻きOPTとCSPP

下図(1)にマッキントッシュタイプCSPPの基本回路を示します。(以下の説明においては、バイファイラ巻き、トリファイラ巻きにした 一次側巻線は結合度が非常に高いため、バイファイラ間、トリファイラ間の巻線は交流的に全く同じ信号が発生することを前提とします。)

(1)の回路において、プレートとカソードにはバイファイラ巻きにされた一次側巻線が逆位相になるように接続されていますので、アース(電源)を 基準として交流的にみると互いに同じ電圧、かつ逆位相の信号が発生します。各々のスクリーングリッドはプッシュプルペアの相手方プレートに 接続されていますので、スクリーングリッドとカソードは同振幅、同位相の信号となります。すなわちスクリーングリッドに供給される直流電位は、 電源のレギュレーションさえ良ければ、カソードに対してコンスタント(一定)とみなすことができます。したがって出力段は多極管のネイティブ動作と なります。

マッキントッシュ社の真空管アンプは私の知る限り全てこの回路のネイティブ動作ですが、これだとプレート電圧=スクリーングリッド電圧に限られて しまい、特に大きな出力を狙う場合等に選択できる出力管は限られてしまいます。

ちなみに、スクリーングリッドを相手方プレートではなくB電源に接続すると、カソードから見てスクリーングリッドは出力電圧の半分の信号と なりますので、50%のUL(ウルトラリニア)接続と等価となります。メーカー製のアンプの中では、KT−88を用いた場合のLUXのA3000という アンプは、この50%UL接続で動作しています。A3000の場合は、プレート電圧=スクリーングリッド電圧ですが、この50%UL接続は スクリーングリッドがカットオフまたはクリップしない範囲においてスクリーングリッド電圧を自由に設定できる特徴があります。

さて、多極出力管の中には、例えば水平偏向管のように、適切なスクリーングリッド電圧がプレート電圧よりも極端に低い球が多く存在しますが、 (1)の回路ではプレート電圧=スクリーングリッド電圧ですので、それらの出力管にとって適当な使用条件ではありません。また、比較的高い スクリーングリッド電圧を印加できる球でも、大きな出力を搾り出そうとして高いプレート電圧を掛けようとした場合、スクリーングリッド電圧の適性値が プレート電圧より低くなる球が多く存在します。そのような場合どうしたら良いでしょうか?

その一つの答えが、下図(2)のようにツェナーダイオードを挿入してスクリーングリッド電圧を下げる方法です。この方法は部品の追加も少なく、 非常に簡単に実現できます。

この方法を用いて製作したのが拙の6LU8クロス シャントプッシュプルアンプです。このアンプは、なかなか出来が良くて私のお気に入りアンプのひとつなのですが、唯一誤算だったのが最大出力です。 ロードラインを引いて計算した最大出力を大きく下回った出力しか得られませんでした。電源トランスのレギュレーションが悪かったことが最大の 原因ですが、ツェナーダイオードで電圧を落とす(2)の方法では、出力段のプレート電圧とスクリーングリッド電圧が大きく違う条件でのAB級動作の場合、 大きな出力を搾り出そうとすると、かなりレギュレーションの良い電源でないと上手く行きません。

その理由は簡単です。例えば280Vのプレート電圧が最大出力時に電流が増えて30V下がるとした場合、スクリーン電圧も同じく30V 下がりますので、プレート電圧の下がる割合、280V→250Vで−10.7%に対して、スクリーングリッド電圧の低下率は150V→120Vで −20%と倍近くになり、最大出力に与える影響が非常に大きくなるからです。

したがって(2)の方法は、水平偏向管のようにプレート電圧に対して適正なスクリーングリッド電圧がかなり低い球を使用する場合には、最大出力を あまり期待しない方が良いということになります。しかしながら最大出力以外は特に大きな問題は生じませんので、実現が容易であることともあり、 実用的なアンプとしては充分通用するものを製作することができます。もちろん電源を定電圧化するなどすればこの問題を回避できますが、 電源回路がかなり大げさなものになってしまいますので、現実的とは言えないでしょう。

もう一つの答えが、下図(3)のようにトリファイラ巻きの出力トランスを用いて、スクリーングリッドの電源電圧をシフトさせる方法です。

スクリーングリッド電圧を下げると言っても、カソードが出力信号の50%の振幅を持つわけですから、スクリーングリッドにもカソードと同振幅、 同位相の信号を与えないとネイティブ動作になりません。そこで、一次側巻線をトリファイラ巻きにした出力トランスを用いて、スクリーングリッド電圧を 給電するために、独立した巻線を用意するというのが(3)の方法です。スクリーングリッドに流れる電流程度であれば、プレートのB電源から定電圧化して 取り出すのは、それほど大変なことではありません。これなら少々電源電圧が低下してもスクリーングリッド電圧を一定に保つことが出来ますので、 (2)の方法のように出力が期待したほど出ないという問題を回避することが出来ます。本機では、この(3)の方法を採用したわけですが、期待通りに 非常に良い結果を出すことができました。

ところで、別巻線を用いて給電するという方法は、何もスクリーングリッドの電源用に限ったことではありません。電圧シフトが必要な場面があれば ドライブ段へのブートストラップ電源等への用途も考えられ、実施例が過去にも幾つかあります。また、トリファイラ目の巻線は、電源供給だけではなく NFBに利用することも出来、これも実施例があります。このようにトリファイラ巻きの出力トランスを用いると設計の自由度が大きくなりますので、 CSPPアンプの認知度が高まっていき、アンプビルダーの理解が深まると、トリファイラ巻きの出力トランスの要望が高まっていくと思われます。

下図が本機用に設計したトリファイラ巻きの出力トランスの仕様です。トリファイラ目の巻線を便宜上三次巻線としています。このトリファイラ目の 巻線には、スクリーングリッドに流れる電流しか流れませんので、一次側と比べて細いマグネットワイヤを選択しましたが、非常に巻き難く大変でした。 3本とも同じ線径にすればもっと巻き易いだろうと思いますが、そうすると一次側の線径を細くしないとコイルが巻き窓に収まらなくなりますので 一次巻線の直流抵抗(DCR)が増えて電力損失が大きくなってしまいます。どちらを採るか悩ましいところです。この出力トランスは電源トランスとの 磁束方向の関係で縦に置かなければならなかったので、染谷電子さんより同社のCSPP専用トランス、ASTR−12の化粧ケースを分けていただき、 追加加工をして納めました。

 本機に搭載したトランス

 回路図

下図が本機のアンプ部回路図です。トリファイラ巻きの出力トランスの効果を確認するというのが主目的のアンプで、それ以外の部分は過去に製作した アンプからの寄せ集めで、目新しい要素は特にありません。初段の高gm多極管による差動回路は 6L6GCクロスシャントプッシュプルアンプと、 出力段のアイドリング自動調整回路は6LU8クロスシャントプッシュプルアンプとほぼ同じです。

出力管は史上最小クラスの水平偏向管である21A6を選びました。この球は欧州系で、欧州名はPL81と云います。MT9ピンのバルブに トッププレートが付いており、何とも可愛い小さな水平偏向管です。特性表によると見掛けによらず立派な電流特性を持っており、かなり大きな出力を 期待できそうですが、一方で最大許容プレート損失がたったの8Wですので、アイドリング電流を絞ってB級に近い動作でしか使うことが出来ない、 やや使い方が難しそうな球です。さて、見掛けの小ささからは想像できないような大きな出力を出せるか、それが本機の挑戦目標です。

 ムラード製PL81

下図が本機の電源部回路図です。電源回路は、ドライブ段用、出力段のB電源とスクリーングリッド用、バイアス用負電源、バイアス基準電圧と 幾つも用意しなければならないので、ちょっと部品点数の多いものになってしまいましたが、それぞれの回路はシンプルで最小限の部品で構成することに 留意しました。また、6LU8クロスシャントプッシュプルアンプの教訓から、B電源用の巻線のレギュレーションができるだけ良くなるように 電源トランスの設計を行いました。

私にとって目新しいのは、ACインレットとヒューズホルダーと電圧セレクターが一体になった(非常に高い)部品(下の写真参照)を 使って、一次側電圧を100V、120V、220V、240Vから選択して使えるようにし、ほぼ全世界対応電源としたところです。 これで会社から、世界中どこへ行けと云われても大丈夫です!

 ACインレット+ヒューズホルダ+電圧セレクタ

 実装設計

本機の部品実装は、下の写真のようにサンハヤトの蛇の目基板に組みました。スクリーングリッド用電源の定電圧回路は放熱板が必要ですので 独立させています。

上の蛇の目基板のパターン設計を行ったPCBエディタというフリーソフトをシャーシの設計にも使いました。PCB設計用のCADソフトなのですが、 通常のプリンターに原寸大にプリントアウトできるので、シャーシにそのままかぶせてケガキ、ポンチ打ちができて非常に便利です。アマチュア工作には シャーシ設計用途としてもお勧めです。

 測定データ

仕上がり状態の測定データです。測定は全てAC100V、60Hzで測定しています。

ダンピングファクタ Lch 8.04(出力インピーダンス=0.746Ω)
(6Ω負荷、1kHz、1V) Rch 7.60(出力インピーダンス=0.789Ω)
利得(6Ω負荷、1kHz) Lch 19.50dB(NFB=7.80dB)
  Rch 19.34dB(NFB=7.45dB)
残留ノイズ Lch 0.373mV(10〜300KHz)
(6Ω負荷、VR最小)   57.26μV(IEC−A)
  Rch 0.729mV(10〜300KHz)
    119.7μV(IEC−A)

測定結果をグラフにしたものを以下に列挙します。

周波数特性に関しては、高域はほぼ起伏無く減衰しており、まずまず優秀と言えるのではないかと思います。仕上り状態での高域の−3dBポイントは、 約150kHzと広帯域です。

全高調波歪率はあまり低いとは言えませんが、許容プレート損失が小さい為アイドリング電流をタップリ流すことが出来ないという制約があることと、 裸利得の余裕が無いためにオーバーオールのNFBがそれほど掛けられないということから、妥当な結果ではないかと思います。 さて注目の最大出力ですが、30Wの出力時に全高調波歪(THD)が、左チャンネル3%台および右チャンネル2%台と、MT管としては 非常に大きな出力を記録しました。トリファイラ巻き出力トランスを投入した成果が出ていると思います。ちょっとズルして言えば最大出力35W以上 (THD10%時)ということになります!手前味噌ながら大成功だと思います。

出力インピーダンス特性です。出力を稼ぐ目的で、出力トランスの一次側インピーダンスが2.8kΩと低めの設定のため、無帰還時の ダンピングファクタ(DF)は左チャンネルが2.70、右チャンネルが2.66とやや低めですが、これはまあ想定内です。 またオーバーオールNFB量も多くないので、仕上がり状態でDF(1kHz)が約8と、CSPPアンプにしてはちょっぴり控えめな数値となりました。

クロストーク特性は、120Hzのハムノイズを除けば、可聴帯域で−100dBを下回るという非常に優秀な結果となりました。CSPPアンプの 素性と合わせて、定位の良い音を響かせてくれます。

  ハラワタ画像

  後ろはトランスしか見えません!

 総括

真空管アンプビルダーには水平偏向管を敬遠する人が多いようですが、私はスペックの大きさとか、貫禄タップリの姿とか、勇ましいトッププレートなど、 昔から水平偏向管にはある種の憧れを抱いてました。適切なスクリーングリッド電圧がプレート電圧よりも著しく低いこと、またスクリーングリッド電流の 増減が大きいので電源のレギュレーションに気をつけなければならない等、回路設計には若干気を付けなくてはならない点がありますが、心得てしまえば それほど難しいことではありません。スペックの大きさの割には安価ですし、大量生産された球ですので現在でも案外入手は容易です。

他の多極出力管と同様に、水平偏向管は内部抵抗が高いことからオーディオアンプ用出力管としては三極管に対してハンディがあるため、 カソード帰還を掛けてみたり、UL接続専用巻線を持つ出力トランスを作って変則UL接続動作を試してみたりと、色々なアプローチを試みてきましたが、 今回たどり着いたトリファイラ巻きの出力トランスとの組合せによるCSPPアンプは、これまで作ってきた水平偏向管のアンプとは一線を画するように 思います。オーバーオールNFBに頼ることなく三極管並みの低い出力インピーダンスが得られ、三極管ではとても考えられないような大出力を 得ることが出来るのですから、水平偏向管愛好家にとっては見逃せない手法ではないかと思います。

当初は最大出力を落とさずに水平変更出力管を使ってCSPPアンプを作るための手法としてトリファイラー巻きの出力トランスを採用したのですが、 音質的にも非常に良いものになったと思います。その理由を考えていたのですが、カソードに対するスクリーングリッド電圧の定電圧化による寄与が 大きいのではないかと考えるに至りました。以前より多極管のネイティブ動作においては、スクリーングリッド電圧を固定すると音のエッジが鮮明になる、 際立つ等という意見を散見しておりましたが、多極管を使う場合には、純粋なネイティブ動作で使われることはまず無く、UL接続にしたり、 カソード帰還を掛けてみたりという工夫で少しでも出力インピーダンスを下げる回路技法が使われるのが多いと思われます。 そのため、スクリーングリッド電圧を固定しようとしてもカソードを基準に固定することが難しく、私がこれまでに製作した多極管アンプを含めて、 厳密な意味でスクリーングリッド電圧を定電圧化した回路を見たことはありません。本機の回路では、スクリーングリッド電圧は理想的に定電圧化 されていますので、音質的なメリットが加わったのではないかと推測しています。当初より狙った効果ではありませんが、バイファイラー巻きの 出力トランスを使ったCSPPや通常のDEPPでは実現が難しいと思われますので、この効果を狙ってオーディオ管を使って試してみるのも一興かと 思います。

本機製作後に手作りアンプの会関西支部のOTL大会用に大出力化を図った 6LW6クロスシャントプッシュプルアンプを 作りました。これは既存のデュアルエンデッドプッシュプル(DEPP)アンプを、トリファイラ巻きOPTによってCSPP化したものです。随所に DEPPの時の名残があって完成度はあまり高くありませんが、なかなか上手くいかずに手こずっていたものをCSPP化によって、いちおう完成の域に 近づけることができたのではないかと思います。

どうです? 水平偏向管も悪くないでしょ?

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