千家元麿「三人の親子」
ある年の大晦日の晩だ。
場末の小さな暇そうな、餅屋の前で
二人の子供が母親に餅を買ってくれとねだっていた。
母親もそれが買いたかった。
小さな硝子戸から透かして見ると
十三銭という札がついている売れ残りの餅である。
母親は永い間その店の前の往来に立っていた。
二人の子供は母親の右と左のたもとにすがって
ランプに輝く店の硝子窓を覗いていた。
十三銭という札のついた餅を母親はどこからかさすうす明りで
帯の間から出した小さな財布から金を出しては数えていた。
買おうか買うまいかと迷って、
三人とも黙って釘付けられたように立っていた。
苦しい沈黙が一層息を殺して三人を見守った。
どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顔を出して、
どうなる事かと眺めていた。
そうしている事が十分あまり
母親は聞えない位の吐息をついて、黙って歩き出した。
子供達もおとなしくそれに従って、寒い町を三人は歩み去った。
もう買えない餅の事は思わないように、
やっと空気は楽々となった。
月も雲も動きはじめた。そうしてすべてが移り動き、過ぎ去った。
人通りの無い町で、それを見ていた人は誰もなかった。
場末の町は永遠の沈黙にしづんでいた。
神だけはきっとそれを御覧になったろう
あの静かに歩み去った三人は
神のおつかわしになった女と子供ではなかったろうか
気高い美しい心の母と二人のおとなしい天使ではなかったろうか。
それとも大晦日の夜も遅く、人々が寝しづまってから
人目を忍んで、買物に出た貧しい人の母と子だったろうか。
(彌生書房『千家元麿詩集』より)
























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