��阿閉氏についての一考察

この考察のなかで、従来「阿閉(あ　へ)」氏は「阿倍・阿部」氏の同族あるいは一支族,であるといわれてきたことを否定し、[阿閉氏」と「阿倍氏」は互いの勢力を利用した擬制氏族の関係にあるとし（擬制氏族はほかにも血縁関係のない所属の部民のなかから優秀な人物が氏人に昇格し氏族に加えられることもあったとされています）、天皇を支える氏族がより強い勢力を得るためそれぞれが大きくなろうとしていた。（後出の　日本古代人名辭典　第一巻　吉川弘文館　にもありますように　あえ’と‘あべ’とヨミがことなる氏名（うじな）に同じ文字が使用され氏名の表記のみでは区別がつきません。同書のなかの備考として　「次に掲げる「氏」はそれぞれヨミを等しくし、かつ相通じて用いられることが多いので、同一人でもしばしば文字を変えて「氏」を表記する場合があることに留意しなければならない。」とあります。
そして、

　　　　　　‘あえ’とヨム（安拜・阿閇・敢・阿拜）と
　　　　　　　
　　　　　　‘あべ’とヨム（安倍・阿倍・阿閇・安部・阿部・阿拜・吾瓮）と、同じヨミで異なる表記・異なる表記で同じヨミがあることの例があげられております。ヨミからは両氏族の間には差はなかった。と思われます。

表記が同じものでも個々の場合、どのようにヨバれたかで（文字の場合はどのようにヨマれたか、）出自・来歴が異なってくるのです。

文字を「読む」場合にはその時点での発音により「訓ん」でいますので時代により異なることとなります。「人の名」においてもどのように「ヨン」でいたかにより、イメージも異なり、異なる意味を表します。
以下文字の「よみ」の付しかたにが重要でありますので注意する場合「訓(よ)」の意味も込めて、文字の「読み」を「ヨミ」と表記します。

考察を始めるなかで、最初に滋賀県伊香郡高月町(平成２２年１月長浜市に合併)にある「阿閉」を、「あつじ」と読む集落からはじめましたが後に明らかになっていくように、「阿閉」はその出自から考えると、最初は「あぺ」、ついで「あへ」(あえ)と「ヨン」だものが最初であると考えます。従って滋賀県湖北地方を指す場合には「あつじ」と「ヨム」こととし特に読みを付けないそれ以外については「あへ」(あえ)と「ヨム」こととします。

そのため、この考察のなかでは、引用した資料の読み方については、重要なので著述にあるとおりの表現を用いることにしたがいました。

「阿閉」氏は、その本貫の地を大和に近い三重県の上野（伊賀国　阿拝(あへ)郡）におき、蘇我氏に関わる一氏族として、「日本書紀」、「新撰姓氏録」に朝臣に名をつらねる人物が輩出しており、また「元明天皇」となる「阿閉(あへの)皇女(みこ)」の乳母である人物も氏族の女性であった、ことを述べます。

つまり、「阿閉」氏は、長きに亘る大和朝廷の地方支配の一つである、「日本書紀」の「崇神天皇」の条にある、「四道将軍」の一人「大彦命」に、従い主に糧食の部門を担当、北陸道に進出しその沿道に子孫を残した。

さらに、「阿閉」氏は、一族の出自は朝鮮と関係が深く、「日本書紀」の記述にもあるように任那との渉外に従事し使者となり、それに関連して供膳を職掌として職を与り天皇の側近で奉仕した。その出自から外交に携わり、朝廷の政治の一局面を支えるため、神がかりの託宣にも関わった。また新嘗服属儀礼に、そして祭祀・卜占にも従った。

奈良時代から平安時代の初期の皇女名(みこな)は乳母の氏名に因っているとされています。6６１年に誕生した天智天皇と蘇我氏の娘姪姫の間の皇女であり、のちの「元明天皇」である皇女の名は「阿閉皇女」であり、「阿閉」氏の一族の女性が乳母であった、と考えられます。

また「阿閉」氏は、壬申の乱(672年)直後の天武天皇の伊賀行幸でも分かる通り、紀臣阿閉(きの　おみ　あへ)麻呂(まろ)、膽(い)香(か)瓦(ごの)臣(おみ)安倍(あへ)など「阿閉」氏の一族と深い関係があると推定でき、伊賀に関わりをもつ人々が壬申の乱に功績をたてた、と考えます。

そして、壬申の乱の功臣である「阿閉」氏は、天武天皇の死後、持統天皇が即位し、690年に国内に重点を置く天智天皇へ回帰を図るなかで当時の国際政治の影響をうけ「藤原氏」による政治が行われ、後世外交・軍事に携わる大彦命の後裔氏でもある擬制的な氏族「阿倍」氏が孝謙・重祚して称徳天皇となる「阿倍皇女」の乳母になるに及んで、「阿倍」氏の勢力におされその一支族に位置づけられるようになり次第に衰えていった。その後は天智天皇の系譜をもち、皇室を背景に「日本書紀」などの資料を残す藤原氏の勢力は一層強大化し、「阿閉」氏は史書には現われなくなった。

その後、戦国時代にはいると、阿閉氏は日本統一を目指す権力者にとって交通の便利な滋賀県の湖北に、大和朝廷の地方支配の際の駐屯地として後裔を残した「阿閉」氏は京極氏の被官として現われ、戦国当時の有力な武将の多い北近江地方のなかで浅井氏に従います。が、豊臣氏の興隆のなか衰退します。大和朝廷の地方支配の及んだその他の地方も支配者は変わりますが、日本各地にある大和支配のかっての駐屯地や中継地に地名やその地に住居する人の姓として残った。・・・と結びます。

序

滋賀県の湖北地方に、滋賀県伊香郡高月町（平成２２年１月長浜市に合併）大字東阿閉あるいは西阿閉と、表記される地域が(凡そ１２０戸)ありますが、ここに「阿閉」と書く「姓(せい)」を持つ人達（２０戸位）が住んでいます。

どうしてそこでは、「阿閉」と書いて「あつじ」と読むのか、その「姓(せい)」の由来・意味は、同じ字を書いて異なる読み方は他にあるのか、同じ読みで他の表記もあるのですが、それらの「姓」が国内にどのように分布しているのかなどを、考えてみたいと思います。

現在では、「姓」は「せい」と読みますが「かばね」とも読む字です。“名字と日本人　武光 誠　文芸春秋 ”(1)には「…概して、「氏」、「姓」、「名字」、「苗字」は歴史的につぎのように区別できる。…「氏」とは、もとは古代の支配層を構成した豪族をさしていた。…それに対して「姓」は天皇の支配をうけるすべての者がなのる呼称とされた。…平安時代末に武士のあいだで生まれた通称が「名字」である。…「名字」の「名(みょう)」は領地をあらわす。つまり、「名字」とは「領地の地名」といった意味になる。それが中世には時に、「出自を表わす名」を意味する「苗字」と書かれるようになった。そして、江戸幕府は「苗字」を正式の表記とした。…」

「…「氏」の構成員は朝廷が定めた氏上(うじのかみ)に統率されていた。一方、地方の中級豪族や庶民は「氏」の組織をもたなかった。」

「大和朝廷を構成する豪族には、蘇(そ)我(が)氏、葛城(かつらぎ)氏のように、本拠地の地名を称するものと、物部(もののべ)氏、鏡作(かがみつくり)氏のように大王(おおきみ)（七世紀末に大王が天皇になる）から与えられた職名を世襲するものがあった。」とあります。

また今日、個人の存在を確定するのによばれることで分別される固有名詞として用いるに「名前(なまえ)」という言葉があります。固有名詞は呼ばれることによって他と区別されるのです。そしてまた呼ぶことにも異なる文字も使われるのです。

この考察の進めるのなかで「名前」についても考えておきたいと思います。

「名前」についての著作のなかに、固有名詞である「名前」から、言語作品であるとまでいわれる「系図」にまで言及されている論述があります。

“名前と人間 田中 克彦 岩波新書”(2)がそれです。その中で「まことに固有名詞こそは、人類が決して一つではなく、さまざまな名前−固有名詞をもって分かれ、それぞれが自分あるいは自分たちに対立するものであるということを思い知らせ、相互のちがいをいやが上にもきわ立たせそれを固定させる道具である。…」と述べられています。

そして「…固有名詞の弁別性ということのほかに、それとは逆方向の所属性、共属性という性格があらわになってくる。」とされ「固有名詞は帰属を示す。」とも説かれています。

「ところが世の中には、純粋に固有名詞だけで成りたっている言語作品がある。その代表は系図であり、また系図について述べた聖典のたぐいに多い。…」とも述べられています。

そして更に「地名についてと同様に、人名についても同じようなことが言える。日本語では漢字で書かれるために、漢字が意味解釈を与えているが、それはしばしば、本来のものと全く関係のないことが多い。」と述べられています。

これから考察を進めるには、日本で「名字」は「漢字」で表記されることと、漢字が中国・朝鮮から伝えられたことから、漢字の日本での読みが重要であります。「あつじ」と発音するのがこの地方の読み方ですが、一方滋賀県伊香郡高月町（平成２２年１月長浜市に合併）と同じ郡の西浅井町（平成２２年１月長浜市に合併）には、「阿辻」と書いて同じように「あつじ」と読む姓の人達も住んでいます。

同じ読みをして異なる漢字で姓を表す事は、滋賀県内でも例があります。例えば「いぶき」と発音する場合にも　伊吹　伊富貴　伊扶伎　等の姓があり、同じ発音であるのに異なる漢字を用いているのには、それぞれ理由がありますが、同じ祖先を同じくする一族であると考えられます。

『同じ漢字の表現で読み方がことなる』、『同じ読み方であるのに異なる漢字をもちいる』、という現象が起こるのは、中国・朝鮮から伝えられた「漢字」で日本の「名字」を表していることなのです。そしてそのことこそ、これから考察する「阿閉」という「氏」が発生し、継承し、変化していく理由の要因でなかろうか、と考えられます。

そこで、阿閉「あつじ」姓についての読み方・書き方が時の経過と場所の相違につれての変化するのを考察しますが、「読み」を、同じくする姓について現在の発音を基として考察することは、時を経て「読み方」は読みやすいように訛ったりして変遷してきていますからその発音と同じ姓を異なる「漢字」のなかから探すことは困難であります。

手順としては、使われている漢字を基として現在での同一姓の分布、また古い文献の中の同一の「漢字」の姓をどうしてそう読むのか、時代の移り行きの中でその時その時にどのように読まれたかを、次にその様に読むもとの漢字はどのようなものでどのように変化したか、そしてその理由はどのようなものかを考察し現在の名字としての「阿閉氏」の淵源はどこかを考えてみることにします。

１．「阿閉」氏の「氏」としての成り立ち

「古代の氏にとつて、系譜伝承はその氏の存立のカナメをなす何よりも重要なものであった。そこには、始祖の名と、その始祖に関わる氏の職掌の世襲の由来と、同族からの別れの次第が内容として含まれる。」“日本古代の氏の構造　義江明子 吉川弘文館”(3)と、あり「阿閉」氏についての考察を出自からすすめますが、「阿閉」と表記されている資料より始めます。

�@「阿閉」氏の出自

１）「日本書紀」における記述

「日本書紀」の現代語訳として、“講談社学術文庫　宇治谷　孟”を参照させて頂きます。

孝元(こうげん)天皇(てんのう)　大日本根子(おおやまとねこ)彦国牽(ひこくにくるの)天皇(すめらみこと)　 七年春二月二日の条に 「…后は二男一女を生まれた。第一を大彦(おおひこの)命(みこと)という。… 兄の大彦命は阿倍(あべ)臣(のおみ)、膳(かしわでの)臣(おみ)、阿閉(あへ)臣(おみ)、狭狭(ささ)城(きの)山(やまの)臣(おみ)、筑紫国造、越国造、伊賀臣、等すべて七族の先祖である。…」とされています。

また、天武天皇(てんむてんのう)　天渟中原瀛(あまのぬなはらおきの)真人(まひと)天皇(すめらみこと)　十三年十一月一日の条に「…阿倍(あべの)臣(おみ)…阿閉(あへの)臣(おみ)…の五十二氏に、姓を賜って朝(あそ)臣(ん)といった。…」とあります。

“苗字と名前の歴史　坂田　聡　吉川弘文館”(4)によると“日本古代系譜様式論　義江明子“から引用され、「大伴氏・蘇我氏などの古代の氏名は、天皇から与えられ、取り上げられる、他律的な名称だった。氏名の変更は、血縁の枝分かれによってではなく、政治的地位の上昇や功績を契機としてなされ、そこから新たな氏の形成が始まる。氏名のこうした他律性は、氏集団そのものの他律性の反映である。」とあり、さらに「八世紀〜九世紀を境に氏集団の自律性が高まり、氏の名としての氏名＝姓獲得の動きが強くなったが、その段階に至っても、氏はなお天皇によって与えられるものであったため、他律的な性格を完全には払拭し切れなかったと、義江氏は理解されている。」とあります。

そして氏名(うじ　な)を表わすのに使われる日本語については、従来日本にない新しい事物、事象（技術）などが古代朝鮮から伝来した当時、それを掌る人々に、その事物、事象（技術）に因んだ新たな氏が与えられ、その文物が由来した言語がもととなり、日本で発音の難しい音については音韻が変化して新しい「氏名(うじ　な)」が与えられた。そしてそれらの事物、事象（技術）をもって、氏族の形成が始められたと考えます。

ホームページの‘ｋａｗａｋａｔｕ　ワールドなんでも拾い上げ　雑記帳’に‘ピジン、クレオ―ル語とは何か（人類学と考古学）民俗学伝承ひろいあげ辞典’を参照させていただくと、「・・・万葉集の時代は、渡来人が大量に入ってあとの時代の言葉であり、それらはみな「新たな外来語」としての朝鮮語であり、しかも古朝鮮語でもなかった。まったく時代が新しい言葉なのである。それ以前、すでに縄文時代から来ていた「渡来」葉はなかったわけではないが、ほとんどが最新技術用語だけである。彼らがまず日本の先住民の単語を覚えたということはいうまでもない。・・・日本人は縄文人のころから新しいものを受け入れるのにまったく嫌がらない。・・・そして４世紀以後の渡来人はもうすでに畿内が均質化し、・・・だから外来語である彼らの言葉と４世紀にはすでに固まっていた日本語とは、まったく通じないものになっていたはずなのである。」とあり、

また、ネットの‘日本語千夜一話　小林昭美　古代編　第９６話　クレオール誕生’には「・・・農耕民は圧倒的に優勢な弥生文化に押されて、縄文語は消滅してしまった　可能性もある。古代の日本語は、ただひとつの祖語があって、それが万世一系の系譜のように、連綿と続いてきた言語ではないことだけは、すくなくとも確かである、」ともあります。

また、丸谷才一は、‘人魚はアカペラで歌ふ‘　文藝春秋で

「大野説の考へ方のあらましはーーー 　　

日本から七〇〇〇キロも離れた南インドの文明が三〇〇〇年前に日本に到来し、弥生時代といふ新しい時代を開いた。それに伴ひ、古代タミル語が古い日本語（南方系の原日本語）にかぶさり、いはゆるクレオール語が成立した。これが日本語の原型である。といふもの。・・・」と述べられており、

日本がアジアの東の端に位置することから、そこで用いられる言葉は一番近い朝鮮の言葉に大きく影響されて成り立っていると考えられます。

また、“本当にわかる　言語学　　佐久間　諄一　日本実業出版社” (5)の第２章　日本語はどこから来たかで「さて、ある言語と近い関係にある言語は、その言語と地理的に近い場所で話されていることが多い。日本語の場合も、共通の祖先に遡る言語を探す場合、近隣の言語から調べるのが当然だろう。」とされ「・・・ところが、日本語と韓国語の間で比較してみても、対応関係がうまく得られない。日本語と韓国語には、意味も発音もよく似た単語はあるのだが、それらは、日本語、韓国語がそれぞれ中国語から借用した単語であるからで、２つの言語が近い関係にあることの証明としては使えない。」とも述べられています。

現在のいわゆる日本苗字が形作られた過程にも大きな影響をあたえたと、考えます。

「阿閉(あへ)」氏の氏名(うじ　な)についてもその当時、古代の発音から考えることとします。

「阿閉」氏の「閉」の発音は、奈良時代以前には「ｐ」（ぺ）と発音され、さらに奈良・平安時代の「Φ」（ふぇ）を経て江戸時代以降の「ｈ」（へ）に転化したものと考えられていることから、「阿閉」は「あぺ」と発音されていた。後に「あふぇ」と発音されついで、「あえ」となり、携わっていた職務に「饗」の言葉の義に併せられて、その文字によって表わされる職掌が「あえ」ることを意味するようにとなったと考えます。

「ハ行の子音は、現代ではｈであるが、方言によってはＦであって「は」「ひ」「へ」をファフィフェと発音するところがある。更に西南諸島の方言では、ｐ音になっているところがある（「花」をパナ、舟をプニなど）。ハ行の仮名にあたる音を写した万葉仮名の古代漢字音を見るに、皆、＜ｐ＞＜ｐｈ＞＜ｆ＞などで始まる音であって、ｈ音で始まるものはない故、古代においては今日の発音とは異なり、今日の方言に見るようなｐ音またはＦの音であったと考えられる。」“古代国語の音韻に就いて　橋本進吉　岩波文庫”(6)を参考にすることができます。

日本語の発生にも大いに影響している古代朝鮮の言葉で言う「あぺ」とは、「あ」は・・・「大きい」「偉大な」を表わす接頭語であり、「ぺ」は・・・あるいは、「船」のことで、「大きな船」で往来した、外交・渉外に関わる氏族を「あぺ」・「阿閉(あぺ)」氏と呼んだと考えます。そして、その職掌から派生した「饗応」にも携わる氏族を「阿閉」氏、「あへ」、「あえ」氏と称するようになったものと思い描きます。

「あへ」氏から、「あえ」氏への変化は、ハ行点呼という日本語の歴史の大きな音韻変化の現象によるのです。平安時代に起こり一般化したもので、語中・語尾のハ行音がワ行音へと変化したものです。成立したワ行音をハ行点呼というものです。　　　

現在「あえ」とよばれている地名は、「あへ」とよばれている地名が平安時代以降ハ行点呼によって名付けられたとも推測できると考えます。

歴史学会によるホームページ‘律令時代の日本の地名’において、伊賀の地名のなかで、「阿閉」氏の住んだ「阿拝」をＡｐｅと記しています。

「阿閉氏」と同じように大和政権の地方進出に従ったと考えられる「佐味氏」「布勢氏」についてもその氏名(うじな)が新しい事物や事象を伴って与えられたものと推測します。

朝鮮語が日本での氏名(うじな)になった例として、「佐味氏」ついて“日本古代氏族事典　佐伯有清編　雄山閣” (8)に「上毛野君（朝臣）氏の同族。氏名はのちの上野国緑野郡および那波郡の佐味郷（群馬県多野郡新町から佐波郡玉村町にかけての一帯）の地名にもとづき、畿内における本拠地は大和国十市郡佐味（奈良県磯城郡田原本町佐味）であろう。…」とされていますが、“日本書紀　上　坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注　岩波書店”（８）の神功皇后　五年に「…是(こ)の時の俘人(とりこ)等(ら)は、今の桑原(くわはら)・佐糜(さび)・高宮(たかみや)・忍(おし)海(ぬみ)、凡(すべ)て四(よつ)の邑(むら)の漢人(あやひと)等(ら)が始�F(はじめのおや)（祖）なり。…」とありその補注に「…佐糜の由来を集解は新羅沙比での捕虜と解くが、三品彰英のいうごとく、韓鍛冶の技術にかかわるものであろう。サヒは朝鮮語で鋤や剣を意味する。」とあります。

「佐味氏」はこの鋤や剣を意味する「サビ」に携わった人々に由来するものと、考えられてもいます。

饗「あえ」について“日本国語大辞典　第一巻　小学館”昭和４７年第１版第１刷では、・・・

あえ　あへ【饗】、［名詞］（動詞　「あう　饗」の連用形の名詞化）

飲食のもてなしをすること。饗応。馳走（ちそう）。→あえす（饗）

＊播磨国風土記―賀古「阿閇津に到りて、御食（あへ）を供進（たてまつ）りき。故（かれ）号（なづ）けて阿閇（アヘ）村といふ」

あう　【あふ】［他、下二］美味のものを調えてもてなす。饗応（きょうおう）する。ごちそうそる。あえす。

＊書紀―推古一八年一〇月（岩崎本訓）「使人等に朝（みかど）に饗（アヘ）たまふ。河内漢直贄を以て新羅の共食者と為。」

＊大唐西域記　長寛元年点―五　「初めの一日従り、珍味を以って諸の沙門、婆羅門に饌（アフル）こと廿一日に至る」とあり、また

＊米観智院本名義抄　「饗(アフ)」

語源注（１）（遇(アフ)）の他動詞。待遇の意［和訓栞　大言海］

　　　（２）アハセ（合）の義［和訓栞］

　　　　　　アハセは各の多少に合わせて設ける意［名言通］

　　　（３）アはアラハス（顕）フはススムの意　賓客のため、珍器珍物を顕し進めること［国語本義］

　　　（４）アヘ（合）の他動詞　合の意が転じ、加入、供応の意となる［日本古語大辞典＝松岡静雄］。とあります。

また、“新編　大言海　大槻文彦　冨山房”昭和５７年新編初版第２刷では

あえ　［あふ（饗）ノ名詞形］飲食　モテナシ。饗応。

　　　　神代紀　上　三十七　「敢不(ザラム)饗(ミアヘセ)_レ乎(ヤ)」

　　　　景行紀　十八年三月　「諸懸君泉娞、依_レ献_二大(オオ)御(ミ)食(アエ　ヲ)_一而其族會之」

　　　　天治字鏡十二廿二　　「佐客饗_レ於_レ他人(ヒト)爾(ニ)阿(ア)戸(へ)須(ス)」

あう　（他動　下二）［遇フ　他動、待遇ノ意］アルジス　モテナス　饗応ス

　　　　神代紀　上　二十　　「品物悉備、貯_二之百机_一而饗(ミアエタテマツル)_レ之」

　　　　神武紀　十三年十月　「盛_レ食饗(アフ)_レ之」　「盛設_二宴饗_一」（日本書紀岩波書店）

　　　　仁徳紀　十二年七月　「饗(アフ)_二高麗客於朝_一」（日本書紀岩波書店では、八月）

　　　　推古紀　十年十月　　「饗(アヘタマフ)_二使人等於_一レ朝」とあります。

日本書紀にはほかに、神代紀に「欲_二因_レ請饗(ミアヘタテマツ)_レ以作難_一」　「以勞_二饗(ミアヘス)皇師_一焉」などがあります。名詞で用いられる例、敬語表現が語尾に付く例のほかは、「あふ」「あへ」の活用例であります。

（饗）「あへ」は下二段活用であり終止形は「あふ」ですが、「大きな船」を意味する名詞「あへ」が古代朝鮮からつたえられ、その船に乗って来た人々のことを指し、その後その人々が携わった仕事を意味し、さらにその言葉に「る」を加えて動詞がうまれ語幹が変化した、と思料します。

ホームページ　`「はひふへほ」の歴史　ことば逍遥紀’に「・・・たとえば、「海」という字を音読みで「カイ」と読むことに注目しよう。中国に上海という大都市がある。「海」を「ハイ」と読んでいる。中国語で「カイ」が「ハイ」に変わったわけでない。そのことは、日本語に先立って漢字、漢語を取り入れた朝鮮語でこの字を「ヘ（古くはハイ）」と読んでいることも分かる。・・・」とあります。そのことからあるいは、「大きな海」からやってきた人々のことを指して「アヘ」とよび、その後その人々が携わった仕事を意味し、その人々のことを、（饗）「あへ」と呼ぶことになった。とも思料します。

基本的には、動作に由来している含む名詞に［する］が結びついて動詞になっています。

“お言葉ですが…�C　広辞苑の神話　高島俊男　文藝春秋”(9)にパニクっちゃったの例をひかれ「英語に「る」をつけて動詞にするのは、われわれ若いころからいろいろとあった。」と述べられ、さらに「外国語に「る」をつけて日本語の動詞にしてしまうという器用なやりくちは、そのもとがあった。漢語に「る」をつけるのがその前からあったのである。」と続けられています。

上記の古代朝鮮からの伝わった名詞に「る」をつけてその言葉の動詞化される過程については、歴史的な検証を必要とするでしょうが、固有名詞に「る」をつけてその固有名詞でその固有名詞の動作・作業を特徴づける方法もありえたと考えます。

固有名詞（しかも　姓）を用いたものは、旧聞に属しますが卑近な例として「江川る」の例もありました。

ところが、ホームページ‘ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源　井上政行’のなかの国語篇（その三）＜韓国語語源説批判＞で「「韓国語が日本語源だ」とする説は誤りであると考えます。」と述べられ、更に、「地名、人名などの解釈は、言葉の全体像が把握できる辞書を頼りに、多音節の単語で音韻が一致するものがないかどうかを探すことから始めるべきで、いたずらに一音節に単語を区切って、一音ごとに意味をつまみ食いして繋げて解釈することは、私の経験からしても、間違いの元であると考えています。」と続けられています。が、「…ただし、『万葉集』の語彙の一部およびその他の日本語の語彙の一部の語源については、…結論を留保します。」とも述べられています。（下線は引用の際添えました。）

地名についても、“地名伝説の謎　楠原祐介・本間信治　新人物往来社”(10)では“『地名の研究』　柳田国男”から引用し「…したがって一つの地名が一見して意味がわからぬといっても、すなわち自分の所有物という記憶がないからといっても、これによってただちに他所からの借りものであると断言することは、注意深き老翁のあえてなさざるところであると思う。…」を引いて、おられるところではありますが、“地名のたのしみ　服部英雄　角川ソフィア文庫”(11)では、「地名をアイヌ語、朝鮮語で説明しようとする流れは古くからある。」「弥生人が朝鮮半島から多く渡来してきた。…隣接域と濃密な交流があったわけだから、影響はあろう。…」「地名の配置を読むことが必要だ。おなじ地名がどんな場所にあるかを確認する。これにも地名の収集が必要だ。」と朝鮮語起原の地名のあることも示唆されています。

地名の発生の契機は、“日本の地名　別冊歴史読本　新人物往来社　菊池　紳一”(12)では七つにわけられて、主なものとして１、地形など（景観）から生まれたもの　２、水に関連した言葉のつくもの　３、人や物資の流通に関するもののうち　そして、名字は多くの場合、その一族が住んだ地名から呼称されたが、逆にその地に居住した一族の名字が地名となることもあった。（他に、４、時の施政者が名づけたもの　５、都市や町場に特徴的につけられたもの　６、開発や村落に関するもの　７、信仰に関するもの）とあり、一族の名が地名として名づけられるとされています。滋賀県長浜市高月町の「阿閉氏」の場合も,3、によるものと、考えます。

２）阿閉氏について「新撰姓氏録」（弘仁6年・８１５年）における記述

　第一帙

右第一巻 左京皇別上 阿閉臣　阿倍朝臣同祖。

右第二巻 右京皇別上 阿閉臣 大彦命彦背立大稲輿命後也。（背は別書では、皆・自ともあります）

右第二巻 右京皇別上 阿閉間人臣　同氏。

右第五巻 山城國皇別 阿閉臣 阿倍朝臣同祖。大彦命之後也 。

右第八巻 河内國皇別 阿閇朝臣阿閇朝臣同祖。孝元天皇皇子大彦命之後也。

右第八巻 河内國皇別 阿閇臣 阿閇朝臣同祖。大彦命彦瀬立大稲起命之後也。

右第一巻 左京皇別上 阿閉臣　阿倍朝臣同祖。

等の記述があります。

なお阿倍朝臣についても、第一巻 左京皇別上に孝元天皇皇子大彦命之後也。ともあります。

「阿閉の氏名は、後の伊賀国阿拝（阿閇）郡（三重県阿山郡西部・上野市一帯）の地名にもとづく。阿閉の地名の初見は『日本書紀』天武天皇元年九月戊戌条の「宿=阿閉‒」である。阿閉は阿閇・敢にも作る」“新撰姓氏録の研究　考證篇　第一　佐伯　有清　吉川弘文館”とあります。つまり上記地名発生の契機の　３、と捉えられています。

ここで、「閉」と「閇」との漢字としての関係をみてみると、諸橋轍次 著 「大漢和辞典」によれば「閇」は「閉」の俗字である、とされており、 漢字番号４１２２０でしるされています。出典として、「玉篇」 があげられています。このことからすれば｢閉」の字が元々の字であると考えて差し支えありません。

○「阿閉」氏の出自は、大彦命の父、考元天皇から始まります。

考元天皇の皇子 大彦命（四道将軍の一人でありますが）に四人の皇子があり、そのなかで、特に次の二人が、「阿倍」氏と「阿閉」氏の租として考えられます。つまり「阿倍氏」は大彦命の子である武沼河別命（四道将軍の一人） の二代後の 阿倍阿加古宿禰が阿倍臣の祖となり、その子を大籠としています。

また一方「阿閉氏」は大彦命の子の中で武渟川別命の弟になる大稲輿命の子である彦屋主田心命の子が大伊賀彦命です。その子稚子(わかこ)の子が 阿閉国見です。彦屋主田心命は伊賀臣、佐々貴山君租とならんで阿閉臣の祖であるとされています。

○つまり、皇統譜からいえば、神武天皇からはじまり、八代天皇である孝元天皇を祖として、

孝元天皇━大彦命 ┳ 武渟川別命━ 豊韓別命━雷別命━阿倍阿加古宿禰（阿倍氏の祖）━大籠

　　　　┣開化天皇　┣組結命 ┏　磐鹿六雁命

　　　　┣彦太忍信命┣大稲輿命━彦屋主田心命━大伊賀彦命┳稚子━阿閉国見（阿閉氏の祖）

　　　　┗武埴安彦　┣御間城姫命 　 　　　　　┣稚山守

　　　　　　　　　　┗得彦宿禰（波多武日子）　　 　　┗保手古と著わされています。

以上の記述は “古代豪族系図集覧 近藤敏喬　東京堂出版”(13)より関係部分を引用しました。

（阿閉氏、阿倍氏の祖以外の系譜は省略しました。）

孝元天皇は闕史八代といわれていることもあるように、日本書紀のなかでその事績のすくないこと、天皇の在位の長さから実在が疑問視されているのですが、その後闕史八代については、解釈が種々あります。

闕史八代といわれる期間は古事記と日本書紀ではかなりの差異があります。八代天皇の生涯年数の合計は古事記では５８１年、日本書紀で８２３年（立太子の年齢から算出しました）にも及んでいるのです。その間に闕史八代のうち先の六代　綏靖天皇　安寧天皇　懿徳天皇　孝昭天皇　孝安天皇　孝霊天皇は　磯城・葛城地方を、後の二代　孝元天皇　開化天皇は十市・高市地方を征圧したものと思われます。そして孝元天皇の後裔とされている氏族は十市・高市地方に割拠しているのです。そして古事記と日本書紀の間で特に孝元と開化の両天皇の生涯年数の差は１１３年と長く両天皇の事績は多かったと思われます。それらの経緯が神武天皇〜崇神天皇の叙述に集約されて日本書紀に記されているのでないでしょうか。

また、天皇在位の異常な長さについてはヤマト政権による奈良盆地統一に神武天皇から崇神天皇の十代の天皇の時代を要したと推測します。

ホームページ‘新古代学の扉　神武が来た道　６　伊東義彰　六　「欠史八代」は語る’、には、「・・・定説によって「欠史八代」と呼ばれ、年代合わせのために「作り出された架空の天皇」とされる所以（ゆえん）がここにあるわけです。・・・」「・・・定説では、このような不思議な天皇の存在こそ、古事記・日本書紀の一部が編纂担当史官によって造作された有力な証拠の一つだとして、説話のある神武も含めて実在しない天皇群にしているのです。そして八人の架空の天皇を造作した理由として、神武を讖緯（しんい）説の辛酉革命（しんゆうかくめい）説に基づく辛酉の年、すなわち前六六〇年に即位させてしまったために、後代の天皇との間にできた空白の年代・年数を埋める必要が生じたからだとしています。しかし、これもおかしな話です。「神武東征」説話を造作したのなら、その続きに八人の説話も造作すればよいのであって、わざわざ「欠史」のままほったらかしにしておく方が余程おかしいではありませんか。」とあります。

続いて、「１.欠落している奈良盆地平定説話　　近畿天皇家は、神武天皇が奈良盆地の一隅、畝傍（うねび）山麓に居を定めて、磐余（いわれ）と呼ばれた可能性のあるその周辺（現：橿原市あたり）を支配下に収めたところから始まります。古事記によると、熊野から紀伊山地を横断してきた神武は宇陀（うだ）や忍坂（おしさか）、師木（しき磯城）などで熾烈な戦いをして奈良盆地の敵対勢力を倒し、畝傍の白檮原宮（かしはらのみや）で天（あめ）の下を治めたとあります。読みようによっては、宇陀や奈良盆地のいくつかの豪族と戦っただけで天下を支配下に収めたかのような書き方です。しかし、宇陀や奈良盆地のいくつかの豪族と戦っただけで天下に君臨できるはずはないのであって、そのためには盆地外の各地方勢力との激しい戦いが繰り返されなければなりません。ところが、奈良盆地外では、盆地に侵入する前の生駒山西麓（現：東大阪市日下）における手痛い敗戦と、和歌山平野・熊野地域、盆地への侵入ルートにあたる宇陀地域での戦いがあるだけです。つまり、奈良盆地外での戦い、盆地外への進出の戦いが始まるのは、十代崇神まで待たなければならないのです。」とあります。そして「欠落している奈良盆地平定説話を語る伝承が、奈良盆地の制圧・平定の時代であったと思われる二代綏靖から九代開化までの、古事記・日本書紀の記述の中に潜んでいるのではないかと考え、「欠史八代」の天皇群と十代崇神の后妃の出自や宮居・陵墓の所在地などを調べてみることにしました。」と述べられています。そしてさらに、「３,奈良盆地平定の経過　葛城地進域への進出　・・・神武が奈良盆地の一隅に居を構えたあと、その子孫たちは奈良盆地の有力豪族である磯城県主と密接な関係を結び維持することによって、奈良盆地での生き残りをはかろうとしたのではないでしょうか。・・・二代綏靖（すいぜい）、三代安寧（あんねい）、五代孝昭（こうしょう）、六代孝安（こうあん）の宮居はいずれも葛城（かつらぎ）に遷（うつ）されています。この四人以外に葛城地域に宮居を遷した天皇はその後一人もいません。また、初代神武から四代懿徳（いとく）までの四人の陵墓は全て畝傍山の麓にありますが、五代孝昭、六代孝安、七代孝霊（こうれい）の三陵墓は葛城地域に築かれています。・・・古事記によると、二代綏靖から四代懿徳までの三天皇は、師木県主（しきのあがたぬし）から妃を迎えてそれぞれ次ぎの天皇を生ませています。盆地中央への進出・・・七代孝霊（こうれい）の正妃は古事記では十市県主（といちのあがたぬし）の祖・大目（おおめ）の女、日本書紀では磯城県主大目の女とあって、名前も細比売（ほしひめ）・細媛（くわしひめ）と読みは違うものの同じ字が使われており、父親の名前も同じ大目なのに出身だけが十市・磯城と異なっています。日本書紀では一書として、妃も父親違いますが十市県主系の妃を上げており、何故か二代続けて十市県主系の妃が現われてきます。・・・八代孝元の陵墓は明日香村豊浦（とゆら）の東側になる橿原市石川町の劔池（つるぎいけ）に突き出た丘の上に治定されており、宮居もそこからさほど遠くない橿原市大軽町に比定されています。七代孝霊以後、陵墓も宮居も葛城地域から離れたところに遷されています。奈良盆地北部への進出を視野にいれた場合葛城地域は東南に偏（かたよ）りすぎているのです。」とも述べられています。


阿閉氏の租である孝元天皇も欠史八代とされる期間の天皇であります。その実在については諸説あるところではあります。

２代綏靖天皇から、９代開化天皇までの天皇の即位・在位・崩年について見直して考えてみます。

書紀には欠史八代とされる期間の天皇について４代懿徳天王から９代開化天皇まで崩年が記載されていません。また立太子され即位されるまでの期間について当時の相続について兄弟相続と父子相続についても見直して考えてみます。　

そして書紀には,当時の朝廷の安定した支配をはかるため４代から９代の天皇の崩年の記載しない方法でヤマトに先住の諸氏族の系譜を挿入することにより書紀編纂当時を遡った歴史を改編したものであると考えます。

“古事記　（中）　全訳注　次田真幸　講談社学術文庫”の解説に「綏靖天皇から開化天皇までの八代は、皇妃および皇子・皇女の御名を列記した皇室の系譜を中心とし、皇居・御年・御陵などを記述した。いわゆる帝紀のみで成り立っている部分である。本辭すなわち物語や歌謡を含んでいないので、文学的興趣にかけるのであるが、古代史研究上には重要な部分とされている。神武天皇から開化天皇まで九代の天皇を実在の天皇と見るか、虚構の天皇と考えるかは大きな問題である。虚構の天皇と見るのが、古代史研究者の一致した見解となっているが、一方にはこの九代を葛城王朝と呼び、実在の天皇と見る学者もある（鳥越憲三郎著『神々と天皇の間』を参照）。」ともあります。　

天皇	在位　年	即位　才	立太子　 年	立太子　才	崩 年　才	太子　在年	推測崩年	皇　子
神武	７６			15	127	36
綏靖	３３	５１	神武 42		84		５９	第３皇子
安寧	３８	21（２９）	綏靖 25	21	57（59）	8	５６	第１皇子
懿徳	３４	４４	安寧１1	16	77	17	５６	第２皇子
孝昭	８３	３１	懿徳 22	18	114	13	４６
孝安	１０２	３５	孝昭 68	20	137	15	６１	第2皇子
孝霊	７6	５２	孝安 76	26	128	26	９2
孝元	５７	５９	孝霊 36	19	116	40	９４
開化	６０	５５	孝元 22	16	115	39	８７	第2皇子
崇神	６８	５２	開化 28	19	120	33	６７	第2皇子

計数表示のうち黒字は日本書紀によるもの灰色はその資料から推算したものです。（）書きは2説あるからです。

‘ホームページ　雲の筏　妄説古代史　�T　初期天皇の在位期間　’　には「・・・子供の数から、真の在位年代を推定できないだろうか。・・・」とされ、さらに「・・・彼等初期天皇が異常に早死にだったとすると、何代か前の大叔父のような人物が後を継ぐこともあっただろう。それを父子相続のように書けば、「息子」はかなりの年齢になっているから、必然的に「父親」も長命になってしまう。・・・」と述べられています。
また、「・・・ただし、書紀の記載にも矛盾も多く、たとえば第三代安寧は三十才で即位し三十八年在位したはずなのに、崩御の年を五十七才としている。・・・五十七才だったとすると。崩御の年にその息子は父より十三才年下だったことになり、常識的にはありそうにないからだ。・・・」とも述べられています。

天皇崩御の時皇子が幼いことや、周り勢力に対する政治の不安定な環境のため、時の政権の早急な対応が必要とされ、天皇の弟・皇弟が「政」に携わる必要性があったことから兄弟相続がおこなわれた。その際前の天皇からの父子相続を担保するため、天皇の皇子の立太子がおこなわれた。その後、政治的環境が安定し皇弟が薨去するにおよんで、皇太子が即位した。それらの経緯により前の天皇の生年が長くなった。と推測しました。

欠史八代の天皇の崩年が日本書紀に記載されていないのは、実質的な兄弟相続が行われているからと推測します。

安寧天皇の時を例示しますと
安寧天皇　の　　崩御時
　　　　　　　　　兄弟相続が起こりその時懿徳天皇（当時は第二皇子）の立太子（１６才）がおこなわれ　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　安寧１１年　　　　　　　　　　　　　その後相続した弟の崩御により安寧天皇の子懿徳天皇が即位した
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　安寧３８年　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　安寧天皇の在位年は３８年崩年６７才　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
であったと考えます。

また、先住氏族の歴史についての史料が乏しく八代の天皇の事跡の記述も少なくなったと思われます。

さきに畿内の葛城地域を支配していた勢力と融合した大和の勢力はその象徴として前の勢力の支配者《ハツク二シラススメラミコト》名をもちいたと思います。
書紀の神武元年条の神武天皇と崇神十二年九月条の崇神天皇にその同じ読みがつけられています。

「イワレヒコこと神武天皇に続く八代の天皇が、県主のむすめとことさらに婚姻を重ねているということは、九州の日向からやって来て奈良盆地を軍事的に制圧したイワレヒコの子孫が、大和の神々を祭る名家ともいうべき県主一族のむすめと蜜月を重ねることを通じて、イワレヒコに始まる天皇の地位と権力が、婚姻を媒介にして奈良盆地とその周辺にじわじわと、しかしながら確実に拡大・浸透していったさまを伝えようとしていると考えることができる。」と“天皇誕生　遠山美津男　中公新書”(13)あるように天皇家が勢力を拡大していき、同時に同地の豪族は天皇家に協力することにより自らの力を広げる機会としたのです。

同じ名をもつ二人の初代の天皇をもつことにより、それぞれの天皇に従う諸氏族を包含し臣下にし、先住民族である神別氏族と天皇とともに進出し皇別氏族のうち特に多い孝元天皇の子孫なかでも大彦命と武内宿祢の子孫が多いのです。

福岡県北九州市の阿閉嶋から東へ進んだ「阿閉」氏は、神武天皇が九州から東進するように同じ経路を、瀬戸内海・大阪湾・紀伊水道を経て奈良県宇陀・三重県上野の周辺に到り住まいしていたと考えます。

新撰姓氏録に記載されている皇別氏族のうち２代から９代の天皇の時代の皇別氏族は非常に多く大和朝廷の中核をなす主な氏族が挙げられます。

ホームページ　‘古田史学会報　二十九号　『新撰姓氏録』の証言　三宅利喜男’には「・・・皇別・各天皇子孫氏族　別表」としてあげられている。崇神天皇までの子孫氏族数を抜粋させていただくと
　　　　　　代　　　天皇　　　　氏族
　　　　　　　１　　神武　　　　２１
　　　　　　　２　　綏靖　　　　　０
　　　　　　　３　　安寧　　　　　２
　　　　　　　４　　懿徳　　　　　４
　　　　　　　５　　孝昭　　　　４４
　　　　　　　６　　孝安　　　　　０
　　　　　　　７　　孝霊　　　　　８
　　　　　　　８　　孝元　　　１０８
　　　　　　　９　　開化　　　　２２
　　　　　　１０　　崇神　　　　３３とされています。またそのなかで、
「・・・別表の様に應神以前と継体以後と大きく二分される。最多の氏族につながる孝元（東日流外三郡誌に即位記事あり）の子孫は実に一〇八氏族にのぼる。内3分の２は武内系図、3分の１は大彦系図である。・・・」と述べられています。

阿閉氏は大和朝廷が開かれる前の時代、二人の初代の天皇とされる天皇のうち最初のハツク二シラススメラミコト,神武天皇に従った氏族である、と試論します。

そしてつぎのハツク二シラススメラミコト,崇神天皇は大和から四道将軍を派遣し畿内さらに大きい版図を目指していきます。

○後述しますように、阿閉氏は朝鮮半島由来ではないか、と考えるにいたるのですが、このような系譜があることは、阿閉氏が奈良盆地でのヤマト政権成立に大きくかかわっていると思われます。

阿閉氏はその由来から朝鮮半島から渡来した技術で、神武天皇が奈良盆地を目指したように先に奈良盆地に到ったそして神武天皇の奈良盆地征圧に尽くした。それゆえ阿閉氏は奈良盆地征圧に尽くした八代の天皇のなかの孝元天皇の裔に位置づけられ、新撰姓氏録にも皇別とされています。

孝元天皇については「・・・第一(ひとはしらにあたりたもふ)をば大彦(おおひこの)命(みこと)と曰(もう)す。・・・」とあり、続いて大彦命は「是、阿倍(あへの)臣(おみ)・膳(かしはでの)臣(おみ)・阿閉(あへの)臣(おみ)・狭狭(ささ)城山(きのやまの)君(おみ)・筑紫國造(つくしのくにのみやつこ)・越國造(こしのくにのみやつこ)・伊賀(いがの)臣(おみ)、凡(すべ)て七(なな)族(やから)の始祖(はじめのおや)なり。・・・」とあります。“日本書紀上　岩波書店”この七族はそれぞれ、阿倍氏は大和国十市郡を本貫の地とし、（現在地に比定　櫻井市阿倍）・膳氏は大和国十市郡（橿原市膳夫）・阿閉氏は伊賀国阿拝郡（三重県上野市）大和における大彦命後裔氏の拠点は、磐余地方とその周辺郡に集中していますが、これらの地と伊賀地方を結ぶ中間点の大和国宇陀郡（奈良県宇陀郡）にも大彦命の後裔氏が存しています。それぞれ佐々貴山氏は近江国蒲生郡篠笥郷・筑紫国造は筑紫国・越国造は大和国高市郡坂合村越・伊賀氏は伊賀国伊賀郷です。

そして、阿閉氏について同書の頭注には「敢臣とも記す。伊賀国阿閉郡（今、三重県阿山郡西部・上野市）を本拠とする氏であろう。姓氏録、河内皇別に「大彦命男、彦瀬立大稲越命之後也」とあり，阿倍臣は兄の建沼河別命の後、阿閉は臣弟の伊那許士別命の後ということになって、両者は別の氏と見るべきであろう。阿閉臣も天武十三年十一月、朝臣の姓を賜う。」とあります。

そしてまたこれら本貫の地の分布は神武天皇の奈良盆地征圧の順序とおりの分布であると考えられます。さらに、孝元天皇の子である「・・・彦太忍信命(ひこふつおしのまことのみこと)は、是(これ)　武内宿禰(たけしうちのすくね) の租(お)父(ほぢ)なり。・・・」とつづけられています。さらにこの武内宿禰は、それぞれ葛城臣　本貫の地は大和国葛上　葛下・蘇我臣は大和国高市郡蘇我（現在地は　橿原市蘇我）・羽田臣は　大和国高市郡　（高市郡明日香村）・紀臣は　紀伊国　大倭国平群郡紀里・巨勢臣は大和国高市郡巨勢（御所市古瀬）・平群臣は大和国平群郡平群（生駒市平群）などの始祖なのです。

そのなかでも、阿閉氏は朝鮮半島から渡来した由来から神武天皇の奈良盆地へ進出の経路のなかに重なっておりその範囲には伊賀国阿拝（阿閇）郡がありその地域の２０キロメートル近くに宇陀がありまず。“日本古代氏族事典　佐伯　有清編　雄山閣”　の阿閉氏の説明のなかに「・・・大和における大彦命後裔氏の拠点は、磐余地方とその周辺部に集中するが、これらの地と伊賀地方を結ぶ中間点の大和国宇陀郡（奈良県宇陀郡）にも大彦命の後裔氏が存する（宇太臣ら）から、阿倍・膳氏らの勢力が東国へ伸張する過程で、宇陀地方や伊賀地方の豪族が擬制的にその同族とされたものとみられる。・・・」とあり、宇陀はその後の四道将軍の進路の道筋にあるのです

（下線部分は引用させていただいた中で、特に阿閉氏が大和宇陀郡に大いに関係がある叙述であると考えます。）

大彦命は「大和宇陀郡から伊賀の名張に出て、それから阿拝郡を經て此國に入り、甲賀郡、蒲生郡などを過ぎて北陸に出られた。」“日本國誌資料叢書 第三巻　近江國　太田亮　臨川書店 ”(15)とあります。

日本書紀には「ついに宇陀(うだ)の下県(しもつこおり)についた。よってそのつかれたところを名づけて宇陀の穿邑(うかちのむら)という。・・・秋八月二日、兄猾(えうかし)と弟猾(おとうかし)を呼ばれた。この二人の人は宇陀(うだ)の県の人々のかしらである。・・・」の記述があります。

古事記には「・・さらにそこから山坂を踏み分け越えて、宇陀(うだ)にお進みになった。そこで、そこを宇陀(うだ)の穿(うから)というのである。かれ、ここに宇陀に兄(え)宇迦斯(うかし)・弟(おと)宇迦斯(うかし)の二人あり。・・・」ともあるのです。そして「・・・然してその弟(おと)宇迦斯(うかし)が献(たてまつ)し大饗(おおみあへ)は・・・」ともあり弟宇迦斯は、天皇に後の阿閉氏の本貫の地で、阿閉氏の職掌である御饗をしているのです。

日本書紀は国の初めての正史であり、「うかし」を表すのに当時大和朝廷に叛する兄がおりヨミは同じでも悪字を用いていますが、古事記では神の名にも用いられている「宇迦」の字で表しています。

ヨミの「うか」は食物のことで「宇迦之(うかの)御魂(みたまの)神(かみ)」というように用いられるとあります。“広辞苑　新村　出　岩波書店”兄宇迦斯と弟宇迦斯については、出雲神話の国譲りにもあるように、兄と異なり弟が従う構図のとおり弟が恭順し従っています。また後に続く兄磯城、弟磯城の叙述でも同じく弟が従っています。

「斯」の文字はそのものを表す意味を持つものです。

地名の「穿・うがつ」は奈良時代に「うかつ」とも読んでおり、阿閉氏はその本貫の地に職掌としてその「うか」を名に負う場所に、「食」に深く関係して存していたのです。

「阿閉」氏が闕史八代と言われている時代の第八代の孝元天皇(オオヤマトネコヒコクニクル)を祖としていることは、天皇家が大和やその周辺地域で勢力を広げる段階から臣従したことを顕していると考えます。

孝元天皇の妃で「阿閉」氏の祖ともなる彦太忍信命の母が滋賀県湖北の地名（平成２２年１月に長浜市に合併されるまでは伊香郡と呼ばれていました）である後述の「伊香」に因む伊香色謎命であることも「阿閉」氏が奈良盆地で婚姻によって地方豪族を支配していくことを諮り、一族が歴史に残るように謀っていると考えられます。

後出、滋賀県長浜市高月町（ここも合併するまでは伊香郡でした）西阿閉の意波閉神社の祭神は埴安比売命と宇迦魂神であります。

以上の叙述で「大和政権」と表示している時は、奈良盆地の征圧が完了し「ヤマト」として国の体制が成立し奈良盆地の外に向かって拡大し始める時点以降のこととします。

○「阿閉」氏の職掌については後述しますが「阿倍」氏については、「安倍氏について一ついわれているのは、安閇氏がもとだという説です。御饗といわれた食物を調達したという機能から来たんで、それがやがて安倍にもなったといわれているのは知っているけれども…。地名と、それによらない氏名ですね。」とあります。“古代史を解く「鍵」　門脇禎二 学生社”(16)

「「阿倍」氏の職掌は新嘗祭、服属儀礼という宮廷の食物供献儀礼に結びついていた。食物供献儀礼に関与するという職掌から天皇近侍的な氏族の統率者となり､やがて軍事､渉外面にも活躍するという性格を持つようになった。」“古代を考える　蘇我氏と古代国家　黛弘道 吉川弘文館” (17)とあります。そしてまた、阿倍氏と阿閉氏は互いに補完関係をもなしていたと解される興味深い見解もあると思われます。阿部、安部、阿倍、も同一の部族であるとされており、「あんべ」「あんばい」ともよばれているとして、東北地方にその姓は多く全国で３０万はあるとされています。

「阿閉」氏については、「書紀の記事をみると、…六世紀から七世紀初頭にかけての対外問題に際し、阿倍氏とその同族の活躍が著しいことは認めなければなるまい。」“古代氏族の性格と伝承　志田諄一　雄山閣”(18)とされ、更に「…推古十八年の場合をみても、膳臣・阿閉臣・阿倍臣らの氏族が渉外に従事していることが注目される。…阿閉臣は…任那と特別な関係を有する氏族のようにも思われる。…おそらく阿閉臣は新嘗・服属儀礼にしたがう卜部を統率した氏族ではないだろうか。」とあります。

「阿倍(あべ)」氏は、後に「阿部」氏や「安部」氏とも表記する同じ祖をもつ氏族とも言えるようになりますが 、それより前においては、「阿閉(あへ)」氏と大彦命という同一の祖先をもつものであり、歴史のいろんな局面においての政治的に有利な立場保つために「阿閉」氏を「あべ」と「ヨン」でいた時があったであろう時もあり、また「安倍」を「あえ」と「ヨン」でいた時もあり、両「氏」がそれらの局面では互いの勢力を利用しあって擬制的氏族として変遷を遂げたものであろうことも考えられます。

「氏」の出自の「ヨミ」方からすれば、「あぺ」が最初にあり、ついで「あえ」と変化し「阿閉」と表記されていたものは、その後「あつじ」と読まれるようになったと、考えられます。つまり、「阿閉」と書いた文字を「あへ」と読まずに「あとじ」と読んだ一時期があり、その後、「~~通り」（とおり）が転音して（とうり）と読まれるのと同じく時代の流れのなかで「ヨミ」慣れて「あつじ」と読まれたのでないかと思います。

三重県上野市には「阿閉」氏が祭祀氏族とされている「敢国神社」のある「阿拝郡」(合併後は阿山郡)の「拝」も「閇」の音、「はい」と、「へ」または「え」と通じる事も、両方の表示が使われる理由とも考えられます。

「通説のように、臣姓氏族は大部分が本拠地名と氏の名が一致しており、したがって蘇我氏の本拠を大和の蘇我と考えるのは自然で、本居宣長をはじめとし、大和を蘇我氏発祥の地とする者が多い。これに対し蘇我氏の本貫は河内の石川であり、そこから大和に居を移したとする説が、最近となえられはじめている。」…「後世蘇我氏が石川氏と改称したこともあわせ考えると、この氏の本拠は河内の石川であることは確かだというのである。」と述べられております。“古代氏族の性格と伝承　志田諄一　雄山閣”「阿閉」氏は「阿拝郡」が本貫の地であると考えることについては異論がないと思います。

また、同書には　「阿倍」氏の名義　のなかで「阿倍」氏の、氏の名がいかなる由来をもつものであろうかとされているが、このなかで「伊賀国阿拝郡を引いて「阿倍臣或作敢臣」とあるのを阿倍の倍は濁り、阿拝の拝は清音なので異なると批判している。」とあることからも「阿閉」氏は「阿拝」氏であり「阿倍」氏とは異なる氏族であると理解することによって解決できます。

“日本書紀　上　岩波書店“の孝元天皇条の、頭注にも「阿閉臣」は「「大彦命男、彦瀬立大稲越命之後也」とあり、阿倍臣は兄の建沼河別命の後、阿閉臣は弟の伊那許士別命の後ということになって、両者は別の氏と見るべきであろう。」とされています。

３）「阿閉」氏の職掌

「阿閉」氏の「あえ」 は「饗(あえ)」ること、天皇に食膳奉仕を氏族の仕事とすること、から由来すると、説かれています。

「蘇我氏が、食膳奉仕氏族の阿倍・膳・阿曇氏と親交があったことは既に知られていることであるが、阿倍氏の職掌は新嘗祭、服属儀礼という宮廷の食物供献儀礼にむすびついていた、とされていることである。」“ 古代を考える「蘇我氏と古代国家 蘇我氏の同族 」前之園亮一 吉川弘文館 ”「あへ」「あえ」とは、「饗」えることであり、「膳」 氏と同じように、宮廷の食物供献「氏族」であったのです。

「「日本書紀」には孝元天皇の長子オホビコの後裔氏族について「兄大彦命は、是、阿倍臣・膳臣・阿閉臣・狭々城山君・筑紫国造・越国造・伊賀臣、凡そ七族の始祖なり」(孝元七年紀)、とある。これら阿倍氏や膳氏の同祖系譜に連なるウジは日本各地に広く分布しながらも、共通の信仰伝承をもって結ばれていたようである。」と述べられた後、「「職原抄」が志摩国司について「高橋氏の内膳正たる者をこれに任ず。よって他の人を任ぜず」と明記するごとく志摩国司は慣習的に膳(高橋)氏の世襲とされ、御饌ツ国としての志摩地方の特殊性と不可分の関係にあった。」とも述べられている。“謎のサルタヒコ　鎌田　東二　サルタヒコの伝承について　神崎　勝　創元社”(19)

また、同書のでは、「国つ神」の猿田彦が、記紀で語られる天皇の祖先と考えられる「天つ神」、アマテラスオオミカミの子孫を迎えいれ土地を案内するときに、先住民の食物供献儀礼はサルタヒコが仲介の役をとっていったとされており、天津神が国津神を制圧していくなかで「天」からやってきた支配者に「饗」えることで敢神社はまさしく敢国津大神を祖神とする「阿閉」氏の職掌であったと考えられます。

487年(顕宗 3年)　阿閉事代が任那に使いする記述がありますが、“伊水温故　上野市古文献刊行会　菊岡如幻編”(20)にも「阿拝」を（アヤ）と「ヨマ」せていますが発音からは「秦」「漢」を想起させ当時の情勢から阿閉氏が渡来してきた氏族として海外との交渉の任に当たったのでないか考えられます。

同書には、「阿拝忌(アヤノイミ)寸(キ)」という名が著されていますが「忌寸」は天武天皇14年(686年)以降設けられたもので八色の姓の一つとされ帰化系の氏族に与えられたとされています。「阿閇」姓が渡来氏族に関わりがあるとの証でもあります。

職掌に関して阿倍氏との関係は、「これに対し、阿倍はその職能からでたという説がある。駿河国新風土記には　「安部てふ語意を案るに、饗の意にや、すべて物を食ふ事なり、阿倍と同じ流れに膳臣、膳大伴部など云姓ありて、天皇の大饗に仕奉る家なり」　とみえる。また吉田東伍氏もこの説にふれて「安部の語元は饗なるべけれど、其本国は伊賀の阿拝にて、饗膳の職に奉仕したるに由る」とされている。そして「確かに吉田氏のいうように、阿倍の語源が饗膳に関係し、その本国を伊賀の阿拝とするのは、あながち不当ではない。というのは、播磨国風土記賀古郡の条に、景行天皇が南�A都麻嶋に渡ろうとして、阿閇津に到着したとき、「御食を供進りき、故、阿閇の村と号く」とあり、天皇の御食を供進することと、阿閇とは同じような意味に使われているのである。しかし他の臣姓氏族がいずれも所在の地名を氏の名にしているのであれば阿倍臣だけがその職能による氏の名をもつというのはおかしいので、この点ほかの臣姓氏族の究明がのぞまれる。」「最後に気になることをひとつあげると、私は阿倍の氏の名が、大和国十市郡の安倍の地名に由来するという従来の説に賛成したが、阿倍氏の性格を検討するうちに、大化以前の阿倍氏と新嘗・服属儀礼が、いかに密接な結びつきをもっているかを改めて認識するにいたったのである。そして今では、しからばその安倍という地名はなにに由来するかと問われれば、すかさず、それは新嘗・服属儀礼の食物供献とも関連する「饗(あえ)」と答えるであろう。」“古代氏族の性格と伝承　雄山閣出版　志田諄一”と述べられています。

これらを併せ考えると「阿閉氏」こそが、新嘗・服属儀礼の食物供献し、地名に由来する氏族であるのです。

“日本の古代　１１　ウヂとイエ　大林太良　中公文庫”(21)のなかで「ウヂの成立は、トモノミヤツコ(伴造)制度とのかかわりが深い。…トモノミヤツコとは朝廷の職務を分担・世襲して大王につかえる官人であり、膳(かしわで)・阿(あ)曇(ずみ)氏が大王の食膳に奉仕し、大伴・物部氏が軍事をもって朝廷につかえるというように、それぞれの職業を世襲して朝廷に奉仕する諸氏のことである。したがってかれらのウヂの名は、それぞれの職業を表している。」と、阿部武彦氏説を述べられ、つづいて、平野邦雄氏の説として「ウヂは大伴、物部、佐伯、中臣、忌部、膳部など、一定の職務を分担・世襲して内廷に奉仕するトモノミヤツコ＝畿内貴族の間にまず成立した。それは五世紀後半のころである。…しかし世襲の職名をウヂの名とする諸氏にくらべ、葛城臣・平群臣・許勢臣、蘇我臣など特定の世襲の職務をもたず、本拠地の地名をウヂの名とする諸氏はウヂの成立がおくれ、五世紀に后妃を輩出した葛城氏のような大族でも、ウヂの組織とウヂの名が成立したのは、五世紀末であった。」と紹介されています。

このことから食膳に奉仕することを職掌として「阿閉氏」が本拠地としたのが三重県上野市の「阿拝」の地であり、それとは別に擬制的な氏族として「阿倍氏・安部氏」などが大和国十一郡安倍（奈良県桜井市阿倍）を本拠地として興ったと推定できるのです。

�A「阿閉」氏の系譜

次に系譜についてですが、「…はたして、姓氏録に示されるような出自構造は氏の組織にとって本来的なものであろうか。出自と系譜とは通常考えられているように相即的なものであろうか。」と、述べられています。また、系譜観念の特質として「…このことは、氏が、大王に奉仕する職掌の世襲を軸に結集した集団であり、系譜観念においても、大王に結びついていく強度の求心性と、伝承を共有する一つの政治的世界での横のつながりを併せ持っていたことを意味する。」“日本古代の氏の構造 義江明子 吉川弘文館”とも、述べられています。

また、“日本古代氏族系譜の基礎的研究　　鈴木正信　　東京堂出版　”(22)には、「歴史学における「系譜」とは、何らかの継承関係を伝える史資料の総称である。本書では、主に古代氏族（およびその後裔）における地位や血縁・血統の継承関係を記録したものを、このように呼ぶこととする。…古代氏族の系譜には、彼等の祖先がいつの時代、いかなる職掌をもって王権に奉仕したのか、その祖先からいかなる世系を経て現在の人物に至るのかが記されており、その内容は当該氏族の王権内における政治的地位や、王権に対する奉仕の正統性を示すものとして、極めて現実的な役割を担っていた。」とあります。

系譜はそれぞれの人がそれぞれの時代に属する団体の一つ・・・古代では氏族が存在を権威付けるためその氏族の歴史を遡って天皇家との関係がいかに深いものであるかを証明するため作られるものであると考えます。

続日本紀の光仁天皇天応元年五月二九日条に「尾張国の中島郡の人、外八位上の裳咋(もくい)臣船主(ふなぬし)が次のように言上した。「私どもは伊賀(いが)国の敢(あえ)朝臣と同祖であります。それで曾祖父の宇奈(うな)より以前はみな敢(あえ)臣(おみ)でした。ところが、祖父の得(え)麻呂(まろ)は庚午年の戸籍に、誤って母方の姓にしたがって裳咋(もくい)臣とされました。謹んで改正していただきますよう伏してお願い申し上げます」と。そこで朝廷は船主ら八人に「敢臣」の氏姓を賜った。」の記述があります。これについては。ホームページ　神社の世紀　神社空間のブログに、新編　一宮市史・本文編（上）からの引用として、「阿部氏の一族で伊賀国阿排群の豪族阿閉氏＝敢臣の勢力が尾張に及んでおり、その支配下の民衆、おそらくは敢石部（敢磯部）の首長の一人が裳咋臣であったのであろう。彼らは支配と隷属の関係から進んで同族系譜で血縁を擬制するようになっていたはずであるが、奈良時代後期の改賜姓の盛行するなかで、裳咋臣が時流に乗って本宗家の敢臣と氏姓の同一化をはかったというのが事実に近いのではあるまいか。」と記されています。

ちなみに、天応元年（７８１年）は新撰姓氏録刊の弘仁六年（８１６年）の３５年前のことであり、氏族はそれぞれが政権での地位向上のために系譜の重要性を意識し、その氏族の始祖と天皇家との距離を近づけるようにはかっていた、と考えます。

阿閉氏がその出自からの変遷を見ていくなかで阿閉氏の系譜はどうなのか考えていくこととします。

（１）“古代豪族系図集覧 近藤敏喬 東京堂出版”には、先に記しましたように

阿閉氏は

　　孝元天皇　━ 大彦命 ━　彦背立大稲輿命 ━ 彦屋主田心命 ━ 大伊賀彦命━稚子━ 阿閇国見（阿閉氏の祖）と記されています。

一方阿倍氏は、

　　孝元天皇 ━ 大彦命 ━ 武渟川別命　━　 豊韓別命 ━ 雷別命　━ 阿倍阿加古（阿倍氏の祖） ━ 大籠 ━ 忍国 とあります。

上記資料の記述からは阿倍氏は阿倍氏の始祖とされる阿加古から大籠―忍国に続くとされていますが、同一祖先（孝元天皇 ━ 大彦命）から、後世に続く同じ数の世代数で検討した年代からみてみると、つまり世代順の子孫の代数で数えて考えてみると、阿閉国見の後にくると考えるほうが順序を考慮にいれると整合性のあると、考えられます。孝元天皇の子、大彦命から数えての世代数から考慮して阿閉氏の系譜に接続させたほうが不自然でなく両氏が有利なように系譜を共用していたことも考えられます。
二つの名が阿閉氏に現れるのは、次の（２）の〔文献に現れる「あえ」姓〕、にあるように「日本書紀」６２５年の阿閉大籠と７６７年「続日本紀」の敢臣忍国なのです。

この事は、阿倍氏の系図に現われる乙麻呂・馬養という名前についても阿閉氏の系譜にあらわれる名と全く同一であり、「氏」と「名」の間のいかに好ましい組み合わせであるといえても、ほぼ同じ時代に同じ名が阿閉氏と阿倍氏に表れてくるのは同一人とも推測でき、両方の「氏」の間はそれぞれの系譜のなかで共用している部分があると考えられます。

したがって、阿閉氏と阿倍氏とのあいだには、この時代には「閉」と「倍」の文字の違いは互いの「氏」は意識しているものの、「閉」と「倍」の文字をお互いの勢力を利用して自分達の「氏」の大きさを示すため意識的に交互に使用した。つまり互いの系譜のなかで同一の祖先をもつことで擬制的に同一の氏族であることの利益に与ったと考えられます。

擬制的な同族集団を形成した例として秦氏が挙げられます。渡来氏族である秦氏は養蚕・機織など、その組織が職務遂行上、多大の人員を必要としたことで、組織を管掌する渡来系諸氏がハタの氏称を共有して擬制的な同族集団を形成した、その支配下集団がハタヒト・ハタヒトベ・ハタベ（秦人・秦人部・秦部）に編入されたことにより、トモ・トモノミヤッコとしての秦氏の一大氏族組織と支配組織が誕生したとされています。

古代の「氏姓」については、“古代史を解く『鍵(キーワード)』門脇禎二・森浩一 学生社”(23)のなかで「氏・姓制度が出てくるのは、古墳時代のいつごろまでさかのぼるのか、議論されています。そのなかで、「氏」についていうと平野邦雄説の５世紀の末、又、北村文治説の庚午年籍がつくられた天智朝の政策によるもの」との２説を挙げられた後、大宝２年（７０２年）４月１３日の詔によるもので最終的に措置されたものでないかとされています。

以下に史書に現れる「あえ」姓を挙げてみます。西暦表示の年数は資料に「あえ」姓の人物名の記載されている年です。

（２）文献に現れる「あえ」姓

「あえ」姓	事項	文献名	判明している西暦年・和暦
○阿閇色命	忍凝見命の孫	国造本紀	成務天皇の代
○吾瓮海人烏麻	神功皇后　９年	日本書紀	２１０　年
○阿閉国見	２１代雄略天皇３年	日本書紀	４５９
○阿閉事代	２３代顕宗天皇３年	日本書紀	４８７
○阿閉大籠	３３代推古天皇１８年	日本書紀	６１０
	※元明（阿閉皇女）天皇生		６６１斎明７
	※壬申の乱		６７２天武元
阿閉氏阿倍氏	※５２氏の姓「朝臣」賜う	日本書紀	６８４天武１３
阿倍氏	※１８氏墓記上進		６９１朱鳥５
	※阿閉内親王即位（元明天皇）		７０７慶雲４
○阿閉大神	従５位下	続日本紀	７０８和銅元
	※日本書紀 刊		７２０養老５
安拜常麻呂		大日本古文書	７３５天平７
○阿閇臣角麻呂	戸口	出雲国大税賑給歴名	７３９天平１１
○阿閇葦人	経師	大日本古文書	７３９天平１１
○阿閇伊加麻呂	経師	大日本古文書	７３９天平１１
○阿閇馬養	装潢	大日本古文書	７４０天平１２
○阿閇廣人	経師	大日本古文書	７４６天平１８
○敢諸人	舎人	大日本古文書	７４６天平１８
敢朝臣安麻呂		小治田藤麻呂解	７４８天平２０
○阿閇息嶋	校生	大日本古文書	７４９天平感宝元
○敢朝臣粳万呂	田主	柘植郷長解	７４９天平勝宝元
○阿閇朝臣多心	戸主	勘籍　寧楽遺文	７５０天平勝宝２
○阿閇朝臣豊庭	経師	東寺写経所解	７５８天平宝宇２
○阿閇臣乙麻呂	経師	造東大寺司解	７５８天平宝宇２
○阿閇奴麻呂	経師	大日本古文書	７５８天平宝宇２
○敢臣忍國		続日本紀	７６７神護景雲元
○敢臣男足	経師	大日本古文書	７７２宝亀３
○敢臣宇奈		続日本紀	７８１天応元
○阿閇間人臣人足		続日本紀	７８５延暦４
	※新撰姓氏録　刊		８１５弘仁 ６
阿閇臣氏成		類聚国史	８２３弘仁１４
敢臣広主	滋賀県湖北初出	大原郷長解写	８３２天長９
敢臣〔朝臣〕裕子	〔福子〕	三代実録	８６６貞観８
阿閇朝臣以子		三代実録	８６６貞観８
「あえ」とはヨミませんが、滋賀県湖北地方にあらわれる「あつじ」姓です。
阿閉貞征		信長公記・竹生島文書	１５７３天正元
阿閉真大		浅野文書	１５８２天正１0

　　〇印は日本古代人名辭典　吉川弘文堂によります。

以上は「阿閉」「阿閇」「敢」「吾瓮」「安拜」など「あえ」と「ヨメ」るものを抜き出しました。

他に、「あえ」と表記される「敢(あへ)臣族(おみぞく)岸(きし)臣(おみ)」「敢(あへ)石部(いそべ)」「敢(あへ)磯部(いそべ)」がみられます。

滋賀県湖北に見られる「阿閉」が現れるのは、三代実録に記された時より約７００年後のことになります。
“日本古代人名辭典　 第一巻　吉川弘文館 ”(23)によると、「この辞典には現在までに知られているあらゆる古代の文献から、天応にいたるまでの人名を収録した。…」とあり 詳細をみると、「阿閇」より始まる名前は元明天皇の皇女名を含め１８人このうち経師として記されているもの８人。出典はいずれも「大日本古文書」です。しかも全て天平時代に名が見えます。

文献で詳しく記されているものを考察します。

阿閇色命は（あへしのみこ）とヨミ､「忍凝見命の孫。成務天皇の代。筑波国造（常陸国筑波郡筑波郷）に任ぜられたという（国造本紀）。」、とあります。 “日本古代人名辭典 　第一巻 吉川弘文館 ”国造本紀については、日本古代人名辭典が参考文献とされている先代旧事本紀　第１０巻に拠っています。先代旧事本紀については、真偽が問題とされていますが、そのなかに「阿閇」と記されているには、成務天皇の代にまで遡っていること、筑波は四道将軍　武渟川別命の足跡があることなどからなんらかの理由があると想います。

また日本書紀　仲哀天皇条八年春正月条で縣主の祖、熊鰐が、「…没(もと)利(り)嶋(しま)・阿閉(あへの)嶋(しま)を限(かぎ)りて御筥(みはこ)とし、…」とある「阿閉嶋」は、天皇家に料物を差し出す土地の名前として述べられています。この地は神功皇后摂政前紀秋九月条に「…是(ここ)に、吾瓮(あへの)海人(あま)烏(を)麻呂(まろ)といふをして、西海(にしのみち)に出(い)でて、國(くに)有(あ)りやと察(み)しめたまふ。…」と記されている「吾瓮海人烏麻呂」が現れる同じ地域が同じ西海なのです。

このふたつの記述は、熊鰐とよばれ西海に勢力を持っていた部族と、後に大和朝廷に従い伊賀にあった阿閉氏を、結ぶ由縁となっていると考えます。

諸橋轍次 著 「大漢和辞典」によれば『吾』は漢字番号３３７９で「ゴ」「ギ」「ヨ」「ガ」「ゲ」とヨマれ「われ」「わが」ともヨマれていますが、同辞典で「あ」と、ヨマれているのは「吾妻(あづま)」（古事記）・「吾嬬(あづま)」(日本書紀)・「吾(あ)恥(はち)」（舊事記）【《あ　はづ》の名詞形】の３例のみです。

また『瓮』は同辞典では漢字番号２１４６１で示されており、「ヲ」「ウ」「オウ」「もたい」「かめ」「みか」とヨマれ「瓦」の部２０４字のうち「へ」とヨム漢字は、瓶２１４８６�n２１５０７などわずか５例で、しかも『瓮』を「へ」とヨムのは、「斎瓮(いわいべ)」「探湯瓮(くかへ)」など複合語をつくる場合のみです。

それゆえ『吾瓮』と二字を続けて「あへ」と熟してヨマせるのは『阿』『閉』の別の二字を併せて「あへ」とヨマせるよりも後の時代のことと考えられるからです。そして「私の瓶(かめ)」というような意味をもたせる「吾瓮」という言葉は、いかにも海・舟に関係があり、液体や食物に関係があり、また「瓮」も「公」に関わるものである言葉である、と考えます。

「饗(あえ)」ることの意味を日本（ヤマト）で言葉として使い始めるには、「あ」と「へ」の音を一字ごと発音し字を充てることからと考えられます。したがって「吾瓮」という漢字の使い方は「阿閇」という漢字の使い方よりも後でないかとも考えます。

これらのことから、伊賀の阿閉氏は朝鮮から西海へと進出したと考えるのですがその痕跡のため後に成立するとみられる「吾瓮(あへの)海人(あま)烏(を)麻呂(まろ)」の日本書紀の記述を阿閉氏の記述の前に挿入しているのではないでしょうか。

４５９年に現れている「国見」とは、日本書紀　神武天皇条の「…三十一年の夏…天皇のご巡幸があった。腋上(わきかみ)の嗛(ほほ)間(ま)丘に登られ、国のかたちを望見していわれるのに、…」とある「天皇国見説話」とおり、極めて国を支配する政治的儀礼のことであります。

また、４８７年の「事代」は日本書紀にもある「事代主神」を想起するように「…コトシロは、神がかりして、託宣をつたえるものであることが推測される。コトは、事であるとともに言である。シリは、領すること、物のすみずみまで自分のものとすること。転じて、知ることの意を表わす語であるから、コトシリは、神の言を伝えて、現世の事（行為）を左右することを意味しよう。…」“日本書紀　上　岩波書店”補注　とあり、「阿閉」氏がこれらの字句を用いていることは「阿閉」氏の当時の権力の大きさが窺えます。

阿閉事代については、日本書紀　顕宗天皇三年条の任那に使いする時「…このとき月の神が、人に憑(つ)いて…」とあります。この月神は月読命を連想させ、「日本書紀　神代上」に、天照大神の「葦原(あしはらの)中国(なかつくに)に保(うけ)食(もちの)神(かみ)がおられるそうだ。月夜見奠、お前行って見てきなさい。」ともあるとおり阿閉氏と「食べる」ことが早くから関係づけられています。

「敢」姓については天平２０年に初出でありますが敢朝臣安麻呂 (感宝元年　安万呂とも)は伊賀国阿拝郡大領で現われ阿拝(阿閇)の同音字体を用いたと考えられます。

「阿閇朝臣豊庭」は��朝臣�≠ﾆ記されています。しかもその父の、「阿閇朝臣多心」は阿倍氏の本拠地である大倭国十市郡池上郷の戸主と記されています。

残り８人は前掲の阿閇皇女の他、大籠、大神、国見、事代、角麻呂、人足、そして阿閇色命とで正史に関連するものです。

また、同書には、「阿閇」氏には、阿閇馬養 天平１２年５月から７月まで写経司において結願経の造巻を行った、とあります。

この「馬養」という名は、「阿倍」氏も表れてくるもので,曾祖父の「乙麻呂」や,同じ「阿倍久比」（一説に稲敷子）の子孫として表れる「安麻呂」、「広主」等と共通しているものでしかも、この「馬養」という名は特徴があるものとの説があります。

“日本史鑑定　高橋克彦・明石散人　徳間書店”(25)のなかで「僕はこの伊預部馬養って人は、間違いなく道士だったと思っているんです。…この時代には、伊預部馬養の他にも「養」の字が付く人物が沢山いるんです。藤原馬養、小野馬養、大伴牛養、県犬養とか。（藤原馬養６９４？―７３７と脚注あり）…彼らは皆当時の行政や法律を司るビッグネームばかりですが、彼らは「養」の字の名の元に秘密の絆を持っていて、天皇家直轄の道士群だったんじゃないかと。…」と述べられています、「阿閉」「阿倍」各々の氏からそういった役務を担当する人達が輩出していた、と考えられます。そしてその時代に重要な地位を占めていたとも考えられます。後年の阿倍　晴明の出現を予想させるものがあります。
阿閇乙麻呂 経師 宝宇２年散位寮散位大初下で勅旨大般若経の料紙を進納し、また、同じく料銭二百五十文を進めた。などの記載があります。

「敢」より始まる名前は「敢臣族岸臣」「敢石部」まで含めると６０人を数えることとなります。

「敢臣族岸臣」については、御野国（美濃）加毛郡（加茂）半布里に住んでいたとあります。“寧楽遺文　上巻　竹内理三　東京堂出版”(26)の政治編　戸籍に大宝２年にしるされて１０人を数えます。

「一般に複姓の性格として、伴造氏ならば職掌名などに起因するものが多いようであるが、普通の氏族の場合には、それらの氏族が居住する地名である場合が多いといわれる。」と“日本古代の王権と氏族　大橋信弥　吉川弘文館”(27)にあります。出身地方・職掌からの従属などの関係から複姓がうまれたものと考えます。

「敢臣族岸臣」も「敢氏」と関係のある氏族であることを示唆し、また「きし」氏が対外的な職掌に就いてきたこととの関係が考えられます。

「敢臣族岸臣」が住んでいたとされる御野国（美濃）加毛郡（加茂）半布里ですが、古代朝鮮の百済には、○○夫里とよばれる地域があることが、確かめられていて、古代朝鮮語の影響とみられ「敢氏」と関係のある氏族と朝鮮の深い関係がうかがわれます。

「膳氏と並び、阿閉氏もまた「難波吉士」との関係を跡付けることができるかもしれない。前述のようにこの氏も対朝鮮交渉に従事した氏族とみられるが、顕宗紀三年二月条に阿閉臣事代が任那に派遣されたと記し、推古紀十八年十月条には阿閉臣大籠が入京した「任那使」の導者とされたとある。志田諄一氏が阿閉氏を「任那と特別の関係を有する氏族のようにも思われる」と推測したように、この氏は渉外活動のなかでも、とくに「任那問題」を専当した可能性がある。…後者、すなわち河内を拠点とする阿閉氏と「難波吉士」の間に擬制的な同族関係が形成される前から、ある種の特別な関係が存在した可能性も十分に考慮されてよいであろう。」とあります。“吉士と西漢氏　加藤謙吉　白水社”(29)「「吉士」は「吉志」・「吉師」・「企師」などにもつくるが…」ともありますが、更に貴志・貴司・岸への変移が考えられ外交部門を担当していた「敢臣」と渡来系の「吉士」とで複姓が成立したと考えます。

「吉志舞」について同書で「『白山抄』によれば、…」「…吉志舞には、舞に先立つ所作として「高麗の乱声」があり、…昔、安倍(阿倍)氏の先祖が新羅討伐に功があり、大嘗会の日に報命したため、吉志舞を奏上するようになったと記す。」とありますが、新羅出兵の際の「日本書紀」気長足姫尊神功皇后九年九月条の記述に、吾瓮海人烏摩呂(あへのあまおまろ)という海人がしるされています。それ以前の記述としても「日本書紀」仲哀天皇八年正月条に海路の案内に阿閉島も記るされており、阿閉氏と新羅、「吉士」との関係が著されていると考えます。

「難波吉士」（なにわきし）とあるように、「岸」（きし）は大阪に多くみられ岸里玉出・岸部などの地名はいずれも「吉士」に由来するものとされており、渡来したとみられる「吉士」と「敢臣」との関係は渉外・饗応などの職掌を通じてでも深かかったものでしょう。

さきの“寧楽遺文”には同じ政治編　戸籍に大宝２年、御野国山方郡三位田里に「五百木部」が住んでいたことがしるされています。また、「阿閉氏」は御野国加毛郡半布里にも住んでいたことも記されています。

「五百木部氏」と「阿閉氏」といえば「日本書紀」雄略天皇三年八月条 「… 阿閉(あへの)臣(おみ)国見(くにみ)が、栲(たく)幡(はたの)皇女(ひめみこ)(伊勢の斎宮であった)と湯人(ゆえ)（皇子皇女の沐浴に仕えるひと）の廬(いお)城部連(きべのむらじ)武彦(たけひこ)を讒(ざん)言(げん)して、…」とあるように、「五百木部氏」を讒言している記述がありますが、御野国の国内で隣接する氏族間の紛争が影響していると想います。

「敢石部」については、「蘇我」氏の傍系氏族に「田中臣は、本拠地と推定される大和国高市郡田中に馬立伊勢部田中神社が鎮座していることが注目される。」 “古代を考える　蘇我氏と古代国家　黛弘道 吉川弘文館 ”とあった後で「「伊勢部」は「磯部（石部）」のことで、志摩国答志郡を本貫として南伊勢から志摩にかけての漁労集団によって構成され、伊勢神宮に海産物を貢納した部民と推定されるが、磯部のなかには阿倍氏系の阿閇（敢）臣と結びつく敢磯部（敢石部）があり」と述べられています。

“日本古代人名辭典　第一巻”の「敢石部」の４４人は、遠江国浜名郡の人名としてあらわれています。

“日本國誌資料叢書 太田 亮 臨川書店 三巻 近江國”の第３章氏族第５節 甲賀郡に敢石部についての記載があります。「天平６年の造佛所作物帳に近江紙工敢石部勝麻呂見ゆ…」がそれで甲賀郡と伊賀とは隣接しており、人的移動、交流はあったのでないか、後の天正年間（１５８０年代）伊賀から甲賀へ移り住んだ記録もあり、そのような人の動きがあるのでないかと考えられます。

上記の、「敢臣族岸臣」「敢石部」以外の「敢臣」６人は、宇奈、粳麻呂、男足、忍國、諸人、安麻呂であり、そのうち「宇奈」については、尾張国中島郡とありますが、「敢臣」は伊賀国敢朝臣と同祖である、と奏言している、とあります。「続日本紀」の光仁天皇条　宝亀６年５月１日に伊勢国多気郡の人、外正五位下の敢磯部忍國ら５人らに「敢臣」の氏姓を賜った。とあり同じく光仁天皇　天応元年５月２９日　尾張国の中島郡の人、正八位上の裳咋臣船主が「私どもは伊賀国の敢朝臣と同祖であります。それで曾祖父の宇奈より以前はみな敢臣でした。…」と言上しています。

「続日本紀」についても現代語訳“講談社学術文庫　宇治谷　孟”を参照させて頂きました。

「粳麻呂」と「安麻呂」は、伊賀国阿拝郡柘植郷、「忍國」は伊勢国多気郡とあります。

また、「膳臣と膳大伴部を中心とした御饌ツ国の体系を支えた集団のひとつに磯部(石部・伊勢部)があった。膳氏に伍して志摩国司に任じられたのは敢ノ磯部である。「続日本紀」(神護景雲二年二月十八日条)に「外正五位下敢ノ磯部忍国を志摩守とす」とみえる忍国は、同じく「続日本紀」(神護景雲元年四月十四日条、宝亀六年五月一日条など)に「伊勢国多気郡人、外正五位下敢ノ磯部忍国ら五人に敢臣を賜ふ」とあるように、多気郡の住人で、のち敢(阿閉)臣姓を賜った人である。敢臣はもともと伊賀国阿拝郡を本拠とした阿閉臣の一族で、膳臣らとともに阿倍同祖譜の一角を構成したウジであった。」ともあります。“サルタヒコの伝承について　神崎勝　謎のサルタヒコ　鎌田東二　創元社”

また、新撰姓氏録左京皇別上に、「阿倍志斐連名代」の記述の中に、「大彦命の八世の孫、稚子臣の後なり。孫自臣の八世の孫、名代」とあり“新撰姓氏録の研究 考證篇 第一　佐伯有清”(28)には、「稚子臣」は「他にみえない。」とありますが前出の「古代豪族系図集覧」には「稚子」は阿閉氏の祖阿閇国見の父として、大伊賀彦命の子として位置づけられています。年代的には合致しないところではありますが、「阿倍」氏と「阿閉」氏の間には前述のようにはっきりとは分別されていない時期がかなり長かったと考えられます。

次に、皇統譜から「阿閉」氏の祖であります彦屋主田心命の三代の租８代孝元天皇と、「阿閉皇女」であった４３代の元明天皇とについて共通していると思われる事柄を考察します。

○孝元天皇と元明天皇との重層関係

孝元天皇 　８代天皇 阿閉氏の 祖 とされる。

元明天皇 　４３代天皇 皇女名が 阿閉皇女 です。

孝元天皇 諡号 大日本根子彦国牽

元明天皇 諡号 日本根子天津御代豊国成姫 で 、あり皇統譜のなかでもこの二天皇は 「日本根子」ヤマトネコ が共通している。

しかも、ヤマト の部分が 「日本」であって他の文字「倭」をもちいていない事は一層深い関連づけがあると考えられます。

この事は 日本書記 の成立時に現在の状況を正当化するため、それ以前の歴史に遡って過去を投影、対応し皇統譜に影響を与えたものと考えられます。

孝元天皇と元明天皇との重層関係は、7代、８代、9代

　孝霊天皇　　オホ　ヤマト　ネコ　ヒコ　フトニ

　孝元天皇　　オホ　ヤマト　ネコ　ヒコ　クニクル

　開化天皇　　ワカ　ヤマト　ネコ　ヒコ　オホヒヒ　と４１代 ４３代 ４４代

　持統天皇　　オホ　ヤマト　ネコ　アメノヒロノ　ヒメ

　元明天皇　　ヤマト　ネコ　アマツミシロ　トヨクニナリ　ヒメ

　元正天皇　　ヤマト　ネコ　タカミツキヨ　タラシ　ヒメ　には　　で示す共通する部分があります。（４２代　文武天皇　ヤマトネコトヨオホジ）

「孝霊・孝元・開化は、共通してその名に「ヤマトネコヒコ(倭根子日子、日本根子彦)を有する。「ヤマトネコヒコ」が清寧を除けば、『記』『紀』編纂段階前後の持統〜元正の諡号にみられることから、孝霊〜開化はこの頃に成立したとも考えられている。」“古代の天皇と系譜　　黒田達也　校倉書房”(30)とあり『紀』編纂当時、孝霊・孝元・開化の三代の資料不足を補い、具体化するためは持統天皇・元明天皇・元正天皇の三代を模したものでないかと考えます。

皇統譜から孝霊天皇・孝元天皇・開化天皇は父子相続とされていますが、同書にも「…孝霊・孝元も同世代の存在、すなわち兄弟として位置づけられていたとみられるのではなかろうか。」ともあります。

これこそ持統天皇・元明天皇は親子であり姉妹である関係の複写がみられることの反映でないかと、考えます。

○元明天皇の乳母について

「「乳母」のウジを皇族の名とする慣習が七世紀後半に存在したことは、既に諸家が明らかにされたところである。」“大和政権と古代氏族 加藤謙吉 吉川弘文館 ”(31)とあります。

これについて遡ってみますと、６世紀の終わりをむかえる５９３年は推古元年でありますが、３３代　推古天皇の皇女名は額田部は氏名であります。

そして３４代　舒明天皇の皇子名は田村であります。以下対象を５０代桓武天皇までとし皇子・皇女名と氏名と関連すると思われる事項を記しました。

代数　　　天皇名　　　皇子・皇女名　　氏名（うじな）　　　関連事項

３３　　　推古　　　　　額田部　　　額田部　応神天皇の皇子額田大中彦皇子の名代部

３４　　　舒明　　　　　田村　　　　田村　　高句麗系渡来氏族

３５　　　皇極　　　　　寶　　　　　　　　　財？　皇室の私有民である財部に由来

３６　　　孝徳　　　　　軽　　　　　軽部　　允恭天皇の皇子木梨軽太子の名代、その伴造

３７　　　斉明　　　　　　　　皇極　重祚

３８　　　天智　　　　　葛城　　　　葛城　　武内宿禰後裔氏族の一つ

３９　　　弘文　　　　　大友　　　　大友　　近江国滋賀郡大友郷を本拠とする渡来氏族

４０　　　天武　　　　　大海人　　　　　　　海・海人部？海産物の貢納・航海に従事した伴造

４１　　　持統　　　　　鸕野讃良　　宇努？（菟野）百済系渡来氏族

４２　　　文武　　　　　珂瑠　　　　軽部？　　　　　　　

４３　　　元明　　　　　阿閉　　　　阿閉　　大彦命後裔氏族の一つ

４４　　　元正　　　　　氷高　　　　　　　　氷？　氷室を管理し供御の氷のことを掌る伴造

４５　　　聖武　　　　　首　　　　　　　　　古事記に「汝は我宮の首任れ」の記述

４６　　　孝謙　　　　　阿倍　　　　阿倍　　大彦命後裔氏族中の最有力氏

４７　　　淳仁　　　　　大炊？

４８　　　称徳　　　　　　　　孝謙　重祚

４９　　　光仁　　　　　白壁　　　　白壁部　白壁武広国押稚日本根子（清寧）天皇の名代部

５０　　　桓武　　　　　山部　　　　山部　　山林の産物を貢納した山部、その伴造氏族

であります。？マークを付した個所は同じものであると推測できるものと思われます。

皇子・皇女名と氏名(うじな)に関連が判然としない疑問符を付したものは６代ですが、想定できる４代を関係ありとして含めると表示１８代天皇のなかで、１６代は氏族との関連が窺われます。

なお、阿閉皇女については、大伯皇女・大津皇子・草壁皇子と同じく誕生地が名付けられた、との説があります。大伯(おおく)皇女は日本書紀に斉明7年征西の際、大海人皇子とともに出征した妻である大田皇女が岡山県邑久(おく)で産んだ女子であるとの記述がありますが、その時同じように出征していた阿閉皇女の父、中大兄皇子が妻を同行した記録はなく、皇女名が兵庫県の阿閇の地に因んでいるとの確証はありません。

そして特に、「…全体的にいって、壬申の乱後に生まれた皇子女の養育を担当した氏族は内乱を通じて大海人とのあいだに一定の関係が生じた氏族であったと思われ、その勢力は概して弱小であったといわねばならない。…」“壬申の乱　遠山美都男　中央公論社”(32)と述べられていますが、「阿閉」氏は、壬申の乱を一つの機会として一層の勢力拡大につとめたと考えます。

「阿閉」氏は壬申の乱（６７２年）を契機に勢力を持ったものと思われます。阿閉皇女の誕生は６６１年です。壬申の乱の１１年前になるわけですが、それまでに氏から乳母の地位を得るに到る「氏」として勢力を持ち、乱を機会として拡充のまたとない機会に恵まれた時に「阿閉」氏の祖を天皇家に結び付けるため日本書紀にある系譜を作成したと推理します。

そしてまた、「阿倍」氏は４６代孝謙天皇（重祚して４８代称徳天皇）の皇女名が「阿部」であることも上記の両氏の関係の複雑さを物語ると思います。当時豪族の勢力争いのなかでは、孝謙天皇の祖母は元正天皇であり、元正天皇は元明天皇の子であることからも両氏は同盟関係にあったと思われます。そしてこのことにより「阿閉」（あへ）氏が「阿倍」（あべ）氏に取り込まれていった、とも考えられるのです。

ここで、阿閉氏の租とされる孝元天皇にもかかわることですが、闕史八代について疑問視され八代の天皇の存在が否定的に論じられてもいますが、闕史八代についての記述が皇室の歴史を遠大にするために書き加えられているものでなく、八代の天皇それぞれの天皇諡号の名付けの理由など日本書紀成立時の政情を反映するなんらかの必然性があったと考えます。

“大いなる邪馬台国　鳥越憲三郎　講談社” (33)に「したがって神武帝は、大和朝廷の初代ではなく、それに先立つ葛城王朝の初代にあたる。・・・つぎの第八代孝元(こうげん)帝が、物部氏の頭領であった欝(うつ)色(しこ)雄(お)命の妹、すなわち欝(うつ)色(しこ)謎(め)命を后として迎えていることである。さらに妃としても、その姪にあたる伊香(いかが)色(しこ)謎(め)命を娶り、また物部氏の支配下にあった河内国の首長である青玉繫(あおたまかけ)の娘、埴安媛(はにやすひめ)を入れていることである。・・・当時の婚姻は政略結婚である。第八代の孝元帝が后も妃もともになぜ物部氏関係の娘を迎え入れたかということ、これは重視するべきことだと思う。この婚姻のことからみても、第八代の孝元朝に物部氏が服属した事実を知ることができる。」と述べられています。

これは、大和朝廷に先立つ奈良盆地の統一を目指すヤマトの葛城王朝の存在を述べられており、存在を疑問視される闕史八代を解き明かされています。したがって孝元天皇の存在も物部、蘇我両氏の関係からも事実であると考えます。

即ち、日本書紀に記載し難いが大和朝廷の存続に必要な歴史を八代の天皇に込めているのです。そして物部氏から蘇我氏への勢力の移行が、葛城王朝から大和朝廷への移行と相俟って生起したと考えます。

しかも、孝元天皇は物部氏から蘇我氏へ主権の移る時の天皇であり、孝元天皇を祖とする「阿閉」氏は蘇我氏との結びつきを固くするに到るのです。

“古代の天皇と系譜　　黒田達也　校倉書房”では「以上のような『紀』『記』系譜の批判に基づいて王統譜を再構成しようとする動向に対して、一九七〇年代に入り、『紀』『記』系譜を肯定しようとする論が再生され始めた。」「…一九七八年に埼玉県埼玉古墳群中の稲荷山古墳出土の鉄剣に一一五字の銘文が発見され、そこに「意富比垝」なる人名が記されていることによって一層の高まりをみせた。「意富比垝」は「オホヒコ」と訓め、孝元皇子として伝えられるものに一致するとみられることから、この銘文をもとにしてオホヒコ及びその父孝元などの実存性まで認めようとするのである。」と述べられています。

また、“日本古代の氏族と天皇　直木　孝次郎　塙書房”(34)に「…その一つは、古代とくに原始的な社会では、家系・系譜といったものはきわめて尊重され、また神聖視され、その伝承に特別な配慮が払われることが多い、ということからの類推である。天皇系譜はあやまりもなく伝えられる可能性が大きく、めったなことでは造作は許されない、とするのである。」「…八代の系譜を信頼する立場にたつ人のもう一つの論拠についてみておかねばならない。それは、記紀によれば、八代の天皇の后の多くが、磯城・十市・春日など大和の各地を本拠とする県主家から出ていることである。なぜなら、（１）崇神天皇を大和朝廷の第一代の天皇とする考えに立つと、八代の天皇は大和朝廷成立以前の地方的首長となるわけであるが、そうした天皇家の婚姻の相手には大和の県主家がふさわしく、造作とは思われない。（２）このような地方のあまり有力でない氏族との婚姻は、天皇家にとって名誉なことでないのに、あえて記しているのは系譜に信頼性を与える。後代の造作ならば、天皇の尊厳を飾るにふさわしい婚姻関係を造りあげるであろう。」とあります。

○皇女名について

「阿閉」を皇女の名前とする元明天皇は６６１年の生まれで４３代として７０７年に即位されています。また「阿倍」を皇女の名前とする孝謙天皇（重祚して称徳天皇）は７１８年生まれで４６代(重祚によって４８代)天皇として７４９年に即位されており乳母となる有力な氏族としては「阿閉」氏が「阿倍」氏より先んじていたと考えられます。

続日本紀に記されている「あえ」（阿閉・敢・阿閇）氏のなかで、５位以上を授けられた記録のあるものは、「阿倍」氏については数多いのですが、僅か次の３件のみです。すなわち、

阿閉大神　　和銅元年　　７０８年元明天皇　　　　　　正６位上⇒　従５位下
　　（元明天皇　即位の翌年）

敢臣忍国　　神護景雲元年７６７年称徳天皇　　　　　　外正７位下⇒外正５位下

　（銭百万文・絹五百疋・稲一万束　献上によるもの。）

阿閇間人臣人足　延暦４年　　７８５年桓武天皇　　　　　正６位上⇒外従５位下が叙位されています。

　（皇后宮に赤い雀が現われる祥瑞による皇后職の昇進に連なるもの　この時皇后宮大属(さかん)であった）

昇進の理由がはっきりしていないと思われる阿閉大神の場合、「あえ」氏に位を授けられたのは同族が乳母を務めた元明天皇の即位（７０７年）が起因でないでしょうか。乳母の役目を果たした阿閉氏に対する論功であったと考えます。

続日本紀によると７０８年正月に正六位上の阿閇朝臣大神は従五位下を授けられています。

「あえ」氏が５位以上を授けられているのは続日本紀に３回あることは先に記しましたが、五位以上に昇進するのは特別のことで、天皇自らが位を授ける儀式があり、昇殿を許され貴族になることです。六位以下の昇進の場合は大臣以下で決定され天皇の意志は関わりなく行われます。

俸給も位田・位禄が与えられ「大夫（たゆう・たいふ・だいふ）」といわれるようになることで格段の昇進をしたといえます。

この時、位はちがうものの石上朝臣麻呂、藤原朝臣不比等、高向朝臣麻呂など当時有力者である３人に続いて書かれており元明天皇即位後間もない昇進であります。

時代は下りますが、続日本紀に　天平感宝元年７月に「・・・皇太子（阿倍内親王）は位を聖武天皇から禅(ゆず)られて、大極(だいごく)殿(でん)で即位した。・・・」「七月三日　従六位上・阿倍朝臣石井(いわい)、上六位上・山田(やまだ)史姫島(ひめしま)、上六位下・竹首(たけのおびと)乙女(おとめ)にそれぞれ従五位下を授けた。これらはそれぞれ天皇の乳母である。」とあります。

“続日本紀 三　新日本古典文学大系　１４　岩波書店”の補注　六七に　「・・・孝謙即位前の阿倍内親王の名はこの氏の姓から採られた。・・・」とあります。

阿倍朝(あそん)臣　石井・山田史(ふひと)　姫島（日女嶋）・竹（多気首(おびと)　乙女・の三人のうち後の二人は明らかに女性名ですが内親王の皇女名が採られた阿倍石井の性は男女の判別が付きにくい名です。

女性の朝臣名としては続日本紀天平宝宇八年紀朝臣益女、おなじく続日本紀天平神護元年吉備朝臣由利があり、阿閇朝臣大神もあるいは女性であったかもしれません。

阿倍石井(いわい)の性が男女いづれにしても、また阿閇朝臣大神の名が男女いづれにしても、続日本紀にある阿倍内親王の天皇即位と乳母としての阿倍朝臣石井の昇進と、阿閇内親王の即位と阿閇朝臣大神昇進は軌を一にしていると考えます。

柏木ゆげひ氏のホームページの‘世の中に昔語りのなかりせば’のなかに「奈良時代の女官　当時の女性名」の項目があり女性名を挙げておられます。

「それは、当時の基本法典である『律令』に女性官人が定められているため、女性でも叙位が行われていたからでした。

『続日本紀』は基本的に五位以上の官人の叙位を記しますが、そこに男女の区別はありません。例に神護景雲二年十月の女叙位記事から人名を引いてみます。」とされ１１名の人名を挙げられています。

そして「・・・見てみると、「若女」「弟虫女」「綿売」（「女」も「売」も、「め」と読むので、たぶん女性を表すという意味は同じでしょう）といった「○○女」系統や、「浄子」や「家子」といった「○○子」系統の名前など、まとめることのできる名前がある一方、「布登吉」「真継」「百能」「仲智」「古奈弥」といった、まとめられない名前もあるようです。ま、この当時の男性の名前に「○○麻呂」が多いとはいえ、ほかの系統の名前も随分多いのと同じなのでしょう」と述べられています。

元明天皇即位時の阿閇朝臣大神の昇進は《天皇の乳母である。》との記述こそありませんが、孝謙天皇即位の時三人の乳母がそれぞれ従五位下に昇進したと同じものと考えられ、確認する史料はありませんが阿閇朝臣大神(おおみわ)の性は男性でありその妻あるいはかかわる女性が乳母であると考えます。

皇女と乳母との年齢について考えてみるため、ホームページ‘天武天皇の年齢研究’　神谷政行氏を参考にさせていただきました。

そのなかで、“年齢を定める方法”に「不明年齢の人物の年齢推定には、以下のような数値を仮置きし、根拠を絞り込み精度を上げていきました。」とあり

　「１．この項の第一子出産の平均年齢を２０歳とした。

　　２．同一身分の男女の婚礼は、例外次項が見あたらない限り、同一年齢同士の男女と位置づけた。

　　３．女性の常識的な出産可能範囲は１７歳から３９歳までとした。

　　　　また、初婚時の出産年齢制限度は３０歳までとした。

　　４．一般的平均寿命は４０歳とし、特に６０歳を越える高年齢者に対しては、一様にそれなりの再

分析を試みる。

　　５．

　　・

　　・

　　・

　　１０．・・・」と述べられています。（本考察に係わり深い１．から４．までを引用させていただきました。）

ただ、引用させていただいた研究のなかでは、「７．地方生まれの皇子たち　」の項で「・・・阿閇皇女も、逆算すると661年斉明７年この頃、船で通過した播磨の地、阿閉で生まれたと考えるのが自然です。・・・」とされている、ことにはこの考察の本旨からも異論のあるところではあります。

正六位上の阿閇朝臣大神が従五位下を授けられた７０８年は元明天皇４７歳であります。

元明天皇、阿閉皇女が誕生のとき、乳母となりうるには上記　１．より平均的に２０歳女性であり、７０８年には乳母あるいは夫は平均的に６７歳となります。

同じ研究のなか「古代人名辞典に載る死亡年齢」の表では、６５歳が最多であり、６０歳が２番目、７０歳が３番目であり、乳母となりうる可能性は充分あります。

時代はかなり下りますが、“乳母の力　田畑　泰子　吉川弘文館” (35)に「承久(じょうきゅう)の乱(らん)(一二二一年)の京方の中心人物は後(ご)鳥羽(とば)上皇(じょうこう)である。その後鳥羽上皇に乳母(うば)として仕えたとされるのは藤原兼子(かねこ)である。一般に、兼子は後鳥羽上皇の乳母であるとする研究者が多いなかで、五味文彦氏は乳母でなかったと述べる。・・・授乳という側面で乳母であったかどうかには確証はないが、いずれかの天皇の乳母としての役割を果たした女性として・・・」の記述がありまた同書で橋本善彦氏の「乳(め)父(のと)管見」をひかれ、「「乳父」は本来乳母の夫を指す言葉であったが、宮中では「御乳父」が一つの地位と化し、乳母とは関係なく「准ミウチ」的立場で養君を後見する地位となった。」とあります。

以上の引用から、元明天皇誕生時は《授乳という側面だけで乳母であったかどうかには史料による確証はありませんが》皇子あるいは，皇女が誕生した時、有力な氏族の女性が乳母となりその氏族の勢力の拡張を図り、そして当時の女性の地位を考えると、おおよそ５０年後の阿倍皇女の場合とはことなり名が残ることなく一族を代表する男性が昇進していった、と推察します。

�B阿閉氏と阿倍氏について

○古事記と日本書紀に著わされる孝元天皇の後裔について古事記と日本書紀の成立の時点や意図の違いもあり当時の氏族の盛衰によって記述した人の立場からも互いに異なることは考えられます。孝元天皇の御子にしても、記には少名(すくな)日子(ひこ)建(たけ)猪(ゐ)心命(こころのみこと)の名があり倭迹迹姫(やまととひのひめ)命(みこ)の名はありません。従って天武天皇によって古事記が編纂された時（完成は７１２年元明天皇時）と、同じく天武天皇によって日本書紀が編纂された（完成は７２０年元正天皇時、元明天皇崩御は７２１年）頃とを比べると、壬申の乱（６７２年）の結果が一段落しており、阿閉氏の勢力は衰えてきていた、考えられます。

一方、阿部氏はより先に天皇家との関係が密になっていた。従って古事記にも登場しているのだと想います。

「古事記には約二〇〇、書紀には約一一〇の氏の祖先が記されている。」“日本古代の氏族と天皇　直木孝次郎　塙書房”とあります。

「古事記にみえる氏族数は、書紀のちょうど二倍であるが、もともと古事記は書紀の約二倍の氏の祖先系譜をのせている。とくに朝臣を賜った氏族には臣姓が多いが、古事記にのせる臣姓系譜は五六氏、書紀は二〇氏でその四〇％にたりないことを考えると、朝臣賜姓氏族の登載数が、二対一という比であることは、書紀編纂者も古事記編纂者におとらず、現代的関心のもとに系譜の採択を行ったとみてよかろう。」と述べられています。

そのなかでも「阿倍臣」が両者に記されているのとは異なり、「阿閉臣」は「伊賀臣」とならんで古事記には記されていない伊賀国の二臣であることは書紀編纂時の政情の変化が大きかったと考えられます。

「阿倍氏は大彦命後裔氏族の最有力氏。本拠地は大和国十市郡安部、６世紀以降東国、北陸に分布。阿閉氏は伊賀国阿拝郡を本拠とした地方豪族。一部は早くから中央豪族化していた。中央政界に登場するのは６世紀以降。」「伊賀国にはやはり大彦命の後裔と称する氏に、伊賀臣・伊賀水取がある。大和における大彦後裔氏の拠点は、磐余地方とその周辺部に集中するが、これらの地と伊賀地方を結ぶ中間点の大和国宇陀郡(奈良県宇陀郡)にも大彦命の後裔氏が存する(宇太臣ら)から、阿倍・膳氏らの勢力が東国へ伸長する過程で、宇陀地方や伊賀地方の豪族が擬制的にその同族とされたものとみられる。」“日本古代氏族事典　佐伯有清　雄山閣”（「阿閉」｢阿倍｣の項抜粋）とあり歴史上両氏族の盛衰の推移が重複しており区別を分かりにくくしていると考えられます。
さらに、「阿倍氏」については“古代氏族の性格と伝承　志田諄一　雄山閣”のなかで「建沼河別命を祖とする阿倍臣を中心とする系譜が成立したのも推古朝前後ということができよう。また武渟川別命を祖とする古事記の系譜の方が、武渟川別の父を始祖とする書紀の系譜よりも古く成立したということになる。そうすると、阿倍氏の本宗に重大な変化がおきた　とすれば、それは推古朝以後のこととなる。結論をいうと皇極四年六月に、蘇我蝦夷・入鹿など蘇我氏の本宗が滅亡したとき、阿倍氏の本宗も打撃を受け没落したのでないかと推測されるのである。」とあります。

阿倍氏が衰退していくなかで壬申の乱を契機して阿閉氏が阿倍氏の擬制的な氏族として日本書紀に登場し得たのでないでしょうか。そして天武天皇の没後今度は阿閉氏が力を弱めるなかで阿倍氏は本宗とは異なる大彦の子武渟川別命の子孫、歌麻呂の子孫の引田系、あるいは大麻呂の子孫の布勢系が勢力をもったと考えます。

“日本書紀　上　岩波書店”では「阿閉氏」についてはその注のなかで「阿倍臣は兄の建沼河別命の後、阿閉臣は弟の伊那許士別命の後ということになって、両者は別の氏と見るべきであろう。」と述べられています。

ところが、“続日本紀　一　岩波書店”新日本古典文学大系　１２では元明天皇　和銅元年正月条の「・・・正六位上阿閇(あへ)朝臣大神(おおみわ)、・・・並に従五位下。」の脚注に「他にみえず。阿閇朝臣は阿倍朝臣。」とされ続いて補注一四二では阿閇朝臣大神の注として阿倍朝臣御主人について記されています。

もちろん、編者がことなれば、また編集された時期がことなれば、見解も相違するのは当然でしょう、同じ発行社としては在野の歴史好きに、そして読者の素朴な疑問に考え方の説明など、読者に親切な立場も期待したいと思います。

司馬遼太郎は“十六の話”のなかの「“古代史”と身辺雑話」で考古学にふれられ、「たとえば、研究者自身が、素人にむかって自分の内を見せるとしたら、どんなにすばらしかったか、・・・「・・・自分は当初、べつなふうに思いこんでいたか、出土現場と出土品を見、かつ他と比較するにおよんで、他のべつな解釈に転換すべきものであることを知った」というぐあいである。ついでに、当初の思いこみをのべ、それがまちがっている理由を語り、さらに可能なかぎりの仮説をのべて、・・・「これも、いつかは、他の解釈を示唆するものが出土することによって否定されるかもしれない」といったふうな高度な高度の叙述があれば、素人である読者は学問の現場にいるような臨場感をもつし、さらには学問というものの本質や高貴さ（数奇が高貴であるように）を知ることができるにちがいない。」と述べられています。

特に歴史については、新しい発見もあり、これまでの通説も改められる可能性もおおいに考えられます。が、筆者のよう自説を立てる者は史料のみを追い自己考えに有利な思いこみにおちいる危険性についての自戒が必要と思います。

その後、阿閉氏は壬申の乱で功績がありましたが４０代天武天皇の没後、４１代持統天皇への推移しその中で天智天皇系の４６代孝謙天皇(阿倍皇女)が即位し、藤原氏の支援を受け阿倍氏が阿閉氏に代わって興隆することとなります。

〇「古事記」と「日本書紀」について

「古事記」には「阿閉氏」についての記述はありません。「古事記」と「日本書紀」については相違がいろいろと論じられています。

「古事記」は天皇家について推古天皇までを紀伝体で「日本書紀」は日本国について編年体で持統天皇まで新しい秩序のもとで記されています。

“「古事記」と「日本書紀」の謎　学生社” (36)のなかで《古事記と日本書紀はどう違うか　直木　孝次郎》には、氏族の数について「このように、『古事記』には氏族に対する配慮が手厚いので、出てくる氏族の合計が非常に多いわけです。とくに天皇家にかかわりをもっている氏族についていいますと、『日本書紀』は五十しかないのに、『古事記』は百七十七になっています。『日本書紀』の中でいいますと、百十のうち五十ですから、皇族から出た氏族は四五％、『古事記』は二百一のうち百七十七として八八％です。つまり、日本は氏族国家だ、天皇との血のつながりで、日本の国はできあがっているのだという意識が非常に濃厚です。」とあり続いて「これはいつごろの意識を反映しているのかといいますと、人によって、評価はいろいろ違うと思いますが、『古事記』は血統というものに対する意識が非常に強いわけです。『日本書紀』が氏族に対して比較的そっけないのは、天皇家に自信ができて、血縁関係で結びつける必要がない、律令制で支配していけるという意識が高まっているからでしょう。　「お前は天皇家から出ているのだから、天皇に忠義、孝行を尽くせ」　という必要がなくなったという意味で、やはり『古事記』のほうが古くて、『日本書紀』のほうが新しいと見てよいと思います。」「しかし、かつては、これが『古事記』偽書説の一つの証拠にされたこともありました。『新撰(しんせん)姓(しょう)氏録(じろく)』が平安時代の初め、九世紀の後半ごろにできますが、『新撰姓氏録』にはもっとたくさんの皇族氏族、つまり皇別氏族が採用されています。そこで、天皇の地位がだんだんたかまってくるので、天皇の血統でカバーされる氏族が増えてきた、『日本書紀』と『新撰姓氏録』をおくと、その間に『古事記』が入る、したがって、『古事記』は『日本書紀』より後で、奈良時代の初頭に作られたものではないという議論もでたこともありました。」とあります。

ホームページ‘日本語千夜一夜〜古代編〜　小林昭美　第７３話　古事記と日本書紀はどうちがうか’　のなかで「　・・・『古事記』は朝鮮漢字音の音韻体系をもった史（ふひと）によって書かれた可能性が高い。また、・・・『日本書紀』は新しく唐からもたらされた中国の正音に依頼した漢字を使っている。日本書紀歌謡の漢字音については森博達の『古代の音韻と日本書紀歌謡の成立』（大修館）にくわしい。・・・古事記歌謡は朝鮮漢字音の影響を受けた表記者によって書かれているといえるのではなかろうか。」とあります。

日本書紀の成立は当時の政権のよって立つ考え方が変化してきた時と思われ、「阿閉氏」が日本書紀に記述される環境に変化したと推量します。

また“葬られた王朝　梅原　猛　新潮社”（37）には、「記・紀両書を比較してみると、『古事記』独自の記載氏族数は、百四十五氏にのぼり、その中に推古朝以後天武朝ごろまでに新しく史上に現れた有力氏族の大部分を含んでいるのに対し、『日本書紀』独自の氏族は五十二氏で、それらは推古朝以前に活動したかあるいは地方の古い氏族であり、また、記・紀両書に共通する氏族は五十六氏に過ぎない（『古事記』新潮日本古典集成「解説」）」と引かれ「『古事記』は、神話の名において諸氏の勤務評定をしたようなものである。そしてその勤務評定において百点を取ったのは藤原氏のみである。」ともあります。

「古事記」の成立が７１２年、「日本書紀」の成立が７２０年であることから考えますと、６７２年の壬申の乱後の論功行賞のなかで天武天皇の親政を進めるため地方の豪族を重要視していたと考えられます。

なかで「阿閉氏」が「古事記」には記述がなく「日本書紀」に表れるのは、それが元明天皇の子、元正天皇の時に完成されたものであることの理由であると考えます。

朝鮮とも関係の深い氏族「阿閉氏」がこのように歴史の推移のなか「日本書紀」に表れまた「新撰姓氏録」に「皇別」として記されていますが、「阿閉氏」のその後の朝廷での勢力は殆んどなくなります。

○「阿閉氏」と「阿倍氏」の「ヨミ」について

「饗ふ」「敢ふ」「和ふ」はいずれもハ行下二段活用する動詞ですが、日本書紀・古事記の表記では万葉仮名であらわされ「あふぇ」の表記で「あ」は日本書紀・古事記ともに「阿」の文字が一番多くつかわれています。「閉」と「倍」はともに「ふぇ」と読まれむ乙類に含まれるもので、古事記では「閇」文字が一番多く、「倍」の文字は４番目であり、日本書紀では「倍」の文字は２番目「閉」の文字は３番目の使用頻度であるとされています。ホームページ　試作　万葉仮名一覧　万葉散歩フォトギャラリー管理人　植芝　宏を参照させていただきました。

当時故意か故意でないかにかかわらず（「阿閉氏」にとっては、「阿倍氏」と区別するためもあって、重箱読みへと変化したとも思えるのですが）「閉」と「倍」とが誤用も含めて使われたと考えられ、「阿閉氏」と「阿倍氏」両氏族の関係を後世分かりづらくしたものと考えられます。

また、“日本古代人名辭典”の「あ」の部頭字索引のなかで「ヨミを等しくしかつ、相通じて用いられることが多いとされている」として

「あえ」には安拜、阿閇、敢、阿拜

「あべ」には安倍、阿倍、阿閇、安部、阿部、阿拜、吾瓮　が挙げられていますが「あべ」のなかの下線のものについては「あえ」から取り込まれたものと考えられます。

「阿拜」については現在使用されてはいませんが、三重県の地名として「阿拜郡」が存在しており、「あはい」とも「ヨマ」れていたこともあります。

「閇」「拜」「倍」はいずれも「はい」と「ヨマ」れることからも使用されたと考えられ「阿閉氏」より後に勢力を持つ「阿倍」氏にとっては「阿閉」を取り込むことは有利のことでなかったでしょうか、また、時代がくだると中央では逆に「阿閉」も「あべ」と「ヨマ」れるようになり「阿倍」が有力になっていったと考えます。


ここで、ホームページ‘和名抄地名新考　（五）　工藤力男’に「・・・近年の地名叢書はいずれの時点での読みかたか明示せずに、現代の読みかたであることを暗黙の了解としているふしがある。これでは和名抄編纂時の語形が復元できず、その地名の歴史をたどることも、故地の固定も難しくしてしまう。・・・」とあります。人名についても同様のことが考えられ人名については、人名が呼ばれる場所が大和朝廷の大きくなるにしたがって広がることになり地名の場合よりより大きく変化したと思われます。さらに、同ホームページには「・・・新撰姓氏録の「阿閉祖」の阿閉は古代文献に敢・阿倍・阿部などとかかれた。現代人には敢・阿閉の読みかたは難しいが、阿倍・阿部なら、ためらわずアベと読むことができる。語中や語末のハ行音は今なお不安定である。アへがアベに転じて安定したように、・・・」とありますが大和朝廷が版図をひろげていった経緯のなかで、不安定な語末のハ行音は「字」の読みかたにしたがって「トジ」と安定、そのあと「ツジ」と変化したと考えます。　

それは、新田氏が同族である足利氏に敗れた時、旗印にある家紋の「丸に一つ引き」をもう一本加えて足利氏の旗印「丸に二つ引き」に変えて、新田氏の徹底的敗戦を免れるように退却した、こともあるように、祖先が同じである同族の間で有力な一族を他の一族が利用するということこそ本考察の意図するところのものであります。

また、“日本古代氏族事典　佐伯有清編　雄山閣”の「安倍」あべには「（一）大彦命後裔の中央豪族阿倍（安倍）氏に対し、奈良朝後期以降、賜姓によって阿倍（安倍）のウジを名のった陸奥の在地土豪。…（二）平安中期の天文博士安倍晴明を始祖とする陰陽家。…」とあり「安倍」を「あへ」ヨム例は『氏族』としては挙げておられません。

そこで「日本書紀」壬申の乱の膽(い)香(か)瓦(ごの)臣(おみ)安倍(あへ)ですが同じ文字を用いて安倍と表わして「あべ」とヨマずに「あへ」とヨムのは余程の意味のあることと考えます。

「安倍」と書いて「あへ」とヨム例は９３４年「和名類聚抄」にある駿河の郡名です。

駿河と伊賀それに美濃、特に膽香臣安倍の父、磐金の居た安八郡は伊賀に多くあった服部姓が多くみられ伊賀を故郷とする氏族の移動の足跡として残っているのでないでしょうか。

○“古代豪族家系図集覧”の「阿倍」氏の系譜に現われる「大籠」「忍国」は阿倍臣の祖とされている阿倍阿加古に続くものですが、系譜の年代からみると遅れて現れていますが「阿閉」氏の系譜にも阿閇大籠、敢臣忍国としても現われておりここにも両氏の擬制的な関係がみられます。

また、“日本古代人名辭典”によると「阿閇」姓１６人中で「阿部」にも作ると表されているのは天平１８年に現われる阿閇廣人のみですが、「阿倍」姓では７０人中２９人が「安部」にも作ると表されています。「阿倍」と表されていたものは「あべ」と発音されていたものと考えられます。

「阿閇」は「あえ」と発音されていましたが「あえ」と発音する「阿拝」の字も用い、「拝」と同じように「はい」と発音する「倍」の文字を使うこともあったことから「阿閇」を「阿倍」と表される事例が生じたのでないかと考えます。

阿倍氏、そして阿閉氏は孝元天皇を同じ祖先とすることで蘇我氏と結びついていることがわかります。それは、「阿閉皇女」である「元明天皇」の母は「天武天皇」の妃「姪娘」でまたは「蘇我嬪」ともいい、「蘇我馬子」の孫であり、「倉山田石川麻呂」の娘であるのです。

倉山田石川麻呂は蝦夷を伯父とし、馬子を祖父とし、稲目を曾祖父とする蘇我氏でありその祖蘇我石川は紀角、平群木菟と同じく武内宿禰を父としており氏族間の盛衰はあるものの遠い祖先を一にしており、紀氏は壬申の乱のおりの紀阿閉麻呂にも又、平群氏は後述の播磨町「阿閉」神社の氏子であることもその縁は繋がるものがあると考えます。

○阿閉氏の系譜の推測のひとつの形として、

　　稚子・・・国見(４５９)・・・事代(４８７)・・・大籠(６１０)・・・大神(７０８)と承継されたとの想定もできるのでないかと考えます。（　　）は日本書紀・続日本紀記載年

なお、新撰姓氏録に阿倍志斐連が左京皇別にみえます。「大彦命の八世の孫、稚子臣の後なり。」とあります。“新撰姓氏録の研究　考証篇　第一　吉川弘文館　佐伯有清”　には　「この人名、他にみえない。」とされていますが、“古代豪族系図集覧　東京堂出版　近藤敏喬”　に阿閇氏の祖　阿閇国見の一代前に稚子という人物が記されており、大彦命の四代後に当たることになり、現在分かっている氏族の時系列からいえば当てはまり難いことになりますが、阿閉氏の系譜に入れることの出来ると思います。

２．「阿閉氏」の変遷

�@日本書紀の成立を背景としての阿閉氏

○孝元天皇と元明天皇の比定

「阿閉氏」の祖先とされている孝元天皇と、「阿閉」の名を冠する「阿閉皇女」である元明天皇の祖父となる舒明天皇とを比定します。

日本書紀は元明天皇の時代に編纂されておりその機会に阿閉氏はその存在を強調したと考えられます。その方法として阿閉氏の系譜を皇統譜に重層複写している、と考えます。つまり舒明天皇朝の系譜のなかの元明天皇の場所に孝元天皇から始まる「阿閉」氏の租を配する形で「阿閉」氏の権威付けを行っていると推察します。

　舒明天皇 (34) ┳ 天智天皇(38) ━元明天皇(43)（阿閉皇女）┳　元正天皇(44)

　　　　　　　　┗　天武天皇(40) ━ 草壁皇子　　　　　　┗　文武天皇(42)　

　孝元天皇(８) ┳大彦命━ 大稲輿命━彦屋主命（阿閉氏の祖先）

　　　　　　 　　┗ 開化天皇(９)

　　　　(　)のなかは天皇歴代数

ここで、皇統譜のなかで孝元天皇を舒明天皇に位置づけるには天皇家における王家の交代の歴史があるのが理由となります。

天皇家の系譜については、“倭国の時代　朝日文庫 岡田 英弘 ”(38)に興味深い記述があります。（この著述のなかでは神功皇后を１５代天皇、皇極・斉明天皇を３６代とし、弘文天皇は入れておられない。）

舒明天皇は、天皇家の系譜のなかでも一区切となる新しい王家であると考えられています。つまり、

　　　第一王家としては第一代神武天皇から第十三代の成務天皇まで

　　　第二王家として第十四代仲哀天皇から第二十三代の清寧天皇まで　

　　　第三王家として第二十四代顕宗天皇から第二十六代の武烈天皇まで　

　　　第四王家として第二十七代継体天皇から第三十四代の推古天皇まで　

　　　第五王家として第三十五代舒明天皇から第四十代の持統天皇までの明らかに王家の不連続が考えられる五王家の皇統譜のなかで「日本書紀」成立の王家の正当性を主張する材料として

「第一に、天武天皇は、父親の舒明天皇の即位を正当化しなければならなかった。」

「第二に、天武天皇は兄の天智天皇の皇位継承を正当化する必要があった。」

「第三に天武天皇が正当化しなければならなかったのは、自分自身の即位である。」

「第四に天武天皇の未亡人の持統天皇は、孫の文武天皇への譲位を正当化しなければならなかった。」

「第五に草壁皇太子の未亡人の元明天皇は、自分の即位を正当化しなければならなかった。」

「第六に元明天皇は、娘の元正天皇への譲位を正当化しなければならなかった。」

「第七に元明・元正両天皇は、聖武天皇の皇位継承を正当化しなければならなかった、」とされています。

「壬申の乱に勝利して王位を簒奪し専制君主として律令国家体制の建設を推し進めた天武天皇が病をえて崩御したのは朱鳥元年（六八八）九月九日のことであった。飛鳥浄御原宮の南庭には殯宮(もがりのみや)が設営される。…この殯宮で大津皇子の悲劇が生まれる。すなわち、天武第三皇子たる大津皇子が殯宮内での言動から謀反の嫌疑をかけられて捕えられ、ただちに訳語(おさ)田(だ)の邸宅内で死を賜った事件がそれである。…事件を記す『日本書紀』の文脈からすると、あるいは時の皇太子草壁皇子に対する不穏当な言辞でもあったのであろうか。」“古代女帝のすべて　新人物往来社　武光　誠編　虎尾　達哉”(38)と述べられ更に、「持統は軽王の立太子を実現し、やがてこれに譲位して天武―草壁直系の皇位継承に成功するが、その過程で皇親はもとより旧豪族層を含めた貴族層の協力をもとりつけねばならなかった。」とあります。

草壁の妃である元明天皇が即位の時重視した、不改常典、これについては“元明天皇とその時代　−皇位継承と女帝の意識についての一考察　専修史学第１７号　斎郷　陽子”に詳説されています。「元明はその即位にあたって、当時まだ確立はされていなかったものの一つの考え方として存在していた嫡系主義の皇位継承をその行為の論拠とし、それを不比等が補政することを周囲に強調しようとした（これは不比等が考えつき、元明の名のもとに行なったのかもしれない）。…「嫡系相続主義に基づいた中継としての即位であり、これを不比等が補政する。」ということを、「天智帝の不改常典」という表現に置き変えて宣命に記したのでなかろうか。」とあります。

高句麗を含めて百済を支援し、白村江の戦で敗退した天智天皇にかわって、天武天皇は即位の年にすぐ新羅と良好な関係を樹立しており朝鮮渡来系の阿閉氏の活躍の場もあったでしょうが、天武天皇崩御の後、天皇位を巡る動きのなかで藤原氏などの勢力の下、阿閉氏の勢力は後退します。

そして、天武天皇から草壁皇子を経て文武・元正・聖武・孝謙・淳仁・称徳と継承された系譜は聖武天皇の孫、他戸皇子の死によって途絶え、藤原家の擁立する光仁天皇、さらには桓武天皇の即位により、天智天皇系皇位が復活することになります。

このような経緯で天武天皇に従って有力な氏族となった阿閉氏は、天智天皇系皇位の復活により弱体化したと考えます。

次に「阿閉」氏と「蘇我」氏の関係を考えてみます。

�A「阿閉」氏と「蘇我」氏の関係

○ 蘇我倉氏の職掌

「蘇我氏のうちで朝廷の倉に関係した一族が、蘇我倉氏を称したといわれている（直木孝次郎「日本古代国家の構造」、黛 弘道「大和国家の財政」「日本経済史大系」古代）。蘇我一族のなかにあって、蘇我倉氏だけが中大兄(なかのおおえ)皇子らの反蘇我氏とむすびついたのは、この氏が内蔵(くら)などの管理を通じて皇室との関係がとくに深かったことを物語る。」“古代を考える 蘇我氏と古代国家 吉川弘文館 黛 弘道 ”（二　蘇我氏の出自と発祥地　志田　諄一）とあります。

また、天智天皇の病気が重くなったとき「大海人皇子の危機が蘇我臣安麻呂（蘇我倉氏系の人物）の忠告によって救われた。」（日本書紀　巻第二十八　四年冬）こともあり、馬子の子である倉麻呂、その子の倉山田石川麻呂は号を山田大臣とし、右大臣となり、その三人の娘は、それぞれ孝徳・天智・天武天皇の妃となっています。

こうした背景のなかでの、元明天皇の「皇女」時代の「阿閉」という氏名（うじのな）はこれらの系譜を正当化するに「阿閉」氏が関わっていると想像するに難くありません。

元明天皇（阿閉皇女）の母は、山田石川麻呂の娘 号 山田大臣。祖父は倉麻呂 蘇我蝦夷の兄という関係なのです。

「「日本書紀」の蘇我氏関係の記事をみると、蘇我倉氏だけが特異な位置をしめていることがわかる。舒明即位前紀には、推古天皇崩御後、蘇我蝦夷が阿倍臣麻呂とはかつて群臣を自分の家にあつめ皇位問題を議し、田村皇子を立てる説と山背大兄王を立てる説にわかれたとき、ただ蘇我倉麻呂臣ひとり「臣は、当時、便く言すことを得じ、更に思いて後に申さん」といったので、蝦夷大臣も事をなすこと能わざるを知って退いた、とある。ということは蘇我倉麻呂が蘇我蝦夷の政策に協力しなかったことが主張されている。」とあります。“古代を考える 蘇我氏と古代国家 吉川弘文館 黛 弘道 ” （二　蘇我氏の出自と発祥地　志田　諄一）

三重県上野市の近くに高倉神社があります。阿閉氏の祖神である敢国神社と非常に近く、倉麻呂、倉山田石川麻呂の名から関連して蘇我氏との関係も推察しますが同社の由緒略記には高倉下命が御祭神とされています。

「垂仁天皇十七年鎮座ト伝へ御祭神　高倉下命ハ熊野國造ニシテ霊夢ニ感ジタ天剣ヲ神庫ヨリ持チ出シ神武天皇ニ捧ゲテ　ソノ創業を〔ママ〕補佐シ　勅　ヲ奉ジテ　近畿北陸ノ諸道ヲ巡歴シ魚漁ノ道ヲ講シ゛手繰網ヲ発明シ塩業ヲ起シ農事ヲススメ越ノ國ニ渡リ越後ニテ薨ジタ給ヘリ　其後　天皇　高倉下命ノ弟　宇摩志摩手命（物部連ノ祖）ヲシテ高倉下命ノ勤王ノ労ヲ賞シ天香山ニ祀リ天香久山命ト申セリ　高倉下命七世ノ孫　倭得玉彦命　コノ地に〔ママ〕住ミテ　ココヲ霊地ト定メテ鎮祭シ　祖神ノ遺徳ヲ称エテ氏神祭ヲ始メ倉祭ヲ斎興セリ」とあり、物部氏との関係が語られています。天皇の「饗」に深く関わる由緒であると考えます。

三重県上野市一之宮字宮之谷は阿閉氏の租神である敢国神社の所在地であり、同社は嘉祥三年（８５０）から寛平三年（８９１）の間に「敢国津神」「敢国津大社神」の名で従五位下から従五位上に進階したことが「文徳実録」「三代実録」「日本紀略」に記されています。

�B壬申の乱における「阿閉氏」

紀臣阿閉麻呂は美濃国司として登場し「征東将軍」と呼ばれ飛鳥に攻め入るため伊賀郡付近に軍営をおいたとされており天武側の勝利に貢献しています。「阿閉(あへ)麻呂(まろ)」という名についても、またその軍営の場所から推定しても、「阿閉」氏の関わりあいは、大きいと考えられます。

「紀氏」は「阿閉」氏と同じく孝元天皇の子、彦太忍信命を租とする氏族であり、「阿閉麻呂」は武内宿禰の六世、「小足」の子の代で、本宗「塩手」と分かれる「麻呂岐」の子であるとされていますが、名前としてよく用いられる「麻呂」のうえに「阿閉」の名がつくことは、「阿閉」氏と関係が深いと言えます。（壬申の乱の勝利については、尾張国司小子部連釵鉤の功績がおおきいと、している書もあります。）

しかしながら、１３７７年から１３９５年に藤原北家連なる、洞院公定によって編纂された尊卑分脉に記されている「紀」氏の、壬申の乱当時の系譜には阿閉麻呂の名はありません。“国史体系　尊卑分脉　第４篇　黒板　勝美編　吉川弘文堂”

これは書物が著される著者の政治的立場、時代背景などにより、その内容が事実とは異なる場合があるのは考えられることでありますが、壬申の乱における阿閉麻呂の働き、乱以後の天武天皇の功臣に対する処遇、特に阿閉麻呂に対する処遇から考えても尊卑分脉に阿閉麻呂の名がないのは、編纂の際「紀」臣を冠しているにも関わらず、載せられない理由があると考えられます。そしてそれが阿閉麻呂は「紀」氏でないと編纂当時判明していたのです。

「紀」氏の荘園は伊賀　阿拝郡にあったことも注視するべきです。壬申の乱の際戦闘要員として荘園内の「阿閉」氏の有力者がその出身を「紀」氏と名乗るかたわら、「阿閉」をも、名に冠した、紀臣阿閉麻呂は「阿閉」氏であります。

このことは、“古代史の謎を探る 大和書房 黒岩重吾”(40)のなかで「壬申の乱で大海人皇子（天武天皇）に味方した紀阿閉麻呂ってのがいますね。ぼくは、この阿閉麻呂は紀臣じゃなしに阿倍氏の一派だと考えるようになりました。紀氏があそこまで行くのはちょっと無理だという気がする。」とあることからも考えられます。

また「阿閉麻呂は壬申の乱の翌年八月にいたっても伊賀にあつたというから、彼はもともと伊賀のクニノミコトモチの任にあつたのかもしれない。」“壬申の乱　遠山美都男　中央公論社”とあり一層紀阿閉麻呂と伊賀の「阿倍氏」との関係が深いことが考えます。

そして、近江大津京へ向かう第二軍のなかにも膽香瓦臣安倍（いかごのおみあへ）（「近江国に伊香郡伊香郷があるので安倍はこの土地を本拠とする氏族の出身であったことになろう。」“壬申の乱　遠山美都男　中央公論社”）がおり天武天皇と高市皇子（安倍はもと皇子の従者をしていました）のもと、将軍として名を連ねていますがこれも「阿閉」氏、縁のものとして参戦したものと考えられます。

この膽香瓦臣安倍の父は磐金（いわかね）といい、四道将軍　大彦命の大和から地方へ向かう経路のすぐ傍、美濃国安八に居たとされており「阿閉」氏の伊賀から近江湖北への氏族の移動の軌跡の一つを表すものであると思います。

膽香瓦臣安倍は“日本古代人名辭典　竹内　理三・山田　英雄・平野　邦雄編　第一巻　吉川弘文堂”に「壬申の乱の功臣。天武元・六高市皇子に従って、近江から伊賀積殖の山口に至り、天皇の東行の一行に合流し、同元・七村国連男依等と共に、数万の兵を率いて、美濃不破を出でて、近江に向かった」とあります。他の膽香瓦臣は記されていませんが、“古代豪族系図集覧　近藤敏喬　東京堂出版”には膽香瓦磐金・膽香瓦安倍は伊香具・伊香津・伊香・柏原の系図に表れ、中臣連と同じく天児屋根命を祖とし伊香具臣首麿・小形に続いています。

また、“日本古代氏族事典　佐伯有清編　雄山閣”には、「氏名はのちの近江国伊香郡伊香郷（滋賀県伊香郡余呉町一帯）の地名に基づく。・・・『新撰姓氏録』左京神別上に「伊香連。大中臣同祖。天児屋根命七世孫臣人命之後也」とある。姓は連。・・・また『日本書紀』天武天皇元年（六七二）七月辛卯条にみえる膽香瓦臣安倍を伊香郡の豪族とみる説もある。」とあります。

膽香瓦（いかご）姓は現在、膽香瓦磐金・膽香瓦安倍の二人のみ分かっていますが、これは伊香（いかぐ・いかご）氏には関わりはあるが、異なる氏族がなんらかの理由で（同じ氏族ではないものの、極めて友好的であり地理的にも近く、その氏名を名乗ることが、互いに有利に働くため）擬制的に伊香氏の系図に入れられた。つまり二人は、阿閉氏に関わる人だと想います。

“壬申の乱　遠山美都男　中央公論社”には、「膽香瓦臣安倍。天児(あめの)屋根(こやねの)命(みこと)の後裔で中臣氏同族にあたる伊香連(いかごのむらじ)というのがあるが、伊香臣というのは見当たらない。」とあり、続いて「近江国伊香郡伊香郷があるので、安倍はこの地を本拠とする氏族の出身であったことになろう。・・・伊香郷を本拠とする安倍という人物が高市皇子の従者となったのは、たんなる偶然ではなかったと思われる。伊香郷の近隣には安曇(あずみ)郷があった。安曇郷は安墨氏の支配下にあって航海や漁撈に従事した海人が住んでいたことによる命名であろう。伊香氏はその本拠地の地理的環境からいっても、海人とゆかりが深い一族であった。・・・高市は母の実家である胸形氏を通じ、胸形氏同様に海人と関わりの深い伊香氏出身の若者を自分の従者に加えることになったのではないだろうか。」とあります。

“日本國誌資料叢書 第三巻　太田　亮　臨川書店”の第一章　第三節　郷の中に　伊香郡に安曇郷があり　「安曇郷（阿都美）、（一）今阿閉村、在₌柏原西南₋、讀云₌安登知₋、聲之轉巳。・・・（三）此安曇は高島郡の港名、河名と同く阿渡知と訓むべし。・・・信州にも其の地名ある者と、全く相異す、・・・」ともあります。

出自から、航海・漁撈などに従事して伊香郡伊香郷に住んできている阿閉氏は壬申の乱の際、伊香郷から従者であった身から天武天皇方に味方するべく傘下に入ったと考えます。

“日本書紀　下　岩波書店”の天武天皇条における注として、紀臣阿閉麻呂につては、「阿閉麻呂の名が伊賀国阿拝郡に由来するとする説もある。」胆香瓦臣安倍については、「近江国伊香郡と関係のある氏族か。なお、瓦は字音グワ、従って、イカゴのゴに当てて使ったと見られる。」とあります。

以上については、氏と名とに分けて考えるとすれば名の個所に氏名(うじのな)である「あえ」阿閉・安倍を使っているわけであり,それぞれ「紀」氏あるいは「膽香瓦」氏において「阿閉」氏と深い関係のあった人物である。といえるのでないでしょうか。ということは、その時代、つまり壬申の乱の当時その地域、紀伊国・伊賀国とにおいて、「阿閉」氏が影響力を持っており、「安倍」ともなのる利点があったと思います。

“古代史を解く「鍵」門脇　禎二・森　浩一　学生社”のなかで「氏は地名か」として、吉備氏の例をとられている。吉備氏はもともと古代の吉備国になく、「大和地域にできた氏なのです。」「ヤマト朝廷では、大和に来ていたそれらの人びとが一つの氏として吉備氏として呼ばれたのです。」とされています。

歴史上でも知られている吉備真備もある年齢までは出身地の下道氏を名乗り下道真備であったとされています。

紀阿閉麻呂の場合も「紀」氏とされていますが、「阿拝」地方あるいは「阿閇」地方、又は「阿閉」氏出身の人物であることは充分考えられます。

また伊賀の国は６８０年、伊勢の国より分国しており、６７２年の壬申の乱後、伊賀地方の国力が増大した影響があると考えられます。

３．「阿閉」氏の地理的背景

�@発祥の地としての大和地方における諸氏族と阿閉氏の位置関係

「阿閉」氏が食物供献儀礼に携わるについては、蘇我氏と深い関係が、あったことは明白なことです。

“古代を考える 蘇我氏と古代国家 ５．蘇我氏の同族 前之園 亮一　吉川弘文館”に「志田 諄一氏（「蘇我臣」）に興味深い見解がある。「すなわち、阿倍氏の職掌は、… 思うに、　蘇我・阿倍両氏は、御膳の調理・供進を主内容とする新嘗の儀礼を通じても親密の度を深かめていったのであろう。」「つぎに、蘇我氏の傍系氏族に目を転じてみよう。…磯部のなかには阿倍氏系の阿閇（敢）臣とむすびつく敢磯部（敢石部）があり、阿倍氏との関連がたどられる。」とありますが、この場合の「敢」は「阿倍」氏でなく同じく孝元天皇を祖とし職掌として調理・供進を担っており、その根拠地も近い「阿閉」氏との関連が考えられるのです。

また、同書で孝元天皇の子孫である武内宿禰の食膳奉仕としての後裔氏族の分布図を作成されていますが、このなかで伊賀の阿拝郡が平群氏の本貫地に一番近い所にあることからも播磨町の「阿閉神社」の氏子としての平群氏と、阿閉氏の関連も考えられます。

�A古代道路と阿閉氏

唐の制度に準じてつくられた大宝令にある五畿七道の一つの「北陸道」へは、地域名でもある「東山道」に在る近江を通過しなければ畿内にはいれません。「北陸道」に連絡するには近江の湖西を経由する方法とは別に一部「東山道」を経由して「北陸道」に接続する方法があったことにより、阿閉氏のある滋賀県伊香郡（平成２２年長浜市に合併）の高月町が「北陸道」の道筋である可能性が生まれることになります。“古代を考える　古代道路　四　東山道　木本雅康　吉川弘文館”(41)の中で「…田中　卓は、「日本書紀」にみえる屯倉や国奈の配列順に注目して、和銅五年以前に、尾張国は東山道に所属していたのではないかとし、また近江国も、本来は北陸道ではなかったかとしている。」とあります。

このことは地域としての「道」としてだけでなく、人が行き来すると言う意味での「道」としての「北陸道」が湖西を通っているだけでなく、湖北が「東山道」と「北陸道」との接点であると考えにいたる根拠です。

「東山道」と「北陸道」を考えるとき、「古墳時代」の湖北における、２６代　継体天皇の事跡には当時湖北に在った阿閉氏との関係が考えられます。

継体天皇（生没年は允恭天皇３９年（４５０年？）〜『古事記』では５２７年・『日本書紀』では５３１年）については、日本書紀　全現代語訳　宇治谷　孟に「・・・天皇の父は振姫(ふるひめ)が容貌(ようぼう)端正(たんせい)で大そう美人であるということを聞いて、近江国高島郡の三尾(みお)の別邸から、使を遣わして越前国坂井の三国に迎え、召し入れて妃とされた。そして天皇を産まれた。・・・」とあります。

継体天皇は支持者を増加させ地盤を増強させるため、有力豪族から多く妃をむかえと思われます。

継体天皇の后妃は古事記と日本書紀とでは異同があります。

“継体天皇と朝鮮半島の謎　水谷千秋　文芸春秋”(42)に、下記の表をしめされています。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

古事記　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本書紀

�@ 三尾君の祖、若比売　　　　　　　　　　　　　　　　　手白香皇女（皇后）

�A 尾張連の祖，凡連の妹、目子郎女　　　　　　　　　　　元の妃、尾張連草香の女、目子媛（更の名は色）

�B 意祁天皇（仁賢）の御子、手白髪命（大后）　　　　　　三尾角折君の妹、稚媛

�C 息長真手王の女，麻組郎女　　　　　　　　　　　　　　坂田大跨王の女、広媛

�D 坂田大俣王の女、黒比売　　　　　　　　　　　　　　　息長真手王の女、麻績娘子

�E 三尾君加多夫の妹、倭比売　　　　　　　　　　　　　　茨田連小望の女、（或いは妹と曰ふ）、関媛

�F 阿倍之波延比売　　　　　　　　　　　　　　　　　　　三尾君堅威の女、椷媛

�G 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　和咡臣河内の女、荑媛

�H 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　根王の女、広媛

黒線でむすんでいる后妃はそれぞれ同一であるとみられますが、赤線でむすんでいるものについては、同じ‘はえひめ’と読まれるものの出自の氏族がことなって記述されています。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

そして「・・・傍系王族は、『日本書紀』などから見た限り、中央から離れ、地方に土着していく傾向が強い・・・継体天皇の父彦主人王は近江国高島郡にいたし、その親族とみられる息(おき)長(なが)真手(まて)王と坂田大跨(おおまた)王は近江国坂田郡にいた。いずれもかけ離れて遠い所ではないものの、のちの畿外周縁部、丹波や播磨や近江北部に住んでいたと伝承されえいる。彼等は二世三世となって実質的な王位継承資格を失うと、地方に居を遷してそこに生活の基盤をもとめたのであろう。その結果かえって富裕な経済基盤を築き、ある種の土豪としての勢力を培うこともあったに違いない。・・・」とあります。

ここで皇統譜からは、息長真手王と坂田大俣王は継体天皇の‘従(いとこ)おじ’にあたり極めて近い姻戚関係にあり継体天皇擁立に注力しているに強い要因があります。ここから、以前より湖北に基盤を持ち孝元天皇の裔でもある阿閉氏も即位に関わっていたと推測します。

ホームページ‘　『福井県史』通史編�T　原始・古代の第二章　若越地域の形成　第二節　継体王権の出現　二　継体天皇進出の背景　茨田・和咡・阿倍氏’ のなかに「継体天皇の后妃のうち、残るのは『紀』における茨田連小望の娘である関媛と和咡臣河内の娘である荑媛と『記』における阿倍之波延比売である。・・・『紀』の和咡臣河内の娘と荑媛と『記』の阿倍之波延比売とは、ハエヒメという名を同じくしているので、おそらく同一人物であろう。・・・ワニ氏はおそらく近江の和迩（滋賀県志賀町）を本拠とし、のちに大和の和爾（奈良県天理市）に移って多くの分枝を生んだのであろう。・・・当時ワニ氏は衰退期にあり、和咡臣河内の娘を娶ったのが継体天皇の即位前か即位後かはよくわからないが、継体天皇の後ろ盾としてそれほど大きな力となりえたとはおもわれない。では『紀』の伝えるように阿倍氏の出としたらどうであろうか、阿倍氏について実在の人物として確かなのは宣化紀に出てくる阿倍大麻呂臣で太夫に任ぜられたとあるのが最初である。ついで崇峻紀に阿倍臣人および阿倍臣某が現われ、後者は、越などの諸国の境を観察した人物として名高い。したがって継体天皇の時代に阿倍氏はまったく無名の氏族であったが、継体天皇の妃の一人を出した縁故で宣化朝ごろから台頭し始め、崇峻朝に北陸に勢力を扶植した。阿倍氏が全盛に達するのは、孝徳朝に倉梯麻呂が左大臣に任ぜられるころで、このごろ大彦命を祖先としたのでなかろうか。ハエヒメの『記』『紀』における食違いの理由について明らかにすることはできないが、いずれにしても継体天皇の後背勢力としてはさして有力な存在ではなかったであろう。」とあります。

なお、“日本古代氏族事典 佐伯有清編　雄山閣”には「和安部　やまとのあべ」についての記述があります。

「・・・和安部・・・なお一族の人名は旧姓臣である和安部朝臣男綱のほかは史料に表われない。和安部の氏名は、和爾部の誤写であるとする説もある。」とあります。

“日本古代人名辭典 　第一巻 吉川弘文館”に「【阿倍波延比賣】継体天の皇妃。父未詳。継体巻に、天皇の妃となり、若屋郎女、都夫良郎女、阿豆王を生んだとある。（古事記）」とありますが、当時としては妃をだした父方が未詳であるということは疑問視せざるをえおえません。「阿閉」でありながら「阿倍」と記録せざるをえなかったと考えます。

古事記と日本書紀において后妃の出自として、父方に・・・君、・・・連、・・・王、・・・臣と記していますが、‘ハエヒメ’のみ出自が阿倍氏とも阿倍臣とも記されていません。出自が阿閉氏に関わるから明白にはあらわせなかったと考えます。

継体天皇の后妃の‘ハエヒメ’の出自から阿閉氏について推測します。

‘ホームページ　古事記におけるワニ氏の伝承’　黒沢幸三氏は、「ここに面白い系譜がある。・・・」と記され、次のような図示されています。

　　　　　　　　　　　　　　　推綾姫皇女　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　若屋郎女

　継体天皇　　　　　　　　　　　　　　継体天皇

　　　　　　　　　　　　　　　円娘皇女　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　都夫良郎女

　ワニ臣河内女荑媛　　　　　　　　　　　　　　阿倍之波延比売―

　　　　　　　　　　　　　　　厚皇子　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　阿豆王

　　　　　　　　　　　　−継体紀―　　　　　　　　　　　　　　　　　　−継体記―

とあり、さらに

「・・・両者を比較すると継体天皇の皇子女は全く共通し、しかも皇妃がハエヒメであることも同じである。ただ異なるのはヒメがワニ氏の娘であるか、阿倍氏の出自であるかの点のみである。今や詳説の要もなくワニ氏のハエヒメは阿倍氏にすりかえられたのである。「継体紀」がハエヒメをワニ臣としているのは、「継体記」にて少女の歌う場所が「和咡坂」となっているのと照応している。阿倍氏の蚕食は古事記において一層どぎつく、書紀においては手ぬるかったわけである。・・・」

そして、「・・・思うにワニ氏とは不思議な氏族である。・・・」と述べられ、さらに「・・・継体天皇とハエヒメの婚姻は史実となる。それはまたワニ氏も継体天皇の擁立をめぐる内乱に参画したことを示していよう・・・」とされています。

日本書紀にある和珥氏については“日本古代氏族事典 佐伯有清編　雄山閣”に「（一）五世紀から六世紀にかけて勢力を持った大豪族。・・・氏名は大和国添上郡に所在した和爾庄（奈良県天理市和爾町）・和咡坂に因む。『日本書紀』（孝昭紀）には孝昭天皇太子天足彦国押人命は和珥臣の始祖とされ、皇別の始祖系譜をもつ・・・」とあります。

さらに和珥氏については、‘ホームページ　天理市和爾遺跡第１９次調査　記者発表資料（２００５年１月２６日）’に

調査機関	奈良県立橿原考古学研究所
所在地	天理市和爾町
調査原因	県営圃場整備事業（和爾地区）
調査面積	約６,１００�u‘平米）
主な遺構	古墳群、土壙墓
主な遺物	金剛製馬具、装飾付き大刀（三累環頭大刀）鉄滓、耳環、ガラス小玉、などの玉類、鉄鏃、鉄釘、須恵器、 土師器

　

「・・・それらの時期は古墳時代後期に集中しており、（６世紀後半〜７世紀前半）、・・・」「・・・今回、和爾古墳群を確認したことで、その古墳群の規模と金剛装馬具、三累環頭大刀などの威信財の出土、鉄滓副葬からうかがわれる鉄器生産の可能性から、あらためて勢力の大きな増募集団の存在がうかがえた。」とあります

一方湖北の阿閉氏の近くについても、ホームページ　水上の礎　湖北の祈りと農　古代豪族　理想平野に　「たたら製鉄　・・・古代のたたら製鉄は砂鉄を原料とした。・・・とりわけ、湖北の北東にそびえる金(かな)糞(ぐそ)岳(だけ)は、金糞（製鉄のクズ）の名が示すようにたたら製鉄の産地であった。・・・金糞岳の麓の古橋集落では最古の製鉄遺跡が残っている。また高月町の井口(いのくち)遺跡や余呉町の桜内(さくらうち)遺跡などから大量の鉄くずや鍛冶炉の跡などが出土した。・・・」とあります。

阿閉氏の奉斎する敢国神社の祭神金山姫は鉱山の神であります。両氏は製鉄に関わり力を蓄えるよう注力していたのです。

古事記は７１２年、日本書紀は７２０年に著されており“全現代語訳　日本書紀　宇治谷　孟　講談社”の　まえがきに「・・・歴史物語として、われわれが、「古事記」で教えられてきたものが「日本書紀」の記述では、ずいぶん趣が変わっているこいおも少なくない。一方は愛すべき、ものがたり古事記(ふることぶみ)であるとすれば、「日本書紀」は日本の国官選歴史書といった、いかめしい記録性を重視している・・・」とあります。

当時の国際関係のなかで国家の安定をめざしていた日本にあって、歴史的な事実が記憶に新しいなかでの国史の編纂は有力な氏族の複雑な力を無視できなかった背景が考えられます。

当時の氏族社会においてこの二つの史書の読み手にその内容を‘読み手’に納得、了解させる必要があり、後に著された日本書紀は古事記の‘ふること’を歴史の事実として書き直した、と考えます。

氏族の名も変えていることは両書が著された八年の間の政治体制の変化が影響によるものだと考えます。

古事記は阿倍之波延比売の子女を、王と郎女で表し、紀では和咡臣河内の女、荑媛の子女を皇子と皇女で表しています。これも‘アヘ’の‘名’を立てるか　‘ワニ’の‘名’を立てるか　のせめぎ合いの結果であろうと考えます 古事記に記された内容と日本書紀に記された内容の調整を想像させながら阿閉氏の主張を記させていると思われます。

また、‘阿倍之波延比売’の読みについては「古事記」講談社学術文庫　次中真幸には‘あへのはえひめ’とありますが、‘阿倍’の読みについては同書の孝元天皇条には「・・・建(たけ)沼(ぬな)河(かは)別命(わけみこと)は、阿倍(あべの)臣(おみ)等(ら)の祖(おや)、・・・」ともあり‘阿倍’について区別されています。

和咡氏の始祖は、孝昭天皇の４世の裔であり、新撰姓氏録の左京皇別　下に記載されています。そして製鉄に深い関係を持つ氏族です。

阿閉氏の始祖は、孝元天皇の３世の裔であります。そして新撰姓氏録の左京皇別　上に記載されています。また存した地域の近くには製鉄に関わり深く先の井口遺跡まで約３キロメートルであります。

製鉄については、鉄鉱石から行うものと、砂鉄から行うものとがありますが進歩の順からでは砂鉄のほうが新しいようです。“青銅の神の足跡　集英社文庫　谷川健一 ”(43)　によりますと、「・・・ところで、米餅搗大使主命の名称は、これまで米の粉を水でねった粢(しとぎ)を指すと思われてきた。それに対して橋本鉄男氏は『新撰姓氏録』に米餅搗大使主命を「鏨着大使主」とも記していることから、それは鉄鋼で作ったノミを意味するのでないかと論じている（前掲論文）。その証拠に、志賀町の小野神社の近くにタタラ谷や金(かな)糞(くそ)といった小字(こあざ)があることを挙げている。・・・橋本氏はかくして、鏨着大使主こそ実はかの山堀の技術を伝えた鍛冶神、あるいはそれを司祭するシャーマンそのものではないかという問題を提起している。」と述べられています。湖西に存した和咡氏は鉄鉱石を原料とする古い形の製鉄を行っていた、と推測します。

また、同書には砂鉄をめぐる先住民との苛烈な争い　と題されたなかで「・・・この土地争いは、前住者の占拠していた場合に後来者が侵入したという形をとる。その目的は何かといえば、鉱物資源の獲得であり、いっそう具体的にいえば砂鉄が目あてだったと思われる。・・・」とも述べられています。

鉄鉱石から製鉄していた和咡氏よりも、砂鉄からの製鉄する阿閉氏へさらに、擬制氏族である阿倍氏へ力が移行していった、と考えます。

「阿閉氏」と「和咡氏」の関係を想起させられることとして、西阿閉にある甘櫟前神社です同社は式内社で祭神は米餅眷大使主命で阿閉氏が職掌としていた「食」に関する神であります。関係氏族として「櫟井臣」または安曇氏とされています。櫟井氏は、日本古代氏族事典には「・・・和咡氏の同族。・・・姓は臣、のちは朝臣。孝昭天皇の皇子天足彦国押人命の後裔と伝える。・・・櫟井氏が近江国蒲生郡船木郷辺でも勢力をもったことを伝えている。」とあります。

また、新撰姓氏録には左京皇別上に記載されており、製鉄にも関わり深く、阿閉氏の湖北での根拠地の近くの甘櫟前神社は和咡氏の同族、櫟井氏が奉斎していた神社であります。　

大和朝廷での「勢力」は、製鉄を介して和咡氏から阿閉氏へそして阿倍氏へと移っていった、と考えます。

このように阿倍氏と阿閉氏の関係は互いに「古事記」と「日本書紀」にそれぞれ擬制氏族の関係にありながら別々に記載されています。

それ故に滋賀・湖北に関連して記述されている‘阿倍’は‘阿閉’つまり「あえ」であると考えます。

湖北の地には、天皇の子孫である皇族の息長氏・坂田氏と同じく阿閉氏も存していたのです。

北陸への交通は、天野川河口の朝妻湊から高島への湖上交通も利用されたと、考えられますが駅路の制定以前にも、伝路として陸路の交通は成立していた、その途中に位置する湖北の「阿閉(あつじ)」の地も早くから拓けていて　条里制の成立も早かった、と考えます。

その地で阿閉氏の一族が湖北と若狭は同一権力基盤の上に立ち、継体天皇成立に参画していた、考えます。

継体天皇が近江高島の三尾から越前の坂井三国を経て河内交野の葛葉で即位するのは５０７年であり、後世の北国路と呼ばれる中山道を関ヶ原で分岐して近江木之本を経て越前今庄・福井・加賀小松・金沢・津幡・高岡・富山・泊を経由し、陸奥三厨に至る道も脇道として考えています。

東山道の不破関から北陸道愛發関に至るまで山津照神社古墳・垣篭古墳・息長広姫陵・竜ケ鼻古墳群・物部古墳群・古保利古墳群などの近接する古代遺跡をつなぐと大和から北陸への「道」が描かれるのは想像に難くないと考えられるのであります。

畿内に通じる関として「北陸道」の愛發関「東山道」の不破関をそれぞれ配置し逢坂関を置くことによって都を防備した構図のなかで、不破関と愛發関を結ぶ「道」が重要であったことは当然のことで延喜式には「道」として表れていないものの美濃から滋賀県の湖北地方を経由し越前への通路は重要に機能していたのです。

「・・・すでに縄文時代には「木(もく)道(どう)」といって、地面に木の枝を枕木状に据え付け、その上に長い木の枝を直線状に継ぎ足した道がつくられる。そして古墳時代になると、大和から紀伊へと抜ける風ノ森峠付近の鴨(かも)神(がみ)遺跡(奈良県御所(ごせ)市)のように、切り通しを設けたり、軟弱地盤を改良して路面をつくった道が登場する。ただし鴨神遺跡でみつかった道は、自然地形に左右されて緩やかにカーブを描く点や、道幅が三�bにすぎない点が、七世紀以降に登場する直線道路とは大きく異なる。」“すべての道は平城(みや)京(こ)へ　市　大樹　吉川弘文館” (44)と、ありまた「滋賀県米原市藤川にある寺林(てらばやし)遺跡(いせき)は、傾斜がきつく、耕作に適さない藤古川の扇状地に集落が現われて営まれたのは、美濃（みの）と越前（えちぜん）を結ぶ、後に「北国脇往還」と呼ばれる道の存在が大きくかかわっていたことでしょう。」と滋賀県文化財学習シート遺跡編にあります。なお、北国脇往還は中仙道関ヶ原宿から分岐して北陸へ向かう街道であり滋賀県長浜市木之本で北国街道と合流しています。

琵琶湖・湖北にある刀根坂（久々坂峠）（福井県敦賀市刀根・滋賀県長浜市余呉町柳ヶ瀬）の地名の由来は仲哀天皇の角鹿（敦賀）へ行幸の際この地の豪族「庄内刀根」が坂道を修復したから、また平安期の官職刀禰が居住していたからともいわれています。

以上のことから、近江から北陸へは、七道の制定される前から官道にも比する道が存在した、と考えます。

その七道のうちのひとつの沿道に「阿閉」氏の集落があることも糧食供給のための「阿閉」氏が「道」沿いに駐屯したと考えられないでしょうか。そしてこの滋賀県伊香郡の「阿閉」はまさしくその「道」から約２kmに存するのです。“近江伊香�@志　財団法人江北図書館　編纂　富田八右衞門” (45)のなかでも「これは恐らく伊香具川の沖積作用が進まず。湖水の舟が自由に阿閉から片山を通って湧出山の断層峡を北出し、今の大音に着岸するということが容易に行われた結果であろう。」とされ往古「阿閉」は琵琶湖の水運も利用できる交通の要所であったものと考えます。

兵庫県の播磨町の「阿閇神社」は「山陽道」の賀古駅家から３km以内にあることもあり“日本の古代道路を探す　中村太一　平凡社” (46)播磨国の山陽道駅路の図５１にあるとおり「山陽道」も「阿閉」氏が大和政権に派遣され通った道路であると考えられます。

さらに、“姓氏家系大辭典　太田亮　角川書店” (47)には、飛騨に「阿閉郷」ありとされていますが、現在比定される土地は分かっていません。

“古代万華　小椋一葉　河出書房新社”(48)に【飛�C（飛騨）国造】の項で「十代崇神天皇のときに、大和から二人の将軍が飛�C（飛騨）を訪れている。北陸道と東山道へ派遣された大彦・建沼河別父子だ。大彦は富山から越中東街道ぞいに飛�C（飛騨）へ入り、美濃から来た建沼河別と神岡町で再会している。神岡町の船津神社は、それを記念して建てられた神社である。」そして別項【先住民族との絆】で大彦は、崇神天皇の命で北陸道へ派遣され、帰国後は伊賀の地に住んで亡くなったらしい。あるいは南宮山にスクナヒコナを祀ったのは大彦だったかもしれない。」と述べられています。

さらに、飛騨と伊賀の間に位置する地点の「あえ」姓として、先に考察しました《文献に現れる「あえ」姓》に記述しました「敢臣族岸臣」が美濃国加毛郡半分里に住んでいたとありますことから、経路は繋がると考えます。

�B四道将軍による大和政権の進出と阿閉氏

四道将軍の派遣された記述については、“日本古代国家の成立　直木 孝次郎　講談社”(49)によると「５８９年 (崇峻 ２)に近江臣満、宍人臣鴈、阿倍臣を東山、東海、北陸の三道へ遣わしたことなどを手本にして６世紀末以降に構想された物語であろう。」とされており、さらに、「『記』の崇神条には四道将軍の話はなく、大彦命、建沼河別、日子坐王 （丹波道主命の父）の三人がそれぞれ高志道、東方十二道、丹波国に遣わされたことがみえるだけである。大彦命と建沼河別は親子で、阿倍氏の租と伝えられているが阿倍氏が朝廷で勢力をもつのは６世紀以後である事から考えて『紀』より古い伝えと思われる『記』の所伝の成立も６世紀をさかのぼることはあるまい。」とあり、『紀』の記述よりも時代は降るものの現実にあった派遣を記述したものであると考えられます。

四道将軍については、“古代日本のヤマト王国と地方王国　門脇禎二　学生社”(50)によると「大和朝廷の国家統一の歴史の神武東征説話、四道将軍の物語、景行天皇の西征、日本武尊四つのなかの一つ」と位置づけられ「道制」は浄原令に現われることから７世紀後半ともされています。

“続日本紀　上巻　宇治谷　孟　講談社学術文庫”現代語訳に、元明天皇の時代に、和銅二年（七〇九）「陸奥(みちのく)・越後(えちご)、二国の蝦夷(えみし)は…東山道と北陸道の両方から討たせた。」和銅六年（七一三）「丹波(たんば)国の…五郡を割いて丹後(たんご)国を設けた。備前(びぜん)国の…六郡を割いて、初めて美作国を設けた。日向国から…四郡を割いて初めて大隈国を設けた。」また元正天皇、養老二年（七一八）「越前(えちぜん)国の…四郡を分離し始めて能登国を設置した。上総(かずさ)国の…四郡を分離して安房国を設置した。陸奥(みちのく)国の…六郡を分離して石城国を設置した。…五郡を分離して石背国を設置した。」とあります。大和政権の地方進出は営々として続けられたものと考えられその局面で食料調達の任に携わって「阿閉」氏が全国に広がっていったものと考えらます。

さらに後の時代における大和支配の進捗に、糧食を担当した「阿閉氏」の地方進出が（「高志」またの表記である「越」地方までへの進出し通過する中での）滋賀県高月町の「阿閉(あつじ)氏」、富山県立山町の「阿閉(あとじ)氏」の起源となると考えます。これは安曇氏の信濃地方への進出の経路でもあると想います。

四道将軍は、「崇神天皇の時代に北陸・東海･西道〔山陽〕・丹波〔山陰〕の４道に、つかわされた４人の将軍をさして後世四道将軍という。《日本書紀》によればオオヒコノミコト（大彦命）を北陸に、タケヌナカワワケノミコト（武渟川別命）を東海に、キビツヒコノミコト（吉備津彦命）を西道に、タンバノミチヌシノミコト（丹波道主命、《古事記》では、その父ヒコイマスノオウ）を丹波にそれぞれ派遣して皇化をその地方におよぼせたという。《古事記》ではタンバノミチヌシ派遣のことはみえず、他の者も派遣の時期を異にしているし、さらにオオヒコとタケヌナカカワワ父子が相津（会津）に行きあった説話をのせている。これらをそのまま事実とすべきではなく、４将軍の子孫と称するものが後世それぞれの地方に居住した事実からみて、彼らが皇室と自己の祖先との関係を強調せんとして作られた説話であると思われる。また４人の将軍にしても数代にわたる地方征討の事業が個人の名に帰せられ説話化されたということも十分考えることができる。」とあります。“世界大百科事典 １３ 黛弘道 平凡社”(51)

四道将軍の歴史的な関係は関係する人物のみの系譜を記しますと

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―彦坐王　―㊄丹波道主命

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　�T　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　６代　考安天皇　―　７代孝霊天皇―８代孝元天皇―９代開化天皇―１０代崇神天皇

　　　　　　　　　　�T　　　　　　　　　　　　　　�T

　　　　　　　　　　�T　　　　　　　　　　　　　　―㊂大彦命　―㊃武渟川別命

　　　　　　　　　　�T　　　　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　―㊀　大吉備津彦命―㈠（彦）五十狭芹彦命（一に云　大吉備津彦命とも）

と、あらわされます。

つまり、世代でみると大吉備津彦命を㊀代とすると、大彦命は㊂代となり、武渟川別命は㊃代、丹波道主命は㊄代離れています。（一に云えば㊃代）

ここで、四道将軍の派遣と１２代景行天皇の皇子である日本武尊の事績との比較してみますと、日本武尊は26年間で九州から出雲にかけての征西・尾張、相模、駿河、上総、陸奥、信濃を経て尾張まで遠征したと、記紀にはそれぞれ記されています。そして近江の伊吹山で病をえ岐阜県を経て、三重県で亡くなっています。

四道将軍の時代よりくだりますが日本武尊、一代で日本の西から東に活躍しています。

そして、本稿　４　・�Cで記述の日本書紀　上　岩波書店　補注の引用部分で「・・・試に一世三十年の率を以て推すに・・・」ともありますように、天皇一世の治世はほぼ、三十年と考えてもいいのでないか、と思います。

四道将軍の場合ヤマトの東上と大和の拡張に資した四道将軍は実に4世代にわたって活躍したのです。

実際は４・５世代に亘っての大和政権の地方進出と考えます

皇統譜によれば、先に記しましたように１０代崇神天皇の曾祖父伯父であります吉備津彦命（大吉備津彦命とも）から、伯父の大彦命、従兄弟である武渟川別命、そして、甥の丹波道主命まで歴史的に大和政権の勢力の及んだ順の事蹟であります。

吉備津彦命はヤマト政権が近畿において大和政権になるまでの時代に、それから１・２世代おいて大彦命、武渟川別命、丹波道主命が世代をおいて、大和の拡張に尽くしたとされたのではないかと思います。

古代において国の覇権を争っている時代には、国の主権者の相続は他国への対抗するため、実権を幼い長子に継がせるのでなく、相続兄弟相続により組織の統一をはかり、その後体制が整えてから主権者の末子相続が行われた、その後長子相続が行われた、と考えます。

本稿４　・�Cの１２０年の延長は　兄弟相続から親子相続になるまえので四道将軍が一代３0年で　四地方にヤマトを拡張したのでなく地理的な展開を時間的な推移に引き直し四地方を３０年で拡張出来たら皇統譜１２０年延長できるのではないかと思います。

欠史八代といわれる　綏靖天皇―開化天皇時代は大和政権が確立するに至る期間で「ミヤコ」が一定していないために、正史に確定しえなかったことに起因していると思います。１０代崇神天皇の四道将軍派遣を経て１１垂仁天皇の代に続き上記引用の４　・�Cで記述の日本書紀　上　岩波書店　補注に続けて「・・・紀年の延長は允恭（１７代　筆者注）紀以前ににとどまる・・・」「・・・応神（１５代　筆者注）以降の実年代については、大体のところを知ることができる・・・」とあるところから、

八代にわたる天皇に、含まれることとなる考安天皇から崇神天皇までの事績は年代については疑義あるとは考慮しますが、史実を反映していると考えます。

なお、本稿１．「阿閉」氏の「氏」の成り立ち　�@「阿閉」の出自１）日本書紀における記述　のなかで歴代天皇の立太子年・在位年数・即位年・崩年などから考えて政権を保持するため相続がいろんな形で兄弟・末子・長子相続が行われたと、推測します。

ホームページ　’四道将軍派遣（古代氏の復元）`によりますと、大彦命を祀る神社を挙げられています。

阿閉氏は、大彦命を祀る神社のある京都府・岐阜県・福井県・石川県・富山県・長野県・新潟県・福島県・山形県・秋田県・岩手県・そして、三重県に従ったと推測します。

また、時代は異なりますが、阿部氏は武渟川別命に従いは東北へ、古事記には東方十二道　遠江、駿河、甲斐、相模、武蔵、上総、下総、常陸、信濃、上野、下野、陸奥に向かった、と記されています。

また、同じホームページ’　四道将軍派遣（古代氏の復元）`には武渟川別命を祀る神社を挙げられています。茨城県・岐阜県・山梨県・静岡県・栃木県・福島県及びます。

このことからも、二つの氏族の出自も時代も異なる氏族であると、考えます。

「阿閉」氏についても、大彦命を祖とする系譜はまさしくその通りであると言えます。しかしながら、その説話を官制の史書に記録するに至る経緯を考えますとその当時（日本書紀編纂時）の皇室と自己の祖先との関係を強調せんとする氏族、各々の政治的な力、そして地理的な納得できる背景、又「阿閉」氏でいうとその「氏」の名の分布の事実が説話を越える歴史的な事実を物語るものでもあります。

滋賀県内での経路については、大彦命は「大和宇陀郡から伊賀の名張に出て、それから阿拝郡を經て此國に入り、甲賀郡、蒲生郡などを過ぎて北陸に出られた。」“日本國誌資料叢書 第三巻　近江國　太田亮　臨川書店 ”とあります。

さらに、四道将軍について「それは、中国の影響かもしれないが、地方が「道」と意識された段階があったことが想定される「道奥」（斉明紀５年３月条、同７月戊寅条）の「道」も日本海ルートによる越道の奥として意識された称である。それはともかく、四道将軍派遣説話の四道とは「北陸」「東海」「西道」「丹波」である。」とされており、その前段にも「先にも記したように、「記」（孝霊段）には、大吉備津日子命・若建吉備津日子命二神は、針間（播磨）を「道ノ口」として吉備の征討に向かったと記されていた。「道ノ口」といえば、敦賀市にもその地名が残り、コシ（越・北陸）の加賀に「道君」（欽明紀３１年５月条、天智紀７年２月条など）がいたことも想起される。」“吉備の古代史 王国の盛衰　門脇 禎二　日本放送出版協会”(52)とも述べられており、「道」とは現在でいう「道路」のことを意味するだけでなく広く当時の政権の一行政区画（占領地・支配権の及ぶ所）も意味していること（江戸時代の命名ですが、現在の北海道にも残っていますが）又、その前線基地には「道君」と呼ばれる指揮官がいたこと、その進出・開拓の過程で「阿閉」氏が北陸や、山陽で従戦し、駐屯し、土着したのでないか、と考えられます。

柳田国男の��地名の研究　中央公論新社のなかの「地学雑誌」（大正元年）�≠ﾉ次のようにあります。

「・・・最後にいま一つ、地名を研究するおもしろみは、これとわれわれのごの苗字(みょうじ)との関係にある。・・・日本人は源平藤橘等の姓が少ないために、かつ人の実名を呼ばぬために、・・・主としてその人の居住地を呼んだ。それが今日の苗字の起源である。すなわち志那人が満洲の平原などで村を作り、自分の家号として、陳家屯(ちんかとん)・楊家(ようか)塞(さい)・柳家店(りゅうかえてん)などと呼ぶのとは完全に反対で、われわれの苗字はかえって居住地から出ている。」とあります。

時代が進むと日本でも後世には、ひとつの氏族が中央の政争に破れることなどにより、未開地の開拓に従事しその結果、氏族の名が地名として残る。そしてその地名を苗字とするものが、その場で増加した、考えます。

もとより、先立って発表された研究については、発表された時代を考慮しなければなりません。後を追う者は、時代の経過による新説を自分に都合のよい解釈は厳に慎まねばならないと思います。

中国は広い土地を有しており、そこに住むある一族が時代の経過により大きくなり、住む土地を求めて各地に広がった、と考え、一方で、

日本は、山地も多く一族がときの中央、大和とともに勢力を拡げるためには、組織的・系統的に行うことが必要であると、推測します。

その時代に開かれた道筋を辿って進んだ。とも推測します。

滋賀県の湖北地方ついては、「醒井の北西、天野川をへだてた近江町能登瀬には、式内社山津照神神社が鎮座している。」「伊吹から国道３６５号線を北西に走ると姉川が北に彎曲するところが山東町村居田の村である。村の中央光運寺の裏に息長広姫陵がある。息長広姫は敏達天皇の皇后で舒明天皇の祖母にあたる。」とあり、“古代を考える　近江　水野正好　吉川弘文堂”(53)滋賀県湖北は古代王権の確立の時代非常に重要な役割を果たしていた地方であると位置付けられます。

壬申の乱の際にも同じ経路を辿ったと見られます。「羽田氏は応神天皇の皇子、稚野毛二俣王を始祖とする氏族であった。…その本拠は近江国栗本郡の羽田庄の地にあった。」「すでに見たように、大友軍にあったにもかかわらず、それを裏切り大海人軍に走った羽田矢国・大人父子は、かれらの同族が居住する琵琶湖の東岸から北岸にかけて地域を征圧する作戦をまかされた。…」「羽田矢国と大人は大海人軍に迎えられた。そして北越方面の将軍に任命されたのである。大海人から授けられた軍事大権を象徴するものとしてかれらには斧鉞があたえられた。琵琶湖の北岸を迂回し、大津宮を北から襲うというのがかれらにあたえられた作戦であった。」「同じ日(７月２２日)、羽田矢国・大人父子と出雲狛は大津宮の北にある三尾城(滋賀県高島郡高島町)を囲み、これを攻め落とすことに成功した。」 “壬申の乱　遠山美都男　中央公論社” とあるように、滋賀県の湖東地方から湖北にかけての経路は当時充分拓けており、特に壬申の乱当時横河で大勝した大海人軍は、それまでに併合した他の軍隊を、(阿拝郡を通過し地元の兵を含む伊賀から遠征してきている軍隊)並びに岐阜県の安八郡から参加したといわれる湖北の胆香瓦臣安倍も、その沿道に兵を置いていたことは充分考えられます。

そして、それらののなかの一部は経路の途中に「阿閉」氏を名乗って駐屯したのでないかと考えます。

大和政権の地方進出に従い遠征をしたと考えられる氏族には「布勢」氏があります。「布勢」氏は大彦命の子、武渟川別命の九代の子孫を祖としており進出の足跡に数多く布勢神社を残しています。

奈良の北葛城 から越中の新川郡、射水郡、備前の赤坂郡、静岡の庵原郡、長野市、千葉市、柏市そして讃岐の寒川郡など大和朝廷の地方支配が将軍たちによって進んだと考えられます。滋賀県にも伊香郡木之本町（平成２２年１月に長浜市に合併）に布施、長浜市にも布勢の地名があり大和から越に向かう道標と考えます。

布勢氏については、“日本古代氏族事典　佐伯有清　雄山閣”に「（一）孝元天皇の皇子大彦命を始祖とする氏族。氏名は地名に因むと思われるが、比定地は不分明である。・・・（二）応神天皇の御子、若野毛二俣王の後裔氏族（『古事記』）。近江国伊香郡布勢邑（滋賀県伊香郡木之本町を本拠とする氏族か。・・・（三）仲哀天皇の皇子、忍稚命の後裔氏族。姓は公。布施にも作る。（『新撰姓氏録』山城国皇別）。（二）と同一氏族の可能性がある。）」とあります。

なお、「フセ」の地名については“地名のたのしみ　服部英雄　角川ソフィア文庫”のなかで先学の資産としての説を紹介されています。「…長沼氏は全国のフセ地名について、…結論として、フセ地名のほとんどは仏教徒の経営した布施屋に由来するとした。…これに対して中山太郎氏による反論がただちによせられた。…中山氏はフセ地名の起源を一、地形からきたもの、二、布施氏一族に由来したもの、三、駅逓のための「郵亭」の転訛、四、長沼氏の説く布施屋に由来するもの、以上四つに分類した。…」とありますが、なかで氏族の由来として神社に纏わる「フセ」地名は「布勢」氏に関わるものです。

同様に、「佐味」氏も奈良の御所、滋賀の余呉・高月、福井の武生、利根川などに地名・神社名として残っています。「佐味」氏も「阿閉」氏・「布勢」氏と同様に地方支配に従ったそれ故に大和政権の地方進出の際の通過先に点々と地名があるのです。

“つどい　第２５４号　０９．３．１”　“五世紀のヤマト政権と若狭　（前福井県埋文センター所長　中司　照世” のなかにで「・・・奈良県桜井市から名張市・上野市を経て、旧上中町にかけて、北陸方面に至るルート沿いに大彦命の系譜をひく豪族が盤居していることになる。これは、大彦命が派遣されたという伝承のルートとまさに合致することになろう。・・・」

「大王家につながる系譜をもつ膳臣が、若狭の大首長として五世紀前後に始めて在地豪族化し、やがて六世紀後半には再び居を大和に移したのでないか、というのが私の推測である。・・・」と述べられています。

これは阿閉氏についても同様の推測ができると考えられます。

「もとより、考古学的な事例に関して、『記紀』に見える膳臣の出自や動静を、そのまま安易に短絡させることは、問題が少なくない。なた、仮に記載が事実であったとしても、伝承をとどめる膳臣が、いずれも同一の系統をなすものとも限らないことは、論をまたない。」とも述べられ阿閉氏についてもまた同じであろうと考えられます。

これらの伝承されるものは、何代にも亘って行われた大和政権の地方支配の歴史であり、四道将軍・景行天皇・日本武尊をはじめとして雄略天皇以来の物部氏の地方進出、更に物部氏を打倒した蘇我氏による地方経営のため利害関係を等しくする他の氏族が互いに協力し何世代にも亘って開かれた道筋に沿って営々として進出したことの証左であると言えます。

そして地方進出の一翼を担った「阿閉」氏の発進の起点としては、本貫の地、伊賀国の阿拝郡である考えます。

ここで“古代史の謎を探る 大和書房 黒岩重吾”の対談‘古代王権についての新視点―阿倍氏をめぐってのアプローチのなかで、「阿倍氏」と「阿閉氏」を「…道君は越出身の在地豪族ですから。「国造本紀」では阿閉間人臣の祖、屋主男心命（彦屋主田心命）の子を高志国造としていますから、道君は結局、阿閉臣、つまり阿部臣です。…」と同一視されており、さらに、「とくに伊賀が先ず不可能だと思うのは、古墳がダメだからです。…伊賀の阿倍（閉）は墳墓がダメです。そんなものはありませんよね。」 と、述べられていますが、伊賀には「阿閉」氏の祖先とされ、あるいは大彦命の奥津城として考えられている遺跡がありその近くには、「阿閉」氏が奉斎していたと思料する敢国神社のことを挙げたいと思います。

それは、「御墓山」（みはかやま）古墳があり、関連するものと考えます。

「当社の参道入口には南北に通じる県道が走り、それを南へ４００ｍほど行った所に北寺田へ至る低い峠がある。その地点の道の東側を小字「大岩」と称し、かつては「大岩明神」と呼ばれる大岩（通称「黒岩」とも）があって弥勒の像が刻まれていた。…昭和６年の県道開削にともない、大岩池の西に通じていた古道に代わって池の東側に県道が通じ、池の東南に接していた大岩古墳が消滅した。敢国神社の祭祀氏族は阿閉臣（阿閇臣、敢臣）が考えられる。一般に君や姓をもつ豪族は地域名を氏の名としており、これは彼らがもともとその名の土地と人民を支配する地域首長であったためと考えられている。」“日本の神々　６ 神社と聖地 谷川健一 白水社 ”(54)とあります。

また、「道君は新撰姓氏録では大彦命の孫の彦屋主田心命を祖としていますが、阿閉間人臣と同祖です。道君が阿倍氏と同祖だということは重要ですね。道君は越出身の在地豪族ですから「国造本紀」では阿閉間人臣の租､彦屋主男心命の子を高志国造としていますから、道君は結局､阿閉臣､つまり､阿倍臣です。」とも述べられています。

「越」への大和朝廷の進出については同書にも書かれているとおり伊賀から近江を経て越の国へ、「阿倍」氏は進出したという太田亮氏の説も併せ述べられており一概には結論づけられないと考えます。

「道」 は支配するために都から地方へ延び、地方から人・物をあつめるものであり、大和から伊賀、近江を経て越に至るのは当然のことであると考えられます。そしてそれにはなによりも、「阿閉」氏と「阿倍」氏、は異なる氏族であることを認識する必要があり、結果として「阿閉」氏と「阿倍」氏の盛衰が、両氏族の地方への力関係の強弱が地方を統制する際の版図に影響を与えたとも考えられます。

“古代を考える　古代の道路　木下良 編 吉川弘文館” によれば「東海道が東山道とともに、各駅に原則として駅馬１０疋ずつを置く中路に規定されたのは、おそらく律令国家の主要政策であつた征夷に関わるものだろう。」と述べられている。続いて「しかし、「日本書紀」天武天皇元年（６７２）の壬申の乱の記事に隠（なばり）駅家、伊賀駅家がみえ、前者は現在の名張に当たり、ともにのちの伊賀国内に位置していた。…また「続日本紀」和銅４年（７１１）条には、平城京の駅を意味すると思われる都亭駅とともに、新置された諸駅のなかに伊賀国阿閇郡新家駅がみえるので、奈良時代にも東海道駅路は、伊賀国内を通っていた。」とあり、当時の都から地方への主要幹線道路としての東海道が、まさしく伊賀の阿閇郡を通過していたことがわかり、その場所に「阿閉」の根拠となっている点があることは地方進出の際の食料調達の任に当たっていたという証左であろうと考えます。

大和政権の拡大は壬申の乱の後、対外的に緊迫しておりそれ故に、国内統一にむけ最大努力をしい一つの現われとして絶対必要である大道、つまり軍用道路の建設も同時期に進められた、と考えられます。

「・・・古代国家の成立と、中央集権的な道路網の整備とは密接な関係があった。・・・律令国家建設の歩みと同調しながら、中央から地方に放射状に延びる六本の直線道路を建設・整備していった。東へ延びる東海道・東山道(とうせんどう)・北陸道、西へ延びる山陰道・山陽道・南海道である。このうち山陽道は、さらに関門海峡を西へ越えて九州に入ると、西(さい)街道(かいどう)と称される道となる。・・・これら東海道から西街道までの主要幹線道路は当時「七道(しちどう)」と呼ばれた。七道は都から地方に放射状に延びる道であるが、逆に地方から都へと収斂する道でもある。・・・」

東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、西海道の各道はその大道に直結していたのです。「阿閉」氏はそのなかで、特に北陸道の進出に関わる食料調達の役目を果たしていた、その役目に携わったものが土着した、ものと考えます。従って後述の「阿閉」氏の全国的な分布も先ずは、北陸道沿いが主なものです。

「…ここで問題になる六世紀末―七世紀前半という時期は、例えば『欽明紀』３１年条に見える、日本海対岸の高句麗との政治交渉の開始を契機に表面化した、コシの在地の有力首長層であるミチ氏とエヌ氏との確執と、これを機会にコシに割り込んでくる畿内の近侍的豪族たるカシワデ氏(膳臣)の勢力扶植の伝承に代表される如き、畿内の王権による日本海を介した対岸諸地域との政府間交渉と、いわゆる「東北経略」の開始に伴って激化しはじめる、南からのアヘ氏(阿倍臣)・カシワデ氏などを主体たる媒体とする畿内の政治勢力の浸透の深まりと、…」

「…また、『崇神紀』１０年条に、いわゆる「四道将軍」の派遣伝承に関連してあわれるタケハニヤスヒコ(武埴安彦)の反乱伝承もヤマシロ(山背)を舞台に展開される虚構性の強いものであるが、『古事記』崇神の段が「大毘古命、罷往於高志国之時」と記し、記紀が一致して、コシに派遣されたとするオホビコとの衝突に、その契機を求めて語っている如く、多分に七世紀段階のコシ→アフミ(近江)を結ぶ諸地域の政治的動向と深いかかわりあいをもっている。…」“古代地域史の研究　浅香年木　法政大学出版局”(55)、述べられており王権に従い近畿の豪族が「越」への進出したことが窺われます。

また、同書では「…ここで、頗る注目されるのは、推古１６年(６０８)に額田部比羅夫が隋使を迎えたとき、隋使の「導者」をつとめたのが阿倍鳥臣であり、同１８年(６１０)に比羅夫が新羅使を迎える「荘馬長」をつとめたときも、同じ阿倍鳥臣(阿倍鳥子臣)が「大夫」として、参画しているほか、同時に入京した「任那使」の「導者」を阿閇臣大籠、「荘馬長」を膳臣大伴がつとめていること、…」とあり北陸進出に阿閉氏が重大な役目を担当していたことは明らかです。

“日本國誌資料叢書 第二巻 越後・佐渡　太田亮　臨川書店”(56)によれば大彦命の北征「…此の地方は地理的関係から早く出雲と交通して居たのであるが、大和地方とは多くの山脈に隔てられて居る爲、比較的遅れた事と思ふ。けれど丹波や近江が闕史時代に於いて既に皇威に服して居たのであるから、何等徴證ある譯でないが恐らく崇神朝以前に於いても皇威既に北陸の西部に及んで居たと想像してもよからう。しかし國史上の初見は四道将軍の派遣からである、崇神天皇の朝 四道将軍の一人として此地方に向かわれた大彦命である。命は孝元天皇の皇子にして開化天皇の兄に當らされ、當時朝廷に於いて最大重望を擔へる方であつた。」とありさらに「書紀に據れば此の遠征は、各方面とも僅かに六ケ月で凱旋したやうになって居るがそんな事がありよう筈がない。後世命の後裔と稱する阿部氏の分布などから考えると、これは單なる遠征ではなく氏族の移住とも云ふべき大仕掛のものであったと思ふ。」とあります。さらに、“系譜と傅記　第三號、命の通路と氏族分布 ”に「大和宇陀郡からは此氏族なる宇太臣が出て居る。次に道は伊賀の名張に出るが、此處からは此氏族の名張臣が起こって居る。次に伊賀郡からは伊賀臣、阿拝郡からは、阿閉氏、此阿拝郡の北は近江國甲賀郡だが、此處からは音太部氏、…以上宇陀から名張、伊賀、阿拝、甲賀、蒲生等を經て越の國へ至る道それが命の進行せられ、且此後此氏族が大和の本據から越の國に往復した時屡々通過した道であったのであらう。そして此等此氏族なる各氏々は其の結果として發生したものと思ふ。恐らくはそれは短日月の間に發生したものではなく、永い間の往復の結果と見てよからう。」と述べられています。

「孝元紀に大彦命の後とみえる越国造は、その氏姓は明らかでないが国造本紀には、高志国造。志賀高穴穂朝御世。阿閇臣祖屋主田心命三世孫市入命定賜国造。とみえる。この記事がどれほど信じられるかは不明だが、前述のように出雲国に阿閉氏がいたことから考えるとあるいは、越国造は阿閉氏であったかも知れない。」“古代氏族の性格と伝承　志田諄一　雄山閣出版”ともあり現在の富山市にある「阿閉(あとじ)」姓との関連があるものと思われます。

“北陸古代の政治と社会　財団法人法政大学出版局　米沢　康”(57)よると、越国造の所在について、「日本書紀」の越国造と「国造本紀」の高志国造とを同じとみる説と、別であるとの両説を論じられ続いて、それが越後国古志郡附近一帯であるかどうか、検討されています。「…一見して誰の眼にもあきらかなように、その分布が、海と密接に結びついていることに着目しないわけにいかない。…」とされています。阿閉姓が多く見られる（現在、阿閉氏の分布はやや山間地に近いのですが）富山市との関係を考察すると、候補地のなかに、越中国射水郡があります。「越中国射水郡は、射水川の河口周辺を中心として、富山湾に面していた。「延喜式」に見える越中の国津「曰理湊」はこの射水川の河口港である。式内社に気多神社が存在するのも、航海神としての神格に基因するものであろう。「万葉集」にはその海浜の景勝を詠んだ数々の歌が伝えられている。」とあり、同所が他の越国の想定される地域とともに、まさにその中心地で「越中」とよばれるに相応しい地域であると考えられます。

日本書紀に斉明天皇の代に阿倍比羅夫が越国守として蝦夷を討つ記述がありますが、この地域の重要性は、対朝鮮半島との対応と、出雲との交流とも併せて大きいものがあります。

次に先に述べた「阿閉」氏に関わる人名のなかで、阿閇色命は､忍凝見命の孫とあり、（国造本紀）に成務天皇の代、筑波国造（常陸国）に任ぜられた、とあるように他の地方でも朝廷の地方支配に従ったものと考えられます。

氏族の地方への進出には“古道　藤森　栄一　講談社学術文庫”(58)氏族放浪のなかの東国への道で「また、垂仁天皇、玉垣の段では鵠を追跡した話がでているが、これにも木国―針間―稲羽―旦波―多遅麻―近淡海―三野―尾張―科野―高志という順路の一例がでている。前半ははなはだややこしくてよくわからないが、すくなくも、後半、近江・美濃・尾張・信濃・高志という道筋は、大いにうなずけることである。」とあり近江から高志までの道筋と播磨、因幡、丹波、但馬への道筋も示めされており阿閉氏の分布と重なる経路でもあると考えられます。

４．「阿閉」姓の現状

�@「阿閉」姓の「漢字の読み」

「阿閉」氏の全国的な分布については、先にも述べましたように、漢字の「ヨミ」の変化と、同音の漢字の「当て字」に、よるものの正当性の判断を厳密にすることは当然ですが、「ヨミ」を資料としている現在の（平成１２年）全国の電話帳から調査しました。（企業の全国的な展開による人々の移動、企業携帯電話・スマートフォンの普及による電話帳の脆弱化などの影響も考慮する必要があります。）

「日本人の名前の中には、苗字研究家の丹羽(にわ)基二(もとじ)氏によれば、「斎藤」と書いて「なかじま」と読ませるような、漢字と読みとに関連性を観出しがたいものがあるという。名簿類の作成ミスによるものでないとすれば、戸籍には原則として読みを振らないために、このようなことが起こる可能性はある。」と“訓読みのはなし　笹原宏之　光文社” (59)のなかで、固有名詞の訓読みのなかで述べられています。

「阿閉」の読みについて、“難読姓氏辞典 大野史朗・藤田 豊 編 東京堂出版”(60)よると、��あずみ・あとじ・あつじ・あべ・あずち�≠ﾌ５種があげられています。��あとじ・あつじ・あべ�≠ﾉついては構成している漢字の読みからも考えられ、探すこともできますが逆にその読みを作る当て字の漢字も理解しやすいものです。しかし��あずみ・あずち�≠ﾉついては歴史書にもあるとおり多数みることができます。

同書によると、��あずみ�≠ﾆ読む姓の漢字は「安住」・「安積」・「安曇」・「阿曇」・「阿墓」・「握美」等が挙げられています。

「阿閉」と��あずみ�≠ﾉついては、「阿閉」を「あへ」・「あつじ」とヨムことのからの言い回しから起こる変化とは別の関連、つまり、「阿閉」と関連のある「蘇我」氏とを通じた「阿倍」氏との関係から生じたものとも考えられ、「阿閉」を��あずみ�≠ﾆ読むことには��あずみ�＄ｩとの別になんらかの関係、あるいは交流があったことを示すものでないかと考えられます。

“滋賀県の地名 日本歴史地名大系 ２５ 　平凡社”(61)よると、「伊香の八郷」として、貞観７年３月２８日、柏原、安曇、遠佐、楊野、余呉、片岡、伊香、大社が挙げられており、そのなかで「安曇」については“日本國誌資料叢書 太田 亮 臨川書店 三巻 近江國”に「…阿渡知と訓むべし。古史に海神の裔安曇と云ひ、信州にも其の地名ある者と、全く相違す、此安曇は本来アヅチの下略歟。いま古保利村に阿閉あり、即是なり…」と記されています。

��あずち�≠ﾉついては「安土」と表記できます。「阿閉」を��あずち�≠ﾆ、ヨムのは��あつぢ�≠ﾌ誤読でないかとおもいます。「あつじ」の読みのもとのヨミ、��あえ�≠ﾉついては「敢」・「安閉」・「安慰」・「餐」の姓氏が記されています。

ここで先にも考察したように阿閉と書いて「あとじ」と読むのは表記通りの読み方と考えられ、「あつじ」と読むのは読みなれて訛ったものでないか、例えば「通り」と書いて「とおり」とよむものを「とうり」と読むように「Ｏ」の音が「Ｕ」の音になる例で示すことができます。

このことについては、“日本書紀　上　岩波書店”の補注にも「…ことにＯとＵとは交替しやすい（たとえば、足結をアヨヒ・アユヒ。石上をイソノカミ・イスノカミなど）…」ともあります。

また“消された王権　関　裕二　物部氏の謎　PHP研究所”(62)のなかで「もともと“スガ”であったものが出雲大社で“ソガ”になったのは、ＵとＯが音韻変化しやすいためで、“宗我”と書いて“ソガ”とも読み、蘇我氏の場合、“宗我”とも称していたことは無視できない。」とも述べられています。

「「阿閉」は「アベ」と音読すべき当て字なのだが、のちにこれを「アとじ」と重箱読みしたと思われる姓が、室　鳩巣の駿台雑話の阿閉掃部　アトジカモンという武士の名に見える。」ともあります。“地名語源事典　山中　襄太　校倉書房”(63)

「阿閉」の読みは「日本書紀」・「播磨国風土記」では「アヘ」（あえ）と音読していたことは分かっており、「アベ」の当て字であると言うには疑義を持たざるを得ません。

「重箱読み」は、「湯桶読み」と同じく漢字の「読み」方について一つの単語が、「音読み」「訓読み」と交互に読まれる現象です。これは、同じ漢字の輸入している朝鮮語にもあるようにも説かれているようです。異なる言葉が遭遇すると、外来語と固有語の交渉のなかで起こり生理学的に発音し難い場合、該当の文字の日本語読みが発生したのでないでしょうか。

特に「漢語」の場合などは、四声・平仄などで日本語では同じ音で発音して意味が多岐に亘るものがあり、話し言葉で理解することが困難な場合があります。

「重箱」も「じゅうそう・じゅうしょう」、「湯桶」も「とうとう・とうしょう」と読んではその発音のみではわかりません。前後の話から推察、理解する必要があります。

従って、発音が不得手で訛ることもありますが、故意にあるいは、意識的に読み違えることもあったと考えます。

「阿閉」（あつじとヨム）　の場合“難読姓氏辞典　大野　史朗・藤田　豊　東京堂出版”にある「阿」から始まる苗字１０５例のうち「阿閉」（この場合はすでにヨミかたは一通りでないことは既に判明していますが）と「阿江」（あえとヨム）この場合も、あえ・あこう・あいえ・あこのヨミもあります）の２例だけが「重箱読み」する苗字であります。「阿閉」を、それまで読み慣らされていた「あえ」とよばなくなったのは「阿閉(あ　へ)」氏が「阿倍(あべ)」氏とともに「あえ」と読まれることを避けて、故意・意識的に「あとじ」と読むように「重箱読み」に変えたと考えます。「阿江」の場合、「あこう」と「音読み」・「音読み」でヨムのは、「あえ」と「音読み」・「訓読み」とヨム元の文字である、「阿閉」のヨミ方からくるもので、北九州に由来するヨミを受け継いでの「音読み」・「音読み」のヨミへの変化で後から生じたものと考えます。

「重箱読み」は“漢字百科大事典　編集　佐藤喜代治　明治書院”(64)　によると、「…最初は、とり入れやすい名詞として国語の中に用いられたが、借用の進展に従って、…さらに、漢語使用に習熟すると、「乞食(こじ)く」「装束(そうぞ)く」「料理(れうる)」「牛耳(ぎゃうじ)る」「問答(もんだ)ふ」のように、漢語の語尾も活用させることも行われた。」とあり、さらに「重箱読み」はすでに、「…平安時代に生じていて、たとえば、『和名抄』…にある。」ともあります。そして例として源氏物語の中に素直(すなお)・几帳(きちょう)・絵所(えどころ)の他沢山挙げられています。

�A阿閉という姓に関連あるとみられる地名の分布

○滋賀県伊香郡高月町大字東阿閉 ・西阿閉（平成２２年１月長浜市に合併） 現在 阿閉(あつじ)姓多数あります。

○三重県上野市一之宮字宮之谷　　　 敢國神社(あえくにじんじゃ）が祀られています

○富山県富山市・立山町 現在 阿閉(あとじ)　跡治(あとじ)姓多数あります。

富山県は北陸・兵庫県は山陽・島根県は山陰・常陸国の筑波それぞれ四道将軍の足跡に「阿閉氏」縁の地名が残っていることは、大和政権の進出に深い関係があった氏族である、と考えられます。

○兵庫県加古郡播磨町（ 阿閇村が町制改称１９６２年 ）　　播磨国風土記に「景行天皇　阿閇津に到り」の所伝があります。景行天皇は１２代天皇であり、８代孝元天皇の子大彦命（四道将軍）、孫の武渟川別命と兄弟である垂仁天皇の子の代になるわけであり当時既に兵庫県の地名としての「阿閇」は先にも述べた崇神天皇１０年「大彦命を以て北陸へ遣わす。武渟川別を以て東海に遣わす。吉備津彦を以て西道に遣わす。丹波道主命を以て丹波に遣わす。因りて詔して曰く「若し教えを受けざる者あらば、乃ち兵を挙げて伐て」とのたまう」とあり、四道将軍の説話に残る山陽道開拓に従った「阿閉」氏の痕跡か、とも考えられます。

○出雲国出雲郡出雲郷伊知里 　　同所の戸主勝部首墨田の戸口に阿閇臣姓があります。これについても電話帳の調査では、現在出雲市に数多くの「阿部」姓を見つけることができることも関連の考察を必要とするでしょう。

○福岡県北九州市小倉北区の「藍島」（あいしま）　日本書紀　仲哀天皇条八年春正月条に縣主の祖、熊鰐が、「…没(もと)利(り)嶋(しま)・阿閉(あへの)嶋(しま)を限(かぎ)りて御筥(みはこ)とし、柴(しば)島(しま)を割(かぎ)りて御�I(みなへ)�D　御�D�I、此をば御那陪(みなへ)と云(い)ふ。　とす。」とある「阿閉嶋」の事で、ここでも天皇家に料物を差し出す土地の名前として述べられています。

没利島については、島の名の由来は朝鮮語の「モッアール」・「集落」からである、との説もあり阿閉島についても、現在では藍島あるいは、相島（玄海灘にも相島があります）とも書くことがあり「あいしま」と呼ばれていますが、「藍」は「アヰ」「相」は「アヒ」であり、「阿閉」・「アヘ」での朝鮮語での由来、解釈をするべきと考えます。

「藍島」はその島の名を「あえ」島、饗島、つまり、食事を提供する島と呼ぶのは提供できる食材があることからの名付けなのです。

島のある響灘は対馬海流に近く、島には荒天よけの良港があり、日本有数の漁場でサバ・アジ・イワシ・フグ・ウニなどの魚が水揚げされています。古代日本人の蛋白源は狩猟によるものよりも、漁撈によっていたと考えます。そして、その採れたものを神に奉献、天皇家に供進したものと考えます。現在も釣り情報の提供される場所として知られています。

ホームページ`’　`日本の歴史と日本人のルーツ　MAT 何故、日本は魚をたべるのか！’　に、「・・・縄文時代までは狩猟で蛋白質を確保してきた。ところが、大陸から渡来してきた稲作農耕民族の渡来系弥生人たちは魚介類を主に蛋白質とした。・・・」と、あります

その島の名が「あえ」となる理由がそこにあるのです。

本稿１．「阿閉」氏の「氏」としての成り立ち�@「阿閉」氏の出自１）「日本書紀」における記述、で記しました「あえ」の由来となったと考えます。

「阿閉」島のある、北九州への大和の進出について日本書記の記述には

仲哀８年1月条、１９９年の、仲哀天皇と熊鰐についての記述

仲哀９年9月条、２００年の、神功皇后と吾瓮海人烏麻呂についての記述があります。

同地域については、先立って日本書紀の神武天皇条に

前６６０年　神武天皇東征の際の行宮、岡田宮は福岡市八幡西区岡田町１−１（東経１３０度１６分０３秒・北緯３３度５１分４３秒）にあり、主祭神は神武天皇で、熊鰐も祀られています。

なお、福島県福岡市東区香椎４−１６−１（東経１３０度２７分０９秒・北緯３３度３９分１２秒）に香椎宮があります。

古代においては、神社ではなく霊廟と位置づけられて仲哀天皇と神功皇后を祀り香椎廟、樫日廟とも称されています。この宮は神武天皇になぞらえてつくられたもでないかと思います。

また、神功皇后征西の際の行宮は戦略的な目的で、橋頭堡として豊浦宮は下関市長府宮ノ内１−１８（東経１３０度５９分１５秒・北緯３３度５９分５７秒）にあります、

二つの地は非常に近く、大和の九州支配の基地となる場所であった、と考えます。

そして、日本書紀に記されているその地域の島々とその地域について、阿閉島に地域を統べる一族がすまいしたかがうかがわれます。

同じ、ホームページ`’　`日本の歴史と日本人のルーツ’　MAT　神功皇后時代の穴門、響灘付近の地名について、「・・・そして「穴門から向津野の大済（おおわたり）に至るまでを東門とし、名護屋の大済を西門としています。没利（もとり）島と阿閉（あへ）島を御筥（みはこ）とし、柴島をミナへ（鍋や器）としています。逆見（さかみ）の海を塩の産地としています。」と奏上して、海路を案内して行きました。山鹿の岬から廻って、岡の浦に入りました。」と述べられています。

「・・・岡の県主の祖・熊鰐は此処を防衛の東門と説明した。・・・」とも記されています。

熊鰐は遠賀川河口付近を版図にして活躍していたのです。　

なお、熊鰐の、熊については　広辞苑に「・・・熊・・・�B（接頭語的に）強く荒く恐ろしいさま、また、大きい意を表す語。神代紀下「八尋の大━鰐」。記中「━樫くまかし」「━蝉ぜみ」とあります。つまり「熊」のような「鰐」であった・・・あるいは「ワニ・和邇・和珥」族の意味も含んでいると想起もします。

地形的に阿閉島は熊鰐の勢力下にあり吾瓮海人烏麻呂は熊鰐に臣従していた、と思われます。そしてその地に大和政権が確立した後は、瀬戸内海経由で大和政権に仕え瀬戸内海を東上した、と考えます。

その一帯を支配していた安曇氏は日本海を北上し、長野にまでも一族は広がりました。

ここで、海人についてですが同じ、ホームページ`’　`日本の歴史と日本人のルーツ’　MAT　海人族の安曇、住吉と宗像について　には「・・・海人とは海を主たる生計の場所と人々を言うのであるが、海に関する職業と言ってもいろいろあり、職業分化が未発達な上古においては、潜水漁法（素潜り漁法、追い込み網漁法）釣魚、網魚、塩焼き、水上輸送、航海などに携わる人々全般を総称して海人と呼んでいたようである。・・・」とあります。　　　　　

さらにホームページ　時空トラベラー　`古代筑紫三海人族の謎（１）━安曇族の故郷を訪ねて志賀島へ’　には、「・・・大陸との交易に重要な役割を担った安曇族のルーツは、おそらく大陸から渡ってきた人たちだろう。・・・」ともあります。

そしてそのさきの海に後述の貝島があります。

日本書紀の神功皇后摂政前紀秋九月条に「…是(ここ)に、吾瓮(あへの)海人(あま)烏(を)麻呂(まろ)といふをして、西海(にしのみち)に出(い)でて、國(くに)有(あ)りやと察(み)しめたまふ。…」とも、記されています。

そこで、本考察の表題の「阿閉」と同じく日本書記に「阿閉嶋」と表記されている箇所についての関連で考えてみますと、仲哀天皇条九年、ならびに神功皇后三年条の応神　立太子までの日本書記の記述のなかにも「阿閉」と同訓の、吾瓫海人烏摩呂（あへのあまをまろ）の名もあります。

内容を比較しますと仲哀天皇条八年条の「…没(もと)利(り)嶋(しま)・阿閉(あへの)嶋(しま)を限(かぎ)りて御筥(みはこ)とし、…」の御筥、「柴(しば)島(しま)を割(かぎ)りて御�I(みなへ)　御�I、此をば御那陪(みなへ)と云(い)ふ。」の御�Iについては、そてぞれ“日本書紀　上　岩波書店”の頭注に、御筥は、「…和名抄の引く楊氏漢語抄に筥を「波古」と訓む。通釈に従いミハコとよんでおく。それにしても「御筥とす」の意味は不詳。通釈に「御筥に盛べき科物なり、即穀物を作り出す所を云う古言なり」という。」とあります。また、御�Iは「…釈紀、分注により訓はミナへ。鍋のこと。ナは。魚菜。へは、ツルべなどのべで器の意味。「御�Iとす」の意は不詳。通釈は「是は供御の魚を漁るの地を云」という。」とあります。

諸橋轍次 著 「大漢和辞典」によれば「筥」は漢字番号２６５０１で「はこ　米などを入れるにつかふまるいかご。」とあります。また「�I」は漢字番号２１５５０で「口が大きくて低い、小さなほとぎ」とあります。「ほとぎ」は水など飲食物を入れる瓦製の入れ物のこととされています。

つまり、阿閉氏はその名を負う阿閉嶋に居住し仲哀天皇条九年には、大和の征西の際には食料の調達に従った。

さらにその後神功皇后三年条の応神　立太子に伴う遠征に際しては物見を担当し、軍事にも携わり大和の勢力に編入された、と推測します。

後述、�C日本書紀における歴代天皇の対朝鮮交渉記事での「阿閉」氏の関わりにある「…試みに神功・応神二代の紀年を朝鮮の歴史と比較するに、両者の干支符合して、しかも書紀は彼よりも干支二巡百二十年古いこととなっている事例が多多見出される。…この二代の書紀紀年は百二十年の延長あるものと考えざるを得ない。雄略紀以後は大体朝鮮の歴史と符合するので、紀年の延長は允恭紀以前にとどまるとみてよかろう、…」を併せてかんがえますと、神功皇后の崩御２６９年に１２０年を加えると、神功皇后崩御年は３８９年となります。

その後の日本書記にある４８７年の記述、阿閉臣事代の任那への使いしたとあるものとの年数の違いは約１００年であり、その間に阿閉氏はその地で大和に従う氏族として徐々に大きくなったと推測します。

「阿閉氏」について考古学の遺跡と、史書の記述との関連までを試みますと、のちに詳述しますが、“貝島古墳群―北九州市小倉北区藍島所在に海人の古墳群―　山中英彦” (65)にも記されていますように「…阿閇と吾瓮は同音で、貝島古墳群の性格と併せて考えれば、小倉北区藍島に比定してよかろう。…」「…本古墳群はこの吾瓮海人烏麻呂に象徴される海人族の墓域で、６世紀に突如入島開拓した大きな動機は神功紀からも察せられる朝鮮遠征に際する海導者として…」と述べられています。

考古学からも、阿閉臣事代が任那への使いしたとある５世紀末についての日本書記の記述は、裏付けされていると、考えます。

資料を異にする記述ですが、朝鮮の釜山（プザン）から九州へのルートについて、ホームページ‘古の神社の旅　古の神社を訪ねて　その６　玄界灘の古代’のなかに最短海域として対馬を経由し壱岐を経て九州の名護屋に至るコースがあり、べつに朝鮮諸使節の主要舟行ルートとして対馬の『鰐浦』『厳原』を経て壱岐の『勝本』そして『藍島』を経由、『大島』と『地島』の間を経、『下関』に至るコースのある、ことを述べられています。

朝鮮から日本に至るについては、阿閉島を経る航路が古代より連綿と続いていることの証しであり、後述の島の地理的な分布と併せて阿閉姓の古代朝鮮との関連を物語るもの考えます。

また、阿閉島には、伍社神社宮があります。由緒は不詳で祭神は、底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命・品蛇和気命・息長帯姫命とされていますが、底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命は航海の神々で、兵庫県　播磨町「阿閇神社」の祭神と同じであります。また、神功皇后である息長帯姫命も同社の祭神であります。そして品蛇和気命は息長帯姫命の御子で応神天皇であり、まさに日本書紀の記述にあるとおりの神が祀られているのです。

そしてこの島の位置は阿閉事代が任那に使いした朝鮮と日本を結ぶ経路の上に在るのです。つまり釜山と対馬、対馬と壱岐、壱岐と藍島のそれぞれの距離は最長で約５０kmであり飛び石のように繋がっています。

以上から「阿閉(あへ)島(しま)」と呼ばれていた藍島の遺跡（轟B式土器はBC6000年頃まで遡るものもある、とあります。藍島の遺跡はBC1000年頃と考えるのですが）、その後の長い歴史の空白を経て「日本書紀」に現れる阿閉氏との関連する記述、即ち崇神天皇条の四道将軍派遣（日本國誌資料叢書　太田亮・近江伊香郡志の記述）、また垂仁天皇条の天日槍による陶器の伝来（藍島の古式須恵器の出土）、仲哀天皇条　神功皇后条の記述に、「書紀紀年干支二巡、百二十年延長」を考慮した年次を当てはめていくと朝鮮から伊賀への道筋ができると考えられます。

「阿閉氏」について考古学の遺跡と、史書の記述との関連までを試みますと、“貝島古墳群―北九州市小倉北区藍島所在に海人の古墳群―　山中英彦”にもありますように「…縄文期の遺跡は洞海沿岸から遠賀川流域に至る陸部の他、島嶼に分布し、当時の獲得経済下にあって漁撈に適したより豊かな自然環境をもとめて、先史時代人が入島したものといえる。轟B式土器を検出した馬島…など縄文前期にのぼる遺跡が存在している。」「弥生期は陸部と島嶼部はそれぞれ原始農耕地域と磯浜漁業地域という鮮やかな対照を示してくる時期で、…北部九州を代表する農耕遺跡が展開、居住地も拡大し…遺跡は質・量共に飛躍的に増大している。」「島嶼部への人口の移動が再び活発化するのは、古墳時代の後半で、従来無人島同様であった藍島に貝島古墳群が成立する。…縄文期及び古墳期の遺物がかなり濃密に散布している。採集資料中に石器類（Fig ２）や轟B式土器（Fig ３）と共に古式須恵器（Fig ４）がある。」（引用させていただいた元の報告には、Figの表示はそれぞれ図示されています。）

さらに、「響灘にうかぶ島々の中に藍島がある。…今回報告する古墳群の立地する貝島は、さらにこの藍島の北端約３００ｍ離れた地点にあり、南北１００m面積４０００�uほどの無人の離島で、藍島の属島の一つである。」と同島の古墳の調査を続けて報告されている。

同報告では、さらに日本書紀の仲哀記の記述を「…この伝承が成立した頃すでに響灘一帯が重要な漁業地域を形成していたことと同時に、響灘一帯が崗縣主の支配領域であったことが推察される。…」されています。

つづいて、隣接する馬島地点の発掘のなかに「…さらに、石材の中に黒曜石、ホルンヘルスや細粒砂岩など他地域から運ばれたことが明白なものが多く、石質鑑定をお願いした秋吉台自然博物館の太田正道氏によれば石刃のホルンヘルスは南朝鮮の可能性があることを教示された。」とあります。

そして、総括の部分で「…“吾瓮海人烏麻呂”も玄海・響灘の海人で一般に海人がその居住する島名を付して表記される事から吾瓮島の海人である可能性が強い。この海域の吾瓮島の候補地は二つあり、一つは玄海の筑前相島で、他の一つが、響灘の藍島である。現在その用字を異にしているが、江戸期は共に藍島で名称からは断定出来ない。筑前相島にもわずかに古墳が存在するが、先に引いた仲哀紀八年の条にみえる阿閇島は記録の舞台が響灘で小倉北区藍島に断定でき、阿閇と吾瓮は同音で、貝島古墳群の性格と併せて考えれば、小倉北区藍島に比定してよかろう。…」「…本古墳群はこの吾瓮海人烏麻呂に象徴される海人族の墓域で、６世紀に突如入島開拓した大きな動機は神功紀からも察せられる朝鮮遠征に際する海導者として或は水軍として新羅南下による半島の任那危機に対処するための極めて政治的かつ軍事的措置の一環で、６世紀以後北部九州にたいして行われる朝鮮遠征を契機とする軍事的部民の設定と軌を一にしている。」とあります。

以上のように縄文、弥生のころより朝鮮との交流はさかんで、６世紀以前の島嶼の状況を考えますと大和の朝鮮遠征と朝鮮からの人々の移入があり、発掘されている遺物からその前後の判断は難しく言いえる事は、島伝いに混血も生じていたこともある可能性は否定できないと、考えます。

６世紀に突如大和の勢力が島に入ったことにより、直接大和と朝鮮との交流が深まり、その過程のなかでそこに住む吾瓮海人に対する大和の支配力はそれ時以前の朝鮮からの影響よりも一層強くなったものと考えます。

“謎とき古代日本列島　関裕二　講談社”(66)には、「これだけはいえるであろう。すくなくとも、日本列島の地理的条件からいって、太古から中国大陸や朝鮮半島とは、現代人の想像をはるかにしのぐ交流をもっていたはずで、日本だけをみて日本古代史を語ることはもう不可能、ということだ。そして、このような交流の玄関口となったのが、九州だったということなのである。」とも述べられています。

“古代史を解く『(「)鍵』」門脇禎二・森浩一　学生社”には「門脇　ぼくは、歴史のどの時点から渡来人と呼ぶのが、いまのところ、はっきりしていないと思うのです。その点で、逆にいえば、日本人というものがどの時期から形成されてくるかということを頭の片方に置きながら渡来人を論じなければいけないのでないかと思うわけです。」とあり、特に、北九州に淵源を持つ氏族については、朝鮮半島でも特に日本と近い任那との混血も考えられ渡来氏族との差異は大きいものではないと考えます。

そしてここに、`響灘文化！日本の歴史と日本人のルーツ’MATさんのブログがあります。

そこには、「縄文時代から玄海灘（ママ）と響灘で大きく文化が異なっていたようだ！墓制が特に顕著で石棺墓を採用していた。宗像地方以東、響灘沿岸地域をまとめて響灘文化と呼ぶ必要が有りそう。・・・」とあります。さらに

「新しい綾羅木郷式土器は、響灘沿岸部から主に山陰地方と瀬戸内海西部地方に分布し、・・・大陸伝来の稲作農耕文化が本州など東へ伝播するルート上で、綾羅木郷遺跡が交流の拠点的な位置を占めていたことを物語っています。・・・響灘文化は山陰文化圏の一部であった。この文化圏の中の文化交流、物流は宗像・津屋崎の海人族が担った。（最近２０１５,９７の研究で厳密には安曇氏であった。）」ともあります。

また、MATさんのべつのブログでは、「北九州の弥生時代について「縄文時代と弥生時代の連続性」と言う主張が九州の考古学会から出ている。・・・在来系弥生人（縄文人）の習慣を受け継ぎ、甕棺墓を採用した玄海灘沿岸の渡来系弥生人についてのみ成り立つ、この文化圏の中心が奴国や伊都国であろう！これに対し山口県豊北の土井ヶ浜遺跡の石棺墓制を採用する響灘文化圏は在来系弥生人（縄文人）との生活文化の連続性が無く、玄海灘文化の弥生人とは異なっていた。さらに、海の交流ネットワークを通じて西北九州文化圏に石棺墓制を伝えた。この後、古墳時代を築く渡来人秦氏は響灘文化圏から山陰文化圏に属する弥生人の系譜の後を継いで行くようだ。」とあります。

この考え方を援用させていただくことにより。この考察の強力な根拠だてとさせていただくことができます。

山陰文化圏とはべつに、瀬戸内海を経由して神武天皇が東征したとされている同じ経路で進出した渡来人グループが阿閉氏であると推理します。

神武天皇東征の北九州の起点は、岡(おかの)水門(みなと)（福岡県遠賀郡蘆屋町遠賀川河口付近）とされています。これは、記紀も同じであり、それは響灘にあります。また

日本書記の仲哀天皇八年にある崗(おかの)縣(あがた)主(ぬし)も福岡県遠賀郡蘆屋町付近に居を置いた、とのべられています。

阿閉氏の祖は、ヤマトの祖が北九州から瀬戸内海沿いに大和へ進出するに伴い付き従ったと推理します。

本稿では、「ヤマト」と「大和」の書き分けは、元明天皇の和銅６年（７１３年）に発せられた「諸国郡郷名著好字令」で「倭」から「大和」の字が用いられた時とするのではなく、一地方を勢力下としていた時「ヤマト」、から他地方に勢力を及ぼすようになった時「大和」としています。

阿閉氏の祖の本拠地であったと考えられる阿閉島の対岸の、福岡県糟屋郡糟屋町と福岡県飯塚市には「阿恵」（あうぇ）の地名もみられ、筑豊町阿恵は日本歴史地名大系　平凡社　４１　兵庫　�U　には、「阿恵村は嘉穂盆地の南部、・・・」とありさらに、「慶長七年（一六〇二）の「阿江村」の検地高九六四石余・・・」の記述もみられます。つまり１６０２年には（あいぇ）の記述もあったのです。「・・・「阿閉」を（あふぇ）と呼んだ頃から、人の動きなどにより発音が変化し（あうぇ）となった、その変化の痕跡ではないかと推測します。

「阿恵」の地名はホームページ　地名をあるく　５０落合・高梁市公式ホームページに「・・・「落合」の中心を占める阿部地区は歴史も古く、昔から「あい」と呼ばれていたり、「阿恵村」（「備中集成志」）とも書かれています。・・・」ともあります。

ウェブサイト上の毎日新聞　２０１６年10月30日　西部朝刊　　には

`古代糟屋郡’　`交通の要衝の実像　　「内橋坪見」「阿恵遺跡」　の２遺跡　　格式高い宿泊施設、官衙、バイパス道路　福岡・糟屋’とあります。そのなかで、

「福岡平野の東部に位置し博多湾に面していた古代の糟屋（かすや）郡・・・」とあります。【大森　顕浩】さらに、

「・・・この内橋坪見遺跡南約１キロで、糟屋郡全体を治めた官衙とみられる遺跡が２０１３年からの調査で見つかった。同町の阿恵（あえ）遺跡で、・・・」とあり、そして、「・・・当時の地方行政組織の「郡」は７０１年の大宝令以前は「評」と表記されたため、「糟屋評（かすやのこおり）」段階からの官衙だった可能性が高い。・・・」とあります。

ここに政庁があり、糟屋評があったとされています。

この記述の前には、

「当時の駅路沿いには、公的な使者が宿泊し、運搬用の馬を飼う施設「駅家（うまや）」があっつた。・・・内橋坪見遺跡の遺跡がこれに符号する・・・」

これらのことから、現在の阿恵は奈良時代には糟屋評があり阿閉島との交流も充分かんがえられます。

そして時間の経過とともにハ行点呼がおこり、「閉」が「恵」に変化したもの、と考えます。

「阿恵」の文書の初出はわかりません。万葉集４巻　５６６・５６７の二首が詠まれた場所が阿恵とされていますが、同書には地名としては記載されてはいません。

阿閉（あふぇ）島（『（阿恵（あうぇ）島』とも記される〉と、阿恵は海をはさんで２０キロの距離にあります。

平安時代初期のハ行子音がワ行の音に変化したハ行点呼で当時の万葉仮名が閉から恵に変化した、と考えます。

さらに、（いぇ）は奈良時代にはあった。仮名文字誕生初期には区別がありましたが、発音上の区別がなくなると異なって用いられていた発音にもそれぞれの文字が使われた　「江」がそれで（いぇ）と発音されていた文字が（ふぇ）にも用いられたと考えます。

また、饗庭の読みは、「アへバ」から「アエバ」となり「アイバ」へと変化しています。`え’から`い’へ変化しているのです。

さらに、ヤマトに近い兵庫県には阿江（あえ）の人名もあり、そしてヤマトへ、むかう足跡であろうと考えます。

阿江と表記されている字句はまた、兵庫県で人名として（あこう）ともヨマレテいます。この（あこう）については兵庫県の地名、赤穂の字も（あこう）とヨマレテいます。　赤穂の穂は蓼をさすともいわれていますが、土地の色が赤いことから言われた、赤色の鉱物「丹」を産出することから赤生（あかふ）にも由来するともいわれています。丹は水銀が空気にふれて赤くなることから、その土地の名を、その土地に住む人名、阿江（あこう）から転じて読まれたのでないかと仮想します。

上記の日本地名歴史大系　平凡社　４１　兵庫県　�U　には　「・・・「倭名抄」記載の赤穂郡坂(さ)越(こし)郷・大原(おおはら)郷・周勢(すせ)郷が・・・」と記載されています。

また、赤穂の名を冠する赤穂神社が、奈良市高畑町にあります。日本書紀　天智天皇条・延喜式神名帳にも記される式内社です。

この社には。十市皇女と氷上娘が祀られています。

天智天皇の子、大友皇子の妻である十市皇女の父は天武天皇であり“日本書紀　坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋　校注　岩波書店”下巻　補注２９には、十市皇女について　「・・・大友皇子の室、・・・皇女が壬申の乱勃発に先立って近江朝の動静をひそかに吉野の大海人皇子（天武天皇）に通報していたとの所伝がある。四年二月阿閉皇女とともに伊勢に参詣。七年四月急死。赤穂に埋葬された。」とあります。

また。氷上娘は藤原鎌足の娘で天武天皇夫人であります。ホームページ　`　天武天皇の年齢研究　氷上娘の年齢　’に　「・・・宮中で薨じられたとあることから、・・・わざわざ宮中で亡くなられたと書かれるのは異例といえます。・・・（引用させていただいた趣旨からは・・・十市皇女と氷上娘については）ともに尋常な死でないことは確かだと思っています。」

この間の、皇統譜は天武天皇崩御　６８６年、ついで持統天皇の称制を経て、続く文武天皇が６９７年から７０７年までそして阿閉皇女である元明天皇が即位されているのです。

赤穂神社に祀られている十市皇女の薨去は　６７８年、氷上娘の薨去が　６８２年です。「あこう」の名を負う赤穂神社に埋葬するに関わったのは「あへ」に由来する「阿江」であり、阿閉皇女である元明天皇であると推量します。　

天武朝の成立には、天智天皇の子　元明天皇である阿閉皇女と、赤穂に葬られた天武天皇の娘である十市皇女は、阿閉氏と深い関わりがあると思料できるのです。

（あかほ）は「お」段の仮名長音の場合に「お」のかわりに「う」を添えるとされています。

「あへ」氏から、「あえ」氏への変化は、ハ行点呼という日本語の歴史の大きな音韻変化の現象によるのです。平安時代に起こり一般化したもので、語中・語尾のハ行音がワ行音へと変化したものです。

現在「あえ」とよばれている地名は、「あへ」とよばれている地名が平安時代以降ハ行点呼によって名付けられたとも推測できると考えます。

また、奈良時代には「江」（いぇ）音がみられますが、戦国時代・安土桃山時代の西洋に紹介された書物には発音のむつかしさも考慮して、「え」としてヨマレテいます。　　　

そして、「え」音を「江」」とも表記されるようになったことから、「江」の音読み「こう」と一緒に続けてよまれ、「阿江」（あえ）は、（あこう）となり「赤穂」にも　音から通じるようなった　

それゆえに阿閉（あへ）皇女の阿閉は、阿江（あこう）と転化させられて、さらに赤穂（あこう）と表記されるに至った、と仮想します。

さらに、阿閉氏は渡来系の氏族として新嘗・服属儀礼の食物供献とも関連する職掌に携わり「饗(あえ)」に由来しているのですが、外交にも携わっており当時の最新技術である鉱業についての知識も持っていたと考えます。

赤穂は「丹・・・水銀」が空気にふれて、赤生（あかふ）と　呼ばれ阿加保（あかほ）にさらに転じて（あこう）呼ばれたこと、に由来しているのです。

ここから阿江を（あこう）とも呼ぶようになったとも仮想します

阿閇神社は国史に見える「敢国津神」一座で、その名のとおり旧阿拝郡一帯の国ツ神であったとされています。この神名が『古事記』『日本書紀』には見えないため、中世以来の諸説のなかでの、金山比��(かなやまひめ)または、金山比古一座を当てる説と、これに開拓神として名高い少彦名命を加えて一座とする説があります。

その創成には鉱業がおおいに関わっており、「阿閉氏」は（あこう）ともよばれる理由があろうと考えます。

赤穂（あこう）は、筑紫・出雲・ヤマト・毛野のあった古代から吉備の国にありその名は言い習わされて変化してきたものであります。

なお、長野県の駒ケ根市に赤穂と表記する市街地がありますが、赤須と上穂が合併したもので、（あかほ）呼ばれています。

神武天皇の九州から大和へ東征神話の道筋としてみると、兵庫県から奈良県への途中にある大阪府には兵庫県に次いで全国的に、阿江姓が多くまた京都府にもあります。

そして、地方にあったヤマトが、大和となり日本を統べるころにはヤマトに同行した一族は阿閇（あえ）と呼称・表記されるようになった、のです。

阿閉氏は日本書紀のなかに任那との関係で記述されています。

顕宗三年（487年）条に「・・・阿閉(あへの)臣(おみ)事代(ことしろ)、命(おほみこと)を銜(う)けて、出(い)でて任那(みまな)に使(つかひ)す。・・・」とあり、その後

欽明二十三年（562年）条での任那滅亡の後でも、新羅に強いて圧力を掛けてでも任那の使者を迎えているのです。

推古十八年（610年）条に「・・・阿閉(あへの)臣(おみ)大籠(おおこ)を以(も)って、任那(みまな)の導者(みちびきひと)とす。・・・」の記述が続くことから、

多くの氏族のなかでも、これは阿閉氏と任那に深い関係があることの理由でないでしょうか

さらに推測し、阿閉氏の出自にも任那が関わっていたとも考えます。

それは先に述べたサルタヒコである「天つ神」を迎え入れて、「国つ神」に橋渡しをするという伝承による経路と重なります。以上の考察が阿閉氏が関わっていた証左であると考えられます。

古墳の成立した年代からそれらの遺跡の時代を考察し歴史的に順序だてる資料が少なく現在では、阿閉氏の歴史的な移動経路は、北九州・出雲・播磨・大和・伊賀・近江・越そしてまた伊賀へと、なるのではしょうか。

播磨については四道将軍の一人、吉備津彦命の進出の道筋とも考えられますが、そこは北九州から奈良盆地・ヤマトへの進出の途中の地であると考えます。

�B文献資料に現れる「阿閉」氏に関わる場所の考察

○上野市（平成１６年伊賀市に合併）「敢国神社」

平成１１年５月２日 「敢国神社」を参拝 禰宜 太郎館 学 氏に由来をお聞きしました。その内容としては、以下のとおりです。

「創建は６５８年つまり壬申の乱の１４年前、元明天皇誕生の３年前とされています。」

「創建当時の祭神は大彦命、少彦名命の二神でした。」

「創建以前の古代伊賀地方には、外来民族である秦族が住んでいたとされ、彼らが信仰する神が、当社の配神である少彦名命でありました。当時は現在の南宮山頂付近にお祀りしていましたが、創建時には南宮山より現在地に移してお祀りして現在に至っています。」

四道将軍の一人「大彦命が伊賀国を本貫地として、駐屯され、伊賀の領主として君臨され代々その子孫は伊賀の国中に広がっていきました。伊賀国の阿拝郡を中心に居住したため「阿拝氏」を名乗るようになり、後に敢、阿閉、阿部、安部（あべ）と呼ばれるようになりました。このあべ氏の総祖人であるとともに、伊賀の租神でもあります。伊賀の人はこの二神の混血の民族でもあります。」

「創建後、南宮山の少彦名命の社殿が山の下に遷された跡地に新しい神社創建に当たっては混血の一族の有力者の人達の頭を悩ましたことであろうと思われます。結局、美濃国の南宮社の社神である金山姫命を、少彦名命の社殿の跡地に勧進されました。」

「その金山姫命が、敢国神社の本殿に合祀されたのは、創建時より３１９年後の９７７年のことです。」（新撰姓氏録は３１９年と９７７年との間の８１４年の刊）

「こうして、当社は三神をもって敢国神社・敢国津大神となって現在に至っております。」

“敢国神社物語　奥瀬平七郎　敢国神社奉賛会”(67)（昭和５４年２月刊）に「創建時の祭神が、阿倍氏族の先祖である、大彦命と、当時伊賀に入植して、藩衍していた外来族の奉持した少彦名命の二柱であったことは、ほぼ間違いないところであると考えられます。この敢国神社創建時の祭神が、少彦名命一柱であるとする説が、古書では多數を占めていますが、それは少彦名命が敢国神社創建以前から、現在の南宮山にあったことから、起こっているものと考えられます。少彦名命をお祭した祠が、何時から南宮山にあったかは正確には判りませんが、敢国神社という新しい称呼で、南宮山から現地に移されたことは明白であります。…南宮山の少彦名命が何故敢国の神といふ名称のもとに、わざわざ現在地に移されたか。少彦名命一柱の移転だとする説は、甚だその根拠が薄弱であります。それとはつきり（ﾏﾏ）と少彦名命が敢国の神として、その時以来、伊賀人全体の租神として格付けされたことも、充分に説明されなければなりません。その謎を解明するたまには、敢氏（阿倍、安倍氏）の租神である、大彦命との合祀説が一番、合理性があり、妥当な説であると考えられるのです。」と述べられ続いて、大彦命ついては、「この方（引用しました文意より大彦命）は伊賀が大和朝廷に帰服（第七代孝霊天皇の時、推定三〇〇年代当初）して以来、伊賀の国を本貫の地として駐屯され、事実上の伊賀の領主であり、子孫は伊賀の国中にひろがっていったのです。大彦命とその子孫は、伊賀国の阿拝郡を中心に住居したため阿拝（あべ）氏を名乗るようになり、後に敢、阿閉、阿部、安部と呼ばれるようになりました。…上野市の府中地区（現敢国神社の附近）に御墓山の古墳がありますが、これは民間伝承では、敢氏の祖先、大彦命を葬った古墳だといわれています。古墳の創建年代は判りませんが、四世紀後半のものとすれば、大彦命の墳墓であることは、充分推察できます。」さらに、少彦名命については、「古代における伊賀の住民は、土着の住民の種族と敢氏（皇別）の氏族であった訳ですが、もう一つ外来の大陸渡来の帰化氏族の存在を忘れることはできません。わが国に外国の氏族が渡来してきたのは、第十代の崇神天皇の頃だとされています。今から約千六百年前、四世紀の後半から五世紀の当初、漢、呉二族の民（秦氏）が朝鮮を経由して再三渡来して、日本に帰化しています。大和朝廷では、その居住の地として、近畿の各地を指定していますが、その大部分は、大和朝の政権が確実に安定した地域に限られ、そのため、伊賀、山城、近江などには、特に多くの帰化氏族が移住してきたのです。現在の敢国神社の祭神のうち、少彦名命が、その外来氏族の神様なのです。少彦名命は、日本の神話の中では、海外から渡来して、大国主命と一緒に出雲を中心とする出雲政権の確立に大功績を立てられたといわれる神様です。…崇神期に伊賀に移住させられた大量の外来族は、そのほとんどが、呉系の秦氏の氏族でした。秦氏は製糸、織縫、造酒、芸能（歌舞、奇術、力技、腹話術、軽枝等中国渡来の新薬）などの特殊技術を持ってうました。この秦氏が、外来族を代表する租神として少彦名命（仙人体の神像）を南宮山にお祭りして、秦氏族の守神としたことは、充分理由のあることです。秦氏族が南宮山に少彦名命をお祭りした時が、何時であったかは、明確にはわかりませんが、御墓山古墳が築かれた時より後であることは明かで、秦氏の伊賀移住の年代（三世紀末―四世紀当初）から推して、四〇〇年代の初期ではないかと思われます。」つまり「敢国神社が伊賀人の租神を祭る神殿として創建されたことは、明かですが、帰化氏族が入植した当時（三五〇年―四〇〇年）は、敢氏と帰化氏族の間には、はっきりした区別があり敢氏は大彦命を祖先と考え、帰化氏族（秦、服部氏）は少彦名命を租神として、それぞれにその祭祀を別々に営んでいたと考えられます。が、六五八年、敢国神社が、創建された時には、当初両氏族間の交流の障壁となっていた言語、風俗の差もほとんどなくなり完全に、一体氏族になってしまったのです。」そして結語として「敢国神社は、私達伊賀人の租神ですが同時に又日本全国の阿部、安部といった姓氏の方にとっても租神であります。」と述べられています。

“日本の神々　神社と聖地　６　谷川　健一　白水社”に「当社については、嘉祥三年（八五〇）から寛平三年（八九一）の間に「敢国津神」「敢国津大社神」の名で従五位下から正五位上に進階したことが『文徳実録』『三代実録』『日本紀略』に記されており、『延喜式』神名帳では伊賀国二五座（大一座・小二四座）のうち阿拝(アヘ)郡九座（大一座・小八座）のなかに「敢(ｱﾍ)国(クニ)神社大」とあり、のちには伊賀国一の宮、または伊賀総社とも称された。」

「ともあれ当社の社名は、保安三年（一一二二）の伊賀国東大寺出作封米返抄案に「南宮三味」、同年の同寺出作成恒名封米返抄案に「南宮御宝前」、永万元年（一一六五）の神祇官諸年貢注文に「南宮社」、『源平盛衰記』の範頼・義経京入事条に「南宮大菩薩」とあるように、平安末には「南宮」と称されるようになっていた。また祭神も、本来は前記の国史に見える「敢国津神」一座で、その名のとおり旧阿拝郡一帯の国ツ神であったはずだが、この神名が『古事記』『日本書紀』には見えないため、中世以来、諸説が生じた。それらは、金山比��(かなやまひめ)または、金山比古一座を当てる説と、これに開拓神として名高い少彦名命を加えて一座とする説に大別される。」とあります。

伊賀における「一之宮」を「敢国神社」と称え「阿閉臣」が奉ってきたという事実については当時の「阿閉臣」の勢力の大きさを測る資料ともいえます。

敢国神社は伊賀国の一之宮として今日に伝えられています。各国の一之宮はその初見は今昔物語とされています。格式の高い神社とされており、時代による変更によって同じ国に２社ある場合もありますが７７社を数えるに至っています。

「阿閉氏」はその一之宮を氏の神としており「阿拝氏」が祀っている国津神社「敢国津神社」ですが、現在ではその地で「阿閉氏」を名乗る人は殆どないようです。

一之宮は「・・・発生の由来や順位についても諸説あるが、普通には、延喜（９０１〜９２３）以来諸国においても国内の主要な神社に等級をつける風がおこり、その中の最上位にある神社を一宮と称し、以下を二宮、三宮、四宮、など称したが、これが広く全国に及ぶにいたって、はじめて公の社格となったものであり、その順位は国司巡拝のときの順序や、庶民の崇敬などを標準にして定められたものであろうといわれている。・・・」“世界大百科事典　平凡社　２　武田　政一” (67)とあります。従って敢国神社は伊賀国において延喜年間、尊崇を受けてきたものです。そしてその神社を氏の神としている「阿閉氏」は、当時の権勢が大きかったと想像できます。

ここで、少彦名命についてですが、“日本書紀　上　岩波書店”の補注には「スクナヒコは、若い男の意。ナノカミのナは土地の意。従って、オホナムチに対して若い方の土地の神の意であろう。」とされ「スクナヒコは粟（あわ）と関係があり、焼畑農耕と関係が深いのではないかと大林太良は考えている。」とあります。

また、「（一）大己貴は、少彦名と対として考えられている。大己貴は大国主など、沢山の異名をもっているが、少彦名と対になっているときは、いつも大己貴である。（二）この二神が一対として行ったことは、国土を開拓したことである。この二点から考えて、大己貴、少彦名という名称の意味は、大小二人の国土の主、あるいは土地の主と考えられる。」とあり、先立つ注には「神代紀に占める出雲神話の比重は神代記のそれに比べると小さいが、やはり不可欠の要素となっている。しかも記紀を通じ、皇祖神を中心に構成されている神代説話の中で、大己貴神または大国主神を中心とする出雲神話は、異質の夾雑分子という印象が強い。」とあります。

・祭神と「阿閉」氏　

“伊賀文化の創造　ｖｏｌ２　−いまよみがえる―御墓山　まちづくり「実古」”のなかでさきの敢国神社の太郎館 学禰宜は「創建以前の古代伊賀地方には外来民族である秦族がこの地方に多数住んでいたとされ、彼らが信仰する神が、当社の配神である少彦名命でありました。当社の主祭神である大彦命は、三五〇年頃の第八代孝元天皇の長子として大和国に生まれた方とされています。」「創建当時の祭神は大彦命、少彦名命の二神でした。・・・美濃国の南宮社の社神である金山姫命を、旧少彦名命の社殿の跡地に勧進されました。」「当社は三神をもって敢国神社・敢国津大神となって現在に至っております。」と語っておられます。

金山姫命は、鉱山の神様とされています。近江の意波閉神社の祭神 埴安比売命と同じく伊弉冉尊の姫になります。

“伊水温故”に阿拝郡　小田町西ノ出口　の「阿拝(アヤ)ノ神」が記されています。「阿拝ノ忌(イミ)寸(キ)ガ古(コ)墳(フン)也　往昔(ハウジャク)ハ(は)宮殿大厦(キウデン ガ)ニシテ�R(ゲン)耀(ヤウ)渥(アク)采(サイ)ノ粧(ヨソホヒ)ナリ」ともあります。

また、“−いまよみがえる―御墓山”に主祭神を大彦命とするについては、「近世の国学者 度会 延経が「神明帳考証」によりはじめて敢国神社の主祭神を大彦命」として取り上げたもので、「それまで、江戸時代の「三国地誌」をはじめ、藤堂藩記録にも、大彦命の名を確認することはできないのだ。」ともあります。

織田信長の伊賀攻めにより古文書が全て焼けてしまったということと、その当時そこに住んでいたであろう「阿拝氏」の末裔は滅んでしまったか、当時の治政の迫害をおそれて、「姓」を変えてしまった（禰宜 太郎館 学 氏による）ので現在「敢国神社」の地には「阿閉」姓はありません。

ただ、滋賀県甲賀郡の杣谷の矢川寺(天台寺院)に伊賀玉滝の郷士、阿拝氏の次男大二郎(光丸)が天正９年（１５８１年の織田信長の伊賀攻めの後天正１５年に入寺した、という記録があることより当時には伊賀にまだ残っていたと推測されます。「阿閉」氏に代わって織田 信長の時代には伊賀に居住する人達は従来その地に関わる「阿閉」姓を避けて他の姓にしたと伝えられており、その代表がその地の先進の外来民族の職掌であつた服部部であった服部を名乗ったとされています。「敢国神社」の西南上野市に近い所に「服部」の地名が残る所があります。
敢国神社の祭神のうち少彦名命は機織りを司り、金山姫命は鉱山を司るとされていることも外来民族の職掌に当てはまるとも考えられます。

なお、「敢国神社」の神楽についてこの地方には珍しく太鼓をつかうものであると、禰宜 太郎館 学氏の説明がありましたが、太鼓は出雲地方の神楽にも使われるとのことでこれも出雲を経てきた渡来民族が伝えたことも考えられます。

これらのことを一旦まとめて考えますと、敢国神社の創建に関わる阿拝氏は、

�@少彦名命が焼畑農耕と深い関係があることから、阿拝氏も朝鮮半島から渡来したと考えられ、南方から北上する黒潮、対馬海流にのって島根半島に達する海の道によって中国・朝鮮・北九州を経て出雲に到達した。出雲は朝鮮から直接結ぶ道と北九州を経て山陰海岸を東進する道にある。その途中の響灘には「阿閉島」と呼ばれる島がある。その島を含む貝島遺跡は弥生期に遡りその始原は、一つの目処として、時期を紀元前千年と考えますが、朝鮮から渡来してきた民族によって営まれた。

渡来して氏族となったとされる「秦族」の「はた」は朝鮮語での「海」の「はた」に由来する、とあります。��秦氏の研究　大和岩雄�≠ﾉよります。

�A北九州・出雲の「国津(くにつ)神(かみ)」は大和政権の租神である「天津(あまつ)神(かみ)」に先立つ渡来民族である。

�B少彦名命は出雲を基盤とする神話にあらわれ、大己貴（大国主）と、共に国土を開拓していることから同じ道筋を辿ったと思われる阿拝氏も一旦出雲に定住した。それゆえ出雲の青銅器の遺跡は朝鮮の影響を受けている。

�C出雲における「阿閉氏」の痕跡としては、“寧楽遺文”に「勝部首墨田口阿閇臣角麻呂」の名が残っている。“日本古代氏族事典”には、出雲の勝部は異なるとされているが、勝氏は百済系の渡来民族である。

�D国津神を奉じる出雲が、新たに渡来した天津神を奉じるヤマト政権（神武天皇の奈良盆地の平定による）に包摂されていくなか（さらに日本書紀にあるように四道将軍・日本武尊・神功皇后などヤマト政権による地方の豪族を支配する過程がほぼできあがる紀元２００年前後）渡来民族の阿拝氏は（同じく日本書紀の渡来人のいろんな物を伝来する紀元４００年前後）奈良県宇陀から三重県伊賀の地に移動し、ヤマトを統一した八代の天皇の一人、孝元天皇の子大彦命を祖神とした。

�E敢国神社が創建された時（６５８年）には、当初伊賀人・敢氏と帰化氏族、両氏の交流の障壁となっていた言語、風俗の差もほとんどなくなり完全に、同族であると考えられるようになった、と思料します。

つまり、「阿拝氏」は多くの先進文化を持った外来民族である秦族（これまでの考察からは朝鮮から渡来した部族の一つとして考えているのですが）と、時期は異なりますが同じように朝鮮から渡来している大和（大宇陀）から進出してきた氏族と混血した。それら渡来部族の統一者である天皇家に「饗」えることを職掌として仕えていた。当初はその出自の由来と職掌から「あへ」と呼ばれた「阿閉氏」はその後大和政権の北陸への進出に奉ろい、その開拓地に駐屯し各地に残った。進出が浅い時は「阿倍氏」と区別するため、「阿閉氏」は「あとじ・し」と読まれ、土地に馴染むと音韻が変化し「あつじ」と読みも変ったと考えます。以下「阿閉氏」にかかる場所について考察します。

○「御墓山」（みはかやま）古墳

「名阪国道（２５号線）と国道１６３号線に挟まれて緑がよく茂った森が見えてくる。これが県下最大規模の前方後円墳「国史跡 御墓山古墳」。として まちづくり“―今よみがえる―　御墓山”で述べられている。なかで「「御墓山古墳」の被葬者については、四道将軍の一人、大彦命が伝えられている。伊賀国総社 敢国神社の主祭神が大彦命であり、今なお伊賀開拓の租として人々の心を捉えてはなさない。かって中野銀郎氏は「新編伊賀郡誌」の中で、「御墓山」は王墓山なるべし」と書いたように、まさに御墓山古墳は王者の墓であったのだろう。」としていますがこの古墳も盗掘にあいなにも残っていません。

「大正一〇年三月三日国史跡に指定された。その後、昭和四五年七月二二日に追加指定を行い現在に至っている。（『三重県の指定文化財』参照）。当初は宮内庁管轄を目的としたが、結局は大彦命の御陵と認めるには判断資料が乏しいことから国史跡の指定で落ち着いたらしい。」ともあります。

御墓山古墳は大彦命の古墳であるとの説もあるなか、四道将軍の一人とされる大彦命は古墳の築造された時期が離れすぎています。
日本書紀　崇神天皇１１年夏４月条に四道将軍の帰還が記されています。このことより大彦命の古墳が５世紀前半と考えるのは時間差がありすぎると思料するのです。
崇神天皇は古事記によると崩年干支は戊寅とされており、これより没年は２５８年あるいは３１８年となり大彦命は同年代であり３世紀から４世紀の初めに,事績をのこしたものであると推測します。

「御墓山」古墳について、「雄略紀１８年条の、物部菟代宿禰と物部目連を遣わして伊勢の朝日郎を討つたとき、朝日郎が拠って防戦したという「伊賀の青墓」に比定する説（大日本地名辞書）もありますが、この大古墳の被葬者と特定の氏族の長とを関連づける伝承はない。」と、 “日本の神々 神社と聖地 ６ 谷川健一 白水社 ”述べられています。

さらに、同書では「御墓山古墳から柘植川をはさんで一キロ弱の外山の北側稜線に全長四〇ー六〇メートルの前方後円墳が四基（うち三基は横穴式石室）あり、阿閉臣の奥津城とかんがえられているが、御墓山古墳との関係は不明である。」とも述べられています。

��古代の王者と国造 教育社　原島礼二　歴史新書”(69)に　御墓山古墳を五世紀のものとされており、丁度その頃は「阿閉氏」が関わりのあると思われる滋賀県伊香郡高月町（平成２２年１月長浜市に合併）の西野にも古墳がつくられていることからも、伊賀の上野と近江の湖北との間に同じ時代に権力を持った氏族が存在していたことが分かっています。発掘物によって関連性が明らかになればと考えます。

現在では古墳時代の時期の測定にかなりの幅があり御墓山古墳の成立年代から阿閉氏と関係がより解明されるのを期待されますが、“日本の神々 神社と聖地 ６ 谷川健一 白水社 ”には「…これがもし阿閉氏の首長墳であるとすれば、七世紀頃の阿閉氏は国造級の勢力をもっていたと考えられよう。…」とされております。

日本書紀にある阿閉氏についての記事なかで歴史的にみても重要な名である、とみられる国見（書紀記載４５９年）・事代（書紀記載４８７年）についての事績は５世紀後半のころとされており、東条１号墳は当時勢力のあった阿閉氏に関わる古墳であると考えられます。

御墓山古墳については、‘上野市史’「考古編」に「・・・本墳は市内北東部に所在する。県内で最大規模を有する前方後円墳である。・・・また、柘植川対岸の外山集落の丘陵上には外山・鷺棚古墳群が所在するが、群中の４基の前方後円墳は本墳に続く首長系譜の盟主墓であると考えられている。また、後円部側についても墳裾より外方に葺石を伴う低い段築が見られるようであり、その外側に馬蹄状の周溝がみられる。墳丘の規模は全長１８０ｍ程度であり、前方部端までの長さをとると１８８ｍとなるようである。また後円部径１１０ｍ、前方部幅８０ｍ程の規模を測り、後円部頂には径４０ｍ程の正円を呈する平坦面が見られる。・・・墳丘は２段に築成し、前方部端には墳裾より下方にも葺石を伴う段築が見られ、前方部側からは見かけ上は３段築成のような形状となっている。・・・本墳は県内において最大規模を有する前方後円墳であり、北伊賀において巨大な勢力を有した首長の奥津城であると言えよう。ただ墳丘を詳細に観察すると、前代に比して前方部が発達していることが窺え、その築造を５世紀前半に想定するとしても第２四半期を中心とした時期が考えられよう。・・・（福田典明｝」とあります。
また、‘上野市埋蔵文化財年報　５　上野市教育委員会　福田典明・増田　博’（２｝御墓山古墳に関する一考察〜古墳築造計画の復原〜には「御墓山古墳は上野市北東部に所在する三重県下で最大規模を有する前方後円墳であり、１９２１（大正１０｝年には国史跡に指定されている。行政区分上は三重県上野市佐那具町字天王下他に立地し、地形的には木津川支流の柘植川左岸の、北東に向いて舌状に張り出した丘陵端部に立地する。・・・御墓山古墳を中心とする上野市北東部においては、５世紀以降多数の古墳が築造されたが、柘植川を境にその分布には顕著な差異が認められ、木津川左岸においては豊富な副葬品を有する古墳が散在的に分布する場合が多いのに対して、右岸の丘陵地においては盟主的な古墳の築造が認められる一方で、密集型の群集墳が存在したりする。こういった古墳の築造状況の中で、御墓山古墳は最初の盟主墓として位置づけられるものである。・・・この測量図をもとに全長１８８ｍ・後円部径１１０ｍ・前方部幅９０ｍ程度の規模が想定されている・・・。御墓山古墳は石山古墳とは若干時期的にくだる時期の想定が考えられ、従来年代順で言われるところの５世紀前半の時期が首肯されるのであるが、出土遺物の資料化などをとうして、より具体的な御墓山古墳の姿を明らかにしていきたい。」ともあります。

御墓山古墳は大彦命の古墳であるとの説もあるなか、四道将軍の一人とされる大彦命は古墳の築造された時期が離れすぎています。
日本書紀　崇神天皇１１年夏４月条に四道将軍の帰還が記されています。このことより大彦命の古墳が５世紀前半と考えるのは時間差がありすぎると思料するのです。
崇神天皇は古事記によると崩年干支は戊寅とされており、これより没年は２５８年あるいは３１８年となり大彦命は同年代であり３世紀から４世紀の初めに,事績をのこしたものであると推測します。

さらに、三重県埋蔵文化財センター通信　みえ　５３号　〜５世紀前半の四獣鏡や銅剣など豪華な副葬品が出土〜　伊賀市東条　東条１号墳、2013年１月７日　には、「・・・東条１号墳はこの地域を支配していたと考えられる阿閉氏に関係する人物が葬られた古墳と考えられます。」とあり、 また、三重県埋蔵文化財センター通信 2012年１２月１６日には「東条１号墳６世紀前半の古墳です。・・・」とあります。

また、ホームページ　‘邪馬台国の会　第２９９回講演会　四道将軍たちの墓’　には、２・四道将軍たちの墓のなかで、大彦の命の墓の伝承地に「・・・大彦の墓とされる古墳がいくつかある。川柳将軍塚古墳　長野市の千曲川を望む標高４８０ｍの山頂上に川柳将軍塚古墳という古墳がある。この前方後円墳については、地元の『石川村誌』『布施五明村誌』などに「崇神天皇十年、詔あって大彦の命、木村長者窪に本貫（本籍地）をうつし北陸を鎮撫し、ついに本村にて薨ず。その埋葬せし墳墓を将軍塚という。」という伝承が記されている。
「４世紀ごろの古墳は山の上や尾根の上にあることが多く、５世紀になると仁徳天皇陵のように平地に築かれる。川柳塚古墳は、山の頂に築造されていて、この古墳が４世紀のものであることを思わせる。・・・川柳塚古墳は大彦の命の墓である可能性がかなりあるといえよう。」とありさらに、
御墓山（みはかやま）古墳　　「・・・しかし、御墓山古墳を大彦命とするにはいくつか問題がある。この古墳は前方後円墳の墳形からは４世紀後半のものと考えられるが、古墳のくびれ部の東側に造出しと考えられる平坦な張り出しがある。また、�V式の円筒埴輪がでる。造出しや�V式の円筒埴輪は５世紀以降の古墳の特徴なので、大彦の時代よりもやや新しい古墳のようである。・・・」桜井茶臼山古墳　　しかし、安本先生はこの古墳は大彦命の娘の御間城姫（みまきひめ）の墓でないかと考えている。・・・」「・・・以上のように、大彦の命の墓の伝承地は３箇所あるが、長野県の川柳塚古墳が一番可能性が高いのでないか。」とあります。

なお、川柳塚古墳については“角川日本地名大辞典　２０　長野県”’に「長野市篠ノ井石川字湯の入に所在する古墳時代前期の古墳、国史跡・・・出土物は古墳直下の布施神社などに伝えられ・・・」と記されており、続いて川柳村の名については「・・・石川村と二ツ柳村が合併して成立、旧村名を継承した２文字を編成。・・・」とあります。
また、‘日本歴史地名大系　平凡社　２０’に「布制神社　○現　長野市篠ノ井石川上石川　・・・「延喜式」神名帳には更級郡十一座のうちに「布制神社」と記載される。祭神は正殿に大倭根古彦国牽（孝元天皇）・大彦命・彦太忍信命を祀る。祭神大彦命は孝元天皇の子で布施朝臣の祖神である。崇神天皇のとき北陸道に派遣され、信濃に入ってこの地方を開発した。・・・」ともあります。


古代の英雄には古墳である墓が現在数か所に存するとされていることがあります。たとえば、日本武尊の陵の例として　三重県亀山市田村町・　奈良県御所市富田・　大阪府羽曳野市軽里の３箇所が考えられているのです。大彦命は古代有力豪族の祖先とされており、子孫である豪族がその依っている地位を証明するため存立する各地で祀っているのでないかと思います。


ネットに掲載されている、‘伊賀国風土記逸文注釈稿　平松秀樹’には「・・・今回とりあげる伊賀風土記の記事は、初め今井似閑が『万葉緯』巻十七で「風土記残篇」として『日本総国風土記』から採集したものである。・・・」「なお、本稿は、一九九二年二月に上代文献を読む会の風土記逸文論読会（於園田学園女子大学）で発表した原稿に基づき、これに補訂を加えて作成したものである。・・・」とされ、「・・・伊賀の国は往昔伊勢の国に属つきき。大日本根子彦太瓊天皇の御宇、癸酉のとし、分ちて伊賀の国と為しき。本此処の名は、伊賀津姫の領げる郡なり、仍りて郡の名と為し、亦国の名と為せり。」とあります。そして「・・・天孫本紀には、　大伊賀姫は伊賀臣の租の大伊賀彦の娘として出てくる。」とありさらに「・・・『古事記』の崇神天皇の条に、　大毘古命（大き彦命）の孫として、伊賀比売命挙がっている。・・・」とあり「　・・・大伊賀彦命と大彦命との関係は不明であるが「大伊賀姫」「伊賀比売命」と称される者が、これら伊賀国豪族の祖先の子孫に当るものであることは注目される、」とあります。また別の説として「・・・今井似閑『万葉緯』巻十七所引で「日本総国風土記」を底本とする。・・・」とされて「・・・猿田彦神の娘の吾娥津媛命は、・・・金の鈴を領有してお守りになった。・・・また、この神が領有しお守りになった国であることから吾娥の都と言った。その後、清見原の天皇（＝天武天皇）の御代に吾娥の郡をもって、分けて国の名にした。・・・後、（国名）を「伊賀」と改めた。これは「吾娥」の音が転じたものである。」とあります。
そして「・・・分離の時期を孝霊朝とするが、これは史書と一致しない。・・・」また「・・・なぜ「イガ」でなく「アガ」でなければならないのか、については全く不明である。・・・」と述べられています。

ホームページ　‘国造本紀　現代語訳・先代旧事本紀’　に「・・・伊賀国造・・・孝徳朝の御代に伊勢国に合併され、その後天武朝の御代にもとのように割いて設置された。・・・」とあります。

皇統譜からみれば、孝霊天皇は第７代の天皇であり、阿閉氏の祖先であるとされる孝元天皇は８代であります。そして伊勢・伊賀の分離とされているのは大日本根子彦太瓊天皇である成務天皇１３代であり、３６代孝徳天皇は伊賀国を伊勢国に合併され、また４０代天武天皇の時代に二国に分国された、ことになります。

これらのことは、本稿　１．「阿閉」氏の「氏」としての成り立ち　�@「阿閉」氏の出自　３）「阿閉」氏の職掌　で、「国つ神」の猿田彦が、記紀で語られる天皇の祖先と考えられる「天つ神」の子孫を迎えいれ土地を案内する過程のなかでの伊勢・伊賀の境界の変化であると考えます。

さらに。本稿の　２　「阿閉氏」の系譜　�B壬申の乱における「阿閉氏」　においては伊賀国の伊勢国よりの分国は天武８年（６８０年）と記しましたが、この記述は扶桑略記（１０９４年に始まる著とされています）にあるものです。日本書紀には記載されていません。壬申の乱から４００年以上経過して著されていますが、この時代になると史実と異なる記述はできなくなっていると思います。

以上のことから御墓山古墳は、阿閉氏の祖先として伊賀地方を支配したであろう一氏族の‘長’であり、‘王’ともよばれた人物の古墳であろうと、推測します。そしてそれは、或いは大伊賀彦命と呼ばれる人物の古墳でないか、とも推考いたします。

大伊賀彦命は“古代豪族系図集覧　東京堂出版”によりますと、大彦命の孫、彦屋主田心命の子であります。


ところで、壬申の乱の際大海人皇子は後年に初瀬街道と呼ばれる伊賀の国を通る道筋の、阿保「アホ」・「アオ」といわれるようになる地名を経由して東国へ向かっています。

ホームページ‘大海人皇子の足跡を訪ねて’の中に日本書紀の「・・・即ち急に行して伊賀郡に到りて、伊賀駅家を焚く。伊賀の中山に逮りて、当国の郡司等、数百の衆を率て帰りまつる。・・・」を引用され、さらに「・・・吉田東吾氏は『日本書紀通証』の「中山在岡田村下河原之間、今中山寺之名存矣」を載せて、「伊賀中山：阿保村大字岡田に在り」（『大日本地名辞書』）と書く・・・」とあります。つまり、大海人皇子は東海道を通過して東国へむかう道を辿った、と考えられますが阿保の地は壬申の乱当時には「阿保」とはよばれていなかつた、と思います。

“壬申の乱　中公新書　遠山美都男”によりますと、「他方、のちの伊賀国名張郡には名婆履之稲置(なばりのいなぎ)氏族が本拠をかまえていた。これは同じ名張郡の周知(すち)郡に住んだ伊賀須知之稲置(すちのいなぎ)や三野之稲置とともに安寧(あんねい)天皇の息子、師木津日子命(しきつひこのみこと)の後裔とされる氏族である。」とあります。
壬申の乱における大海人皇子を支えた伊賀の氏族のなかに渡来人の集団があったことは明白であると思考します。

“青銅の神の足跡　集英社文庫　谷川健一 ”には、「・・・池速別皇子は、『姓氏録』によると息速別息速(いけはやわけ)別命(のみこと)の後なり。息速別命幼弱の時、天皇、皇子のためにとなす。子孫因ってこれに家す。允恭天皇の御代。居地の名を以て、阿保君の姓を賜ふ。」と説明されている。」とあります。

また「・・・伊賀の阿保は、現在の上野市の青墓のあたりまでひろがっていたとかんがえられる。というのも、『(「)続日本紀(しょくにほんぎ)』の延暦(えんりゃく)「武蔵介従五位上建部朝臣人上等いふ。臣等の始祖(しそ)逮(およ)び、皇子四世の須珍都計(すみつけ)という記事がみえる。ここにいう周知柘植(すち)つげ名賀なが青山(あおやま)から名張(なばり)阿山(あやま)郡伊賀町柘植（都計）のあたりまで阿保君がいたことが推定される。それが允恭帝の頃とされる。須珍は古代朝鮮の人名で須智、叱智、設智、朱智、臣智などとも記され・・・そこでこの須珍都計王なる者も渡来人であったと推定される。・・・伊賀の阿保村に深いかかわりのあるこの息速別命は『古事記』には「沙本穴太部之別祖さほあなほべのわけのそと分註されている。この「沙本」は大和で「穴太ほ(あな)にいう伊賀国阿保郷は現在は三重県名賀郡青山町であるが、その阿保はもと穴太あなほであると『地名辞書』は言う。大和国(やまとこく)添上(そのかみ)郡の阿保山（現在は奈良市に含まれる）について、『地名辞書』は次のように説明を加えている。「阿保」は穴太に作る。もと伊賀国の地名なり。沙本すなはち佐保なれば彼国よりここに移れる阿保氏ありて阿保山の号は出たるなり」・・・」ともあります。


三重県伊賀市阿保１５５５には大村神社があります。祭神は大村神とされています。
“伊水温故 菊岡如幻”(延宝年間　１６７０年代に編纂されています）に「・・・由気忌寸(ユケノイミキ)_二一・・・」とありますがこの忌寸は天武天皇１３年に制定された八色の姓の一つでおもに渡来人に与えられたもので大村神社は渡来人（古代の朝鮮から）に所以のある神社であると考えます。
また同書には「阿保ト名付事」の項があり、「・・・允恭(インギヤウ)天皇ノ御代(ミヨ)_二(に)居地(オルトコロノナヲ)_一賜(タマフ)_二阿保(アホ)君(キミ)姓_{一、・・・續日本紀令」}ともあります。

なお、ホームページ　‘大村神社例祭　獅子神楽’　によれば、大村神社では毎年１１月２・３日に獅子神楽が奉納されています。伊賀の獅子舞は、すべて敢国神社から伝えられているといわれています、とあります。
つまり、大村神社には敢国神社にからの神楽が伝わっていて深い関係がある、と考えます。

阿保氏は壬申の乱以降天武天皇の勢力増強のため、朝鮮に関わりのある氏族が阿閉氏と並んでその地に居住したと考えます。

阿保氏は伊賀国阿保がその名を負っている地であり、
“古代豪族系図集攬　近藤敏喬”には
　　　　垂仁天皇―息速別命―宇礼葉別命―志利雄別命―木呂子王―^阿保君阿保須珍都斗王―・・・とあります。

阿閉氏の租は彦屋主心命であり、八代孝元天皇の１１代の後胤であります。
阿保氏の租、息速別命は１１代垂仁天皇の皇子で、１２代の後胤であります。つまり、皇統譜によれば両氏は同じように皇統に連なり両氏の先祖はほぼ同時代の人であったと考えます。

また“新撰姓氏録の研究　考證篇　第二　佐伯有清”に　「阿保朝臣(あほあそん)。垂仁天皇(すいにんてんのう)の皇子みこ、息速別命(いこはやわけのみこと)の後すえなり。」とあります。
同書にも、伊賀国阿保村「『続日本紀』延暦三年十一月戊午条にも伊賀国阿保村とみえる。この地についての古い記録は・・・」とあり、「『続日本紀』天平十二年十一月甲申朔条・・・」「・・・承平四年十一月十九日付「伊賀国夏見郷刀禰解案」・・・」「・・・天喜四年二月二十三日付「散位藤原実遠所領譲状案」にも「・・・みえる。」ともあります。
そして「『和名類聚抄』に伊賀国伊賀郡阿保郷とある。今の三重県名賀郡青山町阿保一帯の地。」とあります。ちなみに天皇在位中の改元もあり、一年の違いは生じますが、天平十二年は、７４０年・承平四年は９３４年・天喜四年は１０５４年のことであり後年に及び阿保氏の影響は続いていると思います。

日本後記に記されている阿保親王は平城天皇の第�T皇子であり、その母は葛井氏であります。葛井は「ふじい」と読まれ百済からの渡来人とされており、「阿保」姓は朝鮮に深い関係があると推定します。

天武崩御ののち、藤原氏の勢力が増すうち桓武天皇の子である、平城天皇ゆかりの阿保氏の子孫は阿保親王を祖として勢力を保った、推測します。

ホームページ‘(86阪渡来地名マップ’の大阪府松原市に　阿保の地名があります。「・・・古代丹比郡依羅郷に属していた。百済の辰孫（ちそ）王の後裔である葛井（ふじい）勝子という女性が平城天皇の側室となって産んだ阿保親王が、この地に別邸を営み地名が生じる。・・・」とあるのです。

なお、三重県伊賀市青山町の「青」は「阿保」と異なります。
[阿保」は「アオ」とヨミ、ハ行「ホ」の変化です。　付近の現在の地名「青山」のヨミは「アヲヤマ」であり阿保の保は「ホ」ありいは「オ」とヨミ、青の「ヲ」とは由来を異にすると思考します。


阿閉氏と阿保氏とはその出自が朝鮮由来であり日本古代史の大転換期の同じころにその基盤とする地が近いのみならず、「阿」の文字を用いている氏族であるのです。

また、「阿保」の文字の表すうち「保」のヨミについては、「阿閉」の「閉」と同様に古代朝鮮語の発音のなかにその日本語においての意味があるのでないかとも推測します。

　　三重県　上野市（平成１６年伊賀市に合併）

○富山市 立山町

富山市 立山町には、「阿閉」(あとじ)姓・「跡治」(あとじ)姓が多数あることにより平成１３年５月３日現地に姓の由来などあるかについて探訪しました。当日は連休の最中でもあり、役場、教育委員会などは休みのため資料はえられませんでした。一部住民の方におたずねしましたが関連する神社・史跡は見つけることはできませんでした。

「阿閉(あとじ)」姓と「跡(あと)治(じ)」姓との間には「ヨミ」こそ同じであるがなんらかの関係があるというような資料はないこと。「阿閉」姓・「跡治」姓は立山町の中心部(米沢・前沢)に広がっているが「阿閉」姓は立山町でもさらに山に１０kmも近い今では殆ど過疎地となっている長倉という地先から移住してきていること。富山市の市街地にも概数でそれぞれを、「阿閉」姓は３０戸「跡治」姓は１０戸あまりを数えるがいずれも立山から出たものであること、を地元の人から聞きました。

“本当にわかる　言語学　　佐久間　諄一　日本実業出版社”に「・・・なぜなら、言語変化の過程で言語に生じた変異が中心地から周辺に波紋のように広がりながら新旧の交代が徐々に進んでいくとすると、中心地から遠いほど古い言語が残っている可能性があるからである。」と述べられています。

また、「ヨミ」　の(あとじ)姓が残っているのは、“不明解日本語辞典　��橋秀美　新潮社” (70)には「富山は急峻な山々に囲まれている。その閉鎖的な地形ゆえに古語が今もなお使われているそうで、・・・」ともある理由である、と思います。

「氏」の名を漢字で表示する場合その違いについては同じヨミを異なる漢字で表すことは他の「氏」でも起きている可能性もあり、時の経過と所の懸隔を考慮にいれると、同族と考えてもよいと思われます。

そしてそれは、富山市の海側を通過する現在の８号線よりも三重県四日市を起点として３６５号・３６４号・３６９号と富山に続く道路の存在を考えると「大和」から「越」への道はまさしく繋がっていたと実感できます。

“富山県の歴史　深井　甚三・本郷　真紹・久保　尚文・市川　文彦　県史１６　山川出版社” (71)には、「「コシ」の地域が越前・越中・越後に分割されたのは律令国家が成立する七世紀後半の段階のことと推定されるがそれ以前に越中に該当する地域は、伊弥頭国造が支配していた。」と述べられています。

ついで、越中石黒系図を引かれ豪族の支配の模様を述べられているが「すなわち、「先代旧事本紀」に引かれた「国造本紀」によれば、「伊弥頭国造　志賀高穴穂朝の御世、同祖建内足尼の孫、大河音足尼を国造に定め賜う」とあり、成務天皇の時代に建内宿禰の孫にあたる大河音足尼がはじめて国造に任じられたとされる。」

「本系図によれば、大河音足尼の孫にあたる麻都臣が射水臣の祖とされ、その兄弟の波利古臣が継体天皇の時代に利波評を賜り、さらに波利古臣の曾孫にあたる財古臣が斉明天皇の時代に利波評督となり、その子山万呂が庚午年籍に利波臣姓を記されたとされている。」とあるように富山県に係る豪族は建内宿禰を祖としており、さらに遡れば四道将軍である大彦命の兄弟、彦太忍信命に到ります。大和朝廷の進出は旧来の地元の豪族との融和・統合のために共通の祖先をもつ新しい系図も作られたと考えられます。

波利古臣には大籠臣の名があり、阿閉氏の系譜にもこの名もあり、同じ名を用いている両氏の間には深い関連があることを意味していると思います。

滋賀県湖北と富山県立山の間に位置する福井にも「阿閉」氏の痕跡と考えられる史料があります。

福井県文書館のホームページで表されている　‘福井県史　通史編�T「第二章　若越地域の形成　第四節　ヤマト勢力の浸透　二　四つの国造　若狭国造」’に白崎昭一郎氏は　「高志国造については、これを越後に考える有力な学説のあることはすでに述べたが、いろいろな点で不合理なので、やはり越前国内にあったものとして議論を進めたい。「国造本紀」には「志賀高穴穂朝御世、阿閇臣祖屋主心命三世孫市入命定賜国造」とあり、『紀』孝元天皇七年二月丁卯条は、「兄大彦命（孝元皇子）は、是、阿倍臣・膳臣・阿閇（閉）臣・狭狭城山君・筑紫国造・越国造・伊賀臣、凡そ七族の始祖なり」と記す。これは北陸と関係の深い阿倍臣や越国造がみえる史料として、とくに有名である。しかし「国造本紀」が記すのは阿閇臣であって、阿倍氏ではない。『紀』の雄略紀には阿閇臣国見、顯宗紀には阿閇臣事代の名が見えるが、さして有力な氏族ではない。

『新撰姓氏録』右京皇別に、阿閇臣を「大彦命彦背立大稲輿命之後也」としているが、それに続けて、「伊賀臣、大稲輿命男彦屋主田心命之後也」『道公、大彦命孫彦屋主田心命之後也』とみえ、彦背立大稲輿命―彦屋主田心命の系統として、阿閇臣・伊賀臣・道公の三氏がみえる。先に「石黒系図」では、武内宿禰系となっていた道公がここでは大彦命系として登場している。このようにかなり錯綜した系譜になっているが、これらの伝承の背後にいくらかでも史実を読みとろうとすれば、大彦命後裔とはいえ、阿閇氏を始祖としている伝承は、安易に無視しない方がよいように思われる。さて高志国造を越前国内に考えるとすれば、ほかに国造の配置をみない丹生郡を考えるのが有力であろう。丹生郡は、王山・長泉寺山古墳群（鯖江市）の存在によって、越前で最も早く開けた地域の一つと考えられるが、そののちとくに巨大な古墳の築造をみず、また数代にわたって継続した大古墳群も認められない。したがってこの地においては、在地豪族の移住が考えられる。なお和銅元年（七〇八）に初めての越前国守としてみえる高志連村君（編九九）を高志国造の後裔とする考え方もあるが、時間的隔たりが大きいので、明確な判断は困難である。したがって、丹生郡に国造を求めるとすれば、天平五年に丹生郡大領として名のみえる佐味氏（公三）の可能性が強い。佐味氏は上毛野氏と同祖で崇神天皇皇子豊城入彦命の後裔と伝えるから、孝元天皇系の阿閇氏とはまったく系統を異にするわけである。・・・おそらく六世紀段階では、ヤマト朝廷の権威は越中あたりまでしか及ばず、・・・さらに、『紀』は「越」、『記』は「高志」というように統一された表記になっている。それゆえ「国造本紀」の高志国造と『紀』の越国造は、対応した同一の呼称であると考えられる。したがって、「国造本紀」の阿閇氏同祖説も成り立つ可能性もあるのではなかろうか。その時期は、崇峻紀にいう「阿倍臣を北陸道の使に遣わして、越等の諸国の境を観しむ」（編五八）とある崇峻天皇二年（五八九）以前であろう。要するに、若狭地域の各国造の成立は最も早い若狭国造は五世紀後半ごろからであり、これに次ぐ角鹿・高志・三国国造は六世紀になってからのことと考えられる。もとより、いったん成立してのちも一つの氏族が一貫して国造であった場合だけとは考えられず、前述の錯綜した系譜関係をみても、おそらく複数の氏族が時期を異にして国造にあたる場合もあったであろう。」とあります。

国造本紀での「高志」・日本書紀での「越」の表記について、その指し示す地域は時代の推移によってことなりますが、滋賀の湖北から富山までの間に大和の勢力を伸張する際に「阿閉」氏が大いに関わったのは疑いありません。

○兵庫県　播磨町「阿閇神社」

平成１２年５月２１日　　　「阿閇神社」に参拝しました。　当日は日曜日のため社務所は不在でした。

阿閇神社　御由緒略記には以下のとおりありました。

「御祭神　住吉大神

　　　　　　　底筒之男命　　　　中筒之男命

　　　　　　　表筒之男命　　　　息長帯姫命

　　摂社 　　 阿閇恵美須大神

　　　　　　　事代主命　　　　　三穂須須美命

「「播磨国風土記」に「阿閇の津」と記され昔から港とし発達し、舟人の往来の盛んな所で、「住吉大社神代記」（天平三年）に阿閇社とあることから、ここに海上守護神としての摂津の住吉大社から「子神」として御分霊を奉齋したのが当社である。

後に、源季房朝臣（赤松氏の祖先）が播磨国の守護として加古郡大内村に移住された時この阿閇庄の住吉大明神を信仰され国家安全を祈願された。のち、赤穂郡に白旗城を築き居城とされたが赤松氏の祈願所として深く崇敬を受け、ために、社殿は赤松氏の居城に向かって西向に建立さけているという。現在の本殿四社は元禄時代の建立である。」と好碕忠臣宮司は書かれています。

・祭神と「阿閉」氏　

“貝島古墳群　北九州市小倉区藍島所在の海人の古墳群”のなかに「・・・仲哀帝の死後、表筒男・中筒男・底筒男という三柱の住吉大神の託宣と加護を受けて新羅征討を果たすという神秘的な英雄物語的伝説である。この新羅征討物語の中に日本書紀神宮皇后摂政前紀秋九月の条が録す藍島の海人と推定される人物が見える。」とあり朝鮮との橋渡しをする「阿閉」氏の奉じる御祭神です。

息長帯姫命は神宮皇后であり朝鮮との関係については深いものがあります。

「播磨国風土記」に賀古郡の部に景行天皇が印南別嬢を訪われる時、御食事（みあえ）を召し上った所として阿閇津と言う、とありますが、このことからは直ちに「阿閇」と呼ばれる氏族がそれ以前から住まいしていたとの証左は得られません。

一資料として時代は下りますが、播磨町より２０km北東の兵庫県加東郡滝野町上滝野にある滝野城は阿閇重氏が居城としていたとあり、当地と「阿閇氏」との関連はあると考えられます。

滝野には「阿江」（あえ）姓もあり赤松氏の一族とされていることもありますが、旧来からの土地の居住者は新しい有力者との縁戚を基にして勢力を広げることもある、であろうことは推察することができます。

「阿江氏正系略譜」によると阿江氏はもともと阿閉氏と称しておりは村上天皇（９４６〜９６６）の第七皇子具平親王を祖とし23代重氏は阿閉左兵衛佐とあり播州加東郡滝野城主で母が賀古郡阿閉庄である、とされています。

注目すべきは、阿閇社の氏子として平群姓が多くあることに大和の影響が大なるものであつたことは分かります。

平群氏は武内宿禰の子であり４世代の祖は孝元天皇であります。

また、平成１２年調べの電話帳で「阿江氏」の所在が数えられた１０６件のうち兵庫県に５１件、大阪府に１８件と６５％以上が認められること、並びに四道将軍の吉備津彦命は孝元天皇の叔父に当たり征西に従った可能性は極めて高く大和に本拠を置く氏族を継承しています。

兵庫県　播磨町

○滋賀県　長浜市　（旧　伊香郡・長浜市と合併）

“近江伊香�@志　財団法人江北図書館　　編纂　富田　八右衞門”には、第二章　人文地理篇　　一、郡名と往古の住民　のなかに

「…本郡名は元来イカでなくてイカガである。…イカガといえば神(イカ)の裔(ゴ)という意味になる。彼等は自ら神裔カゴ族と称していたので、いつのまにかその居住地の地名になったものであろう。然らばそうしたカゴ族の地名分布はどうかというに、それは本郡のみに限られていない。イカガの中の音のカをとればイガとなり(伊賀)上の方のイを省けばカガ(加賀)となる。伊賀は大和と伊勢に蟠る所の江賀又は紀和高原の名称 であり、加賀は北陸の大国で、滋賀県内にも甲賀郡という類似名がある。即ち加賀から伊香、甲賀、伊賀という風に、その分布する所を案ずれば、この地祇の雄族イカガの人々は、古くから紀和高原から北陸の地方に分布したものであろう。…上古我国の統一ということが始まるに際しては、其の部民は有力に活動したにちがいない。何となれば崇神天皇の四道将軍の第一人たる大彦命の子孫が、実にこの伊賀から北陸にかけて、繁衍したもうた、という証左があるからである。」とあり更に「「姓氏録」を見ると、阿倍朝臣、孝元天皇皇子大彦命之後也とあって、孝元紀には、大彦命是阿倍臣、膳臣、阿閇臣、狭々城山君、筑紫國造、越國造、伊賀臣、凡七族之始祖也。とある。いかにもこれらの人々は、大彦命の東征があつたので、その芳躅に従って、夫々の地方に御子孫として繁衍されたのであった。しかし後世…これらの七族の幕下には、大彦命に帰属した従来の国津神の神裔があって、いつかは之に混入したものも発生したことであったと考えられるヽ、従って大彦命から数百年の後世に、新撰姓氏録編纂当時の人々が、我等は大彦命の後だと申しても、果して事実は如何であったかはわからぬ。…」「栗田寛氏の新撰姓氏録考証に従えば、阿倍の姓は我伊賀に起る、伊賀国阿拝郡敢国津神を三代実録に、安部神ということや、宜化紀に宜遣伊賀臣、運伊賀國屯倉之穀とあることなどに拠いて、伊賀の地名からこの姓が発したことを述べてある。して見るとこのイガの人は当時大に武勇に秀で、大彦命を輔佐したので、やがて平定の功を奏し、イガからカガ迄の山間氏族を事むけ給い、やがて其の子孫と称するものがその地方の国造になられたものであろう。…」とあります。

○意波閉神社 祭神 宇迦魂神 伊香郡（長浜市に合併）高月町西阿閉(あつじ)

・祭神と「阿閉」氏　

意波閇神社の謂れについて、神社の前に石碑があり、説明がされています。それによると、 意波閇神社由緒 祭神 宇迦魂神（うかのみたまのかみ） 神紋 三俵積米であるとされています。

「阿閉(あつじ)」氏は滋賀県の湖北の地で、伊賀国の一の宮であり阿拝氏が祖先の奉斎していた「敢国神社」を「阿拝(あへ)神社」として祀っていたのです。

滋賀県神社庁のホームページに「　御祭神　宇迦魂神　」とあります。

「創始の年代不詳　伝える処によると、一千数百年の前と考えられ再度の戦乱に古書を悉く喪いて由緒を知る由なし、明治14年村社。延喜式内（未定）〔業務社｜伊香支部〕」とあります。

宇迦魂神は神紋　三俵積米俵より明らかなように、「食」に関係の深い神で「阿閉氏」の職掌に深く関わるものです。

古事記には宇迦之御魂神とも記されています。日本書紀では倉稲魂命とも記されています。父神・母神は伊邪那岐・伊邪那美とも記されています。別書には須佐之男命・神大市比売ともあります。

また、記紀ともに性別が明確にわかるような記述はありませんが、古くから女神とされています。

近江伊香�@志　下巻　富田八右衛門　編纂　弘文堂書店　に「【意波閇神社】　村社　大字　西阿閉　祭神　埴安比売命　式内にして末社に阿閉臣を祀る。・・・」とあります。

あるいはまた、埴安比売命は、孝元天皇妃であり、大彦命・開化天皇・彦太忍信命(阿閉臣祖の３代の祖)・武埴安彦の生母の妃である河内青玉繋の娘である埴安媛と同訓であります。ここにも彦太忍信命との関連付けが見られます。

埴安比売命は伊邪那美命の神生みのなかでは土器を作る女神の名ですが、このことと「阿拝神社」の祭神がおなじく伊邪那美命神生みのなかでの鉱山の女神の名金山姫命であることは、「阿閉氏」の出自に因っているものではないかと考えられます。

埴安比売命は、「古事記」では波邇夜安毘売神、日本書紀では埴山姫・埴山媛・埴安神とも記されています。

『埴』は粘土のこととであるとされています。伊邪那岐・伊邪那美の神生みの際に生れた神で、農業起源説話の一つであります。

宇迦魂神　と　埴安比売命　は、ともに女性神であり、食料の生産にかかわる神であります。またここでも父神・母神は伊邪那岐・伊邪那美なのであります。

供食を職掌とする阿閉氏は、意波閉神社を奉斎してきたのです。

社碑には「式内にして末社に阿閉臣を祀る、天武天皇１３年１１月戊申朔阿閉臣波彌臣下毛野君佐味臣等賜姓日朝臣とある内郡内に当郡内に波彌神社佐味神社等の式内の古社あるは皆此等の子孫の当地方を拓き住し給いし故なるべし、当社通称は俵合(へうご)の大明神ともいい鎮守の森を俵合(へうご)の杜(もり)ともいう。」とあります。

「その創始の年代は賎岳戦乱等で古文書を悉く喪失したので由緒等を知ることはできないが当社は延喜式神名帖 伊香郡４６座の一である意波閇神社にあたる社である。茲に祭神の神徳と神社の名と鎮座の地名とを通じて考えるに神社名の「おわい」の「わい」は上代語の「饗」であって食のことに当たり祭神 宇迦神が五穀を司る御神徳に通じており鎮座の地「阿閉」の「阿」と神社名の「意」は同行の音で意を同じくしその御神徳、神社名、邑名によってくるを一にするのは上代この地の開拓した蒼生等が神を斎き祀って神護のもとに繁栄し邑名自ずとなったと考えられる。 明治３年庚午８月淀藩は式内意波閇神社の表標を建て明治１４年村社に列せられた。」とあります。神紋に俵をもちいているのも「饗」える神としての象徴と考えられます。

土地の人には「おわい」神社と呼ばれています。

「意」の「お」は名乗りの「お」といわれ敬意を表すときに用いるものです。また附近には「意太（おふと）神社」「意富布良（おおふら）神社」などがあります。「意」を「お」と発音するのは音読み、呉音・漢音・唐音よりも古い時代万葉仮名の、読みにもある読みで「止」を「と」と読む例もあります。“常用字解　白川　静　平凡社”には「意」の字には「「おしはかる」、つまり神意をおしはかることを意というのである。」とあります。「おわい」 は「お饗え」の訛ったものでないでしょうか、湖北で豆腐の和え物を「白和え」（しらあえ）と呼ぶがこれが訛って「白和い」（しらあい）と呼び習わしていることも動詞の活用が先に述べたハ行下２段活用であることから同じ変化をした、現在神仏にささげ供える（下２段活用）意味の「お供え」と同じ使われ方でないかと考えます。

“古代国語の音韻に就いて　橋本　進吉　岩波書店”に「次に、複合する下の語の語頭音が母音一つから或る音（アイウエオ）である時、その音が上の語の語尾音と合して一音となることがある（荒磯(アライソ)―ありそ、尾(ヲ)の上(ウヘ)―をのへ、我(ワ)が家(イヘ)―わぎへ、漕ぎ出(イ)で―こぎて）。これは、語頭の母音と語尾音の終の母音と二つの母音が並んであらわれる場合にその内の一つが脱落したので、古代語において母音がつづいてあらわれるのを避ける傾向があったことを示すものである。「にあり」「てあり」「といふ」が、「なり」「たり」「とふ」となるのも同様の現象である。」とあります。

古代日本語は、朝鮮語と同様アルタイ語系で二重母音を避ける傾向があり子音＋母音を一つの音節にして発音したかったと思われます。

そして「O」音に「A」音が続くとつまり「おあ・・」と発音する場合は「お憐れみ」「オアシス」の場合のように「W A」音に変化します。

米沢弁で｢御召し上がれ｣が「おわえない」といわれるのも同意であると思います。

「半母音」といわれるものがあり、「わたり音」ともいわれるものです。これは発音するときに発音するための器官を動かすときに「母音」に近いけれども、子音の性質を持つ「音」で単独で音節をつくることが出来なく、ワの「Ｗ」とヤ・ユ・ヨの「Ｙ」を頭にして発音することになります。

「場合」を（ばあい）と発音しないで、（ばわい）と発音することのあるのは、母音の連続する「二重母音」「三重母音」が発音しにくいから半母音「Ｗ」が加えられるからです。お土産・ピアノの発音が（おみやげ）（ピヤノ）になる「Ｙ」も同じです。

「あへ」（ａｅ）が名乗りの「お」が加えられ、「おあえ」（ｏａｅ）にそして下２段活用に訛って「おあい」（ｏａｉ）に、更に半母音「Ｗ」が加えられ「おわい」（ｏｗａｉ）になったと考えます。

大阪府南河内郡の美原町は昭和３３年７月に南八木村の大饗、小寺、菩提を編入していますが、そのなかの「大饗」は「おわい」村のことで、“日本歴史地名大系　２８　大阪の地名　平凡社” (72) のなかで「「続日本紀」天平神護元年（７６５年）１０月２８日条に称徳天皇が紀伊国行幸の帰途河内丹比郡に至ったとの記事があるが、このとき当地が饗宴の場所になったので地名が生じたという伝えがある」とあり、「あえ」は「わい」に転じる例証となります。

ところで、“式内社の研究　第７巻　伊勢�U志摩近江若狭　志賀　剛　雄山閣”(73)のなかで、「伊香郡　１１　意波閇(イハヘ)神社」とされ、「…意波閇は古代なら伊波比は正しい。武蔵に伊波比神社、出雲伊波比神社がある。これは祝で、祭ると同義である。しかるに平安(、、)時代(、、)になると伊に意(○)をあてるようになる。栗太郡伊布伎神社→意布伎（追来）神社。そして比はハ行音の閇と交代するから伊布伎→意波閇となる［古代なら意はオ］。ところが古代からイは落ち易しく、平安時代にはハ行転呼音により、ハ→アとなるから、イハヘ（祝）→アヘ（阿閇）となる。これ、阿閇村に意波閇神社がある所以である。イハヒ（祝）→イハヘ（意波閇神）→アヘ（阿閇）。」とされていますが、「意」を「お」と発音する附近（滋賀県伊香郡木之本町）の神社の「意」は、最初は「伊」であったのでしょうか「意富布良（おおふら）神社」「意太（おふと）神社」は「い」から「お」へ転韻したのでしょうか、「アヘ」と読まれるようになった時、「音」に相応する漢字が多くあるなかで、どのようにして阿閉（あつじ）の文字が用いられたのでしょうか、肯んじえないところがあります。

また、高月町の事例は、“北近江の遺跡　谷口義介　サンブライト出版”(74)で「…また近年、高月町東阿閉(あつじ)でも今西遺跡と同時期（古墳時代初期と述べられている）の遺構が検出されているが、この東阿閉を中心とする区域は『和名抄』で安曇(あど)郷と呼ばれ、西阿閉には余呉川にかかる安曇橋という橋があって、安曇の名を現在にとどめている。阿閉はアベとも訓まれるが、アベもまたアヅミ、アタミ、アドと同じく、安曇と関係の深い地名である。『天武紀』元年（六七二）六月の条に胆香互(いかご)臣(のおみ)安倍(あべ)という人物の名がみえるのも、古く伊香郡に安倍氏のはいった一証であろう。」と述べられています。

“高月町の地名　高月町史編纂委員会　編纂委員長　宮澤義夫　高月町教育委員会”(75)冒頭部分で地名について触れられ引用のなかで、「「地名はまことに小さな存在である」と、谷川健一の名著『日本の地名』は始まります。・・・これ以上分割不可能な共同体の生活の実態を明らかにするための手がかりが小集落の地名である・・・地名はこのように、いと小さきものであるが、一方、それは大きな世界とつながっているここに地名の逆説があり、それこそが地名の魅力である。」と述べられています。谷川氏はさらに「地名とは、二人以上の人間の間に共同で使用されている符合である。その符合の付け方には、どうしても相手の約諾を要する。・・・ゆえに一部落一団体が一つの地名を使用するまでには、たびたびそこを人が往来することを前提とするほかに、その地名は俗物がなるほどと合点するだけ十分に自然なものでなければならぬ」とあります。つづいて「・・・しかし数千年、数百年という長い年月が経つと、地名そのものも姿を変えます。地名の発声音に当てられた文字は、和銅六年の好字令などで幾度か書き換えられ、転訛して、その由来や語源の解明は極めて困難になってきました。」ともあります。それゆえに先に記しましたように　本稿　４・�A阿閉という姓に関連あるとみられる地名の分布　のなかでの「阿閉嶋」について現在では藍島・相島とも呼ばれていますが、「藍」は「アヰ」、「相」は「アヒ」であり、「阿閉」は「アヘ」とヨマレ、朝鮮語との由来、解釈、発音の変化の比較を分析するべきと考えます。

さらに、同書では「ところで、今回の（引用の注・高月町の地名は平成14年５月発行です）わが町の調査は、大小の差はありますが、三一字〈引用の注・こあざ　のことです〉（区）（行政地名・新井口区を除く）全域を対象とし、蒐集されました小字地名は、調査以前の予想はるかに越え、総計二、七〇二地名であります・・・」とあります。三一字(あざ)に東阿閉、西阿閉がふくまれています。そして、東阿閉区の区名の由来として、「１５　東阿閉区　区名の由来　」に「アツジは、アツミ（安曇）の転訛東阿閉の氏神「乃伎多神社の創建年紀」によると、乃伎多神社は一千年以前の建立で、祭神は「誉田(ほんだ)別(わけ)命」（応神天皇）と「天造(あめのつくり)日女(ひめ)命」で安曇の連が始祖だといわれている。和名抄には、西阿閉・東阿閉・宇根・森本・高月の五ケ村を「安曇の郷」と称している。・・・安曇の連は、仲哀天皇・応神天皇に仕える大臣で、この時より阿閉が始まったと言われる。・・・アツジは、アツミ（安曇）の転訛したものと言われる。・・・（平成三年四月「高月町議会だより」参考）」」とあります。

また、西阿閉区の由来としては、「２４　西阿閉区　区名の由来　」に「西阿閉には、意波閇(おわい)神社（祭神宇迦(うがの)魂(みたまの)神(かみ)）と甘擽(いちい)前(ざき)神社（祭神米餅眷(もちへき)大使(おほおみ)主命(のみこと)）の二社の氏社がある。意波閇神社には末社に阿閉臣(おみ)を祀るとある。この阿閉臣は天武天皇が八色(やくさ)の姓を制定された時、朝(あそ)臣(ん)の姓を賜った五十二氏の中に見られ、その子孫が「この地を拓き、住し給いし故なり」と記されている。また町内西、南部の地域を古くは安曇(あずみ)郷と呼び、当区内にも「アド橋」と呼ぶ橋が現存する。一方甘櫟前神社の鎮座するあたりもアマガミの社と呼び、今も櫟の大木がある。この櫟の木は古代良質の舟材とされたようで、海士(あま)族といわれる安曇氏と深い関係がある。地名「阿閉」はアズミの転化したものという。（『近江の海人』朝日新聞）このように見ると阿閉の地名は、山岳系氏族阿閉臣を祀る意波閇神社と、海人系の安曇族の両方から付けられたように考えられる。（平成二年二月「高月町議会だより」参考）」ともあります。

ついで、先にも引用しましたが“高月町の地名　高月町史編纂委員会　”の「２１　西野区　区名の由来」には、「・・・一説に上古朝鮮半島から渡来し、高島の安曇川尻に留まった安曇族の一部が西野の阿曽津に定着したという。その後なんらかの事情で「エビ越」を越え、当区を含め熊野・磯野・松の尾・東、中、西柳野という七つの「野」のつく土地に別れ住んだというのが巷間の伝説である。・・・」現在の高月町には松尾・磯野・柳野・西野・熊野に囲まれて重則区がありますが重則区名については、後年に当所を開発した人名に由来するとの説もあり、往年には重則区の存在は確認できません。


“古代近江の遺跡　林博通　サンライズ出版　”には「・・・阿曽津(あそづ)千軒遺跡　・・・賤ヶ岳から南に伸びる丘陵のすぐ西側の固定にある。・・一九九八年八月の滋賀県立大学による潜水調査によって、これまで遺跡とされていた水域より北側の二地点で遺構・遺物が確認された。・・・沖合約七〇ｍの礫層上で古墳時代前期の土師器甕が確認された。・・・」とあり考古学上からもそのような経路の存在が認められています。

また「２１　西野区　区名の由来」に阿曽津と呼ばれる地名があります。「・・・あそ＝水などの浅い所。津＝水のある所。琵琶湖の浅瀬をいみするか。・・・」とあります。湖西から湖岸を伝ってきた安曇族はこの場所から上陸し、橋頭堡を築いたと思われます。

つまり、「２４　西阿閉地区　区名の由来」に「・・・また町内西、南部の地域を古くは安曇(あずみ)郷と呼び、当区内にも「アド橋」と呼ぶ橋が現存する。・・・」とあり、西阿閉地区には、伊知比岬と呼ばれる地名があります。「・・・「櫟」の大樹原であったので名づけられたと、明治三年の「甘櫟前神社」の由来書に記されている。」とあります。ただこの地勢のなかで‘岬’と表されていることは、もとは周囲が水であり湖に突出していたと推測し、安曇族はこの地点からも上陸したのでないかと思料します。

近江・湖北については、 ‘紀　要　第４号　１９９０．１２　１７．琵琶湖周辺の遺跡について　濱　修　財団法人　滋賀県文化財保護協会’　に「・・・古代から、この琵琶湖を抜きにして人々の生活は考えられなかったであろうし、琵琶湖のおかげで人々は多くの富を得てきただろう。そうした人々の痕跡は、現在琵琶湖固定遺跡として水面下に存在している。近年琵琶湖総合開発の事前調査で数多くの遺跡が水面下から姿を現した。深いものでは水面下４ｍ近くから縄文時代の遺跡が見つかっている。・・・」「・・・西野遺跡では古墳時代の集落跡が旧汀線付近から検出されている。・・・湖北町の尾上遺跡と尾上浜遺跡では、旧湖岸の砂浜上に斉串等の祭祀用の木製品が多く出土しているほか、・・・」「・・・第３に交易・交通の基地で物資の集積・拡散をしていた遺跡である。・・・」「・・・古墳時代になると湖岸は水田や交通の場とともに古墳の祭祀を行えない人々による水霊信仰の場としても利用される。・・・」「・・・尾上遺跡・尾上浜遺跡では木製の人形・斉串・馬型等が出土している。いずれも竹生島に沈む夕日に向けて祓に用いられたものであろう。・・・」と述べられています。

縄文から古墳時代にかけて、琵琶湖の湖西から湖北へ、人々は新しい生活を求めて移動したことが琵琶湖の水位の変化の影響に原因する遺跡の発見・研究により更に解明されると考えます。

ホームページ‘安曇誕生の系譜を探る会　勉強会資料　’平成２５年８月には、「・・・７　安曇族ゆかりの地とその衰退状況　・・・安曇氏族は弥生時代から古墳時代にかけてのころ、福岡市東区付近で活動しており、海人の統率者として勢力盛んだった。そして弥生時代のはじめころから全国へ進出し、畿内・東海・山陰方面へも進出した。・・・２）高島市安曇川町地域　滋賀県の高島市安曇川(あどがわ)町地域は安曇族ゆかりの地である。・・・また、和名類聚集には隣接する琵琶湖安曇郷があったことが記載されている。『角川日本地名大辞典』によると「あどのごう」と読むと説明している。そこに安曇橋と刻まれた石柱がある。（現在滋賀県長浜市高月町西阿閉(あつじ)地区）地元の方は「あどばし」と呼んでいる。・・・古文書等は何も残っていないとのことである。・・・古代において湖西地方で安曇族が定着していたと考えられる。この地域では、安曇の読みは「あど」である。」「万葉集に安曇川に関する歌がいくつも載っているが、「安曇」と表記されずに、「阿戸」、「阿渡」、「足速」、「足利」、「吾跡」と表記されている。記紀には安と曇と表記されているにも拘わらず、である。これは故意に「安曇」「阿曇」を抹殺した結果のように思えるのである。」「さらに町誌では、この地の安曇族は古い時代、継体天皇の時代よりも古くに三尾氏に征服され、さらにその後大和方面に強制移住させられたのでないかと推測している。すると安曇川町流域では古代において壮絶な争いがあり、安曇族は抹殺されたことになる。・・・」「・・・安曇川町には綿津見命を祀る神社はない。なぜなのか不思議である。しかし湖北の旧伊香郡には綿津見命を祀る神社が２社残っている。」「・・・安曇川町の場合は、背後の山を一つ越えればそこは日本海であり、安曇氏族が九州から進出して来て定着していた地域である。そこから進出してきたと思えるが、今のところ明確でない。・・・」とされています。

安曇族が九州から進出して来て西野の阿曽津に定着した後に、あとから進出してきた大和の政権は更により北への進出の基盤として陸路にも水路にも有利なこの土地に基礎を据えた。と推測します。

農耕の確立によってムラが大きくなっていく段階でそれを構成している要素として、居住地域、農地、里山などが考えられますが、食料を確保するための農地については、水利は重要なものであります。

東からの大和の勢力が,安曇族が先に開いた土地に隣接した土地を開拓した。
その結果新しい広い土地で人口は増加、地区は東西に二つに分かれた同じ字名で呼ばれるようになった、のでないでしょうか。

高月町西阿閉地区は、安曇氏族が九州から進出して来て定着していた地域であつた。その後、大和政権の支配下になった、と考えます。‘あずみ’とよばれていた地域は‘あつじ’と呼ばれその成立の過程が異なる二地区に後年大和政権による阿閉氏が進駐して地名をつけ東阿閉に対して西阿閉と呼ばれるようになった。と推測します。

ここで、安曇氏と阿閉氏とのあいだは、さきにも述べましたが、○福岡県北九州市小倉北区の「藍島」（あいしま）については“日本書紀坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注岩波書店”に仲哀天皇条八年春正月条に縣主の祖、熊鰐が、「…没(もと)利(り)嶋(しま)・阿閉(あへの)嶋(しま)を限(かぎ)りて御筥(みはこ)とし、柴(しば)島(しま)を割(かぎ)りて御�I(みなへ)�D　御�D�I、此をば御那陪(みなへ)と云(い)ふ。　とす。」とあり、また、同書の神功皇后摂政前紀秋九月条に「…是(ここ)に、吾瓮(あへの)海人(あま)烏(を)麻呂(まろ)といふをして、西海(にしのみち)に出(い)でて、國(くに)有(あ)りやと察(み)しめたまふ。…」とも、記されています。

さらにまた、「又磯(し)鹿(か)の海人(あま)、名(な)は草(くさ)を遣(つかわ)して�B(み)しむ。」と続きます。

ここに述べられている、磯鹿は日本書紀補注９　四に「・・・磯鹿海人は志賀島の海人の集団をさし。・・・阿瓮海人と類似のもの。・・・」とあります。それを遡る時代の記述がとして、また“日本書紀坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注岩波書店”神代上　第五段の補注�T　六三に「阿曇氏・・・全国各地の海部を中央で管理する伴造。・・・」とあり、「・・・記に綿津見神之子。宇都志日金拆命之子孫也、」ともあります。

“日本古代氏族事典　佐伯有清　雄山閣”には「阿曇氏は海部を管掌した伴造氏族。氏名は安曇とも記す。・・・発祥地は『和名抄』の筑前国糟屋郡志珂郷（福岡市東区志賀島）から阿曇郡（福岡県糟屋郡新宮町の一帯）とみられ、・・・」とあります。

また、日本書記の仲哀天皇条、続く神功皇后摂政条九年九月に「・・・又磯鹿の海人、名は草を遣わして�B(み)しむ・・・」とあり、その補注には「磯鹿は和名抄の筑前国糟屋郡志珂郷（今の志賀島）」ともあります。続いて「・・・磯鹿海人は志賀島の海人の集団をさし、・・・阿瓮海人と類似のもの。草は人名，他にみえず。」と説かれています。

さらに、阿閉氏、阿曇氏とは、それぞれ別の氏族の出自をもつものとされますが、日本書記が編纂された時の、阿閉氏と阿曇氏の朝廷における位置によって記述が異なることとなる、と考えます。

ここで、「・・・草は人名，他にみえず。・・・」とある[草]ですが、ハングル単語文法事典に、【その人】の意味で　ㄱ사럄［クサラム］という言葉があります。また多くの人々のことを民草ともあらわします。朝鮮に近い筑前国糟屋郡志珂郷（今の志賀島）では不特定のある人のことをさして用いていたと考えます。

「・・・人間は「草」と認識されていたらしい。『古事記』には、「現(うつ)しき青人(あおひと)草(くさ)」とある。」と“地名の謎を解く　伊東ひとみ　新潮社　”　にも述べられています。　

つまり、草　とはそこに住む人のこと、のちの阿閉氏の祖となろ人々あろうと推量します。

「阿閉」と「阿曇」との発音には親近性があります。「A　○U　○I」と同じ母音を踏み、しかも「阿閉」は現在では閉じると表記されますが、本来は閉ぢるであり、「阿曇」のずみはづみであります。

この発音は「四つ仮名」とよばれる現象で従来は異なっていたものが、１６世紀から１７世紀にかけて混同され、同じようになった、とされています。「阿閉」は「A　ＴU　 dᴣᥣ」であり、「阿曇」は「A　 dzU　ＭI」であり発音には親近性があり、言いようによって混同されることが起こったと推測します。

１９４６年１１月１６日の内閣告示では「現代かなづかい」で「旧仮名遣いの『づ』は『ず』、『ぢ』は『じ』と書くこととしたものとしています。これにより、辞典によってはそれぞれ「あつじ」「あずみ」と表記しているものあります。この告示は１９８６年７月１日改定され歴史や文化に深いかかわりをもつものについては、「歴史的仮名遣いは尊重される」となりました。ホームページ`毎日ことば　漢字クイズと日本語の話題’　参照

志賀島と相島は海上ほぼ１０�qの極近い距離にあることから推測して、大和が国の中心となるに従いあるいは、志賀島の阿曇氏は日本海を北上し、また、相島の阿閉氏は朝廷の命を受け本州を横断大和から北陸へむかい近江高月の地で遭遇したと思料します。

現代においても、志賀とあらわされる地名は多くみられます。滋賀県の安曇川・志賀高原と安曇野など関連性の見られる地域にあるのです。これは志賀島の安曇氏に由来しているものではないでしょうか。

地名の[しか]は[近い]によるものともされています。あるいは、滋賀県の場合は[石処]からともされていますが、これも志賀島の安曇氏に由来しているものではないでしょうか[a1] [a2] [a3] 。

“高月町史　景観・文化財編　付図　高月町域水系図（分冊一　第３章）”には、西野の西から余呉川の流れが熊野を経て西阿閉の西部に至っています。しかも伊知比岬の近くまで流れています。安曇族もこの流れによって進出したものと考えます。

万葉集　巻９　１７３４に、少瓣（すないおおともい）の作として「高嶋之　足利湖乎　滂過而　鹽津菅浦　今香将滂」があります。これを「たかしまの　あどのみなとを　こぎすぎて　しほつすがうら　いまかこぐらん」と訳しています。

少瓣は太政官左右弁官局で仕えていた人で春日蔵老（７世紀末）の子とされています。７世紀には高嶋・塩津・菅浦を船で通行していたのです。そして、塩津・菅浦は湖岸からすぐ山に当り、余裕地がない地形が続くため高月の西野・阿曽津辺りの奥行がある平野に上陸したものでないでしょうか。

この歌のつくられた以前に湖岸に沿って土地の人々により湖西から湖北へ操船されていたものと考えるに難くありません。

‘津’・ ‘岬’と名付けられている場所が現在の地勢からみると、かなり高地にあることから周辺の土地の地下に地上に残る遺跡の前時代の遺跡があります。それによりその土地の歴史が分かるのです。

もともと,ひとつの字(あざ)が大きくなって分かれる場合水利の点からは下流に新しくでできるのですが東阿閉の水利は高時川から水を引き以前よりの集落西阿閉の水利余呉川とはべつの水利を利用しているため村が大きくなって分かれたのではなく、発音が似通っていることや、従来の安曇地域の湖上交通の利便性を利用するために二つの区域が合わさって同じ地域名を使っていると推測します。

ホームページ　‘水土里ネット　湖北’に「・・・井明神付近(高時川頭首工）について・・・　井明神井堰　関係部落　下井　右岸　落川　高月　宇根　東阿閉」として挙げられています。

インターネット上で‘「名づけ」と「名のり」−命名研究の一視点ー　　　田中宣一’には「・・・二　地名の「名づけ」と「名のり」　　」のなかで[・・・わずかな利用だけでほとんど自然のまま放置され、ある地点の名か広範域を漠然と示す名前しか持たなかった場所を特定の者が区画をして占用しようとする際には、区画ごとに新たな呼び名が必要になるであろう。・・・」「・・・命名の段階として一番新しいのは、「分割地名」と総称されるものである。・・・相互区別をしようとした地名である。・・・」とも述べられています。
‘東と西’を冠することにより異なる地域に居住する人たちを、同じ出自の人々であると認識させる効果があるのでないでしょうか。
考察を行うには、机上の推論だけでなく、フィルドワークが必要であることを自戒しなければなりません。

阿閉氏と安曇氏については、海に関する氏族であることは共通するところではありますが、その関係は現在では明らかにはされていないと思考します。「安曇」の「ヨミ」についても先に引用しましたように“日本國誌資料叢書　第三巻 ”に「…此安曇は本来アヅチの下略歟。…」ともあります。滋賀県長浜市高月町の西阿閉に安曇橋と呼ばれる地名があることは『　安曇誕生の系譜を探る会』から引用させていただいたように、安曇氏がその力を大きく減じるまで、大和の北陸進出に両氏が協力関係で関わっていたと思われます。

“北近江の遺跡　谷口　義介　サンブライト出版” に「記紀によると、安曇族は筑前国糟屋(かすや)郡安曇郷を本拠とし、綿津(わたつ)見(み)の三神を奉じる海人系の氏族であったらしい。しかし安曇族が全国各地に分かれてひろがった歴史は古く『神名帳』『播磨国風土記』や神楽歌などに散見する阿波、播磨、伊勢の安曇氏のほか、因幡、若狭、近江、三河、美濃、信濃など、安曇族の足跡は枚挙にいとまがない。海人族であった安曇氏の一部が近江に入り、尾上によって湖上交通を抑え後の安曇郷のあたりを支配して、古保利古墳群を築いた可能性は十分考えられよう。『万葉集』巻十六「筑前国志賀の海人の歌　十首」をみるとその左注に、海人のなかには漁撈のかたわら農耕にたずさわる者もいたとあるから、安曇氏の一部が尾上から余また、その施行により。西野・片山・重則・熊野・松尾・東柳野・柳野中・西柳野・西阿閉の区域で滋賀県伊香郡古保利村が発足しています。この地域は

さきに記しました��高月町の地名　高月町史編纂委員会”の「２１　西野区　区名の由来」のなかに・・・一説に上古朝鮮半島から渡来し、高島の安曇川尻に留まった安曇族の一部が西野の阿曽津に定着したという。その後なんらかの事情で「エビ越」を越え、当区を含め熊野・磯野・松の尾・東、中、西柳野という七つの「野」のつく土地に別れ住んだというのが巷間の伝説である。・・・」とあり、現在の高月町には松尾・磯野・柳野・西野・熊野に囲まれて重則区があります。両地域はほぼ一致します。（下線部は本稿で記しました。）

呉川をさかのぼって安曇郷をひらいたのかもしれない。百二十八基よりなる古保利古墳群は、安曇郷と尾上を東西に見下ろす西野山丘陵の尾根上に点々とつらなっている。」とあります。

また、その施行により。西野・片山・重則・熊野・松尾・東柳野・柳野中・西柳野・西阿閉の区域で滋賀県伊香郡古保利村が発足しています。この地域は

さきに記しました��高月町の地名　高月町史編纂委員会”の「２１　西野区　区名の由来」のなかに・・・一説に上古朝鮮半島から渡来し、高島の安曇川尻に留まった安曇族の一部が西野の阿曽津に定着したという。その後なんらかの事情で「エビ越」を越え、当区を含め熊野・磯野・松の尾・東、中、西柳野という七つの「野」のつく土地に別れ住んだというのが巷間の伝説である。・・・」とあり、現在の高月町には松尾・磯野・柳野・西野・熊野に囲まれて重則区があります。両地域はほぼ一致します。（下線部は本稿で記しました。）

「古保利」の字句については、本稿では初出はなになのか分かりません。

「こぼり」という語句はおそらく「評」・「こほり」に由来するものでないでしょうか。現在の地名の「小堀」であらわされる「こぼり」は「評」によるもので多数ある、と推測します。「こぼり」の「こ」は一単語の語頭であり。その語を強めに呼ばれることによっておりて「ほり」に連濁ら生じたもの、と考えます。「公方」と書いて「くほう」から「くぼう」と呼ばれるようになったと同じと考えます。

「古保利(こほり)」は「郡(こほり)」に由来するものと考えます。　　　　　　　　　

「講座　日本荘園史６　北陸地方の荘園　近畿地方の荘園�T　網野善彦　石井進　稲垣泰彦　永原慶二　吉川弘文館」（76）に、国毎の概観があり, 近江国　福田　榮次郎　には

「・・・近江国には八世紀半ばから荘園にかかわる史料が存在する。」と述べられており、荘園の広がりにより地域の境など小さい単位もはっきりと分けられるようになったと考えます。同書より表１の一部を抜粋

「・・・表１は『荘園志料』をはじめその他若干の資料によって、近江国の荘園を郡別に記したものである。・・・として、

表１

郡　名

区分

数

荘園・郷保名

　　〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜〜 〜 〜 〜 〜 〜

伊香郡

荘園

４

余呉荘　伊香荘(中荘)　富永荘　郡荘

　〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜〜 〜 〜 〜 〜 〜

と記述されています。そして

東阿閉は富永荘にあり、西阿閉は郡荘にあるのです。

つまり古保利古墳のある郡荘には西阿閉にあり西阿閉は安曇氏に由来する地域であると考えます。

明治22年4月の町村制施行の際に、高月町は

南富永村は　柏原・渡岸寺・森本・落川・高月・宇根・東阿閉

北富永村は　保延寺・持寺・尾山・洞戸・馬上・雨森・井口

古保利村は　西野・片山・重則・熊野・松尾・東柳野・柳野中・西柳野・西阿閉

から編成されています。おなじ阿閉の字でありながらことなる村に編成されたにはその地域の成因なりに理由があると考えまず。また、その施行により。西野・片山・重則・熊野・松尾・東柳野・柳野中・西柳野・西阿閉の区域で滋賀県伊香郡古保利村が発足しています。この地域はさきに記しました��高月町の地名　高月町史編纂委員会”の「２１　西野区　区名の由来」のなかに・・・一説に上古朝鮮半島から渡来し、高島の安曇川尻に留まった安曇族の一部が西野の阿曽津に定着したという。その後なんらかの事情で「エビ越」を越え、当区を含め熊野・磯野・松の尾・東、中、西柳野という七つの「野」のつく土地に別れ住んだというのが巷間の伝説である。・・・」とあり、現在の高月町には松尾・磯野・柳野・西野・熊野に囲まれて重則区があります。両地域はほぼ一致します。（下線部は本稿で記しました。）

「北近江の遺跡　谷口　義介　サンブライト出版」(７７)には「・・・古保利古墳群は、安曇郷と尾上を東西に見下ろす西野山丘陵の尾根上に点々とつらなっている。」とあります。

また同書には、「海人族であった安曇氏の一部が近江に入り、尾上によって湖上交通を抑え後の安曇郷のあたりを支配して、古保利古墳群を築いた可能性は十分考えられよう。」ともあり古保利古墳群の担い手は安曇氏なのです。

この地域の地名についてホームページ　“　近江国　−「ムラの戸籍簿」　データベース

近江国　作成者：谷　昇”　には、関係部分抜粋　　

郷(里)

郡

年月日

西暦

原　　　　文

出　典

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

安曇郷

伊香郡

８C

（木簡）【安曇】阿曇郷戸主伊香連□（卯カ）人戸白米一俵

平城宮

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

とあり、８世紀には安曇郷があった、と考えられます。

安曇郷については、‘滋賀県の地名　日本歴史地名大系　　２５　平凡社　’に「安曇(あずみ)郷(ごう)　「和名抄」は諸本とも訓を欠くが、信濃国安曇郡の例からしてアツミであろう。「賀茂社領安曇河御厨」（賀茂別雷神社文書）。阿渡川（万葉集などを巻九）、阿戸（同巻七）などを当郷のこととする説もあるがこれらは「高島之阿渡川」などともあるように、すべて高島郡の安曇川にかぁわるものであろう。・・・安曇郷は筑前国糟屋(かすや)郡にもあるが、伊香氏とみえるから近江国のそれであることは疑いない。郷域は現高月(たかつき)町南部の阿閉(あ辻井)地区を含むことで諸説一致し、アツジ（アトジ）はアツミの転訛という。・・・」とあります。

近江国にあった安曇郷とほぼ同じ地域を荘園時代には、それぞれそこに住む人によってその差異を認識して東阿閉と西阿閉に分けて呼ばれるようになった、と思います。

時代は下りますが伊香郡南部に富永荘があったとされています。ホームページ“山門領近江国富永荘の研究　福田英次郎”に近江国伊香郡富永荘について「・・・その荘域伊香郡の南部にあたり、東浅井郡と境を接する地域で、現在の伊香郡高月町の東宇根・西宇根・東阿閉・・・といった地域を想定している。」と述べられている。

そして、東宇根・西宇根・東阿閉などにはそこに住むに至った理由、それぞれの生活習慣があり他の字域とは違ったものになった、と考えます。

東阿閉・西宇根から1�q付近に長浜市湖北町青名荘と呼ばれていた地域であります。

青名には春日神社が奉斎されています。春日神社ですから藤原氏とは深い関係があります。

この神社の祀られた場所について調べてみると、滋賀県・福井県・石川県・富山県とまさしく四道将軍の足跡と一致をみるのです。ウェブサイトでの滋賀県から富山県へのルートの地域の春日神社の分布をみると、

滋賀県には２０社を数えました。大津市・栗東市・野洲市・近江八幡市・甲賀市・東近江市・豊郷町・愛荘町・彦根市・米原市・長浜市とつながります。長浜市高月町東阿閉に隣接する宇根４２５にも春日神社があります。

福井県は越前市・鯖江市・砺波市・永平寺町・大野市・坂井市・あわら市に１９社

石川県は金沢市・小松市・能美市・白山市・野々市市・珠洲市・輪島市に２０社

富山県は南砺市・小矢部市・射水市・富山市・砺波市・高岡市・滑川市・魚津市と２０社あり北へ向かってつながります。

奈良時代、記紀には大和朝廷の北越への開拓が述べられており、それに従い協力する氏族、藤原氏もそ勢力拡大に邁進したと考えられます。

そして、越へ向かう大和の進出の一部は琵琶湖へ進み現在の高月町の森本・宇根・東阿閉へと続き定着したと考えます。

そして各県には藤原氏に由来する近藤・齋藤・藤原・後藤・加藤の姓が現在も残っています。

もとより、平時も戦時も人の移動は「道」がつかわれます。しかし、それが戦時には征服の意味もあり勝者の信奉するモニュメントを建設する、と、推測します。

ここで、藤原氏と阿閉氏は元明天皇の存立を支えることにより協力関係にあったと考えます。

つまり、藤原不比等は草壁皇子に仕えており、草壁皇子は絶大な信頼を寄せていたので皇子の妃である阿閉皇女・後の元明天皇も藤原不比等を重用したと考えます。したがって、朝廷の勢力拡大とともに藤原氏も伸長したのです。

元明天皇による日本書紀にある四道将軍の派遣は、まさしく藤原氏による朝廷の強大化に資するものでした。

大化改新…乙巳の変は６４５年、壬申の乱は６７２年、日本書紀の編纂７２０年であることから当時の朝廷の北越への侵攻の跡として春日神社がある、と推理します。

この四道将軍は大彦命・吉備津彦命（大吉備津彦命とも）・武渟川別命・丹波道主命であり、歴史的に大和政権の勢力の及んだ順の事蹟であります。

書記では、上記のように北陸へは大彦命、吉備津彦命は山陽道、武渟川別命は東山道、丹波道主命は山陰道へ向かっているのです。

山陽道では

山陰道では

東山道には　　　　と

春日神社が連なっています。

春日神社を氏神とする藤原氏は天児屋根命　　　中臣氏の後裔

中臣氏は茨城　武沼河の東海に進出　　　　　藤原氏の勢力拡大に資することをとなった

1968年（昭和43年）稲荷山古墳埼　玉県行田市から出土した鉄剣　意富比垝（仮借による読み方で　オホヒコ　と読めます）　大彦命　　銘の年号辛亥から４７１年５３１年　　

大化改新後歴史を模倣　中臣氏が東北確保のため　

後述‘近江伊香郡における式内社と氏族　　佐野静代’の第3図　前方後円墳・郷・氏族関係式内社の分布のなかで　安曇郷に天岩門別命神社と多米氏を記されています。さらに‘日本古代氏族事典　佐伯　有清　雄山閣　’　に

「・・・『姓氏録』河内国神別にも「多米連　神魂命児天石都倭居命之後也」とみえる。この多米連は忌部氏の系譜に連なることが明らかなので、天岩門別命神社は忌部氏系の多米連の奉斎になるものといえる。」とあります。

西阿閉に対して東阿閉の位置関係を考察するに際して森本に天岩門別命神社があり一帯に忌部氏にかかわる多米氏が存したとありまず。

天岩門別命神社は現在の森本神社であります。社は移転し現在地の南西とされその方向には宇根になり、小字にワケがあります。で、伊香郡西阿閉に対する東阿閉の経路を考察するに際して森本に天岩門別命神社があり一帯に忌部氏にかかわる多米氏が存したとありまず。

森本神社は現在、高月町森本８３に鎮座する社であります。

“日本古代氏族事典　佐伯　有清編　雄山閣”に斎部氏については、「・・・祭祀に必要な物資を貢納する忌部を統率した伴部氏族・・・」で、また、多米氏については「・・・宮廷の炊（みかしき）職の伴部として、米の精白・炊飯に当たった一族。・・・とあります。

多米氏は「・・・「タメ」は飲食物の総称である「タメツモノ」（味物）にもとづく・・・」とあり、忌部氏は「・・・宮廷内の神事に携わり、神物を納める斎蔵を管理した・・・」ともあります。

二つの氏の職掌はいずれも阿閉氏の職掌、そのものであります。

高月町史に、「森本神社は、かって「別(わけの)大明神(だいみょうじん)」と称して現在地の南西に鎮座したという。延喜式神明帳の「天岩(あめの)門別(いわとわけ)命(みこと)神社」に比定。・・・」とあり神社は地形的に宇根、東阿閉に極めて近いところにあったと推測します。

つまり、大和朝廷を祀らう阿閉氏の一部は北國へ向かう途中、駐屯地として生活条件の良い湖北の地に定住したと推測します。

古保利古墳群は上古朝鮮半島から渡来し、高島の安曇川尻に留まった安曇族の一部が阿曽津に定着して営んだものでないでしょうか。それゆえに、明治22年に古保利村が発足した時にその地域の人々が一緒に古保利村となったものと推測します。

ウエッブ　‘特別展　「古保利古墳群」出土の鏡や土器５６点、湖北の有力者の姿に迫る―長浜、高月・歴史民俗資料館/滋賀　古墳にコーフン協会’には「・・・古保利古墳群内の北側にある全長約６０メートルの前方後円墳「小松古墳」（３世紀前半）から出土した銅鏡「方格規矩鏡（ほうかくききょきょう）」（１世紀前半ごろ）＝銅鏡「内行花文鏡」（ないこうかもんきょう）」（１世紀後半ごろ）＝はいずれも破砕された状態で見つかり、古墳を築造する際、故意に破砕して葬送儀礼に使われた鏡とみられている。

鏡が破砕されて見つかったことについては、他の遺跡で銅鐸が見つかった際にも破砕されて見つかっている場合もあり、同じ地域の後継者による破砕も考慮の余地もあるのでないでしょうか

ホームページ`ヤマトの鏡　額文帯神獣鏡|日本の歴史と日本人のルーツ　MAT‘に「・・・平原墳丘墓では内行花文鏡と方格規矩鏡が出土していますが、この組み合わせが北部九州では一般的であった・・・」ともあります。古保利古墳群の場合も北部九州に由来しているとも考えられる可能性もあります。

また、ホームページ``「鏡と剣」の神器の謎�C〜鏡の考古学〜|神旅　仏旅　むすび旅　芳瑩’に、「・・・北部九州の弥生時代の中期から後期行われていた、王の墓に大量に鏡を埋めるという風習が、そのまま奈良県東南部および近畿地方全体の墓にうけつがれる。・・・」「前期古墳時代の副葬鏡は神獣鏡や三角縁神獣鏡でしたが、それ以前の弥生時代には、内行花文鏡や方格規矩鏡でした。・・・」ともあります。

小松古墳の副葬品とされる鏡は、大和の影響があると考えられる前方後円墳に出土される三角縁神獣の同笵鏡と異なり、舶載鏡であるとされておりその点からも北九州由来のものであると考えます。

湖北西野山丘陵の尾根につらなっている。古保利古墳群は大和の勢力がおよぶ前に、北九州からの安曇族によって築かれたものである。と考えます。

“日本史の論点　邪馬台国から象徴天皇制まで　中公新書編集部編”(77)には「・・・三角縁神獣鏡はこれまでに出土しているだけでも五〇〇個以上と大量生産品であり、二級品にすぎない。当時の一級品とされた方格規矩(ほうかくきく)鏡(きょう)や内行(ないこう)花(か)文(もん)鏡(きょう)などの所在を考えるべきであろう。・・・」とされており、古保利古墳群のその時代における重要性を示すものであると考えます。

また「・・・百舌鳥古墳群が当時の海岸線に沿って造営され、古市古墳群が大阪平野から大和盆地への陸上交通ルートに沿って造営されていることは無視すべきでない。・・・」とも述べられています。

このことは、５世紀における琵琶湖の湖上交通の重要性と、さらに皇統が、朝鮮半島と関係の深い安曇海人が居住する越前の継体天皇へと続く際の古保利古墳群を営む勢力の大きかったことが考えられます。

なお、当時の琵琶湖の湖上交通については、ホームページ`びわ湖源流の郷　高島市の歴史概観’のなかに「・・・安曇海人は、大陸から朝鮮半島を渡って日本に住み着いた人達のことを言うとされています。この高島に古くから安曇海人がすんでいた理由を考えると・・・琵琶湖を経由することで都へのアクセスに都合が良かったことなどから、琵琶湖西岸の湖上・陸上ルートが、大陸から日本海・日本海沿岸を経由して都への国際航路の一部として組み込まれてたことが考えられます。」ともあります。

そしてこれらの地については、長浜市教育委員会による“国指定史跡　古保利古墳群　平成１５年８月２７日指定”に「古保利古墳群は滋賀県長浜市高月町西野・熊野・片山・西阿閉・湖北町石川に所在しています。・・・古保利古墳群が形成された当時には塩津湾の対岸の丘陵上に造られた古墳が見えたと思われます。それに塩津湾を往来する湖上の舟からも見えたことでしょう。・・・」

丘陵上の古墳については、“私の日本古代史（上）　天皇とは何者かー縄文から倭の五王まで　上田正昭　新潮社”(78)に、「巨大な古墳は政治的勢力を誇示するモニュメントであって、大山古墳などは大阪湾上を航行する海外使節などの船上からもみえたにちがいない。」と述べられています。

古保利古墳は海上交通の巧みな安曇氏が湖上から見える場所に、また丘の上の前方後方墳が、みな同じ方向に築かれて、琵琶湖の方角を見ていることは、その前方後方墳に祀られているのは安曇氏に関係する氏族であろうと推測します。

さらに、“国指定史跡　古保利古墳群”には「・・・このように琵琶湖を意識した立地は、眺望がよいのはもちろんのこと、当時の重要な交通・交易の手段である湖上交通とそのルートを意識していたと考えられます。現在のおいても湖北地域は北陸・東海・近畿をつなぐ交通の要衝であり、当時もそれは同じであったと考えられます。立地だけでなく、それを裏付ける文物が古墳から発見されています。・・・」

古保利古墳群のひとつ、「丘陵稜線上の小頂部に築造された小松古墳は全長60ｍの前方後円墳です。滋賀県内では同じ高月町域に所在する大森(おおもり)・姫(ひめ)塚(づか)古墳とともに最大級であり、大型前方後円墳が近距離に３基も築造されています。・・・」

「・・・小松古墳の被葬者が活躍した３世紀前半は古墳が造りはじめられた時期であり、時代・歴史の中の胎動期にあたります。その時期に北近江一帯とその周辺を治め、各地との交渉ルートである水運・陸運をおさえ、大きな勢力・権力を誇った地域集団を統括した人物、指揮者が小松古墳に葬られたと推定します。・・・」ともあります。

また“高月町の地名”の中の三一字名のなかに柏原があります。その小字には「佐味」「佐味田」「佐味屋敷」などがあります。

そしてその小字名「佐味」の由来・その他の項には「佐味神社がある地である。」とあります。このことは高月の地に阿閉氏・佐味氏ともに大和から移住してきた、と推測します。

ここで、「阿拝(あ　へ)」をはじめとしながら同じ滋賀県の湖北地域で、表示は「阿閉」と変化していますが、氏名としては「あつじ」とヨミ、神社名として「おわい」とヨムに到ると考えるのですが、異論の生まれる処であると思います。

氏名(うじ な)は神社名とはべつに慣れ親しんで呼ばれることと、用いられた「字」 (阿閉) から別の　ヨミ　に変化した、そして変化については十分説明できると考えます。

湖国、滋賀では今日、神々に敬意を込めて、「お多賀さん」、「お伊勢さん」と「お」をつけて読んでいます。そのように神社名は、「敢国神社」である「阿拝神社」も、お「阿拝(あ　へ)」神社、つまり「お　あえ　さん」と呼ばれてきたのでないでしょうか。「お」はまた「意」の読みでもあるのです。氏族と神社名については、皇室に伊勢神宮・物部氏に石上神宮・蘇我氏に宗我坐宗我都比古神社・秦氏に松尾大社があり尊崇されています。

宮城・千葉・長野・富山・福井・滋賀・京都・島根他に地名とともに残る布勢神社あるいは布施神社とも表記されますがそれは四道将軍の一人、大彦命に阿閉氏と同じように従い新しい土地に進出した氏族の布勢氏が、あるいはその後に大和朝廷の地方支配のため応神天皇に従い布施氏が新しい土地に進出し、出身した土地の神社を勧請して残したものと思われます。

さらに謂れには「阿閉朝臣 孝元天皇皇子 大彦命下後也」とあり、「その子孫は、大彦命の来征があったのでその芳躅に従って夫々の地方の守りとして支えてきたのである。後世、藤原氏を冒したようである。」とあります。

そして、意波閇神社のある高月町西阿閉と指呼の距離、1,5ｋｍには古保利古墳群があります。

滋賀湖北には考古学の資料が多く発掘されているのです。

歴史の考察において「考古学」と「古代史」については、その書歴史の考察において、その書“考古学と古代史のあいだ　白石　太一郎　筑摩書房” (7９)の解説で森下　章司氏は「・・・遺跡・遺物を資料とする考古学と、文献資料を素材とする古代史学の交差する視点からその謎を解明するスリリングな論考、ともすれば寡黙な考古資料と、ときとして雄弁な文献資料、双方の方法・立場を徹底したところで、二つの学問を協業させる。・・・」と述べられています。

また、“ヤマト王権　吉村　武彦　岩波新書” (８０)には「古代史における、より古い時代の文献資料（文字情報）はきわめて少なく、考古学資料に依拠しなければ、通史として叙述することは不可能である。しかし、両分野は学問の対象と方法論が異なるばかりか、日本では別の教育課程のカリキュラムで学んできた研究者が大半である。共同研究を進めるには、相当の努力が必要になる。」ともあり文献研究からの考察が考古学の研究によって強力に裏付けられると考えます。

滋賀県湖東においては、広報　ひこね　２０１０年１２月１５日号には、「『荒神山古墳』が国の史跡指定の答申をうけました。」とあり、「・・・今から約１６００年以上前の古墳時代末（４世紀末）に築造された前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)であることがわかりました。全長は１２４ｍで、安土(あづち)瓢箪山(ひょうたんやま)古墳(こふん)に次いで県下２番目の規模を誇ります。・・・調査では３段に築かれた墳(ふん)丘(きゅう)を備え、埴輪(はにわ)を巡らせて葺(ふき)石(いし)で覆うという特徴も確認しました。こうした特徴は、大和(やまと)（奈良県）中枢部で築造された古墳と同じ傾向を示しており、大和とも深いつながりを持った古墳であると推定されます。」とあり、さらに湖北にある古保利古墳群についてもさきにも引用させていただいた“国指定史跡　古保利古墳群　平成１５年８月２７日指定”によりますと、「古保利古墳群は滋賀県長浜市高月町西野・熊野・片山・西阿閉・湖北町石川に所在しています。・・・平成１５年（２００３年）８月２７日に国指定史跡となった古墳群です。・・・これまでの調査によって古保利古墳群の全容が解明された訳ではありません。」とあります。そしてそのなかに「古保利古墳群は琵琶湖の最北端、塩津(しおつ)湾(わん)に面する細長い丘陵上に約３ｋｍにわたって分布する古墳群です。古墳時代始め（３世紀代）から終末期（７世紀代・飛鳥時代）にかけて形成された古墳群です。・・・首長層の墓を中心に１３２基の古墳が丘陵上に築造されています。・・・調査の現状では、古墳群の始まりは３世紀中葉（古墳時代早期）に築造された前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)である小松古墳とされています。・・・その中でも西野山(にしのやま)古墳は群中最大規模の古墳で、全長９０ｍ前後の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)です。」

「・・・小松古墳では在地の土器以外に北陸系の小形壺や東海系の加飾(かしょく)壺(つぼ),湖南地域の手焙形(てあぶりがた)土器などが出土しています。また、木戸(きど)古墳では古墳と直接関わるかどうか調査では明らかにできませんでしたが、墳(ふん)丘(きゅう)裾近くから山陰地方の特徴を持つ甕が発見されています。・・・」「・・・小松古墳では在地の土器以外に北陸系の小形壺や東海系の加飾(かしょく)壺(つぼ),湖南地域の手焙形(てあぶりがた)土器などが出土しています。また、木戸(きど)古墳では古墳と直接関わるかどうか調査では明らかにできませんでしたが、墳(ふん)丘(きゅう)裾近くから山陰地方の特徴を持つ甕が発見されています。・・・」さらに、小松古墳は「・・・出土した土器は３世紀中頃前期の特徴を持ち、ほかの遺物からもこの時期に築造された可能性が高いと思われます。また、土器のなかには在地の土器以外に北陸・東海・湖南地域などの特徴を持つ土器もあり、それらの地域との交流がうかがえます。・・・」とあります。

また、“高月町史　景観・文化財編　分冊二　高月町” (8１)にも「特に平地部周囲の山丘上には国史跡古保利(こぼり)古墳群をはじめとして必ず古墳群が形成されている。・・・特に前方後円墳の集中度は国内随一といっても過言ではない。それも古墳時代でも前半期に集中する。その中には日本における古墳の発生などの問題にも大きく関わる古墳もあり、後半期にも特色のある古墳（群）が築造されている。」ともあります。

さらに古保利古墳群については、“紀要　第１５号　２００２．３　財団法人　滋賀県文化財保護協会　小松古墳からみえてくるもの　細川修平”に、「高月町古保利古墳群は、古墳創出期の問題を考える時、無視できない存在である。特に、そのなかの1基、墳長59,7ｍの前方後円墳である小松古墳からは、大量の土器類とともに豊富な副葬品が出土し、琵琶湖地域のみならず、畿内地域と東海・北陸地域とを結びつける接点として、古墳創出の問題に欠くことのできない地位を占めている。」

「・・・古保利古墳群の位置する湖北地域は、小松古墳の２面の他に、虎姫丸山古墳の１面を含めて、狭い範囲に分布が集中する傾向が読み取れる。併せて、滋賀県内で見れば、鏡面全体の分布の中心となる湖南地域において、いずれも「再配布鏡」の可能性のある盤竜鏡２面以外、当該期の鏡面が出土していない。当該期の鏡面流入にあたっては、南周りではなく北周りで行われた可能性を示しているのである。・・・」

「・・・小松古墳の被葬者は山陰―丹後地域と尾張・東海地域と仲介者として入手した鏡面（漢鏡５・６期）を副葬することによってこの交通関係を断ち切り、前方後円墳と言う墳丘とともに、銅鏃を始めとする副葬品の意義や、体底部穿孔壺による儀礼化した供食のイデオロギーを採用することによって、畿内（大和）地域から北陸・東海地域との結節点としての性格を手に入れたのである。まさに、小松古墳は地域・時代・体制の変換点に造営されたのであった。・・・」と述べられ、その最後の部分で「・・・前方後円墳の存在する場所こそ重要であるが、その前方後円墳の被葬者は必ずしもその場所の首長層とは断言できない可能性をもつものである。古保利古墳群のように、明らかに複数の首長層が結集して墓域を形成している場合は、全ての首長系譜を近隣で復元することこそ、不自然ではなかろうか。」

とされ「・・・ここに、大王墓古墳群以外では異例の存在である「複数首長系譜型古墳群」である古保利古墳群が造営される。具体的な「人・物・情報」の動向は跡付けられないが、少なくとも、その造営に対して、畿内地域、東海地域、北陸地域などからの多くの干渉が存在した点は容易に想像できる。・・・」「現時点ではこの具体像は一切解明できていない。今後の古保利古墳群研究の最大の課題なのである。」とされています。

そしてこのことは、“近江伊香�@志　上巻”にも「・・・本郡に最も近き関係を有するものは瀬戸内海を経たるものと、山陰道の海岸に沿いて裏日本を西南より東北に移りしものとの二つとなる事を得べし。前者は内海沿岸地方の各所に、其の文化の雨滴を垂らしつゝ、終に内海の東端に於て、陸上に歩を進めて摂河泉及び紀和地方に幾多の種を播き、更に其の延長線と思わるゝ伊香より伊勢に及びしものもあるべく、又別に水を離るゝこと能わずして淀川を遡流し、或は山城に達し、或はなお遡りて近江に入りしものありしは否むべからず。近江に入りて、太湖を中心に北上し、東岐して美濃尾張に足歩を進めしものと、西向して丹波、丹後に曲りしものありしことを考察し得べきが如し。其の後者、即ち日本海沿岸を洗いしものは、出雲因幡伯耆の沿海に其の痕跡を残し、小浜、敦賀を経て富山地方にまで及びしものもあるべく、小浜又は敦賀より陸上に方向を変じて近江に入り、内海より来れるものと、相拍撃して東岐西向したりしものと、信ずべき理由ありて存す。・・・」とも述べられてもいるのです。

一方、やまとの古墳について“考古学と古代史のあいだ　白石　太一郎　筑摩書房”に「・・・奈良盆地東南部、すなわち、やまとの地域における大型古墳の分布状況を示したものです。そのほぼ中央にあるのが、箸(はし)墓(はか)古墳ですが、この地域には箸墓をふくめて、墳丘の長さが二〇〇メートルをこえる、前期初頭から前期中ごろまで、すなわち三世紀中葉すぎから四世紀中ごろまでの大型前方後円墳が六基もあります。」とありまた「・・・私は、古墳群というのは、血縁的な同族関係で結ばれた一つの集団が営んだものと考えています。古墳がヤマト政権の政治的秩序と密接な関係をもって営まれたであるとすれば、それらの古墳群を営んだ集団は、政治的な集団にほかならないことになります。のちに氏(うじ)とよばれるような政治的集団を想定しても大きなまちがいはないものと考えています。」ともあります。

古墳については、種類、円墳・方墳・前方後円墳・前方後方墳などが時代の経過に従いどのように進化していったか、その進化の分布はどのように拡がったかが、判明することにより政権が地方にもたらした影響を推理できると考えます。

そして、さらに３世紀中葉の滋賀湖北と大和政権との関わりも判明するとも考えます。

滋賀湖北と大和には発生の時期を同じにするとみられる古墳がみられます。そしてその関連性は四道将軍の説話を生み出している歴史的な背景となる早い時代に大和から滋賀湖北への進展の証左になると考えます。また副葬品についても今後、更なる発掘、考証も俟たれるところです。

地方に残る古墳は地方の祭祀によって築かれたものでありますが、大和政権の伸長により影響を受け変化していった。また、大和政権の持っていた祭祀も地方の祭祀の影響を受けて古墳の形が変わっていった、現在存する古墳はその土地のもつ特殊性によってうまれたと、考えます。

滋賀県長浜市高月町

○意波閉神社 滋賀県　伊香郡（長浜市に合併）　余呉町

祭神 大鷦鷯命　(仁徳天皇)　　伊香郡（長浜市に合併）余呉町坂口

土地の人々の呼称は「おわえ」…「おはへ」神社です意味は先の西阿閉の神社と距離も近く、同じ「意波閉」の文字であり同じ意味をもつものとおもわれます。二社は延喜式　神名帳　東山道　近江國の式内社であり、伊賀から越へと続く国道３６５号線にまさしく接しており、当社の氏子としての東野氏は西阿閉にもみられ四道将軍の一人、大彦命の北征の道筋の神社であると考えられます。

・祭神と「阿閉」氏

祭神は大鷦鷯命　(仁徳天皇)　とされています。仁徳天皇は古事記に「大雀命」・日本書紀に「大鷦鷯命」と記されています。

ホームページ‘古樹木之房間’に「・・・『神道大辞典』によると、同社｛引用させていただきました。　沙沙貴神社のことです｝の祭神は大彦命・少彦名命・仁徳天皇・宇多天皇・敦実親王とされるが、それは「少彦名命は鷦鷯羽を以て衣とせられた故事に因み、仁徳天皇は大鷦鷯命と奉称したに因み、敦実親王宇多天皇の皇子で佐々木源氏の祖であらせられるに因んで、主祭神大彦命に配祀したものといふ」と同書にきされる。・・・」とあります。

「・・・この鷦鷯は古代では「雀」という漢字でも表現されるように、鳥網スズメ目ミソサザエ科に属しており、・・・」ともあります。

鷦鷯氏は佐々木氏の異形表示です。佐々木氏は阿閉氏と共に大彦命の後裔の七氏のうちの一つです。そして滋賀県は鷦鷯氏の全国分布状況のなかで島根県・鳥取県についで3番目に多いのです。

佐々木氏は阿閉氏とともに、大彦命の越への遠征に従いこの地に足跡を残したと推測します。

したがって、意波閉神社の祭神が仁徳天皇となった、のです。

また、敢国神社の境内社に若宮八幡宮があり、その祭神は仁徳天皇です

八幡神社は１５代応神天皇が祭神であり、仁徳天皇は１６代で若宮八幡宮なのです。

滋賀県神社庁のホームページに　「御祭神　大鷦鷯命」とあります。

また「明細書によれば不詳であるが、近江輿地志略によると、意波閇神社は、祭神大鷦鷯命、十禅師宮といった式内社である。・・・」〔業務者｜伊香支部〕とあります。

また、近江伊香�@志　下巻　富田八右衛門　編纂　弘文堂書店　に「【意波閇神社】　村社　大字　阪口

祭神　大鷦鷯命　・・・　境内社　祭神　大山咋命　伊邪那伎命　誉田別命　古十禅師山王宮と称す　　とあります。

滋賀県長浜市余呉町

この地方の式内社と氏族についての論稿があります。

人文地理　第４５巻第１号（１９９３）の“近江伊香郡における式内社と氏族　　佐野静代”です。

そこでは、「・・・氏族勢力を一地域の形成力と考える場合、それによってつくり出された地表の景観を研究することはまた歴史地理学の課題でもある。したがって、このような地域研究を通じてさらに氏族自体の考察にも言及しようと試みるならば、それは氏族研究に対する地理学的なアプローチと位置づけることが可能である。」とされています。

「古代氏族が地表に残した痕跡として、具体的には古墳、地名、神社などがあげられる。・・・周知の通り、式内社は律令制下の官社化された神社を指すが、五畿内の式内社の約半数は氏族の租神を祭るものとされ、これは官社に列せられるだけの大きさの奉斎氏族勢力の存在を顕示している。」「・・・式内社の分布は日本海側に濃厚であるといわれてきたが、・・・近江国高嶋ﾏﾏ郡、若狭国三方郡は淀川―琵琶湖―日本海側への水運ルート上にそのまま当てはまる。・・・つまりこの二郡は日本海と琵琶湖水運の結節点の役割をはたしている地域である。」「・・・次に式内社の立地について、地理的な条件に注目してみた。・・・山麓扇状地上に立地するものは、背後の山の中腹から山頂にかけて古墳群を擁するものが多いことが指摘できる。このような分布状況から、式内社と古墳群の間に密接なつながりが想定される。」「伊香郡の古墳群の特徴について概観してみる。第一に郡内に古墳時代前期に遡る古墳が一基もみられないことがあげられる。ところが古墳時代中期になると、一転して湖北地方でも有数の前方後円墳集中地帯となるのである。第二に、当郡の前方後円墳はすべてその築造が中期のみに限られており、後期における築造が全く認められないという点である。湖北地方において後期に前方後円墳の築造をみるのは、坂田郡の息長古墳群のみであり、これに象徴される勢力によって湖北地方が統一された感が強いという。」「また祭祀を行った主体について考えてみると、古墳と式内社の分布が重なりそれが同一の祭祀の場であったということは、古墳を築造した人々と式内社を奉斎した人々が同一の集団に属していたことを意味している。」「このように古墳と式内社の形成に携わった集団を氏族ととらえるならば、古墳群の消長から氏族勢力の推移をたどることも可能である。」さらに、その論稿には「田中勝弘によると伊香郡の前方後円墳は、古保利南群、古保利北群、物部古墳群、湧出山古墳群、の四群に大別できる。」注に（これによると古保利古墳群は前方後円墳の前方部の向きの相違によって南北二群に分けられるべきという。）とあります。つぎに「そこで、各群と令制下の郷域との関係を検討することによって、古墳群を成立させた領域を想定することを試みたい。・・・つまり、古墳群を形成した勢力の空間的単位も明らかとなる。しかし和名抄の伊香群八郷のうち、片岡郷、余呉郷、安曇郷、大社郷を除く、柏原、遠佐、楊野、伊香の四郷については、その比定に未だ定説をみていない。」「従ってまず郷のおおよその位置を検証する必要がある。本稿では郷の比定にあたって、遺称地名に加え水利集団を一つの指標とすることにした。」「そこでこの灌漑範囲を令制下の郷域をおおよそ示すことのできる指標とみなし、遺称地名とあわせると、大社郷、伊香郷、柏原郷、楊野郷、安曇郷、の位置を第３図のように推定することができる。（人文地理第４５巻第１号（１９９３）９０頁　第３図　前方後円墳・郷・氏族関係式内社の分布）に表されています。」「これを一応の郷域と仮定して前方後円墳の分布に照合してみると、各群は郷に対応していることがわかる。つまり

�@ 古保利南群―安曇郷

�A 古保利北群、物部古墳群―楊野郷

�B 湧出山古墳群―大社郷

�C 瓢箪塚田部古墳―伊香郷

という対応である。」「以上伊香郡内にみられる五群の前方後円墳について、郷との対応関係から４集団の独立性の強い勢力の存在を推定した。」とあります。そして氏族と式内社から考察をされ、

「１、 神社名が氏族名に一致すること。

　２、氏族の祖神・守護神とされる神名が神社名に含まれること。

　３、以上の他に従来の研究が神社と奉斎氏族の関係を説き、その説が大方の承認を得ている場合も対象となることは当然である。」とされ、「・・・三つの基準に合致し、氏族に関わるとみられる式内社を挙げてきた。その結果式内社からみて伊香郡に居住したことがうかがえる氏族としては、伊香連、石作部、安曇、玉作、佐味、比売陀君、多米連（忌部）そして天日槍系渡来人の八系統を挙げることができる。」と述べられている。「・・・八系統の式内社と・・・祭神の式内社の分布をあわせた第３図によって、各氏族の依拠地域を知ることができる。・・・氏族の分布が郷に対応していることである。この関係を示すと、

　安曇氏（多米連）＝安曇郷

　比売陀君＝楊野郷

　伊香連＝大社郷

　石作、玉作＝伊香郷

天日槍系渡来人＝余呉郷となる。」と進められ、

「つまり、郷ごとの前方後円墳と氏族の対応関係は次のようにまとめられる。

安曇郷―古保利南群＝安曇氏（多米連）

楊野郷―古保利北群、　物部古墳群＝比売陀君

　大社郷―湧出山古墳群＝伊香連

伊香郷―瓢箪塚田部古墳＝石作部、玉作

したがって首長権を持つ各氏族の居住地域と勢力推移について、古墳群と式内社から考えると以下のようになる。」とされる、「まず伊香郡で最も早く首長権を握ったのは安曇氏であり、湖上交通を掌握していたこの海人族はおそらく余呉川河口港から伊香郡に侵入したのであろう。余呉川下流の安曇郷に居住したこの氏族は、北陸と結ぶ塩津〜河口港の把握者として古墳時代中期前葉に古保利古墳群を築いてきた。次ぎに首長の地位は楊野郷の比売陀君に移ったと考えられる。・・・比売陀君に代わって首長権を得たのは伊香連であり、この氏族は大社郷に依拠していた。・・・このように伊香連の勢力が伊香郡北部にあったことは、その部民とも考えられている伊宜部(いかがべ)が越前国足羽郡にみられることと併せて興味深い。・・・」「さて、以上のように各氏族の居住地域と、安曇→比売陀君→伊香連への首長勢力の推移を想定したのであるが、この結果には従来の説と整合しない点がある。これまで、物部古墳群の被葬者は、物部氏配下の在地豪族伊香連に比定されてきた。これは、物部氏と「伊香」名辞のつながりからこれを名に負う伊香連も元来は物部氏と同族で、後に物部氏の没落を機に中臣同祖系譜をつくりだしのだとする定説に基づいている。しかし、伊香郡に物部氏の勢力が及んだとする前提自身が裏付けを欠くため、伊香連を物部同族とみなし、それを以て即物部古墳群の被葬者と断定するのは危険ではないだろうか。」とされている。

これに先立ち、この論稿ではこれらの三系統の氏族が奉斎する祭神について「伊香郡に居住したことがうかがえる氏族としては、伊香連、石作部、安曇、玉作、佐味、比売陀君、多米連（忌部）そして天日槍系渡来人の八系統を挙げることができる。」とされさらに、「上記の氏族系譜に連なる祭神を探すと三系統がみられた。伊香連、比売陀君、安曇系の神々である。・・・次に比売陀君系の祭神であるが、『古事記』開化天皇段によると比売陀君の祖は日子坐王の孫莵上王とされている。・・・また安曇氏は漁撈・航海に携わった海人族を代表する氏族であるが、その祖神として綿津見三神を奉じていたことは記紀から明らかである。」と述べられています。

さらに、「本稿は氏族研究に対して地理学的アプローチを用いることを目的とし、古墳と式内社の分析から氏族の居住地域と勢力推移について考えた。その結果伊香郡に依拠した氏族には八系統がみられ、中でも首長権を持つものとして�@安曇、�A比売陀君、�B伊香連の三氏が考えられた。これらはそれぞれ安曇郷、楊野郷、大社郷を拠点とし、その勢力は�@→�A→�Bの順に推移を遂げたと推察される。」とされています。

同じ地域に存立していた阿閉氏と比売陀氏の間にはそれらの氏族のなりあいからして少なからぬ関係がある、と考えます。

“古代豪族系図集覧　近藤　敏喬　東京堂出版”において両氏に関係のある部分を一部掲出してみますと、

阿閉氏は

　　　孝元天皇―大彦命―大稲輿命―彦屋主田心命（阿閉臣祖）

比売陀氏は

　　　孝元天皇−開化天皇―彦坐王―大俣王―莵上王（比売陀君祖）とあります。

丹後国風土記に述べられている四道将軍の一人である、丹波道主命の父は、彦坐王はであります。そして彦坐王は比売陀君祖である莵上王の祖父であるのです。四道将軍による大和政権の伸長のうち、丹波道主命と大彦命の遠征地は山背・近江付近で接しています。四道将軍の展開のうち近江の湖北開発に第一波、第二波と大和政権から地方経営に派遣され、同地に痕跡を残しているのでないでしょうか。

つまり、さきに丹波道主命に連なる比売陀君によって拓かれた地を、大彦命に従った阿閉臣があとに襲った。したがって残された古墳は、古墳の歴史的な変容とされるように従っており前方後方墳から前方後円墳に変化していると考えます。

阿閉臣祖と比売陀君祖の年代の相違はそれぞれの父祖の子弟の誕生の時期により出生にも時間的な相違もあり、各々の始祖からの時間の経過を示しいつごろ滋賀・湖北に登場したかの資料はありません。

比売陀君の＜君＞姓は古事記に表されている＜かばね＞で、同じように《キミ》とヨマれる＜公＞は古事記には表れていません。開化天皇以降で皇室を祖先としている氏族で大和に完全には服属していないもの、あるいは大和の神々と祖先を別にするものが用いているものであろうとされています

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

“古事記　全訳注　次田　真幸　講談社　”の開化天皇条に「・・・かれ、兄大俣(おほまたの)王の子、曙(あけ)立(たつの)王(みこ)、次に莵上(うなかみ)王(みこ)。二柱この曙立王は、伊勢の品遅部(ほむぢべの)君(きみ)，伊勢の佐那造(さなのみやっこ)の祖(おや)なり。莵上(うなかみの)王(みこ)は比売陀(ひめだの)君(きみ)の祖(おや)なり。・・・」とあり、履中天皇条にも「・・・また比売陀(ひめだの)君(きみ)等に姓(かばね)を賜ひて比売陀君と謂(い)ひき。・・・」ともあります。そして注に「神名式の近江国伊香郡の比売陀神社に関係のある氏族であろうか。開化天皇の系譜に、日子坐(ひこいます)王(おう)の孫、菟上王をその比売陀君の祖としている」、　ともあります。

日本書紀には比売陀君についての記載はありません。

最近は情報・通信状況も変化しており、電話帳に＜ひめた＞＜ひめだ＞のヨミでの登録は滋賀湖北では見当たりません。

そして、比売陀君の祖とされる莵上王は、彦坐王の子である大俣王の子であり、大俣王の兄弟は大和の地方進出に大きく寄与しています。また開化天皇の皇子である彦坐王には多くの皇子・皇女があり、四道将軍の一人の丹波道主命が丹波へ進出したのをはじめ、兄弟の沙本毘古王は甲斐へ、そして袁耶本王は近江の蚊野・室毘古王は若狭・�~大根王は三野・大筒木真若王は山代へなど多くの地域での氏族の祖となっています。比売陀君は皇室を祖先として大和の地方進出に尽力した氏族の一つである考えられます。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

“日本國誌資料叢書 第三巻　太田　亮　臨川書店”第四章　神社　に、「比賣多神社　祭神　大彦命・・・比賣陀君祖彦坐命・・・」ともあり、比売陀君の祖先とされる開化天皇の兄が祀られています。（大彦命とあるのは渡會氏�~名帳考證　比賣陀君祖彦坐命とあるのは　�~祇志料　によります）

比売陀神社は式内社とされています。式内とは平安時代に編纂された弘仁格式、貞観格式、延喜格式の三つの格式のうち醍醐天皇の命で藤原時平が編纂し、延喜５年（９０５年）から延長５年（９２７年）に完成され、康保４年（９６７年）に施行された延喜格式の施行についての細則である「式」に記載された神社の名は神名帳とよばれ、当時の朝廷にとって重要な神社とされています。

記載されている神社の総数は２８６１社であります。

ホームページ‘延喜式式内社の県別ランキングと近江国の式内社の謎　管理人　えふ’　によりますと、延喜式　神名帳にあるとされる東山道　近江　の式内社の数は１５５、全国で、畿内　大和　２８６・東海道　伊勢　２５３・山陰道　出雲　１８７に次いで四番目に多く特に湖北４６座を数えしかも高月町には１７座を数えます。

東山道、近江のなかでも湖北は延喜式成立時には当時の大和のなかでも極めて開かれた地域でありました。

そして、高月町の中心地にある大字のなかの式内社である乃伎多神社の祭神は天造日女命は阿曇氏の祖神であるのです。

海洋と強い関係があるとされる阿曇氏の祖神がその地に祀られているという事実により、その地が古くから阿曇氏所縁があったと推測されます。

滋賀・湖北の考古学の古墳についての考え方は、発見された時代による差異も資料の不足から考慮の必要もあり、多くの検討点がありますが、現在までの考古学の資料から阿閉氏と比売陀氏の間について関係比べてみます。

“近江伊香�H志　上巻”（昭和２７年１２月２１日発行）には「（一）東柳野のひめ塚古墳・・・部落の東南に当る田圃の間にあって、南面の前方後形を呈しその点で本郡に於ける殆んど唯一の例をなすものである。・・・此の塚は一に「へい塚」とも称し、往昔売比多神社の鎮座せられていた所と伝えて、・・・なお此の塚の正面から約一丁半を距てた南方の道傍に小丘があって、一辺の長さ約二十尺あり、みち塚と俗称する。所謂陪塚であろうか。」とあります。

そして「（六）東物部の墳丘　・・・小丘はなお小字小宮其他にも存し、俗にチヽツカと呼ぶ其の一つは、いま上部が削平され乍ら、大形でありこれは稲荷を祀った盛土の一部に大石が流失している。」ともあります。

そして、“高月町の地名　高月町史編纂委員会　編纂委員長　宮澤義夫　　高月町教育委員会” （平成１４年５月）、　１６東柳野区　６１　姫塚古墳「伊香郡の東柳野（楊野）にある姫塚古墳は比売陀君のものとされています。

「弊(へい)塚(つか)」ともいわれる。県指定史跡。全長六四メートルの前方後円墳。古事記に記載されている開化天皇の王子である日子坐(ひこいます)王(おう)の後裔で「比売陀(ひめた)君(きみ)」呼ばれる方が当地を治められ、この古墳はその祖神のものと考えられる。前記神社名の「売比多」、「比売陀君」、「ひめ塚」は呼び方が通じ、一連のものと思われる。天保、文久の検地帳には、「ひえすか（が）」「ひえ塚」などとあるが、関連はどうなのか。」とあります。

さらに、１５　東阿閉区　４２塚越「中に「父塚古墳」があり、東部と北側は町の駐車場とゲートボール場に整備された。・・・「越」は側・付近の意で、すなわち「塚の付近」ということになるか。・・・４４父塚「安曇連(あずみのむらじ)の墓と伝えられる。「塚越」の中の一部であり、現在稲荷神社が祀られている。」とあります。父塚古墳は近年に至るまで居住地区との位置関係から土地開発のため何度も手が加えられ、残っている現状に付け加えた原型の古墳を推測しての考察が俟たれるところです。

また“国指定史跡　古保利古墳群”（平成１５年８月２７日）には「・・・姫塚古墳は全長８０ｍ前後の県下最大の前方後方墳です。平地に築造された古墳としても同様です。後方部だけ葺石を持っています。その葺石には大森古墳周辺で採れる石を使用しています。姫塚古墳の築造時期は不確定ですが、想定墳丘・葺石の形態などより前期前半と考えられています。一方父塚古墳は姫塚古墳のほぼ真南の平地に位置する円墳です。直径４０ｍの主墳に突出部が着く可能性が高く、周濠から出土した土器は３世紀後半です。・・・」ともあります。

そして“高月町史　景観・文化財編　分冊二　高月町” （平成１８年１２月１日発行）には「一六　東柳(ひがしやなぎ)野(の)　東阿閉(ひがしあつじ)の北、余呉(よご)川(がわ)左岸平地に立地・・・集落南東に姫塚(ひめづか)古墳（前方後円墳）がある。かってこのあたりは「楊野郷」と称されたという。・・・売比(めひ)多(た)神社は、延喜式�~名帳の「比賣(ひめ)多(た)神社」比定。・・・」とあります。

父塚古墳　父塚古墳は姫塚古墳から南に一キロの地点に位置し、築造時期は三世紀後半と想定される。この古墳は高月町東阿閉(ひがしあつじ)に所在し、・・・前方後円墳と見られる。」とあります。

（下線は引用させていただいた中で、特に古墳の形態についての叙述について比較できるようにつけさせていただきました。）

姫塚ははじめ前方後円墳であるとされていましたが、そのあと前方後方墳と判明しています。時代の推移により、その地を支配する勢力に依って文化は築かれます。大和の勢力である比売陀氏が先に入植しその時その地で行われたように前方後方墳を築造し、その後阿閉氏が大和の文化により前方後円墳を築いた、そしてさらに古墳を築くに必要な膨大な経済力と広大な地域を必要とする地理的な余力不足から首長を祀る古墳から一族を祈る神社へと変遷した、と考えます。

なお、“高月町の地名　高月町史編纂委員会　編纂委員長　宮澤義夫　　高月町教育委員会”には姫塚古墳について、１６東柳野区　６１　姫塚古墳「「幣(へい)塚(つか)」ともいわれる。県指定史跡。全長六四五メートルの前方後方墳。古事記に記載されている開化天皇の王子である日子坐(ひこいます)王(おう)の後裔で、「比売陀(ひめだ)君」と呼ばれる方が当地を治められ、この古墳はその祖�~のもの考えられる。前記神社名の「売比多」、「比売陀君」「ひめ塚」は呼び方が通じ、一連のものと思われる。天保、文久の検地帳には、「ひえすか（が）」「ふえ塚」などとあるが、関連はどうなのか。」ともあります。

滋賀県の湖北にある阿閉は、このようにして成立したと思われますが現在、同地区は東阿閉と西阿閉とに大字が東西に分かれています。西阿閉は早くから土が地拓かれ、地区内に‘アド’を冠する橋もあり“高月町の地名　高月町史編纂委員会”にも‘安曇’との関連が指摘されています。“高月町の地名　高月町史編纂委員会” 西阿閉に区名の由来のなかに「・・・町内西、南部の地域を古くは安曇(あずみ)郷と呼び・・・」とあり、一方東阿閉「・・・和名抄には、西阿閉・東阿閉・宇根・森本・高月の五ヶ村を「安曇の郷」と称している。・・・」とあります。東阿閉は大和政権の北陸進出の道筋の名残であり、後の時代に大和の勢力が地名に影響をして、住まいしている人々がその地を安曇‘あずみ’とヨンデいたものを発音が似通っていたことから、‘あつじ’とヨムようになったと考えます。次の三つの理由で異なる二地域が恰も同じ地域の東と西である、と表されていると考えます。

その理由の一つは先の、人文地理　４５号の“近江伊香郡における式内社氏族　　佐野静代”にある水利からみる地域の区分けであります。「・・・地名抄の伊香八郷のうち片岡郷、余呉郷、安曇郷、大社郷を除く柏原、遠佐、楊野、伊香の四郷については、その比定をみていない。・・・」とされており、和名抄伊香郡八郷の比定地を第３表として提示されています。ここでは『大日本地名辞書』と『日本地理志料』のそれぞれに東阿閉と西阿閉は同じ阿閉地区であるにもかかわらず異なる地区として記されています。つまり『大日本地名辞書』では西阿閉は安曇郷に入れられ東阿閉は遺称地名に入れられていませんが南富永村のある柏原郷にあったと思われます。また『日本地理志料』では同じ安曇郷ではありますが南富永村大字東阿閉と古保利村大字西阿閉と異なる村に入れられています。このことは両地区はもともと異なる生活習慣を持っていたのでないでしょうか。

「本稿では郷の比定にあたって、遺称地名に加え水利集団を一つの指標とすることとした。伊達宗泰によれば、古代共同体の居住地域は「生産的な結合点として水を媒介し」ていたのであり、従って「郷域形成にあたって、ある広がりを持つ水利単位が重要な指標となった」ことが戸祭由美夫によって検証されているからである。」とあります。

東阿閉の水利は高時川の下井の井堰によっており、西阿閉の水利は旧余呉川によっているのです。

二には後の時代のことになりますが、地域の違いによっておこる中世の荘園の在り方の違いです。

東阿閉地区は中世比叡山の荘園として富永(とみながの)荘(しょう)とよばれ、“講座　日本荘園史６　北陸地方の荘園　近畿地方の荘園�T　網野善彦　石井進　稲垣泰彦　永原慶二　吉川弘文館”(82)富永(とみながの)荘(しょう)　福田榮二郎」に「成立　伊香郡富永荘は十三世紀中ごろ以降十六世紀後半まで、山門領荘園として存在していたことはしられているが、何時、どのようにして成立したかは明らかでない。しかしこの地には条里制の遺構が歴然とみられ、早くから開発されていたと思われる。荘域　またその荘園の四至も資料で適格に榜示することもできない。しかし伊香郡の南部にあたり、北は木之本町との境にある湧出山(ゆるぎさん)に接し、南は東浅井郡に接する地域である。現在の伊香郡高月町の・・・東阿閉(ひがしあつじ)といった地域、伊香郡木之本町の・・・といった地域が想定されている。」とあり東阿閉は比叡山の荘園であることは明らかになっています。一方西阿閉は隣接する速水荘にも伊香荘にも属していません。また同書「近江国　福田榮二郎」には「次に近江国の荘園には皇室領ならびに摂関家領荘園も多くあったようである。」とされ、「・・・近江国伊香郡にも召次の存在が知られ・・・」とあり、・・・「「召次之下地」は院に従属する召次の保有する下地で聖供を免除されていたようである。」ともあり、東阿閉が山門に強く支配されていたのと異なり、西阿閉は早くから開発されており支配される力はかなり弱く両地区は土地所有の形が違っていたと思われます。後世、西阿閉と同じ古保利地区山本には阿閉城ともよばれる山本城が存在したと『玉葉』にも表され、そのような発展を遂げるには荘園の在り方以前から東阿閉とは異なる風土があると考えます。

三には東西の阿閉が接している地域の地名についてです。

東阿閉に‘古屋敷’と表記して（こやしき）と呼び、一方西阿閉では同じ表記で（ふるやしき）と呼ぶ地域が相接して存在しています。同じ地域にしかも相接して同じ表示を異なる呼びかたをしている、ということは異常であると考えます。“高月町の地名　高月町史編纂委員会”によりますと、小字の名の由来の説明として東阿閉の‘古屋敷’は「・・・昔からの言い伝えのように、西阿閉村は古くはこの辺にあり、このあたりが村の中心だったのではないかとも考えられる。・・・」とあり、西阿閉の‘古屋敷’は「・・・昔、この辺りに、西阿閉があったらしいと、「高月町のむかし話」には記されている。」とあります。このことから阿閉郷の中心は、開発された時は‘古屋敷’と表記されて（ふるやしき）と西阿閉で呼ばれているように呼んでいましたが、のちにその地は後から進出した勢力によって支配されそこに住んでいた人々は西へ移動し、東西の阿閉が成立した、そして後から進出した人々はかっての中心を‘古屋敷’と同じように表記したが（こやしき）と呼ぶようになったと考えます。

しかも、東阿閉と西阿閉の接している部分は条里制により直線状であったと思われますが、現在では規則的とまで見られるように階段状に組み込んでおり東阿閉により押し込まれた西阿閉の地域は荘園の伸長・農村の発展などによる条里制の退行により条里制以前の形状に押し戻したのでないでしょうか。

高月町にある大字で東と西のつくもので「柳野」と「物部」があります。両地域の東西の境界は東・西阿閉の境と異なりほぼ直線で区切られています。（物部の場合は一部階段状に組み込んでいます。）

小字名については、「さて、地名研究は小字名(こあざな)によって行われるのが普通である。」と“地名のたのしみ　服部　英雄”にあります。さらに「・・・しかし、実際には地名の調査にはこの小字だけではだけでは不十分なことがある。小字が広すぎたり、あるいは改変された機械的な番号小字だったりすると、その小字の中に通称地名が非公的な地名、つまり俗称（口承地名）としていくつも存在することになる。そして全国的に見ればそうした地域が多い。この通称は普通聞取りによってしか収集できない。・・・」とあります。“高月町の地名　高月町史編纂委員会”の小字の調査は圃場整備前の小字を記録されており地域の歴史分析をされています。

さらに、地名についてはホームページ　‘多摩川誌　「第４章地名とその分析　第１節取り上げる地名―広域地名と小字名―１．１地名とは何か　建設省関東地方建設局京浜工事事務所　財団法人河川環境管理財団」’のなかで「ある土地に居住する人びとが、承知している範囲の広狭の土地に対して与えた呼称が地名と称せられる．したがって、個々の住民によって同じ場所に対して、各人が異なった呼び名を与えている場合もあり得るわけであり、ある人にとって地名のない場所が他の人にとっては重要な呼称を持つ場所であることもまれでない．そのような個別の呼称の中で、多くの人びとが承認した普遍的な呼称を地名として取扱い、１，２の個人のみが知りまたは用いるに止まる土地の名称は、一般的に特殊なものとみなして取り扱わない．」

「・・・地名のこれまでに持っていた特性の１つに、その呼称の中にはその指示している土地の性質―土地の位置・形状・広狭・土質・植生など―あるいはその他が利用されてきた状態―歴史的な利用としての耕地・宅地・使用目的・居住者または所有者などの名称等―を表現しているということがある．これが民衆の共通認識であったところに、地名を土地に対する住民の命名法―観察の重点の表現―がうかがわれる理由であり民俗の一端として取り上げる根拠である．」

「さらに、古い地名の中には住民意識の変化や行政側の意図からみて適当でないとみなされた結果、忘却あるいは廃止されたもの、位置が旧称の場所から他の場所に移ったものなどがある．・・・いうまだもなく、呼称も言語や文字が用法を変えたために、なまったものとなり、あるいは以前の土地の性質が変化し、または歴史的過去が忘れられて、本来の呼称の意味が不明となって、単なる固有名詞としてのみ残っている場合もある．」と説かれ、そして「・・・地名の研究には大きく分けて語義・語源などその名称が成立した当時における意味あるいは命名の由来を考察しようとするもの、その地名の地点あるいは地域の範囲など地上の位置を考証確定しようとするもの、地名の語源や地点を正確に把握することは

ひとまずおいて、その地名が示す地域の住民の状況を時代的、場所的に詳細に論述するものなどがある．・・・」ともあります。

また、“高月町の地名　高月町史編纂委員会”の後記にも、「地名の語源を考える時大事な事は、「かな」＝発音から考える事だった。文字ができる以前から地名はあった。人々が指し示すことを必要とする場所を声を出して呼んでいた。それに後から漢字を当てた。その後、より美しい漢字に変更されたり、当て字になったり、訛ったりして来た。地名は漢字輸入以前から考える必要がある。・・・（藤田）」とあります。

これらのことから、東阿閉と西阿閉における小字のありかたは一地域が大きくなって東西に分かれたものでなく、条里制による新しい地域の表し方と異なって、東阿閉と西阿閉の小字名の古くからの成り立ちを考えることにより、異なる二地域が双方関わりあううちに、現在の地域名が呼ばれるようになったとも考えられると思います。

このことを考えるため、大和の勢力が土地の管理制度として行った条里制の遺構を考察します。

「古代の平野部の開発を考える場合、重要な指標になるのが、条里制(じょうりせい)による地割の存在ということになる。」と“長浜市史　１　湖北の時代” (83)にあります。さらに、「条里制とは、どのようなものであったのか、・・・まず六町四方の正方形の区画が基本となっている。この六町四方の区画（一町は一〇九メートル強であるから、約六五五メートル四方の正方形）を「里」と呼び、この範囲を、条と里という一種の座標軸によって何条何里の「里」というように呼ぶ。この里は、一辺がおのおの六等分される。したがって、ひとつの里が、三六の一町四方の正方形に分けられるわけで、その一つ一つを「坪(つぼ)」と称する。ひとつの里の中にある各坪には、一ノ坪から三六ノ坪までの数詞がつけられるが、坪の並べ方には二種類の方法がある。一ノ坪からはじまって六ノ坪にいたり、そこで折り返して逆方向に数える方法を、「千鳥(ちどり)式」の坪(つぼ)並(なみ)といい、一〜六、七〜一二を同じ方向で数える方法を、「並行（平行）式」の坪並と現在の学界では呼んでいる。・・・長浜市の場合は、条は北から南に、里は東から西に数え北東隅にはじまって南行し西南隅に終わる並行式の坪並であるが、・・・」とあります。

平行式坪並は北東の隅から南西へ平行に坪が並ぶもので六町方格が一単位となり、その中を三六坪に地割するもので、一町（約百九メートル）方格が一坪となるものです。現在の小字でその名残が残っているものがあり、それを起点に元の条里制のようすがわかると考えます。

そこで、現在残る小字名にこの１〜３６の数字を負っている小字の並び方で条里制の元の形を推し測ることができると考えます。平行式坪並は図で表すと次のように並んでいます。

３１	２５	１９	１３	７	１
３２	２６	２０	１４	８	２
３３	２７	２１	１５	９	３
３４	２８	２２	１６	１０	４
３５	２９	２３	１７	１１	５
３６	３０	２４	１８	１２	６

ここで、阿閉地区の小字の状況を考えてみますが、これに先立って、配列を記すだけで正確な方位・面積ではありませんが、東阿閉に隣接する宇根郷の坪並を見ますと

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　⇑

一ノ坪	一丁越	箱田	四反田	武代	下横練
番田	小町 反橋	塚越 父塚	上井料	ブシロ	八ノ坪
円明畑	桑原	上野神	下井料	十五	九ノ坪
玄徳 妹	持仮	下野神	横墓軒	十六	十ケ坪
杉町	外輪口 あなつぼ	離レ畑	中墓軒	高畑	釘貫

と平行式坪並に並んでいます。緑色で囲んだ坪は宇根郷　赤色は東阿閉郷です。“高月町の地名　高月町史編纂委員会”より引用させていただき加工しました。区画は当初正方形であったと思われます。

条里制からみて、東阿閉と西阿閉の成立については、“高月町の地名　高月町史編纂委員会”に‘古屋敷’ （ふるやしき）と呼ぶ小字の説明にもありましたように、西阿閉の地は東阿閉より先に安曇氏つまり安曇族によって早くから開発されていた、そしてその中心が‘古屋敷’にあった、と想います。

その後大和の勢力により安曇氏は西南の方向に移動せざるをえなくなった。そして条里制による小字の区割りが現在の西阿閉の居住地の部分まで及んでいます。しかしながら、西阿閉では条里制は緩やかで“高月町の地名　高月町史編纂委員会”に見られるものは東阿閉のものとは異なり正方形のものは少ないのです。阿閉郷の南西は山が迫っており、条里制の区割りが完全な形で行えなく、複雑な形の小字が多く残ったのでないでしょうか。

なお同書にありますように現在の阿閉の地区を安曇郷と区別して阿閉郷と表記します。

時代を経るうちに条里制も緩み、西阿閉に住む人々の勢力も復し、安曇氏がかって中心として住んでいたと考えるのですが、“高月町の地名　高月町史編纂委員会”に「・・・昔、この辺りに、西阿閉があったらしい」と述べられている‘古屋敷’、まで押し戻し大字の境になったとも思うのです。

“高月町の地名　高月町史編纂委員会”より引用させていただき加工しました。赤色で囲んだ坪名は東阿閉　黒色で囲んだものは西阿閉です。

下図で西阿閉の形状を簡略化するため直線で表しましたが、実際の形状は異なっています、また西南の小字名は省略させていただきました。

条里制は現在小字名として一ノ坪と二十五が残っており、六町方格の坪並、ほぼ正方形を保っていますが、それより西南の西阿閉は一坪の形はかなり変形しています。

青色で囲んだ大きさが、六町方格の一単位であり、それを北東の隅から南西へ、大和の勢力が安曇の勢力を押し進んだと考えます。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　⇑

恋敷	横枕	行連坊	角田	北五反田	一ノ坪
北五位	持雁	櫃杓	野田	南五反田	番田
綾戸	山口 井雁俣	堀	乃伎多	ヒサゲ	円明畑
池ノ尻 宮ノ前	古屋敷 古屋敷畑	古屋敷 南畑 南屋敷		中海道	玄徳 妹
円通寺	戸棚町	東松ノ木	不動前	土橋 つつはし	杉町
五位屋敷	井雁 北石田 阿閉学校跡	末長	重竹	御幸街道 見子海道	御座琵琶田 三反田
蟻屋敷
八十八ヶ 所　弘法 さん跡	二十五	境街道	友信	横五位	御座田
東三反田
大田	布施戸	下巡り 北巡り	上巡り	立五位	五位
決瀬 けっつえ	貝ケ町	南巡り	縄投 はやなぎ 縄投馬場		排投 葉柳
通塚町 塚町遺跡	番ノ城 番ノ城砦	南石田	樋ノ詰	溝路	西高座
南塚町	西長田　　　　　　東長田			東横枕 南横枕 西横枕

東阿閉と西阿閉には同じ呼び方をする小字が多くあります。また同じ読みをするのに異なる表記をしている小字もあります。

東阿閉；　小石木(こいしぎ)　持(もっ)仮(かり)　灰投(はいなげ)　葉(は)柳(やなぎ)　　　灰投(はやなぎ)　　　杉町　清水俣　中俣

西阿閉；　恋敷(こいしき)　　持(もっ)雁(かり)　蠅投(はいなぎ)　はなやぎ　蠅投(はやなぎ)　　　杉ノ町　清水俣　中俣がそうです。

このうち、杉町　清水俣　中俣については地形上生じた呼称であり同じ呼び名でも日常生活は差支えなかったと考えます。一方隣り合う東阿閉と西阿閉で同じ呼び方で異なる表記をしていることは、その地区では両者の区別を際立させるためつけられるのだ、と思います。

‘はいなげ’、‘はなやぎ’については同じ呼び方をするものの、東・西阿閉に接して分かれているため小字名に東西がつけず、表記の違いで区別されることとなったのでないでしょうか。

他の小字の間にも、《ブシロ　武代》《召次　飯継　飯次》《七社道　飛車道》など同じ呼び名が多数ありますが、東阿閉と西阿閉との小字名の呼び名の表記の違いと異なり、権力・政治による支配の便宜上の呼び名となったもので、東・西阿閉における同じ呼び方で異なる表記をしていることとは違うと想います。

以上により東阿閉と西阿閉はもともと異なる地域であったものでしたが、権力・政治による支配上、行政上のため同じ阿閉郷とされていたが、地域の人々は同じ呼び方をするものの表記を違えて区別していた、と考えます。

なお、東阿閉と西阿閉の小字名については時代の経過よって変化しています。大宝律令（７０１年）による条里制が施行されて後、墾田永代私有令（７４３年）を経て荘園の成立などにより‘召次’が発生し、おそらくその所在を示すための小字名の《召次　飯継　飯次》空海の事績による小字名《弘法さん跡》中央の政権の威光を表す《五位・五位屋敷・立五位・横五位・北五位》などのように、小字のありようは複雑な要因をもっています。和名抄（９３１年−９３８年）に現れる地名ですら当初のものから変化してしまっており、それらの関連をも含めて研究の俟たれるところであります。

この地域の時間的な推移を考えると最初に、海人族が日本海から入り次第に内陸部を拓いていき、琵琶湖岸の古保利南部に前方後円墳を築き安曇郷を営み、さらに内陸へと進んでいった。その後、四道将軍による比売陀君やそのたの大和の勢力が何度と湖北地方に来歴し、古墳時代の終末を迎えるころ、阿閉臣が居住するようになったと想います。

東阿閉と西阿閉は同じ阿閉と称していますがその来歴は異なります。つまり、さきにも述べましたように、東阿閉の水利は高時川の下井の井堰によっており、西阿閉の水利は旧余呉川によっているのです。“高月町史　景観・文化財編　付図　高月町域水域図　分冊一　第三章　高月町”

その後には

８３２年 天長９ 年に、大原郷長解写 には、敢臣広主の名が現われます。

それから長い期間をおいて、戦国時代の北近江の雄 浅井家の家臣に「阿閉」氏の名が見えます。

「阿閉」氏は「織田」「浅井」間の戦いに一時織田方につきましたが後本能寺の変の際に豊臣秀吉に奪われた旧領を回復するべく明智方となりました。その後明智光秀の敗戦後、豊臣秀吉の日本統一の時代をむかえます。

5,日本書紀における歴代天皇の対朝鮮交渉記事での「阿閉」氏の関わり

在位 天皇名	在 位 年 数	交渉相手 国名別件数				合 計 件 数	件 数 ／ 在 位 年 数	記 事
		任 那	新 羅	高 句 麗	百 済
崇神	６８	１				１	0.01	−８８四道将軍派遣　（３２）
垂仁	９９	１	２			３	0.03	−２７天日槍須恵器伝（９３）
景行	６０						0.00
成務	６０						0.00
仲哀	９		３	１	１	５	0.55
神功	６９		４		７	11	0.16	２１０吾瓫海人烏麻呂（３３）
応神	４１	１	４	２	８	15	0.36
仁徳	８７		５	３	２	10	0.11	４２１倭王　讃
履中	６						0.00
反正	５						0.00	４３８倭王　珍
允恭	４２		３			３	0.07	４４３倭王　済
安康	３						0.00	４６２倭王　興
雄略	２３	１	４	３	６	１４	0.61	４７８倭王　武
清寧	５						0.00
顕宗	３	２	１	１	１	５	1.67	４８７阿閉事代任那へ使す
仁賢	１１			２		２	0.18
武烈	８			３	３	６	0.75
継体	２５	６	４	１	13	２４	0.96
安閑	２				１	１	0.50
宣化	１１	１			１	２	0.18
欽明	３２	10	14	11	29	６４	2.00	５６２任那滅亡
敏達	１４	２	７	６	６	２１	1.50
用明	２						0.00
崇峻	５	２	１		２	５	1.00
推古	３６	７	15	６	10	３８	1.06
舒明	１３	１	７	１	５	１４	1.08
皇極	２		１	２	２	５	2.50
孝徳	１０	３	17	４	８	３２	3.20
斎明	７		７	５	９	２１	3.00
天智 弘文	１０		４	５	14	２３	2.30	６６３百済滅亡 ６６８高句麗滅亡
天武	１５		６	４	４	１４	0.93
持統	１１		14	１	１	１６	1.45
計	794	38	123	61	133	355	0.45

別冊歴史読本　２３巻１３号　３５　日本古代史「記紀・風土記」総覧　人物往来社「日本書紀」年表編集部編を加工　　

件数欄の　網かけ　は件数増加の段階毎に表示しました。

・天皇別にみると、一世代についての交渉件数は、顕宗天皇時に年一件以上になり、欽明天皇時に年二件以上、孝徳天皇時に年三件以上と順次増加しています。

（ただ、５６２年に任那が、６６３年に百済、６６８年に高句麗が滅亡していますので、それぞれの国に対する交渉件数は減少していく傾向があります。）件数の増加要因は任那との交渉が主なものであり、ついで百済・高句麗と新羅との抗争が日本と新羅との交渉も深めた要因でもあると考えます。

古代朝鮮との交渉について“新版　飛鳥　その古代史と風土　門脇禎二　日本放送協会”(84)によりますと

「…允恭天皇はどんな大王であったか。この大王は中国古代資料にも出てくるいわゆる倭の五王の一人、済に比定されていることで有名である。倭王済は宋の元嘉二〇年（四四三）に使者を派遣して…同二八年（四五一）には使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国軍事を加授され、安東大将軍に進号されたという。…」

「…当時の大和国家の朝廷には、とくに百済とのあいだに外交使の往還があわただしく、その苦境があいついで伝えられていた。百済は…北魏と結んだ高句麗の南進策と新羅の進出に対し南朝の宋に入貢して対抗した。そして四五一年に高句麗と戦ってからは、百済はいっそう宋に近づき、…その翌年には弟の昆支(こんき)王を大和朝廷に派遣してきた。しかし三年後には高句麗王高�lも宋に入貢し…このような急テンポの動きは、百済とともに宋に入貢をつづけてきた大和国家の朝廷に、おおきな衝撃を与えたらしい。大和国家の朝廷は、…軍を百済に送り、新羅諸城の攻防戦に加わった。しかし百済は、高句麗・新羅との攻防もくり返しながら、従来どおり宋への朝貢をつづけるとともに、四七二年には、はじめて北魏に入貢して高句麗に対する出兵をもとめた。…しかし、百済のこうした苦肉の外交策も…ついに功を奏すことはできなかった。逆に、四七五年には、高句麗の大軍が漢城に来襲し、百済は滅亡の危機に瀕し、都を熊津（現在の公州）に遷した。」

「…朝廷について眼につく特色は…高句麗の使節が五七二（敏達天皇元）年山城の相楽館(さがらかのむつろみ)から朝廷に招致され、高句麗王の上表をうけとったことである。…高句麗との接触は、六世紀後葉からめだってきていた。新羅の台頭をめぐって展開しはじめた東アジア外交史の変化の一環としてである。…」

「…六四二年正月の女王宝王女（皇極天皇）の即位の直後に、筑紫からの急使の報らせは、…いろいろな状況がわかったが、…これらの緊迫した情報をえた飛鳥宮廷は津守連大海を高句麗へ国(くに)勝(かつの)吉士(きし)水鶏(くいな)を百済へ、草壁吉士真跡(まと)を新羅へ、坂本吉士長兄(ながえ)を任那へと一挙に派遣した。」

「…対朝鮮外交においては、新羅に積極的に使節を派遣し−たとえば、六四六年（大化二）の高向玄理の派遣−新羅からは宰相金春秋（のちの太宗武列王）が翌年に来た。」

「…当時の朝鮮においては、新羅の台頭だけでなく、唐帝国の圧迫が百済に迫っていた。新羅は唐と接する方向で、百済はわが国と結んでこれに対抗する方向で動きはじめていたが、その状況はかなり的確に届いていたとみなければならない。…当時は朝鮮−とくに新羅との関係は六五一年ごろから急速に悪化してきていた。任那一体は混乱に陥っていた。日本書紀に伊吉連博徳の詳しい報告書をのせる六五三年の遣唐使の派遣、続いて翌六五四年の高向玄理・河辺麻呂の派遣も、この緊迫の背後の関係をうちひらこうとしていたものであったと思う。」

「…とくに新羅とは、白村江の敗戦後、六六八年に唐が高句麗の首都平壌を攻めおとし、新羅が六七〇年ごろ百済旧領の大半を占領したころには、唐・新羅の鉾先がそのままわが国へ向くことも心配されたが、…唐と新羅との和平が芽してきた。こうした動きのもとで、朝廷も新羅との新しい修交関係に入りはじめていたのである。」とあります。

（下線は引用させていただいた中で、特に対朝鮮交渉の推移を年数で追えるようにつけさせていただきました。）

上記（４５０年ころから６７０年ころ）に引用させていただいた期間内の、４８７年の顕宗天皇三年二月条で阿閉氏は、阿閉氏の発祥と深い関係のある朝鮮の任那に使いしております。またその期間の終わりに阿閉氏が深く関係もあるとみられる天武天皇による壬申の乱があるのです。

４８７年の顕宗天皇三年二月条については、“日本書紀　上　岩波書店”に「三年の春(はる)二月(きさらぎ)の丁未(ひのとみ)の朔(ついたちのひ)に、阿閉(あへの)臣事代(おみことしろ)、命(おおみこと)を銜(う)けて、出(い)でて、任那(みまな)に使(つかい)す。是(ここ)に、月(つきの)�~(かみ)、人(ひと)に著(かか)りて曰(のたま)はく、「我(わ)が�F(みおや) 高皇(たかみ)産(むすひの)霊(みこと)、預(そ)ひて天地(あめつち)を鎔(あ)ひ造(いた)せる功(いさをし)有(ま)します。民地(かきところ)を以(も)て、我が月�~に奉(つかまつ)れ、若(も)し請(こひ)の依(まま)に我(われ)に獻(たてまつ)らば、福慶(さいわひよろこび)あらむ」とのたまふ。事代(ことしろ)、是(これ)に由(よ)りて、京(みやこ)に還(かへ)りて具(つぶさ)に奏(もう)す。奉(つかまつ)るに歌荒樔(うたあらす)田(だ)を以てす。歌荒樔田は、山背國(やましろのくに)�G(かど)野(の)郡(こほり)に在(あ)り。壹伎(いきの)縣(あがた)主(ぬし)の先　押見宿穪(おしみのすくね)、祠(まつり)に侍(つか)ふ。」

とあります。

さらに「夏(なつ)四月(うづき)の丙(ひのえ)辰(たつ)の朔庚申(かのえさる)に、日(ひの)�~(かみ)、人に著(かか)りて、阿閉臣事代に謂(かた)りて曰(のたま)はく、磐余(いわれ)の田(た)を以て、我が�F(みおや)高皇産霊に獻(たてまつ)れ」とのたまふ。事代、便(すなは)ち奏(もう)す。�~(かみ)の乞(こはし)の依(まま)に田十四町(とをあまりよところ)を獻る。對馬(つしまの)下(しもつ)縣(あがたの)直(あたひ)、祠(まつり)に侍(つか)ふ。」と対のような記述があります。

これについて「この壱伎県主と対馬下県直は祭祀亀卜を事とする氏族であり、このような氏族と阿閉臣が歌荒樔田、磐余の田の設定をめぐって結びつく伝承をもっていることは注目に価する。延喜践　大嘗祭式にも悠紀の御膳にたずさわる官人に「宮主卜部」がみえるが、おそらく阿閉臣は新嘗・服属儀礼にしたがう卜部を統率した氏族ではないだろうか。そうだとすれば壱伎県主や対馬下県直が中臣氏でなく阿閉臣を奏上者としていることは、この宮廷儀礼に卜部が参加する行事は中臣氏の抬頭以前からおこなわれていたということにもなる。このように阿閉臣は祭祀亀卜に関係するという性格をもっていたので、雄略紀三年四月条にみえるように、阿閉臣国見が伊勢の大神の祠に侍る（斎宮）烤幡皇女と湯人の盧城部連武彦を譛じて、武彦が皇女を姧して妊娠させたというようなことを告(、)げ(、)知らせた(、、、、)のであろう。」と“古代氏族の性格と伝承　志田　諄一　雄山閣”にあります。

上記のように書紀には月神、日神、が人に著ったとありますが、“日本の神々　神社と聖地　５　山城　近江　谷川　健一編　白水社”(85)坐月読神社　大和　岩雄）の項で「すなわち、顕宗紀の記事は、まず月神が現われ、その一年余ののちに日神が現われ、いずれも事代が奏上するという形になっている。しかも、月神に関する記事の方が詳細で、日神の記事が簡略である。したがって、この日神が皇祖神アマテラスでないことは確かであろう。」とされ続いて、「三品彰英も顕宗紀の記事について、「この民間伝承は、アマテラス大神・ツクヨミノミコトという『記紀』的日月神の構想とは全く別の日月神の信仰であるらしい。（中略）少なくとも、『記紀』の神話体系とは無関係な伝承である」（『日本神話論』）と述べている。また松村武雄も、顕宗紀の月神と「記・紀の古典神話に見ゆる我が月読尊とは同一霊格ではないらしい」（『日本神話の研究』第二巻）とみる。」とあります。

ついで、「顕宗紀によれば、日・月神の祖(おや)はともにタカミムスビである。日神がタカミムスビを祖とするのは、高御魂(たかみむすび)に対して日神を天(あま)照(てる)御魂(みむすび)とも書くように、日神もムスビ神であることと関係がある。タカミムスビの名義は、西宮一民が「神名の釈義」（新潮日本古典集成『古事記』）で説くように、「高く神聖な生成の霊力」である。…月神が日神と同じくタカミムスビを祖とするのも、生成の霊力と無縁ではない。…」ともあります。

また、“日本の原像　国つ神のいのち　上田　正昭　東京創元社”(86)ところで、天孫降臨のおりに、主役を演ずるのはどの神か。多くの読者は、アマテラスをあげられるだろう。…国ゆずりや天孫降臨神話における命令神の主体はタカミムスヒノカミであった。…対馬には、いわゆる南北両系の神々が古くからまつられているからである。…タカミムスヒ・アマテル両社の由来は古代にさかのぼる。十世紀前半の『延喜式』の神名帳に記載されているばかりでない。『日本書紀』の顕宗天皇の条にも、対馬の両神がはっきり登場する。阿閉(あべの)臣(おみ)が、朝鮮半島南部へ派遣されたさいのできごととする記事である。日の神が「わが祖先のタカミムスビに田地を献上せよ」と託宣したという。この日の神とは対馬のアマテルの神であり、神託に現われるタカミムスビとはやはり対馬でまつられていた神であった。」ともあります。

“ツクヨミ（月讀命）秘された神　戸矢　学　河出書房新社”(87)のなかに「・・・ただ、もともとの月讀神社も、本来の祭神は天(アメノ)月(ツキノ)神(ミタマノ)命(カミ)である。つまり月讀命とは異なる別の信仰であったが「日読み・月読み」の連想から名づけられたものだろう。いずれにしても、あらためて壱岐島の月神信仰の調査がおこなわれることを願いたい」

「・・・月讀神社を掲げていても、もとの信仰はどうやら別のものという社もある。壱岐の月讀神社はその代表例である。・・・この社は、壱岐に月神、対馬に日神が祀られていてことに由来するとされ、・・・」とあります。

また同書に「・・・ところが、「三貴子」の中で、（「天照大御神、月讀命、須佐之男命の三神を称して、三貴子と呼ぶ。このことは『日本書紀』にも記されている。」と同書で述べられています。）ひとり月讀命ばかりは記紀ともほんのわずかな記述しかなく、その後の系譜もほとんどしるされていない。・・・」

「ここに紹介したように、記紀において、ツクヨミの記述があまりにも少なくて不自然だとはだれもが感じることだろう。かく言う私も同じ思いで、その理由を探し求めた。素直に考えて、だれもが順当に考えつくのは、「後世の修正削除」だろう。すなわち、国書の改竄(かいざん)がなされた、ということになる。治世の転換期にさほど珍しいことでない。しかし、国家事業として編纂された記紀を修正削除するとなると、編纂したのと同レベルか、またはそれ以上の強権発動が必要になるだろう。しかもなるべく早い時期におこなわれなければならない。時間がたてばたつほど修正削除が困難となるのは自明のことだ。

『古事記』の成立が、七一二年。

『日本書紀』の成立が、七二〇年。

とするならば、これが可能なのは桓(かん)武(む)天皇以外にはいないだろう。平安遷都を実行できるほどの権力集中とそしてまた天智(てんじ)系に移って実質的に初代である。・・・また、重要な点は「改竄する理由」である。なぜツクヨミをおとしめなければならないのか。そもそも記紀の編纂を命じたのは天武天皇である。この偉大な天皇を直系の祖としていただく天皇であれば、改竄するはずもなく、また必要もないだろう。ちなみに、桓武以前は、天武以降ほぼすべて天武系の天皇であった。・・・」ともあります。

「食」と「暦」に関わりの大きい「月讀」とは異なる存在である「月神」が祀られている壱岐に、深く関わる氏族、阿閉氏の実際に活動した事実は、記紀の作成された目的からはその在りようは伝えられなくなったと考えます。

「阿閉」氏の出自であると考える朝鮮から「阿閉」氏がつたえた「食」「暦」に関する知識は「阿閉」氏の興隆に資しましたが、その後の大和の氏族の盛衰・大和をとりまく国際情勢の変化により、「阿閉」氏の勢力は弱まっていった、考えます。

“「古事記」の真実　長部日出雄　文藝春秋” (88)　に、「これは、天照大御神には祭事と呪術を執り行なう斎場を、月讀命には天文と暦法を、須佐之男命には海人族を、それぞれ司るように命じたものとおもわれる。（三柱のなかで、月讀命の影がなぜか不思議なくらい薄れてしまったのは、格段に秀れた暦法が中国より渡来して以降、その権威すっかり失墜したためとも推量されよう。）」

つまり、藤原氏の勢力が強かった日本書紀の成立時代には、藤原氏の祖先神を中心に語られていますが、朝鮮からの伝来をもととする他の伝承・史跡とが相俟った形で語られていると、考えます。

これについては、「是に由りて」とありますように、「阿閉臣事代」が使いした「その時」、「阿閉臣事代」の進言によってしかも月神と日神の神がかりで、高皇産霊に対して「田」が献上されているのです。ですからこの任那への使いが、国際情勢のなかで、直接「田」の献上に結びついていると考えられており、しかも月神と日神については、月神を月読尊、日神を天照大神でない、との考察もあるわけです。

そこで、月神と月読尊との考察を進めると弓月君の発音の変化が関係していると考えられるのでないでしょうか。　　　

「よみ」から「ゆみ」への変化は「O」から「U」への読みの変化であり、月読尊の語順の「月を読む」との日本語は、朝鮮における漢文の読み下しに、返り点をつけて読むもので、「読む月」の語順は、弓月から変化することとなるのです。

そして弓月君は、応神天皇１４年に百済から来朝しており、日本で「弓月」を「ゆづき」と読みますが、百済では「弓」を「く」と「月」を「たる」と読まれていた、のではないでしょうか。

「百済」と書いて、日本で「くだら」と読むには、同じ表記の中国の漢字を、ある時点での、朝鮮での読みが、特に固有名詞の場合は、日本で同じように読まれうると考えます。

また、日神については日本書紀に記されている、高句麗の六四一年のクーデタ宝蔵王の父が太陽王と呼ばれていたことから高句麗を仮想しているのではないでしょうか。

「高句(こうく)麗(り)の始祖・東明王朱蒙(しゅもう)の母は、神話によれば、青(せい)河(が)の河の神の娘の柳(りゅう)花(か)で、彼女はつぎのようにして、天より降下してきた天帝の太子と結婚したといわれる。…天帝の太子解慕漱(かいぼそう)は、…毎朝、天から降りてきて政事を聴いては、夕方にまた天上に帰って行った。…ととろが彼女は窓から差しこむ日の光によって懐妊して、…やがてこれが開いて生まれたのが朱蒙(しゅもう)であり、…」“日本神話の源流　吉田敦彦　講談社”(89)とありますように高句麗は太陽・日神に象徴されているのです。

この神がかりは、

顕宗天皇三年二月条　　　月神━百済━壱岐━京(みやこ)　に１５町（日本の神々　谷川健一編　５　山城　近江　白水社　大和岩雄『�G（葛）野坐月読大神宮伝記』に１５町と記されています）と、

　顕宗天皇三年四月条　　　日神━高句麗━対馬━磐余(いわれ)に１４町をとの対比ができ、

それぞれに、朝鮮半島への「費え」つまり「対策費」として計上することとしたのではないでしょうか。

４８７年に阿閉事代任那へ使してから、約６０年後　５６２年の任那滅亡時の欽明天皇朝には大和より任那へ１４回・百済へ６４回・高句麗へ２９回の交渉が行われています。そして６６３年の百済滅亡・６６８年の高句麗滅亡まで回数は増え続けます。

大和朝廷の出先としての任那は当然、百済・高句麗の勢力バランスを図っていた、と考えられます。

その時に、当時の朝鮮に情勢に於ける日本の立場確保のため、任那の確保・百済、高句麗の調整を朝鮮に関わりの深い「阿閉氏」が務めた、しかもその間におりから台頭している藤原氏が勢力拡大のため朝鮮と近い壱岐県主・対馬下県直を中臣への編入し傘下におさめた。のではないでしょうか。

ここで、任那については、“日本書紀　上　岩波書店”での、補注で「任那という漢字名は、高句麗の広開土王碑（四一四建立）に『任那加羅』と見えるのが最も古い例で、次には中国正史の宋書（四八八選述）の倭国伝に元嘉二−二〇年（四二五−四四三）の間に、倭国王珍が宋朝に入貢して「使持節都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王」を自称したと見え、…」とありますが、また、“世界大百科事典　２９　　末松　保和　平凡社”(90)

「それは純然たる日本名ではなくて、その起源は、洛東江の入口の地方（今の釜山・金海付近）にあった部落＜任那加羅＞（略して加羅ともいう）にある。この部落は、楽浪・帯方２郡時代（108B,C,〜313）の＜弁辰狗邪韓国＞に比定され２郡に通行する日本船にとって、最も関係の深い地点であった。２郡がほろんでまもなく、馬韓の北部に百済国ができ、辰韓に新羅ができかかると、日本は＜弁辰狗邪韓国＞＜任那加羅＞を足場として、弁辰諸部落のみならず馬韓の中部・南部の諸部落に対する軍事的・経済的支配権をうちたてることに成功した。ここにいたって本源地たる任那加羅にちなむ＜任那＞は、樹立された日本の支配地全域の名称となった。」ともあります。

任那の地理・歴史から百済・新羅・高句麗の三国の間にあって、秦韓・慕韓と呼ばれていた地域を含めて、日本の立場を守りつつ三国間の調整役を務める地域があった、と考えます。

以上のことから、阿閉氏は、朝鮮の上記の地域のなかにその発祥の由来があったと考えられていたこともあり、対朝鮮政策に従事したと考えます。

また“日本書紀　下　岩波書店”に推古天皇十八年条に「冬(ふゆ)十月(かんなづき)の己(つちのと)丑(うし)の朔丙(ひのえ)申(さるのひ)に、新羅・任那の使人、京(みやこ)に臻(まういた)る。…(・・・)間人(はしひとの)連(むらじ)塩蓋(しほふた)・阿閉(あへの)臣(おみ)大籠(おほこ)を以(も)て、任那(みまな)の導者とす。…」ともあります。ここでも阿閉氏と任那の関係が現されています。

先に記しました本稿　４・　�C日本書紀における歴代天皇の対朝鮮交渉記事での「阿閉」氏の関わりの表中記事欄の年数表示の　網かけ　事項は干支二回りとなる１２０年延長されるべきものと考えています。

“日本書紀　上　岩波書店”補注の、３　一八に　日本書紀の紀年および年月日として「…その結果書紀の紀年は実際の年代よりいちじるしく延長され、不自然に長寿の人物を多く巻中に出現せしめた。試みに神功・応神二代の紀年を朝鮮の歴史と比較するに、両者の干支符合して、しかも書紀は彼よりも干支二巡百二十年古いこととなっている事例が多多見出される。百済の近肖王以下の時代においては、彼の年紀に疑うべきところなく、これを古事記に記入された崇神以下各天皇の崩年干支との関係と併せ考え、この二代の書紀紀年は百二十年の延長あるものと考えざるを得ない。雄略紀以後は大体朝鮮の歴史と符合するので、紀年の延長は允恭紀以前にとどまるとみてよかろう、干支紀年法は百済の内附後に学んだものと考えられ、朝鮮との関係のない崇神以前の年代は推算の限りではないけれど、試に一世三十年の率を以て推すに、…」とあります。

「・・・雄略紀以後は大体朝鮮の歴史と符合するので、紀年の延長は允恭紀以前にとどまるとみてよかろう・・・」

「・・・書紀の紀年の全体を正確な客観的年代に厳密に換算することは、ほとんど不可能にちかいが、・・・応神以後の実年代については、大体のところを知ることができる。・・・」“日本書紀　上　岩波書店”ともあります。

・倭の五王については日本書紀に記述がありませんが、中国の史書　宋書に記載されており年代については、信頼性が高いものと考えられ、「書紀紀年干支二巡、百二十年延長」の影響はないと考えられます。

神功皇后条摂政前紀秋九月条に「…是(ここ)に、吾瓮(あへの)海人(あま)烏(を)麻呂(まろ)といふをして、西海(にしのみち)に出(い)でて、國(くに)有(あ)りやと察(み)しめたまふ。…」の２１０年の記事があり、続く四十九年条に「…荒田(あらた)別(わけ)、鹿(か)我別(がわけ)を以って將軍(いくさのきみ)とす。…」の記事が２４９年とされていますが、この記事が百済と共同で新羅を攻め任那の七カ国を制した年であるならば、正しく天理市の石上神社の七支刀の銘文の泰和四年つまり３６９年となり、１２０年延長に一致することになります。

“解読「謎の四世紀」　小林恵子　文藝春秋”(91)にも、補注で「『書紀』では紀元前五五九年を神武元年としたが、それから計算すると仲哀は一九二年から九年間の二〇〇年まで、次の神功皇后の治世は六九年間だから二〇一年から二六九年まで、応神の治世期間は四一年間だから二七〇年から三一〇年までになる。神功と応神の治世の間、一部、干支を二巡引き上げる、つまり『書紀』の紀年に一二〇年上乗せすると西暦に合い、『三国史記』などの外国の資料とも一致する。このことは明治時代の菅(すが)政友(まさとも)等が提唱して以来、定説になっている。」ともあります。

以上から「阿閉(あへ)島(しま)」と呼ばれる藍島の遺跡（轟B式土器はBC6000年頃まで遡るものもある、とあります。藍島の遺跡はBC1000年頃と考えるのですが）、その後の長い歴史の空白を経ての「日本書紀」に現れる阿閉氏との関連項目、即ち崇神天皇条の四道将軍派遣（日本國誌資料叢書　太田亮・近江伊香郡志の記述）、また垂仁天皇条の天日槍による陶器の伝来（藍島の古式須恵器の出土）、仲哀天皇条　神功皇后条の記述に、「書紀紀年干支二巡、百二十年延長」を考慮した年次を当て嵌めていくと朝鮮から伊賀への道筋ができると考えられます。

6,現在の「電話帳」による「阿拝」氏に由来する「姓」の分布の考察

日本全国に「あえ」とよばれる氏に起因する姓で現在残っている数を調べてみますと「生命保険」の契約者等の調査もありますが個人情報の保護の厳格化も進み入手は難しく、本人からの申告による「ヨミ」をもとにしている「電話帳」から調べる方法がありますが現在では携帯電話やスマートフォンの普及やプライバシーのため「電話帳」に掲載しないことの広がりなどで調査は困難になりつつあります。

現時点で日本各地に水平的に拡がっている「阿拝」氏の後裔の変遷を辿ることに依って垂直的な広がりつまり歴史的な経過が判明すると考えます。

現在での「電話帳」で捜した「あえ」「あとじ」「あつじ」読みの種類　電話帳には漢字の「ヨミ」はありませんが、掲出順で判断しました。（掲載順より「あへ」を意味しているようですが漢字の表示から「あえ」と読むと判断しました。

これには、ＡＮＧＥＬ　ＬＩＮＥ（パソコン通信を利用した全国電話番号検索サービス）によりました。
別表の通りとなります。

ただ、電話帳によるデータの収集については、‘日本人の名字の統計分析’というホームページ上で、東京工業大学院情報理工学研究科の千田　敏、間瀬　茂氏は

「・・・ＮＴＴの電話帳や、その電子版を名字データのソースとして利用する際、問題となる幾つかの点がある。何よりも、これは文字通りには全国の名字母集団からの無作為抽出とはみなせない。但し、特定の名字の所有者が、電話帳への記載を好む、もしくは拒否するという事情は、特に特殊な名字を除き考えにくいので、この点は大きな問題とならないと思われる。・・・」と指摘され、「・・・その他注意すべき点を、名字研究家の森岡浩氏のウェッブページを参考にまとめると

　・電話帳記載の個人名は本名もしくはその正しい表記とはかぎらず、重複する可能性もある。

　・漢字の読みが記載されておらず、掲載位置から推測するほかない。

　・姓名間の区切りのないものが多くあり、名字と名前を区別することが困難なことがある。

電子電話帳記載の読みは製作会社の判断により、区切りミスがしばしばある。

　・電子電話帳記載のデータは、ＮＴＴの電話帳をＯＣＲソフトで読み込んで作るため、良く似た字を誤判断する可能性はある。

　・携帯電話の普及、及びプライバシーの意識から電話帳の掲載件数が減少しており、調査のためには、１９９０年代前半あたりの電話帳の利用が好ましい。」と述べられています。

そして、同稿で��世代の交代による苗字の分布の変化�≠ﾆ題されたなかで、「日本総所帯について希少種度数データとＧａｌｔｏｎ−Ｗａｔｓｏｎ型分析過程を用いて世代の交代により希少性の分布がどのようになるかをシミュレーションしてみよう。」「現存する苗字が１０万５０００種あまりでかつ、１世帯しか存在しない苗字が１２０００種あまりあるという推定結果の一方で、１世帯しか存在しない苗字は非常に維持しにくく、１世代、つまりせいぜい３０年程度で５１５０種がこの世から消え、苗字の分布が大きく変化してしまったのだ。」とも述べられており、電話帳によるデータによる「姓」についての分析には、方法・時点などの考慮が必要となります。

「あえ」・「あとじ」・「あつじ」姓の県別調査ＡＮＧＥＬによる

						平成12年調
	�@あえ	�Aあとじ	�Bあつじ	�Cあへ	算出合計	読みの表れ方
北海道	3		9		12	1.3
青森		2	1		3	2.3
岩手					0
宮城				1	1	4
秋田					0
山形					0
福島			1		1	3
茨城	3		4		7	1.3
栃木			3		3	3
群馬		3	1		4	2.3
埼玉	2	4	10		16	1.2.3
千葉	3	11	17		31	1.2.3
東京	5	14	13		32	1.2.3
神奈川	2	10	18		30	1.2.3
新潟	1	1	4	1	7	1.2.3.4
富山		94	1		95	2.3
石川		4	1		5	2.3
福井			1		1	3
山梨					0
長野		2	2		4	2.3
岐阜		3	5		8	2.3
静岡	1	1	3		5	1.2.3
愛知	1	2	9		12	1.2.3
三重			1		1	3
滋賀		1	36		37	2.3
京都	6	1	23		30	1.2.3
大阪	18	6	48		72	1.2.3
兵庫	51	3	6		60	1.2.3
奈良	2	1	4		7	1.2.3
和歌山	3	1	3		7	1.2.3
鳥取					0
島根					0
岡山	2		3		5	1.3
広島	2		6		8	1.3
山口			1		1	3
徳島					0
香川					0
愛媛	1			1	2	1.3.4
高知					0
福岡		1	5		6	2.3
佐賀			1		1	3
長崎		1	3		4	2.3
熊本			18		18	3
大分			1		1	3
宮崎			3		3	3
鹿児島			3		3	3
沖縄		1	2		3	2.3
計	106	167	270	3	546

それぞれの読みに対して現れている表示

�@阿江	�A阿閉	�B阿閉	�C阿部
	�A後地	�B阿辻	�C安部
	�A跡治	�B厚地
	�A跡路	�B厚治
	�A跡地	�B厚
		�B篤
		�B安土
		�B阿津地

以上４種類のうち、阿閉氏については、

朝鮮の言葉で伝えられ九州から大和に政権が移る際、元の意味を保つ発音で播磨に残った（あえと読む）…　阿江

元の意味を表した文字を意識的に重箱読みした（あとじと読む）　　　　　　　　　　　… 阿閉・後地・跡治・跡路・跡地

そして地方に広がったが大和に近い地方では転音が生じた（読み慣れる）（あつじと読む） … 阿閉・阿辻・篤・厚地 ・厚治・　厚・安土・阿津地

などが考えられ、同じ姓を標記するについても多くの異なる「字」をもちいて表されることが分かります。

このことは、「阿閉」が大和から順次、地方へ進出した歴史であると推測します。

ただ電話帳によるものは、現今ではサラリーマン等住民が転勤等の理由による移動があり一局内に一つだけの「阿閉」姓が現れる事象については充分注意を要するものであります。

「阿閉」姓の分布については、北海道・沖縄を除いて（現在考察の対象としている時代背景から考えれば当時には大和政権の及ぶ地域でないと考えられます。現に北海道に多い「あとじ」は富山県からの移住が確認されている。）の分布を対象とすればよいのでないかと考えます。

そして、現在「阿江」姓と、「阿閉」・「後地」・「跡治」・「跡路」・「跡地」・「阿辻」・「篤」・「厚地 」・「厚治」・「厚」・「安土」・「阿津地」と表示し��あとじ�≠ﾜたは、��あつじ�≠ﾆ読む姓と��あえ�≠ﾆ読む「阿部」「・「安部」姓は、それぞれの姓の間の系譜並びに分布までを考察するまでに及んでいませんが、同族であると考えます。

本考察をより確かなものとするため「佐味氏」・「布勢氏」の分布についても「阿閉氏」との分布の重複度の調査で一層の精査を図ることが必要であります。

また、今後この方法を利用してさらに、「四道将軍」を初めとする大和政権の地方進出と「阿閉」氏の関係の傍証として「阿閉」氏と同じく大伊賀命を祖先とする「伊賀臣」の分布も併せて調べる必要でもあります。

伊賀氏については、もともと「阿閉氏」も伊賀を基盤として登場しており又伊香郡誌にも近江と伊香との関係を詳述していることからも、深い関係があると考えられます。

滋賀県においては、「佐々貴山君が大彦命の後であり、伊賀国を本貫とすると思われる諸族阿閉(敢)や伊賀と同族関係を称することとなる。」「蒲生・神崎両郡の佐佐貴山君(『日本書紀』では狭狭城山君)は『日本書紀』によれば孝元天皇の皇子大彦命の後とし、阿倍臣や膳臣・阿閉臣等と同祖としている。このことは『新撰姓氏録』でも佐々貴山君を阿倍朝臣と同祖とし、大彦命より出る氏とされている。…『新撰姓氏録』でも高橋朝臣（膳臣の後）阿閉臣をこの比古伊那士別命の後としている。佐佐貴山君がどちらを祖とする伝承の氏族であるか今後の考究に待たねばならないが、…」“近江の古代氏族　西田　弘　真陽社”(92)とありますが、その後の歴史においても独自に推移しており阿閉氏との間の関係は少ないように考えられます。

結

以上考察してきたところによると、

�@滋賀県伊香郡高月町（平成２２年長浜市高月町）に在る「阿閉」（あつじ）姓の由来は

�A天武天皇による壬申の乱の功臣の後裔で

�B同氏は孝元天皇を祖とし、元明天皇の乳母が出し三重県、伊賀上野市に本拠をおいた豪族であり

�C大和朝廷の地方進出の際、糧食担当として遠征し「饗(あ)」える職掌を果たし

�D「阿拝」「敢」（あえ）氏とも称するようになったが「阿閉」の字を用いることになったことと、「阿倍」（あべ）氏と区別するため、重箱読みし

�D あとじ」と称えることを経て、その後訛って「あつじ」となった。

�F「阿閉」氏は大和朝廷の地方支配に同様の役目を担い大和朝廷の北陸支配の要所として畿内から東山道を経由し北陸道に繋がる伊香郡（平成２２年に長浜市）高月町に至ったが同所は日本海により北九州とつながり、古保利古墳群を造営した安曇氏が先住していたが、同じように渡来していた、という出自を同じくしていたことから同化し

�G琵琶湖の湖上通行の要として重要でその後その地に、土着するようになり、後世安土時代に浅井氏の被官となったが、豊臣秀吉によって奪われた所領を、本能寺の変の機会に奪回するべく敵対し滅ぼされた。
�H「阿閉」氏は大和朝廷の地方支配に同様の役目を担い北陸道を更に北へ富山へも進展している。
�I播磨国にも「阿閉」の地名は存在したが、同所では本来の「阿(あ)江(え)」と称していた。

�Jいずれの「阿閉」氏も糧食担当であったため後同じく孝元天皇を祖とする軍事に長けた阿倍氏の発展によりその一族と見なされるようになった｡

�Kさらに、天武天皇の死後、藤原氏の勢力を背景に持統天皇が即位し天智天皇へ回帰が強くなり、天武天皇に列なる阿閉氏は一層弱体化した。加えるに

�L出自を考察するなかで、古代朝鮮の影響が大きいと思われる点があり、朝鮮より渡来し伊賀地方先住していたが、ヤマト政権成立の過程のなかで、闕史八代といわれる期間にあって孝元天皇に臣従していた。

以上のように結びます。

この考察の作成には下記の文献を参考にさせていただきました。先学の研究の業績に感謝し、誤った引用や誤解していることのないように十分留意したつもりですがご研究の本旨と異なる解釈についてはお詫びいたします。

また、土地の名前は変更されることが多く、これまで度々合併によりそれまで呼称されていた地名がなくなることがあります。これによって歴史についての考察がますます困難となります。行政の効率上やむを得ないこともありましょうが、その際には古来の名称を残すようにし、安易に足して割るような命名は厳に避け、後世に悔いを残さないようすべきでしょう。

なお、土地の名前についてですが、“地名の古代史　谷川　健一　金　達寿　河出書房新社” (93）「・・・池田末則という奈良の地名研究家の説によりますと、飛鳥の小字が奈良県下だけでも約十カ所ある。そこに何か共通した普遍的な地形なり、ものがないと、地名がつかないわけですから、そういう意味では、・・・それも一つの説としては、認められるけれども、しかし、それは漢字に引きずられた解釈であって、地名につけられた漢字は当て字である場合が多いのです。漢字で解釈するということが危険であることは地名研究の第一課にあるわけです。・・・」と述べられています。自戒せねばならない指摘であります。

そして、あとがきで「「・・・地名は大地の表面に描かれたあぶり出しの暗号である。とおい時代の有機物の化石のように、太古の時間の意識の結晶である。地名を掘り出すことで、人は失われた過去にさかのぼる。そしてそこで自分の関心に応じて、地名から興味のある事項を引き出すことができる。地名は大地に刻まれた人間の過去の索引である。・・・」・・・自分の関心に応じて、興味のある事項を引き出した。・・・」とも述べられています。

太字部分は原文では｀が付してあります。

また、滋賀県高月・富山県立山・兵庫県播磨・岐阜県加茂・福岡県藍島などについては、今後もこの考察の検証のため、考古学に基づいたフィルドワークが必要とされますが一区切りとします.


この考察において、主旨を理解して頂き難い表現がある部分もあろうかと思料します。また最近の考古学上の新しい発見・分析に接して資料を参考にさせていただく機会を得て、さらに考察を進めたいと思います。

参考文献　　　　引用順

（　１）名字と日本人　　　　　　　　　　武光　誠　　　　　　　　　　　　　文芸春秋

（　２）名前と人間　　　　　　　　　　　田中　克彦　　　　　　　　　　　　岩波新書

（　３）日本古代の氏の構造　　　　　　　義江　明子　　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（　４）苗字と名前の歴史　　　　　　　　坂田　聡　　　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（　５）本当にわかる　言語学　　　　　　佐久間　諄一　　　　　　　　　　日本実業出版社

（　６）古代国語の音韻に就いて　　　　　橋本　進吉　　　　　　　　　　　　岩波書店

（　７）日本書紀　　　　　坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋　校注　　　岩波書店

（　８）日本古代氏族事典　　　　　　　　佐伯　有清編　　　　　　　　　　　雄山閣

（　９）お言葉ですが…�C　広辞苑の神話　高島俊男　　　　　　　　　　　　　文藝春秋

（１０）地名伝説の謎　　　　　　　　　　楠原　祐介・本間　信治　　　　　　新人物往来社

（１１）地名のたのしみ　　　　　　　　　服部　英雄　　　　　　　　　　　　角川書店

（１２）日本の地名（別冊歴史読本）　　　２８巻１３号　　　　　　　　　　　新人物往来社

（１３）古代豪族系図集覧　　　　　　　　近藤　敏喬　　　　　　　　　　　　東京堂出版

（１４）天皇誕生　　　　　　　　　　　　遠山　美津男　　　　　　　　　　　中央公論社

（１５）日本國誌資料叢書 第三巻　　　　太田　亮　　　　　　　　　　　　 　臨川書店

（１６）古代史を解く鍵　　　　　　　　　門脇　禎二・森　浩二　　　　　　　学生社

（１７）古代を考える　蘇我氏と古代国家　黛　　弘道　編　　　　　　　　　　吉川弘文館

（１８）古代氏族の性格と伝承　　　　　　志田　諄一　　　　　　　　　　　　雄山閣出版

（１９）謎のサルタヒコ　　　　　　　　　鎌田　東二　　　　　　　　　　　　創元社

（２０）伊水温故　　　　　　　　　　　　菊岡如幻編　　　　　　　　　上野市古文献刊行会

（２１）日本の古代　１１　ウジとイエ　　大林　太良　編　　　　　　　　　　中央公論社

（２２）日本古代氏族系譜の基礎的研究　　鈴木正信　　　　　　　　　　　　　東京堂出版

（２３）古代史を解く『鍵(ｷｰﾜｰﾄﾞ)』　　　　　　　門脇　禎二・森　浩一　　　　　　　学生社

（２４）日本古代人名辭典　　　　　竹内　理三・山田　英雄・平野　邦雄　　　吉川弘文館

（２５）日本史鑑定　　　　　　　　　　　高橋　克彦・明石　散人　　　　　　徳間書店

（２６）寧楽遺文　上巻　　　　　　　　　竹内　理三　編　　　　　　　　　　東京道出版

（２７）日本古代の王権と氏族　　　　　　大橋　信弥　　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（２８）吉士と西漢氏　　　　　　　　　　加藤　謙吉　　　　　　　　　　　　白水社

（２９）新撰姓氏録の研究　考證編　　　　佐伯　有清　　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（３０）古代の天皇と系譜　　　　　　　　黒田　達也　　　　　　　　　　　　校倉書房

（３１）大和政権と古代氏族　　　　　　　加藤　謙吉　　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（３２）壬申の乱　　　　　　　　　　　　遠山　美都男　　　　　　　　　　　中央公論社

（３３）大いなる邪馬台国　　　　　　　　鳥越　憲三郎　　　　　　　　　　　講談社

（３４）日本古代の氏族と天皇　　　　　　直木　孝次郎　　　　　　　　　　　塙書房

（３５）乳母の力　　　　　　　　　　　　田畑　泰子　　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（３６）「古事記」と「日本書紀」の謎　　直木　孝次郎　　　　　　　　　　　学生社

（３７）葬られた王朝　　　　　　　　　　梅原　猛　　　　　　　　　　　　　新潮社

（３８）倭国の時代　　　　　　　　　　　岡田　英弘　　　　　　　　　　　　朝日新聞社

（３９）古代女帝のすべて　　　　　　　　武光　誠　　　　　　　　　　　　　新人物往来社

（４０）古代史の謎を探る　　　　　　　　黒岩　重吾　　　　　　　　　　　　大和書房

（４１）古代を考える　古代道路　　　　　木下　良　編　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（４２）継体天皇と朝鮮半島の謎　 水谷千秋　 文芸春秋

（４３）青銅の神の足跡　　 谷川健一 集英社文庫

（４４）すべての道は平城(みや)京(こ)へ　　　　　 市　大樹　　　　　　　　　　　　　吉川弘文館

（４５）近江伊香�@志　　　　　　　　　　富田　八右衛門　編纂　　　　　　　弘文堂書店

（４６）日本の古代道路を探す　　　　　　中村　太一　　　　　　　　　　　　平凡社

（４７）姓氏家系大辞典　　　　　　　　　太田　亮　　　　　　　　　　　　　角川書店

（４８）古代万華　　　　　　　　　　　　小椋　一葉　　　　　　　　　　　　河出書房新社

（４９）日本古代国家の成立　　　　　　　直木　孝次郎　　　　　　　　　　　講談社

（５０）古代日本のヤマト王国と地方王国　門脇　禎二　　　　　　　　　　　　学生社

（５１）世界大百科事典　１３　‘7２年版　　黛　　弘道　　　　　　　　　　　平凡社

（５２）吉備の古代史　王国の盛衰　　　　門脇　禎二　　　　　　　　　　　　日本放送協会

（５３）古代を考える　近江　　　　　　　水野　正好　編　　　　　　　　　　吉川弘文館

（５４）日本の神々　神社と聖地　６　　　谷川　建一　　　　　　　　　　　　白水社

（５５）古代地域史の研究　　　　　　　　浅香　年木　　　　　　　　　　　法政大学出版局

（５６）日本國誌資料叢書 第二巻　　　　太田　亮　　　　　　　　　　　　　臨川書店

（５７）北陸古代の政治と社会　　　　　　米沢　康　　　　　　　　　　　　法政大学出版局

（５８）古道　　　　　　　　　　　　　　藤森　栄一　　　　　　　　　　　　講談社

（５９）訓読みのはなし　　　　　　　　　笹原　宏之　　　　　　　　　　　　光文社

（６０）難読姓氏辞典　　　　　　　　　　大野　史朗・藤田　豊　　　　　　　東京堂出版

（６１）滋賀県の地名　日本歴史地名大系　２５　　　　　　　　　　　　　　　平凡社

（６２）消された王権　　　　　　　　　　関　裕二　　　　　　　　　　　　　ＰＨＰ研究所

（６３）地名語源事典　　　　　　　　　　山中　襄太　　　　　　　　　　　　校倉書房

（６４）漢字百科大事典　 　 　 編集　佐藤喜代治　 　明治書院

（６５）貝島古墳群　　　　　　　　　　　山中　英彦　　　　　　　　　　　　山中英彦

（６６）謎とき古代日本列島　　　　　　　関　裕二　　　　　　　　　　　　　講談社

（６７）敢国神社物語　　　　　　　　　　奥瀬　平七郎　　　　　　　　　　敢国神社奉賛会

（６８）世界大百科事典　２　‘7２年版　　武田　政一　　　　　　　　　　　　平凡社

（６９）古代の王者と国造　　　　　　　　原島礼二　　　　　　　　　　　　　教育社

（７０）不明解日本語辞典　　　　　　　　��橋秀美　　　　　　　　　　　　　新潮社

（７１）富山県の歴史　深井　甚三・本郷　真紹・久保　尚文・市川　文彦　県史１６　山川出版社

（７２）日本歴史地名大系　２８　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　平凡社

（７３）式内社の研究　第７巻　　　　　　志賀　剛　　　　　　　　　　　　　雄山閣

（７４）北近江の遺跡　　　　　　　　　　谷口　義介　　　　　　　　　　サンブライ出版

（７５）高月町の地名　　　　　　　　　　高月町史編纂委員会　編纂委員長　宮澤義雄　高月町教育委員会

（７６）講座日本荘園史６北陸地方の荘園　近畿地方の荘園�T　網野善彦　石井進　稲垣泰彦　永原慶二　吉川弘文館

(７７)北近江の遺跡　　　　　　　　　林　博通 　　　　　　　　　サンライズ出版

（７８）日本史の論点　邪馬台国から象徴天皇制まで　中公新書編集部編　　　中央公論社

（７９）私の日本古代史（上）　　　　　　上田　正昭　　　　　　　　　　　　新潮社

（８０）考古学と古代史のあいだ　　　　　白石　太一郎　　　　　　　　　　　筑摩書房

（８１）ヤマト王権　　　　　　　　　　　吉村　武彦　　　　　　　　　　　　岩波新書

（８２）高月町史　景観・文化財編　分冊二　　　　　　　　　　　　　　　　　高月町

（８３）長浜市史　１　湖北の時代　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　長浜市史編さん委員会

（８４）新版　飛鳥　その古代史と風土　　門脇　禎二　　　　　　　　　　　　日本放送協会

（８５）日本の神々　神社と聖地　５　　　谷川　建一　　　　　　　　　　　　白水社

（８６）日本の原像　　　　　　　　　　　上田　正昭　　　　　　　　　　　　東京創元社

（８７）ツクヨミ（月讀命）秘された神　　戸矢　学　　　　　　　　　　　　　河出書房新社

（８８）「古事記」の真実　　　　　　　　長部　日出雄　　　　　　　　　　　文藝春秋

（８９）日本神話の源流　　　　　　　　　吉田　敦彦　　　　　　　　　　　　講談社

（９０）世界大百科事典　２９　‘7２年版　　末松　保和　　　　　　　　　　　平凡社

（９１）解読　「謎の四世紀」　　　　　　小林　恵子　　　　　　　　　　　　文藝春秋

（９２）近江の古代氏族　　　　　　　　　西田　弘　　　　　　　　　　　　　真陽社

（９３）地名の古代史　　　　　　　　　　谷川　健一　金　達寿　　　　　　　河出書房新社

なお文中の日本書紀・続日本紀の現代語の訳資料として

古事記　　全訳注　　　　　　　　次田　真幸　　　　　　　　　　　　　講談社学術文庫

日本書紀　全現代語訳　　　　　　宇治谷　孟　　　　　　　　　　　　　講談社学術文庫

続日本紀　全現代語訳　　　　　　宇治谷　孟　　　　　　　　　　　　　講談社学術文庫
日本後記　全現代語訳　　　　　　森田　　悌　　　　　　　　　　　　　講談社学術文庫

を参照させていただきました。

参考文献のリストについては、朝日新聞の平成３１年２月２６日と３月５日に`呉座勇一の歴史家雑記’の寄稿がありました。全てのの引用ではありません１次文献が・こういった方法では〈よし〉とされませんが・「・・・利用した文献の執筆者に敬意を表す、自己の著作のオリジナリティ（どこまでが既に指摘されていることで、どこからが新知見なのか）を明確にする、などといったことがまず考えられよう。・・・」とされ、文献一覧の２次文献が目立つなどということについては、「・・・自分で史料を博捜し検討した上で批判すべきであって・・・」と述べられています。そして、さらに２次文献の利用については「・・・２次文献でも、史料を博捜した専門書などを参考文献に挙げるのは全く問題ない。・・・」とも述べられています。

「・・・歴史的事実か後世の作り話か判断・・・」できる史料を用いて心して考察を心するべく努めたいと思います。

いろんな原典を併せ持つ二次文献と、一次文献からの現状矛盾のない推量の積み重ねによる史料を博捜した専門書などを参考文献に３次の仮説によって考察することは意味があると思います。

聖地巡礼　　対馬へ日本の源流をもとめてー　東京書籍　　内田樹×釈徹宗　　の中で「　釈　そうですね　，我々はそういったエビデンスはあんまり気にせず思いつくまましゃべっています。」と話しておられます

もとより、エビデンスに基づかない考察は慎むべきですが、複数の一次文献・史料を博捜した専門書からの二次文献・エビデンスに矛盾しない繋げる仮説を試みてもよいのでないかと思います。

つまり、補助線を繋げることにより、延長線上に歴史的事実と矛盾しないあたらしい展開をみることができるのではないなと考えます。

インターネットのホームページを本稿作成の目的にそって参考にさせていただき引用させていただきました。ページの筆者に感謝いたします。なお、ご趣旨と異なって参考にしている場合はご寛恕ください。

参考資料に用いられている文字について外字で対応しましたが文字化けに対応し（）で表記しました。

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[a1]

[a2]

[a3]