PCL84プッシュプルミニアンプ

本機は昨年(2005年)に特注で製作した小型プッシュプルアンプ用の出力トランスを活用したアンプです。この出力トランスは、小型ながらカソード帰還(KNF)用巻線を持っており、このところ私が課題としている多極管の使いこなしをテーマに仕様を決定したものです。当初は6AQ5等を使用したQUADU型のアンプを製作しようと考えたのですが、このトランスを希望者の方々に頒布したところ同類のアンプを製作される例が多いので、天邪鬼の私は違う構成のアンプに挑戦することにしました。

本機のポイントの一つは、出力トランスのケースです。トランスの取付金具を含めて、これには何と!トランス以上にお金が掛かっています。中身よりも高価なケースなんて本末転倒の部類だと思いますが、良いアンプの条件には「見てくれ」も大事な要素ですから、こんな阿呆がいても良いのではないかと思ってます。この角型ケースは、土木建材のバタ角を輪切りにしたものです。バタ角を使うアイディアは某掲示板の書き込みで教えていただきました。バタ角の輪切りそのものは大変安い(@250円でした)ものだったので、何とか形にしたいと思いました。トランスの取り付け方、ケースの留め方や蓋をどうするかなど考えているうちに、結構高いものになってしまいましたが、アイディア次第ではもっと安く仕上ることも可能だと思います。バタ角はいろいろな大きさ、板厚があるので、他のトランスのケースにも活用が充分可能ではないかと思います。

   ケースを取ったところ

もうひとつのポイントは、ミニアンプに仕上るってことでした。このところミニアンプへの取組みはご無沙汰でしたので、そろそろミニアンプを製作しないと禁断症状が出そう?でした。なんか1年に1作くらいはミニアンプを作らないと調子が出ないみたいです。(変な奴ですね!)

 動作中の本機

 回路図

ミニアンプだからといって性能的な妥協の無いアンプを製作するという目標はこれまでと変わりありません。多極管は三極管と比較して内部抵抗が高いことによるダンピング不足というハンディがありますから、やはりNFBに頼ることになります。本機は簡易ムラード型ドライブ回路と呼ばれる差動回路による2段構成となりましたが、これはチャンネルあたり2本しかシャーシに並ばないという機構設計上の制約があったためです。この回路は大変シンプルで製作しやすいのですが、球を上手に選ばないと利得が充分に取れず、良いアンプはできません。特に本機では三極五極複合管で構成しなければならないので選択の幅は狭いといえると思います。

以前、番外編にて6BM8を用いた同様な構成のアンプをご紹介しましたが、その時は電圧を下げてバイアス電圧を浅くし、出力段を三結にしてNFBが少なくても良いように(約6dBのNFB)設計しました。今回はネイティブ動作ですから、6dB程度のNFBでは不満の残る結果となります。したがって五極出力部のバイアスがもっと浅いか、三極部のμがもっと高い球を選択しなければなりません。他の製作例に目を向けると、6GW8を用いて黒川氏が同様のアンプを製作されています。6GW8を使用してもきっと良い結果が得られると思いますが、ミニアンプ用には五極部の定格が少し大きすぎるのと、もう少し高いダンピングファクター(DF)を目指して他の球を探してみました。

本機に適した球はテレビ球の映像出力用の複合管にいくつか候補を挙げることができます。6AW8A、6DX8、6EB8、6GN8等を探してみましたが、その中でAESで正月特価@$0.5と安かったPCL84/15DQ8(6DX8の15V球)を選択しました。この球はあまり馴染みが無いと思いますが三極部のμが60あり、五極部のGmが非常に高く、規模(プレート損失4W)も本機にぴったりです。

PCL84/15DQ8で回路設計してみると、初段は100kΩの負荷抵抗で増幅率47くらい(差動回路なのでその半分)、出力段はバイアス電圧が4V弱ですから、簡単な2段構成にも関わらず、合計20dB近いNFBを掛けることが出来るくらいの利得が取れそうです。出力トランスにはKNF用巻線がありますから、オーバーオールの負帰還量はKNFの分だけ減りますし、出力段のカットオフ周波数は高くなります。初段の内部抵抗が高いので(作図的に求めると動作点で約32kΩくらいでしょうか)結果的に第一ポールを初段と出力段の間に取ることになり、スタガー比が増えて安定になる方向となりますので好都合です。位相補償としては、音質への影響が大きいとされる第一ポールを低域へ追いやる方法ではなく、微分補償だけでどこまで行けるかということを探ることとします。

回路は全くシンプルで余分な部品は一切無しという潔さです。今回初めて定電流ダイオードを使いましたので部品点数の削減ができました。部品代が高いのと、バラつきが結構大きいので多目に購入して選別する必要があるのが難点ですが、初段の定電流回路用には簡単で便利ですね。出力段のコントロールグリッドに入っている1kΩはもしかすると省略できるかも知れませんが、五極出力部のGmが高いので寄生発振の恐れがありますので、面倒くさがらずに入れるべきだと思います。

本機はKCS100−50−190−NSS(194mm×100mm×50mm)というTAKACHIのケースを使いましたが、こんなに小さく納めることが出来たのは特注電源トランス に依存する部分が大きいです。出力段のプレート電圧が200Vと低いため、市販の電源トランスでは得られにくい電圧ですし、ヒーター電圧が自由に設定可能な特注トランスを前提に、安売りの球を購入することができました。電源回路はぺるけ師匠の標準アンプの回路を参考にして、簡単な構成で済ませることができましたので、実装上も何の問題も無くすっきりと収まりました。

以下に本機の部品表を挙げます。単価を忘れてしまった部品もあるので参考程度とお考え下さい。

 後ろから

 はらわた

 続はらわた

 電源部

 測定データ

オーバーオールNFBを掛ける前の測定データです。(KNFは掛かっています。)

ダンピングファクタ Lch 2.52(1V → 1.397V)
(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 2.48(1V → 1.403V)
利得(at 1kHz) Lch 22.76dB(KNF=11.01dB)
  Rch 22.54dB(KNF=10.92dB)
残留ノイズ Lch 877.5μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   93.49μV(IEC−A)
  Rch 840.2μV(10〜300KHz)
    57.92μV(IEC−A)

KNFが11dBも掛かっている割には無帰還状態のDFは約2.5と低めです。なんでだろぉ?でもまあKNF巻線のおかげで三極管並のDFが得られるのですから効果は満点ですね。 気になるのは残留ノイズが高めなことで、60Hzのハムノイズが主体です。電源トランスの漏洩磁束の影響が小さいことは確認しましたので、もしかするとヒーター関連のノイズかも知れません。球を選別することによってかなり差があります。PCL84という球はテレビ球ですので、ヒーターからのハムノイズに関してはオーディオ用途として開発された6GW8あたりと比較すると、一歩も二歩も譲るところがあるのかもしれません。

以下に無帰還時の測定結果をグラフにしたものを列挙します。

今回使用した出力トランスはハイライトコアのバットジョイントのもので、いわゆる定インダクタンス型に近いものだと思います。そのためか、低域の歪率はあまり良くありません。しかし、音を聞き比べると低域の性能の良いオリエントコアのラップジョイントよりも聴きやすい音がするような気がします。う〜ん、ここらが不思議なところですね。

仕上がり状態の測定データです。

最大出力 Lch(100Hz) 2.9W
(8Ω、2%THD)    (1kHz) 3.3W
     (10kHz) 3.4W
  Rch(100Hz) 2.8W
     (1kHz) 3.2W
     (10kHz) 3.4W
周波数特性 Lch(−3dB) 3.85Hz
(1V、8Ω負荷、1kHz基準)    (−3dB) 187.5kHz
  Rch(−3dB) 3.81Hz
     (−3dB) 192.4kHz
最低雑音歪率 Lch(100Hz) 0.280%(0.02W)
(8Ω負荷、10−300kHz)    (1kHz) 0.0680%(0.1W)
     (10kHz) 0.0925%(0.05W)
  Rch(100Hz) 0.277%(0.03W)
     (1kHz) 0.0925%(0.03W)
     (10kHz) 0.106%(0.03W)
ダンピングファクタ Lch

8.00(1V → 1.125V)

(8Ω負荷、1kHz、1V) Rch 7.81(1V → 1.127V)
仕上り利得 Lch 14.77dB(NFB=7.99dB)
  Rch 14.90dB(NFB=7.64dB)
クロストーク Lch → Rch −66.77dB(20kHz)
(20〜20kHz) Rch → Lch −68.37dB(63Hz)
残留ノイズ Lch 404.6μV(10〜300KHz)
(8Ω負荷、VR最小)   40.23μV(IEC−A)
  Rch 366.8μV(10〜300KHz)
    23.49μV(IEC−A)
消費電力 無信号時 37.6W(100V、0.377A)

仕上がり状態の測定結果をグラフにしたものを列挙します。

  ん?五極部にグローが

 総括

さすがに特注トランスばっかりで構成しただけあって、かなりちいさなシャーシにも関わらず、収まり具合が非常に良くて見た目のバランスが取れ、物理特性も通常サイズのアンプと遜色なく仕上がったと思います。ミニアンプに総じて言えることかもしれませんが、特注部品をいっぱい使用しても部品代は2万5千円を少し超える程度ですから、製作費の上でもミニコストと言えると思います。

出力は何とか3W+3Wと呼べる程度でしょうか?3W程度の出力があれば、普通の使い方では音量が足らないという場面はあまり無いと思いますので、ミニアンプながら実用機としても充分に通用すると思います。DFは約8と多極管アンプとしてはかなりの高DFアンプと思います。私の好みから言うとDFは適度に高いアンプの方が好きで、6BQ5アンプでも8程度のDFでしたが、多極管アンプによくある締まりの無い低域とは一味違うように感じます。多極管アンプは今後も8くらいを目標にしたいと思います。

歪率はあまり良くない部類かもしれませんが、高調波成分は2次歪が多い為か、特に問題になるようなことは無く、むしろ聴きやすい音質のアンプとなりました。クロストークもあまり良いとは言えない成績なのに定位感もそこそこあり、不思議なアンプです。物理特性はDFが高いこと以外は凡庸で特筆するべきものはありませんが、聴いてて楽しいアンプができました。

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