シベリア平原  
 
 初めてヨーロッパへ行ったのはもう、何年前になるでしょう。確か、2度目のパリからの帰りに、初めてシベリア平原を上空から眺めたのでした。

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 パリよりウィーンにおいてトランジットし、今回は関空ではなく、成田に向けて帰国の途につくことになっていました。
既に機内は暗く、他の人々はお休みタイムだったのですが、私はスチュワーデスに後方のブラインドを半分ぐらい開けてもいいかと尋ねてみました。

 眼下には、シベリアの凍てつく大平原が広がっているはずです。ブラインドをそっと上げてみるとやはり、上空から見たシベリアの雪の原は天の陽を全て集め、私の目を眩く射るのでした。私はしばし唖然とし、その心地よい衝撃に息を呑むばかりでした。
地球上の四方に拡げられた、大画面の墨絵と見まがうそれは、踏み入ることのできない神秘の域を暗示しているかのようであり、暫くわたしは身動きできないでいたのです。

 慌てて席に戻り、スケッチブックを持ち出しました。雪に覆われた切り立った稜線の美しさを鉛筆で描くために。
小さな窓を景色がゆっくりと左から右に流れゆくままに、次のページを繰ってまた、山脈の起伏を鉛筆でなぞります。
切り立った山々が其々に裾野を広げ、川のうねりをつくり、それらが合流しながら大きな流れを果てなく繋いでゆくさまは、夥しい年月を経、想像を絶する自然の力の偉大さを想うとき、人間の手に負えない神秘の壁に立ち遮られ、絶望するほどに人間の小ささを思い知らされるばかりです。

ペンの動きが早くなるに連れ、じわっと鳥肌が立ち、頬が熱くなるのを押さえられません。のた打ち回る曲線を左右に広げた真白な川には、その表面を風にいたずらされるのでしょうか、そこには様々な模様を見ることができます。何か動くものはないかと目を凝らしてみるのですが、それは錯覚であって、何一つ解ろうはずがありません。

雨風が撫でたであろうまろやかな曲線と面が広がる凍てつく果ての見えない平野に、ア、と言うまもなく突然、鋭く定規で引いたような線が現れました。容赦しない強いその直線はきっと、人間の造った道路なのでしょう。そうに違いありません。その頃には、スケッチブックは使いきっていました。何時間そうして立ちつくしていたことだったでしょう。

やがて少しずつ、目の前を白いものが走り出し、それがみるみる濃くなり、あたりは瞬く間にミルク色の雲に覆われてしまいました。我に返った私はスケッチブックを閉じ、そうっと席に戻ると、他の人達のように目を閉じてみました。しかし、それまでの興奮が冷めやらず、暫くの間、シベリアの上空を今、ひたすら飛び続けていることを、一人楽しんでいたのでした。

 
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